1.追放
初心者による試験的投稿です。
読んでくださる方々がいたら続投頑張ります。
魔法や魔術に関する独自解釈があります。
「もう我慢の限界だ。貴様みたいな白魔道士の劣化品は我が国の品位を下げる。ユキト・リンデン、今日このときをもってアカシア王国から追放する」
「……はい?」
ぼくは耳が遠くなったんでしょうか。
とんでもなく屈辱的なことを言われた気がします。
まず、ゴテゴテと宝石で着飾った品位の欠片もない人に、品位を説教されたくないんですが。
ここ魔物の森ですよ? 宝石いります?
「先代の国王が評価するから、どれほどのものかと思えば……ただの無能ではないか。無能なら無能で努力する姿を見せればいいものを、貴様はなんだ? ただ我々の後ろを幽霊みたいについてくるだけではないか。そうだろう?」
アカシア王国第二王太子が、他のパーティーメンバーに顔を向けます。
「は、カイル様の言うとおりでございますな」
「ええ、嘆かわしい限りですわ」
「怠慢は無能よりも悪なり……我が王宮に、二年間もこのような者がのさばっていたなど、信じられませんね」
順に、槍使い、黒魔道士、盾使いです。
ぼくから言わせてもらえば、金魚の糞、ビッチ、陰気メガネ野郎なんですが。
アカシア王国は初代国王の意向で、王太子は全員、魔物の森かダンジョンを攻略する試練を受けます。
要するに通過儀礼ですね。
王太子としての権威と実力を示す、いわば箔付け。
もちろん、本当になにかあって世継ぎがいなくなったら一大事です。
なので、通常の冒険者ではあり得ない高待遇……万全の装備、万全の従者、万全の便利アイテムで臨むわけですが、これはオフレコです。
とはいえ、なにがあるのかわからない森とダンジョンですから、皆さん真剣に
……と言いたいところですが、ここ数十年は形骸化されていると聞きます。
残念ながら、本当のようです。
この第二王太子を見ていればわかります。
そのジャラジャラと宝石で飾られた剣で、魔物なんて切れるんでしょうか。
まあ、実際に鞘から抜いたところなんて一度も見たことないんですが。
ぼくは彼のことをひそかに、メルヘン王子と呼んでいます。
なぜか?
だってこの人、自分から聖なるオーラが出ているから魔物に勝っているんだって、本気で思ってやがりますからね。
「僕の輝かしいオーラに畏れをなして、魔物もあまり寄ってこないのだろう」
これですからね。
そんなアホなことあるかってんですよ。
「……ちょ、っと待ってください……ぼく、きちんと仕事していましたよね?」
声が震えました。
どうやら、自分で思った以上に無能扱いがショックだったようです。
本来このパーティー(笑)に編成されるはずだった白魔道士の代わりに、ぼくは急遽メンバーの一員になりました。
ちょうど一ヶ月ほど前だったでしょうか。
元々は、引退した先代国王に雇われていた身です。
ユニークスキル《魔力調律》を活かして、ご臨終なされるまでのお世話役
……主に身体的な苦痛を緩和する癒し手を務めていました。
そのお役目が終わったときに、今回の件を持ちかけられたわけですね。
魔力の根源は『霊子』。
子どもでも知っている世界の法則です。
魔力は消耗や劣化は霊子の乱れ。
ぼくのスキルは霊子をととのえることで魔力を調律し、対象を癒したり強化させることができるわけです。
ちなみに白魔道士の人は慢性的な胃痛が、なんと胃潰瘍に悪化したそうです。
たぶんその原因は、王太子と腰巾着三人なんでしょう。
ご愁傷様です。
無駄に自信過剰で、剣や魔法の鍛錬も勉学も怠けて遊び呆けているのだとしても、腐っても王太子。
王宮としては、たとえ形骸化されている通過儀礼だけでもクリアさせないことには面目が立ちません。
とにかく試練の泉(と勝手に王宮が言っているだけですが)まで辿り着いて、その水を汲んでこられればなんでもいい。
そんな投げやりな命で、ぼくは王太子のサポート役になったわけです。
だからひたすら、徹底的に後方支援を務めていました。
ぼくは自分のユニークスキルを活かせる場所を、ずっと探していました。
だから今回の命も、ありがたい機会だと思って全力で遂行したつもりです。
たとえわがまま王太子のお守り役だとしても。
たとえどんなに、この容姿を不気味がられても。
このスキルは役に立つのだと証明したくて、頑張っていたのに——
「貴様が仕事を? いつ? そんなそぶりはまったくなかったが?」
「一日にどれだけ歩いても、疲れなかったでしょう」
「僕なら当然だ」
「……イバラ道を歩いても崖登りしても、かすり傷ひとつなかったでしょう」
「僕なら当然だ」
「……、慣れない重い剣や鎧を身につけていても、突進してきたケルベロス、避けられたでしょう」
「僕なら当然だ」
息が詰まりました。
ぼくは今さらながらに、恐ろしいことに気づきました。
このメルヘン王子、自信過剰だとは思っていましたが、
——まさかここまで来られたの全部、自分の実力だと本気で思ってるんですか!?
思わずふらりとよろけると、王太子は自信満々にふふんと鼻で笑いました。
そしてなにを勘違いしたのか、
「貴様は自分が僕をここへ導いたのだと王宮を欺き、自分の功績にしたかったのだろうが、そうはいかない。聞けば貴様、ロクな身分もないらしいではないか。卑しい人間の考えそうなことだ」
「カイル様のご功績を掠め取ろうだなどと、反逆罪にも等しいですな」
「ええ、我々こそが殿下に相応しいですわ」
「バカにつける薬はない……しょせんは色ナシ。白魔道士の代わりなど、務まるはずがなかったのです」
金魚の糞、ビッチ、陰気メガネ野郎が、次々と王太子を擁護し、媚びます。
侮蔑。軽蔑。嫌悪。嘲笑——
ゴミクズ、汚物を見るような目つきでぼくを見下します。
ぼくは髪も瞳も、真っ白どころか白を極限まで薄めた、透明に近いものです。
たとえるなら、たっぷりの水に絵の具の白を溶かしこんだ感じでしょうか。
一応白っぽい、みたいな。
あれです、クラゲとか脱皮したてのセミとか。
我ながらちょっと不気味です。
本物のクラゲやセミのほうがずっとかわいげがあります。
実体はあるわけですし、肌を切れば血も流れます。
ただ、その肌色もなんというか……もはや視覚的な質感が薄いというか。
雪のように儚い美少年〜とかだったら、まだマシなんですけどね。
色ナシは魔力ナシ。
色って要するに魔力ですからね。
魔のエネルギーが色彩として見えるわけです。
魔力は古来、森羅万象をつかさどる神々からの恩恵。
さらに根源的なことを言えば、世界の創造主からのギフトです。
それが、ぼくにはない。
異端。異常。異質。
異色、異彩とも言えない奇怪児。
だからぼくは、実母に捨てられました。
「キモい」のひと言で。
「この役立たずが」
追い討ちは、ぼくの心に深々と刺さりました。
王都に来る道中でも、散々投げつけられた言葉。
あちこちの村や町に寄りましたが、
無能、非才、ダメスキル、ハズレ、落ちこぼれ、弱小、雑魚、底辺、みそっかす、愚鈍、以下略
という具合に、どの職場でもギルドでもあまり相手にされませんでした。
ろくに話も聞かず門前払いしてくれやがったところもありますからね。
足の小指を角にぶつけてしまえと内心で呪いました。
経験値ではなく、不名誉な語彙だけが無駄に増えた気がします。
「ぼくは功績を掠め取ろうなんてしていません——ッ! 魔力調律はたしかに、目に見えるようなわかりやすいものではないですが、ぼくはこの森に入ってから常時発動していますし、そのことは事前の報告書でも上申しているはずで」
ぼくはなんとか食い下がります。
泣き寝入りするわけにはいきません。
ここで諦めては、養母にだって顔向けできなくなります。
ぼくはあらかじめ、スキルを全自動で常時発動させていました。
霊子が劣化してから対処するのではなく、そもそも劣化しないようにしていたわけです。
医学で言えば予防ですね。
ただ、霊子レベルの話だからでしょうか。
スキル持ちのぼく以外の肉眼では、スキル発動の現象が見えないみたいなんですよ。
なんとなく身体が軽くなった、なぜか怪我が癒えた、不思議と疲れない
——という具合に、結果を実感してもらうしかありません。
第二王太子には原因がぼくだと信じてもらえなかったようですが。
「ええい、うるさいうるさい!」
王太子は地団駄を踏みます。
本当にぼくと同じ十六歳でしょうか。
そろそろ癇癪も収まっていい歳だと思います。
「報告書だと? そんなものになんの意味があるのだ。現場での活躍こそすべてだろう。自分の無能を棚に上げて、僕に逆らうな!」
ああもうこれだから活字嫌いは!
いいかげんくじけそうです。
そうです、この王太子は本の一冊だって読めたことがないので有名でした……。
現場の活躍こそ大事なのは、ぼくだって異論はありません。
でも、ユニークスキルは「固有」で「唯一無二」だからこそ理解されにくい。
誤解されないように、このスキルを少しでも知ってもらえるように書いた報告書
……文字どおりゴミにされていたなんて。
冷たい汗が背中を滑り落ちます。
震える手のひらを固く握りしめます。
「これ以上の問答は無用だな。反省して土下座でもするなら考えてやらないこともないと思っていたが……残念だ」
全然残念そうではない声で言うと、王太子は三人に目配せします。
次の瞬間、彼らの手の中が光りました。
この光は……転移魔石……!?
「ちょ、待——っ」
ひとつ瞬きする間に、四人は影も形もいなくなりました。
試練の泉のほとりで、ぼくの呼吸だけが虚しく聞こえます。
「ふざけんなですよ……」
戦闘力ゼロのぼくは、こうしてたったひとり、魔物の森に取り残されました。
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