5 後始末
「……凄い」
ジーナがポツリと呟く。
恐らく俺のことを大賢者、つまりは魔法使いとしか聞いていなかったはずだ。
そんな俺が剣士もかくやという動きを見せればそんな反応をしても不思議ではないだろう。
あまり知られてはいないが高位の魔法使いともなれば接近戦にもかなり強かったりする。
自分の弱点を補おうとすれば自然とそうなってしまうのだ。
俺は内心のニヤニヤを抑えながらも先輩冒険者として速やかにやるべきことをジーナに指示していく。
まずは馬車の周りで倒れている騎士たちの安否確認だ。
1対1、そうでなくても多少の規模であれば護衛の騎士がオーク風情に後れをとることはないだろう。
しかし、今回は何といっても数が多すぎた。
幸いみなかなりの重症ではあったが何とか息はある。
俺は持っていたポーションを取り出し、倒れていた騎士たちに使っていく。
併せて倒れている敵の確認だ。
確実に戦闘不能になっているか。
魔物であれば確実に息の根を止めているかを確認する。
それから他に隠れている魔物はいないか。
知能の高い魔物であれば影からこちらの隙を伺うものも存在する。
調べてみたところいずれも大丈夫だった。
「どなたかいらっしゃいますか?」
ジーナへの指導の一環として馬車の客車の中に声を掛けさせた。
中からは「はい……」というか細い女の子の声が聞こえる。
扉越しに少し話をしてみて大事はないことが確認できたので先に事後処理をしてから改めて話をさせてもらうことになった。
馬車の外は切断されたオークの死体が散乱している凄惨な状態だ。
ある程度の事後処理を終えてからの方が精神的なショックが少なくていいだろう。
オークからは魔石を取ると残りは俺の魔法で燃やしてしまう。
魔物の血肉は他の魔物を誘ってしまうことにもなりかねないからだ。
その作業を終えると俺は馬車の中に向かって出てきても安全であることを伝えた。
馬車の中から降りてきたのは若い御令嬢だった。
家紋付きの上等な馬車なのでそれなりの貴族の娘であろうことは俺にも理解できた。
御令嬢は緩くカールした長い金髪にエメラルド色の瞳をした色白の女性で男に聞けば10人中10人とも美人だと答えるであろう整った容姿をしていた。
「まずは御礼を。正直、生きた心地が致しませんでした。助けていただきありがとうございました。それに騎士たちの治療まで」
「いや、困ったときはお互い様だ」
頭を下げる御令嬢に俺は手を挙げてそれを制した。
さて、これからどうするか。
御者も護衛もポーションで命を取り留めたものの直ぐに動ける状態ではない。
この人たちをこのままここに放置しておくことはできない。
幸い馬は逃げていたものの近くに留まり捕まえることができたので馬車は使うことができそうだ。
「御嬢様、御者の御経験は?」
「いえ、ありません」
ですよねー。
見るからに貴族の御令嬢。
乗馬はできても馬車の御者は経験がないだろう、
「それなら近くの街まで俺が御者をしましょうか」
「何から何まで申し訳ございません」
こうして俺たちは街まで戻ることになった。
主を差し置いてと恐縮する怪我人たちを馬車の客車に押し込み、俺たち三人は馬車の御者席に座った。
御嬢様は辺境伯家の御令嬢で領地から王都に向かう旅の途中だったらしい。
俺たちも自己紹介をして冒険者であると名乗った。
馬車の御者席で俺を挟んで右隣に御嬢様、左隣に美少女を侍らせる。
いいね、こういうパーティーで冒険できるならおじさん頑張れちゃうかもしれない。
俺がかつて勇者パーティーにいたときにも聖女と呼ばれる女がいるにはいたが……。
いや、見た目は文句のつけようがない美人さんだったよ。
性格も対外的にはパーフェエクト。
ただ俺はこのとき完璧な人間なんかいないのだというこの世の真理を学んだね。
そういえばあの腹黒聖女は元気だろうか。
「あっ、おじさん、ゴブリンがいたよ」
俺が物思いにふけっているとジーナが声を上げた。
街に向かうその途中でまたゴブリンがいたのでそれはジーナが退治することになった。
さっきのオークはすべて俺が倒してしまったためジーナのクエストの成果にはならない。
そんな訳で当初の目的であるジーナのチュートリアルをクリアするというミッションを達成しながら俺たちは街へと戻ってきた。
街に着くと馬車の家紋を見た城門の兵士たちが慌て始めた。
俺たちが助けた御嬢様はハロルド辺境伯家の御令嬢、つまりは高位貴族の馬車が魔物に襲われたということで騒ぎになったのだ。
このお嬢様たちはこの街を治める代官に一時的に庇護されるということになった。
「改めて御礼を致しますので」
別れ際に御嬢様から改めて御礼がしたいからと名前と住まいを聞かれたので俺たちはそれに答えて別れた。
その後、俺たちは冒険者ギルドに行ってクエスト完了の報告をした。
「はい、確かに」
受付嬢には討伐の証拠となる魔石を出した。
魔石は鑑定でどの魔物の魔石かがわかるらしい。
魔石が取り出せない場合は討伐部位での認定もしてもらえる。魔石と討伐部位とで報酬の二重取りができないかと思わなくもないがそれが同一個体によるものかどうかも判別できるそうだ。
アホな冒険者がそれをやろうとして処罰されることは結構あるようで、ジーナにもそんなことは絶対するなと釘を刺しておいた。
俺が受け持った新人に下手なことをされたら俺の責任になりかねないからな。
俺は俺でさっき倒したオークの群れの魔石を出した。
「……これだけの数のオークを一度に倒したんですか?」
受付嬢が怪訝な顔をする。
それもそのはず、俺はこの街では万年底辺のDランク冒険者だ。
オーク単独の討伐ランクはDランク相当。
つまり1対1であればなんとか倒せるのが関の山という評価である。
それが群れであれば1ランクから2ランクアップというのが相場であるため当然釣り合いは取れない。
「貴族の馬車が襲われていたところをジーナと一緒に強襲したんだ。元々護衛の騎士たちが戦った後でかなり弱っていたみたいで運が良かったようだな」
「なるほど。それなら……」
俺が自分の力を隠すのであればこれまでに出していなかった魔石を一度に出したという方がスムーズかもしれない。
しかし、ギルドに魔物の群れに遭遇したことを報告することは推奨されているので、そこを誤魔化すことはしたくなかった。
「いや~、今日は大量だったな。しばらく酒代には困らないぜ」
ギルドを出てジーナと一緒に夕暮れの街を歩く。
「どうして……」
「んっ?」
「力があるのにどうして隠すの?」
ジーナがそう言って俺の目を見る。
その瞳は彼女の年相応に揺れていた。
――ああ、この子にはまだわからないか……
俺は若すぎる目の前の少女に遠い目を向ける。
「強すぎる力は軋轢と疑心を生む。人は自分とは違う大きな力、異常なモノを恐れるからな」
「でもっ!」
「まあ、そのうちわかるさ」
俺はそう言ってジーナの頭に手を伸ばしてクシャクシャっとその頭を撫でる。
背が低くてちょうど手を伸ばしたらそこに頭があったので思わずという形で手を伸ばしてしまった。
「ちょっ、おじさんっ」
ジーナは口では不服を訴えようとするが表情は穏やかだ。
撫でられるがままにしてただただ顔を赤くしている。
他人に撫でられることに慣れていないのかもしれない。
そんな彼女の様子を見て思う。
そもそもこんな年頃の子がこんな仕事をしていること自体がおかしなことだ。
何か事情があるのかもしれない。
しかし、おいそれと他人が踏み込むべきではないだろう。
俺はそう自分に言い聞かせてその日はそう自分の中で折り合いをつけた。