9 隣の芝生
「さあ、どこからでも掛かってこい!」
俺は大げさに奴らを挑発する。
多人数を相手に少数で対象者を守る戦いではいかに守護対象に目を向けさせないかが大事になる。
「抜かせっ!」
奴らはありがたいことに頭が良くなかったようでまんまと俺の思い通りに動いてくれる。
恐らく俺を舐めてかかっているのだろう。
御嬢様は俺を倒した後にゆっくりと対処すればいいと思っているに違いない。
(その油断が命とりだっ!)
俺は無詠唱で身体強化魔法を使い、脚力を強化すると地面を踏みしめ、一瞬で賊との距離を詰める。
「えっ!? ぐわっ!」
まずは一人。
剣を薙いで一瞬で両断する。
「おっ」
「あっ」
ぽかんとした表情で棒立ちになっていた二人のうち一人を上段から叩き切り、返す剣で今度は下から斬って捨てた。
「野郎っ!」
「このおっさん、やるぞっ!」
3人ヤッたところで奴らが慌てふためく。
浮足立った心は戦場では命とりだ。
「うぎゃっ!」
「ぐあっ!」
あっという間に二人を片付ける。
残りは3人。
「ひっ!?」
一瞬怯んだ男に俺は魔法の矢を放つ。
「ぐあっ!」
「くそっ! 魔法も使えるのかっ!」
その言葉に俺は答えることはない。
ただ無言で剣を振りそいつの口を永久に塞いでやる。
(あと一人!)
親玉はどこだと辺りを見回す。
「へへっ、少しはやるじゃねぇか、しかし、残念だったな」
親玉は馬車によじ登り客車の入り口に立つと、俺に得意気な表情を見せる。
「…………」
「この中には小娘が二人、お前が動く前にどちらかは間違いなく道連れにできるぜ」
中にはいかにも冒険者になり立てで頼りなさそうなジーナに貴族の箱入り娘である御嬢様。
こいつからしたら大した驚異には感じないんだろう。
無防備にも客車に背中を見せて得意気にしている。
「ふっ……」
「何がおかし……ぐふっ……」
(隠密相手に背中を見せたら、そりゃあダメだろうよ)
音もなく親玉の背後に忍び寄ったジーナは手に持った短刀で奴の首をかき切った。
賊を殲滅した後、まだ息のあった一人に背後関係を問い質したが案の定何も知らされていなかった。
俺はそいつを始末するとジーナにこの現場の後始末をするように言った。
この手の実行犯が黒幕を知っていることは極まれであるため俺は殺さないように無力化するという選択は敢えて取らない。
生きるか死ぬかの戦いでそんな甘っちょろいことをして寝首をかかれるのごめんだ。
俺は冒険者。
安全第一がモットーだ。
これが諜報機関の連中なら話は違うのかもしれない。
だからジーナには俺とパーティーを組むのであれば俺の、冒険者の流儀に従うように出発前に言い聞かせていた。
今回それが徹底されていたことを確認できたのは一応収穫と言えるだろう。
「御嬢様、大丈夫か?」
「はっ、はい……」
俺は客車の中に入って御嬢様にそう声を掛ける。
心なしか顔が青ざめているのがわかった。
「御嬢様、せっかくだから冒険者の現実ってのを見てみるといい」
俺がそう促すと御嬢様は恐る恐る客車の外へと顔を出す。
そして直ぐに口を手で押さえる。
さっきまでヒトであったモノの血肉の臭い。
冒険者は魔物だけを相手にするわけではない。
この世界に蔓延るのは魔物たち異形だけではない。
今回の盗賊のようなならず者も相手にしなければならない。
「ジーナさんは、その、大丈夫なのですね……」
御嬢様が青い顔をして呟く。
自分よりも年下の冒険者になり立ての彼女が平然としているのが不思議なのだろう。
本当は彼女は俺以上に裏のやり方に長けているのだろうが敢えてここで言うべきことではない。
「俺たちは住む世界が違うんだ。人にはそれぞれ生きるべき世界がある」
冒険者の世界は過酷だ。
隣の芝生は青く、魅力的に見える。
しかし、彼女ももう大人になる以上は現実を見るべきだろう。
「……いえ、わたくしはそれでも知っておきたいと思います。わたくしがどの様な世界で生きるとしてもこの世界に起こっている現実は自分の目で見ておきたいと思います」
「……好きにしたらいい」
御嬢様は意外にも客車に戻ることなくジーナのする後始末を眺め続けた。
(貴族の御嬢様にしてはなかなか骨があるな……)
こんな貴族はなかなかいないだろう。
俺は仕事としてではなく、彼女がこれからも無事でいられることを心から願った。