第四話 メイドのサイノウ
目が覚めた。
時計はもう十時を差している。
いつもどおりだ。
国土の南西に位置する第三行政区はレアアースを産出する、国内でも重要な拠点である。そしてそのレアアースの管理を一手に担ってるのがホサカ家である。
そのおかげで膨大な財を築くホサカ家はとても裕福な貴族であるが、第三行政区を管理しているのは別の貴族である。
長女であるアオイ・ホサカはニートである。かつ、引きこもりである。家には金が山ほどあるから、別に働かなくてもいい。いつもどおり昼前にゆっくり起きても何の問題もなかった。
部屋着から普段着に着替えて食堂へと向かう。
メイドたちがそんなアオイを見つけて駆け寄ってきた。
「おはようざいます、お嬢様」
もう朝の挨拶の時間ではないだろうに。そう思うけれど、素直に返事を返して食堂へと向かう。慣れたもので、すぐに朝食が運ばれてきた。
基本引きこもりのアオイにとって、エネルギーは不要である。そうでなくとも食事は必要ないのだけれど。
何時もなら食堂に顔を出さないアオイ専属のメイドであるカオリが現れた。
良い知らせを持ってきたわけではないと、経験でわかっている。思わずしかめっ面をしてしまった。
「おはよう。どうかしたの?」
先手を打って問いかける。カオリは目ので立ち止まると深くお辞儀をした。
「おはようございます。お客様がおいでです」
父親は会社の社長として忙しい毎日であり、ほとんど家に帰ってこない。役員である母親も同様だ。
家に残っているのは、家族ではアオイだけだから、なにかあればアオイが対応しなければならない。書類上は役員だったるする。
だから引きこもっていても許されるのだ。
ちなみに弟は真面目に高校に通っているらしい。
しらんけど。
会社関係の来客は基本出直してもらう。
難しい話を持ってこられても対処できないし、用事があるなら会社に行けと追い出すことにしていた。たまに両親の友人なんかがアポ無しでやってくる。その時はちょっとばかりお茶に付き合えば、上機嫌で帰ってくれた。
「今日はお嬢様に御用だそうです」
寝起きだし、なんだか面倒なので今日は帰ってもらおうとしたのだけれど、カオリの答えは何時もと違った。そう言えば、こんな時間にわざわざ来客を告げる事自体、イレギュラーだといまさら気づく。
「着替えてくるから待たしておきなさい」
アポ無しなのだから、待たせても問題ない。
部屋に戻って着替えようと立ち上がり何気なくカオリに問いかける。
「で、お客って誰かしら」
相手によって身にまとう衣装を変えるのは、お嬢様の嗜みだ。
そして今日の相手に適切なのは、スーツだった。
アオイはあまり背が高くない。髪の毛も面倒くさいので何時もショートだ。つまり、あまりスーツの似合う体型ではなかった。
なにより大きめの胸が邪魔だった
紺色の無難なスーツと、緑色のネクタイ、ホサカ家の花であるスミレを模したアクセサリーを胸に付ける。それが今日の相手に対する公式な衣装だった。
応接室に入ると、軍服姿の男が二人ソファーに座って待っていた。
アオイに気づいて立ち上がると、きれいな敬礼をする。
初老の男には何度か合ったことがある。タカミネ大佐だ。
一応この国にも軍隊は存在する。
あまり規模は大きくないけれど、各行政区に陸海空の基地を持ってた。タカミネは第三行政区の最高責任者である。
一緒にいる男に見覚えはない、三十歳前半くらいで、階級は大尉だ。
将来タカミネの代わりになるかも知れないが、どうでもいい。
「お嬢様に置かれましてはご機嫌麗しゅう」
「面倒な前向上はいらなから、本題に移りなさい」
クソが付くほど真面目なタカミネは、ここに来るたび、改まった挨拶をしないと気がすまないらしい。そのたびに注意しているのに、一向に直らない。
「失礼しました。先日、北方でテロがありまして」
ニュースで自爆テロについて放送してた。あんな田舎の店を爆破するなんて何の意味があるのかよくわからない。テロは久しぶりだけれど、後ろに他国が絡んでいるとしたら、その意図するところも理解できない。
単なる目立ちたがり屋の犯行だろうと、あまり深く考えていなかった。
それでも、タカミネがわざわざやってきてその話をするのだから、なにか特別な意味があるのだろう。
「それに関して、ウチである情報を手に入れました」
軍部には諜報を専門とする部署がある。もちろん王宮にもあるけれど、それとは別の組織であり、結構優秀だった。
その話には少しだけ興味を惹かれた。
ニートで引きこもりのお嬢様には少しばかり刺激が必要なのである。
「カエデの姫が巻き込まれたようです」
北西の第四行政区のカシワザキ家の家紋はカエデである。そこの姫、つまり娘と言えばサツキ・カシワザキだ。
隣にある第五行政区の山の中の蕎麦屋で自爆テロに巻き込まれるとか、どんな確率だよ。そもそも自分の管轄から出かけるなんてあまり考えられないけれど、サツキは隣のミズキ・ヨシノとはわりと頻繁に交流していたと思いつく。
別に仲は良くないはずだけれど、訪ねていく理由があったんだろう。
「それで、死んだのかしら」
そんな事は絶対にありえない。
あれは殺しても死なない存在だ。
「いえ、行方不明ということです」
それは正しい表現だが正解ではない。
「それで、それが私と何の関係があるというのかしら」
サツキが消えたからといって、アオイにはあまり影響はない。それに、多分もうランが動いているはずだ。
そう、アオイには関係ないはずである。
「いえ、そっちではなくデロの方です。それらしい組織の影を見つけました」
自爆テロを演出した連中が、国内にいるというのは想定内だ。だからどうと言うことはない、しかしそれが区内にいるとなれば話は別である。早急に見つけて駆逐しなければならない。
「王宮にも確認してみましょう。それで状況は?」
「監視を数名付けてあります。それと、背後の洗い出しを」
「そうね。明日にでも動きましょう。それとなく近くに兵を集めておきなさい」
「御意」
タカミネは再びきれいな敬礼をして去っていった。
一緒に来た兵士は、アオイが命令している事に戸惑っているようだ。まだきちんと教育されていはいないのだろう。
客が去ったのを確認して、カオリが部屋に入ってくる。タカミネが来たときは席を外すよう言ってある。もちろん扉の向こうで聞き耳を立てていて、何かあれば飛び込んで来るつもりなのは知っていた。
「出かけるわ」
引きこもりのアオイが出かけるとなれば一大事だ。
カオリと一緒に入ってきた下っ端のメイドが慌てて部屋を出ていった。
「どちらへ」
「カミヤのところよ」
第二行政区はホサカ家ではなくカミヤ家が管理している。ホサカ家のほうが上位の貴族ではあるが、レアメタル鉱山の管理で忙しいから、カミヤ家に丸投げしているのが現状だ。重要な決定は、もちろんホサカ家を交えるのが通例だった。
中心都市マオカの駅前にある豪邸がカミヤ家の屋敷だった。
運転手兼務のメイドが運転するリムジンで、その屋敷に向かう。
もちろん入口の警備はフリーパスである。
予め連絡をしておいたので、玄関では大量のメイドが出迎えてくれた。ここのメイド長は以前アオイの屋敷で働いていたから顔見知りである。
「ひさしぶりね、ハルコ」
「お久しぶりです、アオイ様」
「あら、お嬢様と呼んでくれないの?」
「お戯れを」
今は所属が違うからと、改まった敬称で呼ばれたのは少し寂しい。それはでも仕方のないことである。
メイドは国家公務員であり、誰かの私物では無いのだから。
「忙しいところ悪いわね。緊急事態なのよ」
「いえ、問題ありません」
お昼を少し回ったところであり、屋敷の主人は不在だろう。その場合、屋敷の責任者はメイド長が兼務する。
特別応接室と書かれた部屋に案内され、ソファーに座る。カオリはその後ろに控えていた。
「少々お待ちください」
部屋の隅にある機械を操作すると、小さな光の玉が現れた。それは次第に人の形に変わっていく。
そしてメイドが現れた。
「ごきげんよう」
「お久しぶりです、アオイ様」
そのメイドの胸元には雪の結晶を模したブローチが付いていた。襟には十一の数字が光る。
現れたのは、王宮で第十一席を任されている副メイド長のミチだった。公式においてもフェアリーズと呼ばれていて、めちゃくちゃ器量が良い。もちろんその能力も折り紙付きだ。
この国で十六人に選ばれた最高かつ最強メイドの一人である。
「悪いんですけれど、教えてほしいことがあるのよ」
立場的には、ミチよりもアオイのほうが上である。そのくらいの情報提供を命じることは可能だった。そして午前中にやってきたタカミネから仕入れた情報の信憑性を確認する。
「さすが、タカミネ大佐ですね。完璧だと思いますよ」
「潰してもいいですよね」
「できれば、情報がほしいです」
中心的な人物を捕まえろということだろう。
まあそれぐらいははじめから考えていた。
「いつ決行ですか」
「明日の早朝に」
「では、警備の方から二人ほど回します。ちょうど近くにいますので」
「要らないと言ったら」
「そうは行きませんよ」
王宮のメイドは皆癖があるので、作戦上一緒に行動したくはない。けれどそれは無理そうだった。国内の問題ごとは、そもそもミチの管轄だ。
「誰が来るんですかね」
「え~と、あ~。副メイド長ですねぇ」
「どっちの」
警備部の副メイド長は二人いる。どちらも戦闘狂と言っていいほど暴力的なメイドだった。できれば関わりたくない連中だ。
「残念ながら、ミナミですよ」
メイドの最高峰と言われる四姉妹の一人であるキリシマと互角に戦えるという噂のミナミは、その戦闘センスだけで第十三席を与えられている。
戦闘時ならともかく、ネズミをつかまえる程度の作戦で一番仲間にしたくないメイドだった。
「は? 冗談ですよね」
「後武運を」
そう言い残してミチは消えた。
室内がの空気がやけに重い。
実際にミナミと会ったことのあるハルコはさっと目をそらす。カオリは噂しか聞いたことが無いのだろうけど、渋い顔をしていた。
「仕方ないわ。ハルコ、あとはよろしくね」
「かしこまりました」
区長への説明はハルコに頼んで屋敷をあとにする。
去り際にハルコに励まされてしまった。
余計に気が重くなった。
翌日は朝5時に集合だった。
ニートで引きこもりのアオイがそんな時間に起きれるはずがない。そうしきりにカオリが心配するものだから、その日は徹夜することにした。
ゲームをやっていればすぐである。
翌朝起こしに来たカオリには呆れられたけれど、別に大したことじゃない。
「さて行きますか」
テロの黒幕が潜伏するという建物から少し離れた集合場所には、先日タカミネ大佐と一緒に来ていた青年の他数名がすでに突入準備を終えていた。今日は大佐殿はいないようだ。
解せぬ。
「おはようございます」
小声で声をかけると、元気な挨拶が返ってきた。良いのかそれで。ちなみにカネコ言うらしい。
「お似合いですね」
今日は動きやすい格好でやってきたのだが、お世辞を言えるくらいには、好青年だった。タカミネも見習ってほしいものである。
「何だかガールスカウトみたいですね」
声をかけられて振り向くと、メイドが二人立っていた。カオリが不満げな表情で控えている。
新たに登場したメイドの一人には見覚えがある。
第十三席である副メイド長のミナミである。
王宮のメイドは二百十六人いるからすべてを覚えているわけではない。覚えられないわけではなく、必要がないからだ。だから、もうひとりは名前も知らない。
知る必要も今はない。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
改まって挨拶をするミナミは、表面上はとても温和である。性格も明るく人懐こいので見た目は悪くない。美人だし。しかしその実、国内のメイドの中でも5本の指に入る戦闘力を持つ戦闘狂だ。
敵には全く容赦がないし、味方でも手に負えない。
「ひさしぶりね。今日は無理して参加しなくてもいいからね」
お土産を依頼されている身としては、敵を全滅にされてはかなわない。
とにかく静かにしていてもらうようお願いした。
「遠慮しないでいいですよ。殲滅すれば良いんですよね」
「いややめて」
先行きが不安すぎる。
頭の痛い問題は横に置いておき、カネコと簡単な打合せをする。
アオイは戦力外なので、離れた場所で見学だ。カネコの部下だけで突入し、テロ集団を確保する。逃げ出した連中は、ミナミ達に任せるとのことである。
「とりあえず生け捕りですよ」
「分かってますよ」
ミナミに釘を差して待機する。それでも抵抗されたら命の保証できない。
建物を囲んだカネコたちが合図と共に突入する。
しばらくの静寂の後、大きな爆発音がした。
自爆テロの犯人らしく自爆したのかと思ったがそうではなかった。
巨大な熊が現れた。
建物を破壊して現れた。
「あ、くま」
間の抜けた声を出すミナミはおいておいて、その熊を観察する。
どう見てもその建物にいたとは思えないサイズ感だ。
「何だろあれ」
「いや、熊でしょ」
まあそうなんだけど。
突然現れた怪物を制圧しようとした軍人が、次々に飛ばされていく。カネコはその熊をうまく避けて巻き添えを食ているテロ組織の構成員を拘束していった。
ちょっと感心した。
「あれ、倒して良いのかな」
「殺さないでくれるとありがたいんですけど」
「それは、保証できないなぁ」
そういいながら、ミナミがゆっくりと熊のもとに歩いていく。部下のメイドも彼女に従い付いていった。
「そう言えば」
王宮に連絡した時、北で起こった自爆テロについて詳細の資料をもらっていたのを思い出した。
確か、事件の前に巨大な熊がいて、それをサツキが倒したとかなんとか。
その二件の事件が、全く関係ないとはこれで言えなくなったわけだ。
それだけでも土産になるだろう。
なんだかんだいいながら、久しぶりにミナミの戦闘が見れるのは、実は楽しみだったりする。相手は人間じゃないし、思う存分やってくれたらいい。
熊も警戒せずに近づいてくるメイドにたじろぎつつ、ミナミを敵と認識した。
すぐに強者だと気づいたのだろう、一度建物に戻り武器を取り出す。
熊のくせに、巨大な斧を持ってきた。
ハルバード。
矛類に属する長柄武器の一種で、戦斧と槍を合わせた万能武器だ。斬る・突く・断つ・払うといった様々な攻撃が可能だが、その一方、使いこなすには熟練の技術を要する。
熊には過ぎた武器である。
そして、人が使うには巨大すぎた。
熊が構えた武器を見て、ミナミは戦い方を変えるようだ。最初は素手で行くつもりだったに違いない。小さなICチップを取り出すとそれを軽く宙に放る。
そのチップは、長めの日本刀へと姿を変えた。
「熊のくせに生意気よね。あんたは下がってなさい」
部下のメイドを下がらせてミナミは刀を構える。
武器の間合いは熊のほうが遠い。けれど、ミナミにはそんなの関係なかった。
一瞬で熊の懐に入り軽く斬りつける。案外硬かったようで、それほどダメージを与えたようには見えなかった。
「意外と頑丈なのね」
一旦距離をおいてミナミは刀を構え直す。
見た目は熊だけど、多分これは熊じゃない。
王宮からもらった情報を洗い直し、その中の一つを確認する。
熊のクビには確かに細い首輪が付いていた。
「アオイ様」
「なんです」
「悪いけどこれ、殺さずに倒すのはむずいと思うんだけど」
「仕方ないです」
見た感じ簡単に倒せそうには見えなかった。それに、ミナミが言うなら間違いないのだろう。ここまで大きさが違えば仕方ない。
「キサ、お願い」
ミナミと一緒に来たメイドはキサと言った。攻撃特化型のミナミのペアであれば防御を得意をしているはずだ。そうすればミナミの攻撃力はより上がる。
キサの襟には十三と一のバッジが付けてある。十三席であるミナミの部下で最も上位に位置することを示していた。つまり、国内でもかなり上位の戦闘力だ。
小さなICチップを指で弾くとキサの身長より大きな盾が現れた。
その盾を構えて熊の前に立つ。
振り下ろされた斧が盾に叩きつけられるが、キサはその攻撃を受け止めた。
スキを狙ってキサの後ろから飛び出すと、ミナミはためらうことなくあっさりと熊のクビを刎ねた。
その太刀筋は見惚れるほどに綺麗だった。
「すいません」
生け捕りできなかったことをミナミは侘びてきたけれど仕方がない。あれは捕獲できるような代物ではない。怪物だ。
カネコの方でその他の連中は拘束できた。それで良しとしよう。
「撤収します」
テロ集団を護送車に放り込んで、カネコたちは基地にもどる。熊の遺体は後で回収に来るらしい。首輪はその場で接収しておいた。
残りは彼らの仕事である。
徹夜だったから早く帰って寝ようとリムジンに乗り込むと、正面にミナミとキサが座っていた。
「何のつもりです」
「そろそろお腹が空いたので」
朝食の時間が近い。
特に動いたたわけではないから、アオイ気づかなかった。そもそも朝ごはんは十時に食べるのが通例だ。
「かしこまりました」
カオリに合図をすると、すぐに理解をしてくれた。
「食事が終わったらすぐに帰って、ミチにこれをわたしてくれる」
熊のクビから回収したものをミナミに預ける。捕まえた男たちからは大した情報は得られなだろう。これはその代わりのお土産だ。
「あれ、熊じゃないですね」
キサがつぶやく。
そりゃそうだろう。
あんな熊がいてたまるか。
何時もより速い朝ごはんを招かざる客と食す。
王宮のメイドは、メイドであるが、貴族と同列に扱われる。
故に、朝食の食卓では、貴族の娘であるアオイと二人のメイドは同じテーブルに座る事となる。一般のメイドにしてみれば、王宮のメイドは雲の上の存在だ。食堂で控えているメイドたちも緊張しているようだった。
満足げなミナミたちが返ったあと、二度寝する気分でもなかったので、アオイは普段着に着替えて書斎へと向かう。別に仕事があるわけでもない。
ただの気まぐれだ。
「やあ」
書斎には一応応接セットがあるのだけれど、その客側のソファーに少年が座っていた。ただの少年ではないだろう。
全く隙がない。
「何か御用ですか」
にやりと笑うその笑顔は、とても可愛かった。
・登場人物
アオイ・ホサカ(ホサカ家の長女)
カオリ(アオイのメイド)
タカミネ大佐
カネコ大尉
ハルコ(カミヤ家のメイド長)
ミチ(王宮の副メイド長)
ミナミ(王宮の副メイド長)
キサ(王宮のメイド)
少年




