6話 出発
「にしても、マジでどういう風の吹き回し?リサさんってば、基本他人とは一定の距離を開けて接するで有名だろ。何故そいつに甘いと言うか、人間味を出してきた?」
「あたしは元々人間味だらけでしょ」
「それはない」
「まあ簡単な話、あいつの部屋を見たらそうするしかないでしょ」
話題の中心に居るクリミナは、このリニアの速さに驚いていた。目印と出来る物が殆どなく大して景色が変わる訳でも無いが、別にそういう事じゃない。ただこの技術に驚き、初めての体験に驚いている。
「あいつ、部屋に何もなかった。わかる?本当に何もない。貧乏とかじゃないんだろうけど、その暮らしに慣れてない、って言うのが一番かな?とにかく、元から置いてあった物以外何もあいつは持ち込んでないのよ。服から食料、家具まですべて」
「お前は外で暮らすってのを知らないから、そう簡単に言えるんだよ。そんなのに頓着してたら、モンスターに殺されるのがオチだし」
「だからって、何もないのっておかしいでしょ?あいつに何があったのか知らないけど、こう、親の形見とか、親友から貰った大切な物とかあったりするものなんじゃないの?」
クリミナが外の景色に感動している頃、クリミナのクラスメイト達は、ちょっと歓喜していた。ちゃんと見た目相応の喜び方をしている、と。性別を騙してるんじゃないか、とまで言われた始末。
因みにだが、この車両にクラスメイト全員が居る訳ではない。一般客が大勢来る事が予想されているため、学生の特権を使い先に席を取ろうとしているのが、この車両に乗っている人達の特徴だ。それとあと二つぐらいのグループがあり、席はどこでも良いけど、とりあえず試合は全部見ようとする二陣、自分の試合の時間に到着するように向かう三陣。
「俺からはノーコメント」
「だから、あれを着ろこれを着ろってのは無理難題ってわけ。昨日の時点で、あの服が密着するのはわかりきってた訳だし」
「ま、俺としては、その気遣いをする心をあんたは持ち合わせてないだろって話題なんだ、ッ、鼻を狙うのは無しだろ」
「関節技じゃないだけ感謝してほしいぐらいだけど」
気が付けばクリミナは人気者になっていた。
このリニアの座席は、二人席通路を挟んで三人席。そしてまだ日が出てくる前ぐらいには早い為、座席を自由に選べるぐらいには人が少ない。
そしてクリミナ達は三人席に座っていたのだが、クリミナは通路側だった。だがその素早く移り変わっていく景色に魅了され、丁度横の座席に人がいなかった為、そっちに移動していた。そのため、リンカとリサの会話は耳に入っていない。
「まあそれだけじゃあの気遣いをする理由としちゃ足りてない気がするけど。けどまあ、俺が気にするだけ無駄だろうけど」
「わかってるなら、最初から聞かないで」
「じゃ、質問を変えよう。あっちで人気者になってるのも想定済みだったりする?」
「わかってるからこそ、パーカーを渡したのよ。なにせあのレイラが居るんだかから、用心しないと」
流石にあの二人が話している事ぐらいはクリミナも理解しているので、いい加減元の席に戻ろうとしたのだが、レイラが丁度、通路側の席に座っていた。
「えっと、ここが君の席だったなら、何も言わずに座ってたのは謝るよ。えっと、どいてくれる?」
「大丈夫。私の席じゃないから」
「なら、えっと、どいてくれると、ありがたいんだけど」
「大丈夫」
いっそ清々しいほど、クリミナが移動する邪魔をするレイラ。更に言えば、周りの席にもクリミナと喋りたいクラスメイトが居る為、余計に逃げ出す事ができないようになった。
「いやさ?俺は基本的に男子としか話さないから知らないけども。レイラってそんなヤバいの?」
「あれでも抑えてる方」
「あいつもう試合の前にくたばるんじゃねえの?」
だがクリミナが諦めたかと言えば、そうじゃない。ただ興味が外にもう一度移っただけだ。
闘技場に着くまでに、その他の設備が見えてくる。その設備があまりの速さで視界の外に出て行った事をきっかけに、改めてクリミナがこのリニアの速さに気が付いた。面白いと言う訳でも無いのだが、やはり今まで知らなかった事を知ると言う事は感動を生むのだ。
そして邪魔をしていたレイラと言えば、結構ガチな方で、顔がにやけていた。興奮と言っても良い。クリミナの横顔を見て、美人の女性がして良いような顔を超えたにやけ顔をしていた。
「いい加減救助してあげたら?」
「もうじき目的地だし、他人とのコミュニケーションも大事だし、あのままで良いだろ」
「あんた、クリミナの親なの?」
「出来るなら、関わりたくけどな。あんなのに敵う人間なんざそうそういないし」
「色々と引っ掛かる言い方するんだね」
「色々あんだよ、色々。お前さんと同じく、色々と」
「あんた何を知ってるの?」
「情報オタクの知識量を舐めちゃいけないぞ。まあ安心しろって。情報と言うのは高いから」
「金さえ払えばすぐに話しそうなのが嫌なんだけど、わかる?」
「だーから、情報は高いの。それに個人の情報なんざ、政府の情報よりお高くつくぞ~。それこそ一個人で払える金額は超える。だから大丈夫だって安心しろ」
「まあ、金が絡まないなら口は堅そうだし、そこだけは安心しても大丈夫そうね」
クリミナは外の景色に夢中だ。そしてその横顔に夢中なレイラ。そして現実に引き戻そうとしてくれるクレアとセレナ。
時々外の景色に感動したクリミナがレイラに話しかけたりするのだが、そのたびレイラではなくクレアかセレナが受け答えをしていた。何故かと言えば、彼女は興奮のあまり、もう言葉にならないような吐息を出し始めており、まともな回答を期待できない為、彼女達が代わりに答えている。決して彼と話したいと言う訳ではない。自分の事をちょっとでも覚えてもらいたいだとか、決してそういう訳じゃないので勘違いしてはいけない。
因みにだが、ここには彼等だけしかいない訳ではない。同じ学校の生徒ではあるが、赤の他人が幾人か居る。そのためうるさくし過ぎるのはマナー違反だ。そもそも朝が早いと言う事もあり、寝ている人が大半だと言で、起きてる人は普通にお喋りを楽しんでいる為、そこまで意識する必要もなさそうではあるが。
「じゃ、お話はここまで。俺は寝るんで」
「あんたから話しかけて来たんじゃない」
リンカはどこでも寝れる体質なのか、そう言った直後、すぐに寝た。リサの言った言葉すら聞き取らず。
「寝るまでに一秒もいらないなんて、どんなバケモンなんだか」
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