プロローグ
プロローグ
桜花繚乱・・・まさに、そういうにふさわしい景色だった。
目に映る一面に、風で飛ばされた桜の花びらが無数に舞っていた。
桜吹雪とは、まさにこのことだ。
ただし、車のフロントグラスから見える景色ではなければ、本当に最高なのに。
城戸隼人は、そう思いながら、両肘をハンドルにもたれかかると、頬杖をつき、舞い散る花びらを憮然と見つめた。
「しょーがないよ、帰ろうよ」
助手席に座る樋口夏菜が、パワーウィンドウの窓を開け、左腕を外に出すと、舞い散る桜に触れながら言った。
熊本城の城壁が、いつもより、やけに高く感じられた。
城堀の周りを2、3回往復したのに、駐車場の空きを運悪く見つけられなかった二人は、
何周も繰り返す不毛さに、嫌気を感じていた。
が、今が最高に見頃の桜を見逃すのも惜しいとも思う。
「うーん、そうだな」
隼人は、延々と続く車の列を見ながら頷いた。
「この前、花見で観れたからいいか」
「ま、会社の飲み会だったけどね」
夏菜は、三日前の壮絶な花見を思い出した。
「後藤チーフのセクシャルハラスメントはすごかったなあ、見ていて気の毒になったよ」
隼人がそういった瞬間、彼女は激しく首を振って、思いだしたセクハラの数々を飛ばした。
「そうなのよ!あのゲーハーおやぢ!」
夏菜は拳をわなわなと震わせた。
そんな彼女を横目で見つつ、隼人は苦笑しながら、
「ま、でも、こうやって、初めてデートが出来たのもチーフのおかげだし・・・ま、とんだことになっちゃったけど」
隼人は溜息をつき、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ホントに・・・って、デートのことじゃないのよ!」
夏菜は慌てて、手を振った。
「あのおやぢ、城戸君が止めてくれなかったら、きっと宇宙までいっちゃうくらいにエスカレートしてたわ」
隼人は興奮気味に話す彼女に微笑みながら、会社の上司に身を挺して止めた。
自分の思いっきりの良さに感心するさらに、その後、2人っきりになる頃合いを見図り、舞い散る桜をバックに彼女に告白したことも・・・。
「本当にうれしかったわ、誰も止めようとしなかったもん。見てたくせに」
「まぁ、俺も樋口さんじゃなかったら、止めに入っていたかどうか分からないよ」
「その言葉は言わない方がいいわよ。でも、城戸君は私じゃなくても止めに入ったと思うけど」
「そうかな?」
と、隼人は照れくさそうに答えた。
「私の希望的観測も入っているけど」
「なるほどね、ふーむ」
隼人は、そんなものかと唸った。
その後、二人は結局、車内から桜を見ただけで、熊本城を後にし、ラーメン屋で夕食を済ませ、初デートは不完全燃焼に終わった。