9話 出番
『第五試合、レイブン君対ブルース君の試合を開始する』
木の板を持ったレイブンと、素手のブルース。両者共に超近接戦を望んでいるようだ。
「レイブン君は、えっと、勝てるの、あんな武器で」
「まあ強さで言えば、そりゃブルースの方が上だろうけどな。見比べての通り、筋力から技術、あとたっぱも全然違うだろ。ただまあ、レイブンと比べりゃ、あいつは脳まで筋肉に支配されているからな。あいつの超能力も、その脳筋っぷりに拍車をかけてるし」
「つまりどういう事?」
「強さはどう考えてもブルースだけど、試合はレイブン有利だ。一対一だと、基本的には本人の強さがそのまま有利か不利かに関わってくるんだがな。レイブンの場合、脳筋だったり多少頭が良い奴等相手には、それはもうびっくりするぐらいの戦いぶりを見せてくれる」
ブルースの戦い方は、いわゆる柔術。相手を無力化する為の技術だと言えるだろう。
彼は特に師匠などが居る訳ではなく、完全に独学。初心者入門書ぐらいならば目を通したが、あとは完全に自己流。そのため、型が無く、相手に動きを見抜かれる事は少ない。だが完全自己流な為、まだまだ無駄も多く、隙を晒す事もしばしばあるのが弱点だと言えるだろう。
「まあ次の試合で戦うかもしれないから、あれこれ情報を吹き込むのはできないけどな」
クリミナは次の第六試合。もしレイブンがこの試合に勝ち、クリミナが第六試合で勝ち上がれば、この二人が戦う事になる。
そのため、リンカは弱点に成り得る点を教える事ができない。逆に強みなども、教える事はしない。
「まああれだ。あいつはキチガイだから。実力で完璧に叩きのめす事ができればそれでいいが、その他だと、どうだろうな。あいつはマジで腹立つ戦い方するから」
ブルースが行う柔術は、入門書で読んだ基礎を徹底的に磨いた技術だと言える。自己流だと言うのは、彼の体つきは常人とは少し異なり、通常の動きが少しではあるが制限される。そのため己が行えて、尚且つ動きやすい型を身につけた。
そしてその基礎は、やはり武具を奪いとるところから始まる。受け身もやはり重要なのだが、それを真剣相手に活躍する機会は少ないだろうと、割愛した。
武器を奪いあげれば、その流れで手首を掴み、体を180度回転させ、相手の腕を自身の肩に掛け、相手を投げる。それも遠くに飛ばすのではなく、地面に叩きつけるように投げる。
これがブルースの一連の攻撃になる。
「ブルースの超能力は砲台。誰か別の超能力、ラウルのあの炎風だとかをあいつにぶつけると、それを吸収、で、最高で倍ぐらいの威力で発射する。あいつの能力は特殊だからな。確かに一つの能力とは言えるけど、なんともまあ、他人任せな能力だよ」
「でも、使いようによっては便利だよ」
「そ。だからこの学園に居るんだ。まあ居るには居るんだけど、こういう対人戦だと、どうしても不利だ。そりゃあいつは超能力のおかげで、他人の超能力に対する耐性は高いけど、決して無傷ってわけじゃないんだよ。それにそもそも、自身を強化するような能力相手だと、こいつの能力は何の価値もないからな。活躍するにできない」
ブルースが攻撃を仕掛けようとするが、それを予知していたのか、レイブンは体をねじりながら半歩前に出て、木の板を使いレイブンの手を叩く。
「ちなみにだけど。ブルースの超能力の耐性は、ラウルの全力でもかすり傷程度に抑えるぐらいには頑丈だから。まああくまで超能力に対する耐性であって、その他打撃だったり斬撃だったりには一切作用しない」
柔術には、独特の間合いがある。その技によって、絶妙に相手との距離を変える必要が出てくる。たった半歩程度で狂わされるほど精密な調整が必要ではないが、そこはレイブンの方が一枚上手だったと言う事だ。
ブルースが、姿勢を崩した。レイブンは半歩前に出て、ブルースの手を重心をずらす程度に叩いてやった。それだけの事だ。
「じゃ、次の試合だろ」
「うん」
「頑張れよ。相手はB組の中でも結構な腕利きらしいし」
そしてレイブンがブルースの首に気絶させる程度の威力で木の板を叩きつけた。
事実、それでブルースは気絶した。
だが、試合のルールは武器破壊か場外に出る、はたまた降参を宣言する事。それにより勝敗が決まる。
そのため、レイブンはブルースの体操服の襟を掴み、引きずり、場外へと投げた。
試合は常にレイブンが指導権を握ったまま、レイブンの勝利。
◇
「ほんと、お前と戦わなくて良かったわ」
「ぼくもあなたとは戦いたくないですね。あなたの思い通りに動かされているようで気持ち悪いですし」
「そりゃお互い様って奴だ」
試合終わりのレイブンが座席に帰ってきた。
「それで、いよいよ彼の試合ですか」
「まあ応援で送り出したは良いけど。なんというか、相手が可哀想だ」
『第六試合、アーサー君対クリミナ君の試合を開始する』
この一戦は、第一試合とは別の意味合いで、注目されている。
なにせ、この学園の創立以降いなかった転校生。ただ引っ越してきたからこの学園に入学した、なんて事はあり得ないのだ。生徒には戦う力、戦略を練る頭脳、既存の発明を超すものを作る事の出来る技術と発想力、および想像力、どれか一つを持って、始めて試験を受ける資格を得る事出来るのだ。
そして彼は、その試験をすべてパスしたのだ。政府ががっつり関与していたにしろ、この事実は大きい。
「まあ、みたくれからは一切想像できないだろうけど、あいつは強いぞ」
「それは、野生で生きていたから強いと?」
「そんなの試合を見て判断しろよ。俺がどうこう口出しする権利はないだろ。それにあんたの対戦相手だ。自分で分析するんだな。それか金を払え。そしたら教えてあげる」
「もとから自分で判断するつもりでしたよ。…なんです、その手は。あなたに頼らずとも、分析ぐらいできますよ。あげませんよ、金なんて」
そしてクリミナの情報は、誰も知らない。せいぜい最近転校してきた生徒、ぐらいなのだ。そして転校してきたタイミングが絶妙だった為、戦闘訓練も受けていない。どういう戦い方をするのか、一切情報が無いのだ。
つまり、この試合が、クリミナの戦闘スタイルの初公開と言う事になる。
なんの情報もない相手には、二通りの戦法を取る事ができるだろう。
相手に何もさせない為に速攻。これはリスクがでかすぎると言える。だが事実として、相手に何もさせずに戦える唯一の方法だと言えるだろう。それを成しえる実力があると自信のある者がやれば良い。
もう一つは、相手の戦い方を見切る為に、攻撃を受け流す、カウンターを入れる。ここまで完璧なプランと行かなくても、相手が動くのを待つ、ぐらい簡単な方法がある。だがこちらもリスクがあり、相手の攻撃を完全にいなせなければ、相手に先手を譲ってやる事になり、自らを危機に晒す可能性があると言う事。
これらが一切情報の無い相手に対しての有効な戦法だろう。
剣での打ち合いでの近接戦や、逆にずっと動けず泥仕合になるのだけは避けるべきだろう。いくらこれが試合であり、殺す術がないとわかっていても、それに等しい術ならば持ち得ているかもしれないのだ。飛び道具を隠し持っているかもしれない。何もわからない以上、そう言った危機があると想定するべきなのだ。
そしてアーサーの選んだ答えは、相手の出方を見る、だった。そうだ。クリミナの戦い方を知らない以上、これが正解と言わざるを得ない。
クリミナはと言えば、アーサーの方に歩いて行っていた。それもかなりゆっくり。
「悪いってわけじゃないけどよ。あんなのどこで身に着けたって言うんだよ」
そしてアーサーの気が、一瞬で良い。逸れてくれれば。それこそ、瞬きをする瞬間で十分。
「え?」
気が付けば、クリミナはアーサーの後方に居た。それも先ほどと同じぐらい、両者の間に距離が空いている。
「おい、あいつ今持ってる武器、ちゃんと見えてるか?」
「ええ、それはまあ。それが何か?」
「勿論木刀だよな?」
「当たり前ですよ。それがルールですよ。ただ刀と言うには、長さが足りてないですが。脇差よりも短いぐらいです。そして更に言うのであれば、折られた形跡があるように思えますね」
「そりゃそうだろ」
「どういう事で?」
「ま、こんぐらいだったら良いか。あいつの得意とする武器は、それこそ特注しないとないような物だからな。で、俺達は前以って注文する事ができるけど、あいつの場合は、量産した奴のどれかを選べって感じになったんだろ。だから自分の使ってるのに近い物を選んだ。で、そこで更に自分の得意武器に近づける為に、必要ない部分は折った、ってところだろ」
「それはつまり、自らリーチを短くしたと言う事ですか」
「その言い方は違う。槍を使う奴が居てナイフを使う奴が居るように、あいつはあいつ独特の間合いで戦うってだけだ」
一瞬のうちに背後に回られたアーサーは、相手の出方を窺う事を、諦めた。待っていても、追い付けないと判断したのだろう。
そしてアーサーの背後に回ったクリミナはと言うと、首を傾げていた。納得いかないと言わんばかりの表情とセットで。
「それじゃあこっちから質問を。お前今の動き、ちゃんと追えたか?」
「ギリギリ、これと併せて何とか」
「じゃあ良い事を教えてやる。あいつはあれで抑えてるぞ」
「どこが良い情報なのか教えて頂きたいですね」
「じゃ、お金を」
「もう良いです。…なんです、あなたに金など使いませんよ。…。その手をどけてください。あなたに払う金は一銭もありませんよ」
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