2話 喧嘩
「それにしても、あれが転校生ね」
「戦えるもんかね?」
「少なくとも、あの政府ですら投げ出したぐらいだぞ?それはつまるところ、無傷で捕らえる事は出来ないって事だ。それに超能力だと、体はマジで入れ物だから、戦えるかどうかの判断基準にはならないだろうさ」
「それもそうだな。俺達はいい例を知ってるんだし」
ラウル、カボン、コルト、ブルースの四人は、話題沸騰中の転校生の話題を話しながら、自分の部屋に向かうところだった。
「どうせなら、俺達を頼ってくれたら良かったのにな。ここは地図ありでも結構迷える地形してるし。俺達だって部屋に向かう訳だし」
「それは、この場所を知ってるおれ達だからこそ言えるんだ。あいつがそれを知ってたらおれ達に聞いたかもしれないけどな」
「ま、部屋までなら何とかなるだろ。あの馬鹿でっかいビル並のマンションが良い目印だし。よっぽど酷い迷子にでもならない限り、途中で部屋に帰る誰かに会う事もあるだろうし」
この四人はどういう集まりかと言えば、別にこれと言ってない。ただ今日はラウルの周りにこの三人が居たと言うだけ。強いていうならば、普段からこの四人は一緒に行動している事が多いが、だからと言ってこの輪の中に誰も入ってこないと言う訳じゃない。ただ各々の時間を大切にしようとした結果、放課後は一人で行動する方が勝手が良いと言うだけだ。
そのためこの四人も、普段から四人一緒で行動する訳じゃない。ラウルが自主練すると言ったら、別に一緒に居る訳でも無いし、カボンが一人で先に部屋に帰っている時やコルトが女遊びをしている時だってある。ただブルースは自身の超能力的に、誰かに合わせて練習しないといけない為、誰かと一緒に行動すしている。
「ん、なんか、砂っぽいか?」
「砂っぽいってなんだよ。埃っぽいだろ、普通」
「いやでも、砂の臭いって言うかさ。この感じは砂塵じゃね?」
カボンの超能力、それは身体強化。パワーをあげたり脚力をあげだりとかではない。嗅覚や視覚を鋭く、聴覚や触覚を敏感に、味覚を研ぎ澄ますなど。語感を強化する事ができる。
そのため他人以上に外の事情の事を察知する事が得意。誰も気づけなくても、カボンは気づける。
「てか、ちょっと待て。砂塵?こんな場所で?喧嘩でもしてるのか?」
「いや、聞いた感じだと、今終わったところって感じだ」
「マジか。道変える?」
「変えるっつっても、こっからだと引き返すしかないじゃん。それか植木のすぐ横を通っていくか」
「……そのまま突っきるか。喧嘩が終わったなら、通り抜けるぐらいは出来るだろ」
もし戦場でカボンが居るのなら、注意するべきだ。木の枝を踏み居場所を特定されるとかあるが、そんなもの屁でもない。範囲は多少決まってくるが、心臓の鼓動の音で人数を割り出す事すら可能。更に空気の移り変わりも肌で感じ取る事ができ、奇襲も成功する事は無いだろう。
「ちょっとこれは何があったんだ?」
壁は半壊しており、その壁の素材だったであろう石だったり砂が辺りに散らばっている。少し離れた場所には、誰かの血の跡がある。
そして何より。足が明後日の方向を向いている上級生三人が、柱に括り付けられていた。その上級生の服が縄の代わりを務めている。
「これ、お前がやったのか、って質問は、どうやら見当違いっぽいな」
更に、顔に大きなこぶが出来上がり、青あざと呼ぶには黒くなり過ぎたあざを作っている。肩は外れており、その外れた腕はどうやら骨折したのか、不自然なところが出っ張りを作り、とても痛そうに腫れあがっている。
だが、それらが何もなかったと言わんばかりに、上級生を立って見下している。
「全くふざけた野郎どもだ。強くもないくせに強者に手を出すから、こういう事になる。いつから人はこんなにも能無しに変わったんだ」
「おいラウル、人違いっぽいぞ。おれの知ってるクリミナは、こんなお喋りで傲慢じゃない」
「それに、蛆虫のように湧いて出てくる。命知らずにもほどがある」
「やっぱり人違いっぽいぞ!」
そこには確かに、乱雑に跳ねた髪をした、とてもじゃないが力があるとは思えない肉付きの、クリミナが居た。だが違うのは、その雰囲気。少し前までは、精気を感じなかった。なのだが、今は喋るまでもなく、その佇まいからですらわかる傲慢さ。そしておそらく上級生を痛みつけた張本人だが、その事に愉悦を感じている。
「せっかくの海上都市だ。回収しにいくか」
「あー。おいクリミナ、何するんだ?」
聞いたは良いが、クリミナの機嫌を損ねたのか、突如、石を投げつけられた。
だが侮るな。石を投げただけと言えばその通りだが、それだけではない。
「折角チャンスをやったってのに。オレの名前も地まで落ちたか」
そう言い残して、クリミナは東の方向に歩み、消えた。
「なあ」
「ん?」
「何をどうやったら、石で服を貫通して、壁に貼り付けるなんて真似出来るんだ?」
「石を馬鹿みたいな速度で投げたら、出来んじゃねえの?」
「んな馬鹿な!」
「それに、ちゃんと洗礼を受けてたな。お前遂に、感覚だけじゃなくて勘も強化できるようになったのか?それとも野生の勘って奴?」
カボンはその能力の性質上、自身が戦う事になる。だが剣や槍を使うのではなく、己の拳を使う戦法の為、それ相応の筋力を身に着けている。そのため親しい仲であれば、ゴリラや筋肉莫迦等々の呼び方が存在する。
「こんな洗礼は想定外なんだけど」
「まあ、俺達もこれじゃない洗礼だと思ってた訳だし、これ以上は言えないけどな」
彼等の言う洗礼は、自分の部屋に行ってみればわかるかも知れないが、生憎と、クリミナは部屋に向かわず、学園の敷地を出て行った。
◇
クリミナが上級生に殴られている頃、ラウル達とは別に、この喧嘩を見ていた者が居た。
「お手並み拝見、って行きたいんだけどな。どういう事だ、一体?あんなにやられて一切抵抗しないなんて」
彼の名前はリンカ。クリミナと同じクラスの、クラスメイトの一人。
「化け物がどうとかも抜きに、例え力が無い人の子でも、痛みつけられる行動からは身を守るだったり相手に反撃したりと、何かしらの行動を取るはずなんだけど」
彼が居るのは、学生寮の屋上。そこから双眼鏡を片手に、彼の事を見ていた。
「やっぱり、彼が化け物と呼ばれる所以に関係してくるんだろうな。それはもうじき見れるだろうけど、さて。あいつの言った通りに、彼は喧嘩を吹っかけられてる。しかもこの学園でも特に政府との繋がりの深いグループと来た。そして彼は、政府が寄越した生徒。……ここに何も繋がりが無いとは思えない。一体何故、力を見せつけるかのような行動に出ている?」
群青色の髪を、風の影響をそのままに髪型にセットしたような状態。事実として、学生寮の屋上は風の影響は想像以上に強く、髪をセットしていたとしても、すぐに崩れるぐらいには風が強い。だが一切気にする素振りはない。いや、気にするだけ無駄だと言うだけだろう。なにせクリミナの行動を見逃す訳にはいかないのだから。
「っと、ようやく反撃か。 ッ、容赦ねえな、まったく。自分のされた事の一部だとは言え、そっくりそのままやり返すってか。ただまあ、あいつらは運がいいと言わざるを得ない、か。クリミナが本当にクリミナなら、死んでいただろうしな。彼の慈悲の心が残っているのか、はたまたクリミナが全力を出せない何かがあるのか」
リンカはただ、彼だけを見る。その他がどうなろうとも、関係ないと言わんばかりに。
「よくあいつらは、彼の目の前に出て行ける。力の差なんて、数えるだけ莫迦らしいってのに」
だが、そんな彼であっても、クラスメイトは気に掛ける。他人だとは言え、知らない人ではないのだから。
「っと、そっちの方向に移動するのか。余計に疑いが濃くなった」
クリミナが居なくなくなれば、彼の目標は終わったも同然。報告は明日する為、見た事を軽く纏める為にも自身の部屋に帰る事にした。
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