1 おっさんの日常
グラン王国の辺境の街リード。
そんな片田舎が今の俺の主戦場だ。
「アドゥルさん。お疲れ様でした。薬草採取の報酬2000ゼニーです」
そう言われて俺は冒険者ギルドの受付嬢から報酬の入った革袋を受け取った。
このずっしりとした硬貨の重みが今日一日の俺の労働の成果を実感させてくれる。
この2000ゼニーという金額は大人が一日生活するのに決して多いとは言えない金額だ。
それでも俺は感謝の念を込めてその報酬を受け取る。
今日は森に行ってそこそこ多くの薬草を採取することができた。
俺は用が終わると込み合い始めた受付からさっと身を引く。
時刻は夕方。
この冒険者ギルドにも次々とクエストを終えた冒険者たちが帰還してくる。
若くて美人の受付嬢とのんびり雑談したいところだがそこはぐっと我慢して俺はギルドの出入り口に向かった。
周囲の空気を読めてこそ一人前の大人というやつだ。
俺は内心自画自賛しながらゆっくりと入り口へと向かう。
そのとき入り口の扉が開き、外から見知った顔が現れた。
「おー、おっさん、生きてたか」
外から入ってきた若い金髪の男が俺の顔を見るや笑みを浮かべてそう声を掛けてきた。
こいつはとあるCランク冒険者パーティーのリーダーのエリックという男だ。
年の頃は俺よりも一回り若い20歳になるかならないかくらい。このパーティーは野郎ばかりが5人も集まった華のないパーティーだが堅実にクエストをこなしている手堅い連中だ。
俺に掛けられる言葉は字面にすればひどいものだが決して俺たちの関係は悪いわけではない。
むしろ奴らはこの街でも5本の指に入るくらい俺に好意的な連中だ。
俺としても畏まれるよりこうして軽口を叩き合える連中の方が気安くていい。
「ああ、今日も無事生き延びたぜ」
俺がおっさんスマイルでそう返すとエリックは俺に向けて親指をぐっと立てた。
冗談でもなんでもなく、冒険者というものは常に危険と隣り合わせだ。
昨日一緒に酒を酌み交わした相手が今日は死体となって物言わぬ様になることなど日常茶飯事。
『なにはともあれ安全第一、命あっての物種だ』
俺は常日頃から周囲にはこう言っている。
冒険者というものは自分のできる力量に応じたクエストをこなせば大なり小なり生活できるというものだ。身の丈に合わないクエスト受けて人生を棒にふるう大怪我を負ったり最悪死ぬなんてことになるのが一番馬鹿げていると思う。
そんな俺に対して『冒険心のない冒険者など本物の冒険者ではない』なんてことを言ってくる奴もいる。
事実『腰抜け』とか『臆病者』といった陰口も聞こえてくる。
いや、俺の耳に聞こえるように言っている時点で既に蔭口ではなくただの悪口だろう。
しかし、言いたい奴には好きに言わせてやればいい。
そんな連中はまだ本当の意味で命の危機に出くわしたことのないある意味運のいいだけの輩に過ぎない。
「おっさんのアドバイス通り、毒消しポーションを大量に持っていって正解だったぜ。御礼に今日は一杯奢らせてくれ」
「おっ、そうか。それなら御馳走になろう」
今から酒場に繰り出そうとしていたら何と奢りの誘い。
今日はついている。
ただ飯、ただ酒は最高だと俺はエリックの肩を叩いた。
「「「「「「かんぱ~い」」」」」」
俺とエリックたちとで冒険者ギルドに併設されている酒場へと繰り出した。
ガチンとジョッキがぶつかる音が響く。
――ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ
「~~~っぱ~、やっぱ仕事の後の一杯は格別だな」
「おー、おっさん、いつ見てもいい飲みっぷりだな」
「そりゃあな。こんな楽しみでもないと冒険者なんてやってられねーよ」
俺は一旦ジョッキから口を離してそうまくし立てると再びジョッキに口を付けた。
(く~、仕事の後はやっぱキンキンに冷えたエールに限るな)
思わず頬が緩む。
この世界に冷蔵の魔道具を生み出してくれた魔導技師には感謝してもしきれない。
ジョッキの8割くらいを飲み干したところでエリックから話し掛けられた。
「で、おっさんは今日、何やったんだよ」
「んっ、俺か? 俺は薬草採取だ。2000ゼニーになったぜ」
「おお、そりゃ良かったな」
年齢が一回りも違う年下の冒険者とこうしてフランクに話すのも慣れたものだ。
そうしてたわいもない会話を続けながら酒に料理にと舌鼓を打つ。
そんな中でこの空気を壊す愚か者が現れた。
「おいおい、底辺のおっさんがいるぜ」
「おお、マジだ。あのおっさんまだ生きてたのか」
俺たちが気持ちよく酒を飲んでいると酒場に他の冒険者グループがやってきた。
奴らはBランク昇格間近とか言われているCランクパーティーの連中だ。
「おっさん、気にすんな。あいつら最近調子に乗ってるからな。いつか大怪我するぜ」
俺の代わりにエリックが憤る。
(ふむ、まだ若いな。このくらいで頭にきてたら冒険者なんかやってられないぞ)
大物ぶって俺は内心でそうエリックを諫める。
そんな相手に対して正面から反発してもより大きな反撃を食らうだけだ。
底辺なりの処世術を身に付けている俺は自分に対する誹謗中傷もなんのその。
「おー、まだ生きてるぞ。今日も酒がうまいぜ!」
俺は侮蔑の表情を見せる連中にそう言ってジョッキを掲げて見せてやった。
「ははっ、万年Dランクの底辺がゴミクエストで冒険者にしがみついて情けねーな」
「ホントだぜ。俺だったら恥ずかしくて辞めちまうぜ」
連中はそう高笑いしながら店員に他の席へと案内されていった。
「さあ、気を取り直して飲み直そうぜ!」
誰かがそう言ってその言葉を皮切りに再び俺たちはジョッキを掲げる。
こうしてこの夜は二度三度と友と杯を重ねた。
語る内容は大したことではない。
若い連中が口にする話なんぞはいつの時代も相場が決まっている
金がない。
女が欲しい。
せいぜいがそんなところだ。
俺はそんな連中と肩を組んで語らい夜遅くまで酒を酌み交わして楽しい時間を過ごした。
(気楽な冒険者稼業は止められないぜ!)
こうしていつもの一日が過ぎていく。
そして今日もいつも通りの一日が終わる。
そのはずだった。