12 謀略
※ 第三者視点
「お父様!? そんなにお慌てになっていったいどうされたのです?」
辺境伯は何かを気にするようにきょろきょろと周りを見回した。
「大変なことになった! ここではちょっとまずい。部屋をとってあるからちょっとこっちへ来てくれ」
辺境伯はそう言ってリーザロッテの手を取を取った。
「わかりました、直ぐに参りましょう!」
リーザロッテは頷くとジーナに視線を向ける。
「ああ、すまいないが大事な話なんだ。申し訳ないが娘と二人だけにしてくれないか」
辺境伯はジーナに向かってそう釘を刺した。
そう言われれば是非もない。
リーザロッテは軽くジーナに頭を下げると辺境伯とともに歩き始める。
貴族のご令嬢が実の父親に連れられてホールを出ていく。
そんな二人の姿を周りにいた者たちが不信に思うことはなかった。
ただ一人、ジーナは直観的に何か言い知れない不安に襲われる。
説明はできない。
ただ何か気持ちが悪い。
(私の思い過ごしであればいいのだけれど……)
ジーナは念のためにと令嬢をエスコートし終わった保護者たちが集まる控室へと足早に向かう。
さっき自分と別れて別の場所に向かった以上、ハロルド辺境伯は今はその控室にいないはずだ。
自分の思い過ごしであって欲しい。
そんな思いを抱きながら足早に控室に向かう。
そして、控室の扉を開こうといたちょうどそのとき、彼女がその部屋から出てきた人物の顔を見て彼女の顔は驚愕に染まった。
(しまった! 謀られた!)
「んっ? どうしたんだい?」
そう首を傾げるのはさっき別れたばかりのはずの辺境伯だった。
ホールを出たリーザロッテは無言で歩き続ける実の父親である辺境伯の姿をした男に手を引っ張られて王城の中をズンズンと歩いていく。
そして徐々に人気のないエリアへと向かっていくに連れ彼女の心に言い知れない不安が生まれてくる。
最初は何も思わなかったリーザロッテではあったが次第になにかおかしいという感覚を覚え始めた。
「お父様、いったい何があったのです? それにどこへ向かっているのですか?」
「……そうだな、もうここらでいいだろう」
「!?」
返ってきたその声はリーザロッテが知る自分が生まれてこの方聞き続けてきた父親のものではなかった。
「あなた、お父様ではありませんね!」
リーザロッテは慌てて掴まれていた手を振りほどく。
そして男から距離をとった。
「まったく粗雑な娘だ。わたしはお前をそんな風に育てた覚えはないんだがね」
辺境伯の顔をした男がくつくつと嗤う。
ゆっくりと彼女に振り返ったその顔は口元が大きく歪ゆがんでいた。
「あなたに育てられた覚えはありません! 正体を現しなさい!」
「まったく元気な御令嬢だ。初めまして御嬢様、貴女に恨みはありませんがここで消えていただきますよ」
実の父親のものだった顔がぐにゃりと崩れ、次の瞬間、目元以外を黒色の頭巾で顔を隠した男の顔が現れる。
「!?」
「まったくあなた方には面倒を掛けさせられましたよ。まさかわたしが直接動かなくてはならないだなんてね」
リーザロッテも容姿を変える変装魔法の存在は知っていた。
しかし、かなり高度の魔法であり、この魔法の使い手は限られている。
しかも王城ではこの手の魔法はもっとも警戒されている魔法の一つであり入城時のチェックは勿論、発動阻害の結界も張られているはずだ。
それらをすり抜けるだけの実力のある相手……。
リーザロッテの額に汗が浮かぶ。
「小国とはいえさすがは王城、今回は本当に骨が折れましたよ」
「あなたたちは何者のなの? いったい誰の差し金?」
「くくっ、そんなことをわたしが話すとでも? いや、話してもいいかもしれませんね、どうせ貴女は知ったところで誰にも話すことができないのですから」
男は懐から短剣を取り出してリーザロッテに向けた。
キラリと光った剣身にリーザロッテは表情を硬くして一歩後ずさる。
「だっ、誰かっ!」
「くくっ、無駄だ。元々ここには人払いの結界を張っている。ここには誰もこないぞ!」
男はほくそ笑みながら彼女との距離と徐々に縮めていく。
――そのとき
「御嬢様っ!」
そんな声とともに現れたのはスカートの裾を膝上まで短くしたジーナだった。