5話 集合
「こっちだ」
一年トーナメント開催日。
この日は通常授業が無く、代わりとしてシュテン学園の目玉の行事の一つ、トーナメント戦を行う。
その中でも、一年トーナメントの前期はとりわけ注目度が高く、大勢の一般客が押し寄せる。そもそもシュテン学園の行事ごとは欠かさず見る者や、戦いを見たい者などが中心に集まる。
だが一年の前期のトーナメントは、可能性の塊と言っても良い。まだ教わった事も少なく、本人の才能とセンスが問われてくる。今は強くとも、それ故に成長の余地がない者が居れば、今は最弱と呼ばれるほど弱いとしても、成長出来るところしかない逸材も居る。
その可能性を見出すのが趣味のおじさんおばさんが、仕事を休んででも見に来る。ただ、これはごく僅か。この可能性を見出す為の組織が存在する。その組織員が大勢やってくる。そして将来有望株を、有名企業などの護衛や社員として、情報を売る。そして企業は情報を買う金をケチりたい為、これまた企業のスカウトマンが集まってくる。
そのため、たかが学生の行事と侮ってはいけない。闘技場周辺には露店が出店され、賭けなどが横行する。
「時間ぴったし。もうちょっと早く来るとかできないの?」
「でも、言われた時間通りに来た」
「そうですね。ま、出発の時間より早めに集合したんだし、大丈夫だけどよ」
そして、これはあくまでも学園行事な為、学園の敷地で行われる。そのため露店の売り上げの約二割ほどは、シュテン学園の手元に入る事になる。正式に行われている賭けもまた、学園側に一部金が入る。
「それで、えと、どこに行くの?今日って確か、トーナメントじゃ」
「だから、その会場に向かう訳だ。こいつに乗ってな」
クリミナとリンカの背後には、リニアモーターカーがある。少々車体は普通とは違い、卵のような形をしているが。
「この学園は大きく分けて、三つのエリアに別れる。一つはここ、学園エリア。ここに学園と、通学の事を考え寮がある。それとショッピングエリア。そこで主に食い物を買ったり、服だとか家具だとかを買える。まあめちゃ大きいショッピングモールがあると思ってくれて構わない。で最後。今から行く、トレーニングエリア。学園エリアにも簡易的なグランドはあるけど、本格的な闘争訓練をするには、トレーニングエリアの設備を使うしかない。で、そのうちの一つ、闘技場に今から向かう」
「けど、わざわざこんな乗り物に乗る必要は」
「大いにあるとも。実際どのぐらいの広さがあるのかは知らないけど、この海上都市のおよそ三分の二はこの学園が占めてる、って言われてる。実際はどうか知らないけど」
海上都市シュメルの土地が、決して狭い訳では無い。約1000万の人口が人口過密ではないと言えるほどの広さを持ち、しっかりと商業などを行え、更にはシュメル全域を補えるほどの発電施設すらある。決してシュメルが狭い訳では無い。
ただ、シュテン学園が広いと言うだけだ。ショッピングエリアは誰でも自由に出入りする事ができ、一部のトレーニングエリアの設備は料金を支払えば利用する事が可能だ。ただ、異常なほど強大な力を持つ学生達と同じ場所で、デスクワークを強いられている社会人が利用する事はほとんどないが。
「で、そんな広さがあると言われてる学園のエリアを超えるのは、そんな安易な事じゃない。歩きだと一日は掛かるって言われてるんだ。てかそれ以上。だからこれに乗って移動するしかない」
因みにだが、今はまだ、朝日を拝む事ができない。東を見れば明るいと言うのはわかるのだが、太陽は昇っていない。
「それで、どのぐらい掛かるの?僕の知ってるのだと、一時間でせいぜい隣町に行くぐらいなんじゃ。乗った事ないからわからないけど」
「まあ、その隣町がどのぐらい近いかで速さってのは変わってくるけど。正直言って、この距離感だと、リニアは本来の力を出し切れないからな。どっちもどっちだ。大差ないんじゃないか。ま、乗ってみればわかる。そのための乗り物だし」
この学園にあるのは、殆どが試作機。大前提として、安全である事は確かめられている試作機。
試作機の為、市場に出回っている物よりもよりハイスペック。それか極端に性能が劣る物か、そのどちらかになる。そしてこのリニアモーターカーは、前者の方だ。
通常の場合、リニアモーターカーの最高時速はおよそ600kmとされる。だがこれはその速さを超えれないかと試され作られた、試作機三号。そして理論上ではおよそ1500kmまで出す事ができるが、その速さを出す為には、それに見合うだけの直線距離が必要になってくる。もし最高速度を出したとしても、その路線が足りず、脱線する結果になる。それも猛スピードで脱線するため、被害が尋常ではなく広がってしまう。
そのため、現在このように学園での移動で使われている。それもリニアモーターカー以下の速度しか出さない、新幹線と特急電車の間ぐらいの速度。
「それと、シャツとか着ないのか?その服、性能は良いのかもしれないけど、見た目がちょっと」
「別に気にする事じゃないと思うんだけど」
「いや、ここには他人の目と言うのが存在してだな。不快に思う人なんてのはそうそういないだろうけど、流石にそこまで体のラインを映し出すと、困る人が出てくると言うか」
「そういうものなの?」
「まあ、そうだな。特に女子が」
今から試合と言う事もあり、クリミナとリンカは学園指定の体操着を着ていた。だがクリミナはリンカとは違い、旧式の体操着を着ていた。
何故かと言われれば、この超能力を活かす為の闘争訓練の為の服装は、やはり丈夫である必要がある。もし体から火を出す事ができる超能力であるのなら、その体操着も耐火性能が必要になってくる。つまるところ、一人一人特注の体操着と言う事になってくる。
だがクリミナはその特注をするにも、体操着を合わせる為の時間が無かった。いや、合わせるだけなら時間はあったかもしれないが、開発する時間が無かった。どう転んだとしても、テイトから体操着を借りると言う結末しか待っていなかった。
そして何故一昔前の体操着になったかと言えば、最新の、リンカたちが着る体操着は一着一着性能が違う為、代わりと言う物が存在しなかった。量産するのが難しいからだ。
だからと言って、旧型の物が残っていた訳でも無い。一人一人に合わせて作られた体操着は、よほど酷い事でも起きなければ、ほつれ一つ起こさない。多少剣で斬られても、鎧にはならないが斬られる事はない。
そのため昔の体操着は大掃除のタイミングですべて処分された。そもそも転校生など来る予定も無かった為、予備が必要だとも思っていなかった。
そのため、テイトが昔着用していた体操着を、クリミナが着る事になった。
サイズが合わないだとかは、この体操着には通用しない。すべて一律で、とても大きなサイズだった。それこそ2m以上の巨体がこれを着たとしても、余裕があるぐらいの大きさだった。これにはボタンが取り付けられており、これを押す事により、体操着と体の空いたスペースを無くす事ができる。つまりは体に張り付く。
「それとお前、案外筋肉質なんだな。初めて知った」
「僕はこれが普通だと思っていたよ」
かなり密着するため、動きを妨げられる事はない。更にこれら体操着は当時の最高傑作であり、防御方面もばっちりだった。盾として使う事は出来ないが、この服は斬られる事はない。ある特殊な繊維を使う事により、斬撃を無効化したのだ。勿論剣を当てられた時の衝撃などはそのままだが。これにより安全に闘争訓練を行える。
そう。これはまさに、激しく動こうが問題なし、更には鎧としても効果を発揮してくれて、更には職人など必要なく量産できる、完璧に等しい逸品だった。
だが問題は、やはり体に密着しすぎると言う事だった。主に女性から、と言う訳ではない。男女問わず、クレームが殺到したのだ。『いくらなんでも体を映し出しすぎだ』と。
これはあくまでも、超能力を使いこなす為練習する学生たちの為に作られた物だ。そして最高で18歳の少年少女だったとしても、やはりまだ絶妙な時期と言えよう。そこにこの、自分の体を披露するかのような体操着。どれだけ性能が良くても、羞恥心が勝ってしまい、練習にならなかった。そのためこれは、およそ一年と言う短い歳月で処分となった。量産が可能な為、予備としていくつか保存はされていたが、それも既に処分済み。
「とは言っても、俺だってシャツなんて無いし」
「はい」
「おっ、どうしたのリサさん?いつも他人に厳しいあなたが、そんな事しちゃって。思春期?」
「うっさい。ただ貸そうと思っただけ」
「ありがと」
「これは貸しね」
「おっと、リサさん。やっぱり思春期ですかな?いッ、何すんだ!」
「ムカついたから」
「思春期じゃなくてせい、痛った!おま、人の顔をサンドバックか何かと勘違いしてんのか!」
「自業自得でしょ、そんなの」
クリミナはリサから受け取ったパーカーを羽織った。
「でも良かったの?これは君が着るつもりだったんじゃ」
「良いから、人の好意はありがたく貰っておいたら良いの。そしていつか借りを返してくれたら良い」
「そういう事なら」
リンカは鼻血を出しながら、ホームに向かった。それと同時にホームの方からメロディーが聞こえて来た。
「ほら、さっさと行くよ。じゃないと置いて行かれる」
「うん、わかった」
「誰かさんが遅れたせいで、置いて行かれる可能性が出てき、おい、いくらなんでも三発目は避けれるぞ」
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