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6 罠

 次の日。


 俺の泊っている安宿に代官の使いを名乗る兵士がやって来た。

 応対したのはこの宿の女将さんでこれまでにないことにただただ驚いたそうだ。

 

『あんた、ついにお縄になるようなことを……』


 女将さんは俺がこれまでに溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、何か天に唾するような大それたことをしでかしたと本気でそう思ったらしい。


「まったく失礼な話だ」


 起き抜けに顔を合わせた女将さんに対して俺はそう抗議した。


「でもあんた、日頃の自分の言動を振り返ってご覧よ」


「うっ!」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 30歳を過ぎて独り身で楽しみといえば毎日の晩酌くらいなものだ。


 同じ安宿に泊まる年下の連中とは日々の不満をぶつけ合うこともザラである。


 誰がどう見ても社会に不平不満を持つ不満分子に他ならない。


 どうやら俺は人知れず女将さんから危険人物とみなされていたようだ。


 こんな人畜無害なおっさんは他にはいないだろうに。


 それはそれとして代官の使いからの伝言を確認する。


 話は昨日助けた御令嬢から改めて御礼をしたいということで夕方に街のレストランに来て欲しいという内容だった。


 この街の代官が御令嬢の臨時の保護者となっているのであれば納得できる話だ。


 昨日の臨時収入でしばらく懐があったかくなった俺は今日の仕事は休みにして日中は宿でゴロゴロとして過ごす。


 そして日が傾く時間になって指定された場所へと向かった。




「あっ、おじさんっ!」


 目的の場所へと着くとどうやらジーナも御嬢様に呼ばれていたようで俺たちはばったりと同じ場所で出会うことになった。


 ここはこの街の中心部。


 一番人通りの多いいわば繁華街と言っていい場所だ。


「……」


「……」


「ここで間違いないよな」


「多分……」


 俺たちが並んで見上げるのは石造りの3階建ての立派な建物。

 誰がどう見ても底辺冒険者には場違いな高級レストランだ。

 その入り口にはビシッと黒服を着こんだ若い男の店員が立っていて店の前に佇む俺たちに厳しい視線を向けてくる。


 魔法を使う必要もなく『ここはお前らみたいな薄汚い冒険者が来るところじゃねーんだよっ! とっととあっちに行けっ!』という心の声が聞こえてきそうだ。


「おじさん……」

「これは罠だな。こんな精神的ダメージを受けたのは昔魔王軍幹部の闇魔法使い。奴の精神攻撃を受けたとき以来だ」


 俺は昔を思い出すように遠い目をして言った。 


「どうされました?」


 そんな俺たちに声を掛けてきたのはおそらくこの街の代官が手配したのだろう昨日とは違う護衛の騎士に伴われた辺境伯家の御嬢様だった。


 昨日とは違いドレスアップした姿の彼女はまさに今から向かうその場所にふさわしい装いだった。


 そんな彼女にあまりにも場違いでドレスコードが通りそうもないと相談したらこの手の店には貸衣装もあるとのことで俺たちは御嬢様について悠々と店に入ることができた。



(くくっ、あのときの黒服の驚きの顔が忘れられないぜ)



 見るからに底辺だった俺たちが御嬢様とともに店に入るときに見せた店員の驚きの表情を思い出すと思わずニヤニヤしてしまう。


 そんな俺たちは店に入ると貸衣装部屋で着替えさせられて店の中、おそらく御嬢様が事前に手配していたのだろう個室へと案内された。


「まあ、ご立派ですわよ」


「こんな服を着るのは久しぶりだな……」


 鏡を見ればさえないオッサンが服に着られてる、というかもう明らかに浮いて見える。


 こんな服を着るのは魔王討伐後に各国のお偉方と会ったとき以来じゃないだろうか。


 俺は既に記憶のはるかかなたにある昔を思い出す。



 ――くいっ、くいっ



 そんな中で俺を現実に引き寄せるように何かに引っ張られた。

 誰かに袖を引っ張られたようで俺はその主に顔を向けた。


「おっ、似合うじゃないか」


 目の前にはドレスに着替えたジーナの姿。

 黒装束でもなければ冒険者の恰好でもない彼女の姿は当然ながら初めて見る装いだった。

 元々目鼻立ちがはっきりしている色白の美少女なのでパステルグリーンのドレスがよく映える。


「ううっ、恥ずかしいです……」


 恐らく初めて着るのだろうその服にどうやら落ち着かない様子。


 俺たちは借りてきた猫みたいに大人しく食事を始めた。


「まずは改めて。昨日はお助けいただきありがとうございました」


「いえ、こちらこそお誘いありがとうございました」

「……ました」


 コース料理が次から次へと運ばれてきて高価な料理の数々に舌鼓を打つ。


 ジーナは初めて食べるのかマナーも良く分かっていないようなので俺が何となしに最低限度のことを教えながらの食事となった。


「アドゥルさんはどちらかの名家のご出身なのでしょうか? その、テーブルマナーが……」


 冒険者らしくもっと粗野だと思ったのだろう。


 これでも俺はかつて世界のお偉方と食事をする機会があったので最低限度のマナーを勉強することはあった。


 肩が凝って合わない世界だと感じたためそれっきりになってしまったが昔とった何とやらでそれなりに形になっていたのだろう。


 一度は勉強しておいて損はないものだな。


 悪戦苦闘しているジーナを横目に御嬢様と取り留めもない話をする。


 そんな中で御嬢様が切り出した。


「昨日のあのような、魔物の群れに襲われることはよくあることなのでしょうか?」


 ふむ。


 御嬢様の質問に俺は思考を巡らせる。


「森の中とはいえ街道ですからね。街からそこまで離れているわけでもないですし、正直珍しいですよ」


 そう。


 今回の魔物の襲撃。


 運が悪かったと言われればそれまでだが何となく違和感を覚えるのも事実だ。


 冒険者の勘ってやつだな。


 Dランクだけど。


 俺の言葉に御嬢様は驚きというよりも口をきゅっと噤んでより深刻そうな表情を浮かべる。


「……ただの偶然ではないかもしれません」


 あっ、何か面倒そうなものに巻き込まれそうだ。


 俺はそう直感した。

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