第三話 メイドルール
王都のある第一行政区は、縦に長い国土の中心より南に位置し、イジュウイン家の管轄である。そして、区の中心都市の北にある高級住宅街の半分を占める広大な敷地とそこに立つ豪華な屋敷を取り仕切っているのは、その当主であるラン・イジュウインだった。
ちなみに区長はランの兄が努めていて。両親はすでに引退し、世界旅行と洒落込んでいる。
ランの仕事はそれほど多くない。どちらかと言うと対外的な部分が多く、部屋で忙しくしている事はない。
今日も書斎で、急ぎではない仕事をまったりと処理していた。
「お嬢様、ヨシノ家から緊急の通信が来ております」
屋敷の修理に関する見積もり書を確認しているところに、筆頭メイドのミカが近づいてきて事務的にそう告げる。
「ヨシノ家? またミズキですか」
「はい」
別にミカが悪いわけではないのに、つい睨んでしまった。
ミズキ・ヨシノとは同じく区の管理をする立場の貴族として、それなりの付き合いがある。別に仲がいいわけではないけれど、同じ情報を共有する立場である。
正直を言えば、あの娘は苦手だった。
「で、なんの話かな」
「いえ、直接お話したいのことです」
「分かったわ」
手元の書類を横に寄せて、正面に視線を移す。
目の前の空間に現れた小さな光の玉が、次第に人の形に変わっていく。
すぐに、少女の姿にが映し出された。
「ごきげんよう」
「お久しぶりです、お姉さま」
本当にそう思っているわけでも無いのに、ミズキはランの事をそう呼んだ。そればまた、イライラする。
「で、用事は何」
少しばかり声に力が入ってしまった。
目の前にいるのはもちろんミズキ本人ではない。立体投影されたホログラムというやつである。とは言え、向こうからこちらの様子は見えているし、本当にそこに居るかのようにやり取りする事は可能だった。
ミズキやサツキとのやり取りは、直接転送することでも可能だけれど、色々とめんどくさいので、映像だけのやり取りです済ますことが多かった。
「うちの管轄でテロがあってね、サツキが巻き込まれたみたいなの」
国内でテロがあったと言うのは速報で聞いていた。自爆テロで、蕎麦屋ごとふっとばしたそうである。従業員と客が犠牲になったけれど、身元の確認はまだ進んでいない。
つまり、犠牲者の中にサツキがいたということか。
「いや、ありえないでしょ」
「だよね」
ミカに持ってこさせたタブレットで、テロのニュースの映像を見直す。現場の状況から再現された三次元映像を見る限り、かなり高威力の爆弾だ。一度持ち上がった大きな屋根が、そのまま下にいる人間をすべて押しつぶしたのだろう。
昼時を過ぎていたから、客は少なく、犠牲者の数としては僅かだった。
けれど、テロは久しぶりだ。
もう長い事そう言った事件からは遠ざかっていた。
それに、テロの対応は管轄外である。気にすることは無いだろう。
「熊がいたのよ」
「熊?」
現場に置いてあったカシワザキ家のトラックの荷台には、キンキンに冷えた巨大な熊の死体が転がっていた。その熊は通常ではありえないほど巨大だった。
そして、そのクビには目立たない首輪が付いていた。
と、ミズキが説明する。
通常では流れてこない情報だ。
「何らかの仕掛けがあると思うから、ハルちゃんに調べてもらおうと思ってさ、研究所に送っておいたのよ」
ハルちゃんとは、国立研究所の研究員として働いているハルコの事で、ミズキの実の姉でもある。あくまでも戸籍上は。
「それで、サツキは」
「それなんだけどねぇ」
あの程度の爆発に巻き込まれたぐらいでサツキが倒されるはずはない。何らかの理由で、姿を現せない理由があるはずだ。
現せられない意味があるはずだ。
「それでね、彼女に見に行ってもらいたんだけど、どうかな」
ミズキの言う彼女が誰を指すか、すぐに気づいた。
「仕方ないか。頼んでおくよ」
「よろしくね。ラン姉ちゃん」
ランは顔をしかめる。
この妹分の軽さはどうも鼻につく。
それを知っていて煽っているのだろう。
楽しそうに笑いながら、ミズキは消えた。
面倒くさいことになった。
サツキが消えたなら、それについて調べなければならない。それはランの、もう一つの仕事である。自らの意思なのか、第三者の介入か。それだけでも明らかにしないと、この国にとって問題となりうる。
テロが起こったのだ、これから何が起こるかわからない。それに備える事も必要だろう。
「出かけるよ」
八つ当たり気味にミカに外出を告げる。本当は行きたくないと言う気持ちが表に出てしまった。気をつけよう。
そんなランの様子を気にもかけず、無言でお辞儀をしてから、ミカは部屋を出ていった。
ランも書斎の隣の部屋にあるロッカーから上着を取り出しそれを羽織る。改まった訪問でもないから、服装はこのままでいいだろう。
普段着のワンピースで。
「大変やなぁ」
誰もいないはずの書斎から声が聞こえた。
その声には聞き覚えがあった。
書斎に戻ると、さっきまでランが座っていた椅子にメイドがいた。
イジュウイン家のメイドとは服の作りが違う。より洗練されて居て、より戦闘向きにアレンジされたメイド服だ。
「勝手に入ってこないでください」
「そう硬いこと言わんと」
真っ赤な髪で、幼い顔つきの少女ではあるが、その威圧感は半端ない。
「ヒエイのところに行くんやろ」
キリシマ。
女王陛下を直接護衛する四人のメイドの一人である。
メイドの中では最高位であり最強だ。女王陛下の守護が主な任務だから、守護メイドと呼ばれることもあるが、その強大な戦闘力から戦闘メイドと呼ばれることのほうが多かった。
「そうですけどなにか」
戦闘狂であるキリシマは、基本的に人の話を聞いたりしない。四人姉妹である戦闘メイドの中では、最も攻撃的であり、その立場を例えるなら剣である。
通常は盾であるハルナと行動することが多いのだが、抑え役のハルナがいない時のキリシマは手がつけられなかった。厄介この上ない存在だ。
「ウチが一緒に行ってあげる」
「結構よ」
正直なところ、キリシマと行動していいことなんて無いのである。戦闘狂であることはおいておいても、気まぐれで自分勝手だ。振り回されるのは勘弁である。
「てれんなや」
「照れてないし」
そして、何を言っても聞かないのが最大の特徴だった。
「何者!」
準備を終えたミカが部屋に戻ってきた。
ミカは最近ランの専属になったメイドで、元は南方の第二行政区で働いていた。当然キリシマとは初対面である。自分の主人しかいないはずの部屋に見慣れないメイドがいれば警戒するのはやむを得ない。
「ほほう、なかなかやね」
とっさに戦闘態勢になったミカに対して、キリシマはかなり高い評価だった。珍しいことである。いや単純に遊び相手が出来たと言うことだろう。
一瞬で、キリシマはミカの前に接近する。転移魔法を使ったかのような速さに、ミカが動揺するが、それでも反射的に躊躇なく拳を突き出す。
大したものだ。
まるで予想していたかのように、キリシマはその拳をしゃがんで避ける。と同時に、きれいな回し蹴りを繰り出した。
かろうじて、ミカはその足を避けるように飛び上がった。
しかしそれは悪手である。
空中では敵の攻撃を避けられない。
意地悪い笑みを浮かべたキリシマの掌底打ちがミカに命中する。
飛ばされたミカが壁に激突して、までを想像したけれど、ミカは着地をミスってよろけただけだった。キリシマは攻撃の威力を殺したのだろう。
「気が済んだ?」
新しいメイドが来るたびに、キリシマはその実力を確かめるふりをする。その実は、ただ手合わせしただけなのだ。コイツは素直に戦闘狂なのだ。
ランのように、貴族のなかでもかなり重要な地位にあるお嬢様に付けられるメイドは、他のメイドよりランクが高く、本来のメイド業務以外にも、事務能力や財務能力などが備わっているが、何より戦闘力の高さが重視される。
つまり強い。
一般人より確実に強い。
国家公務員でもあるメイドは、国からメイドを支給される。
そして、ミカのような高レベルのメイドは、その中でも最高級品であり権力の象徴でもあるタイプゼロと呼ばれるメイド服を着ることが許されている。
キリシマのは同じタイプゼロだけれど、特別にカスタマイズされているため、ミカのとは若干デザインが違う。それに、見慣れない顔だから、ミカには敵に見えたのだろう。
「まあ、合格やな」
本気ではないとは言え、キリシマに瞬殺されなかっただけすごいのだ。とにかくキリシマの攻撃力は半端ない。純粋な戦闘力では、メイドの中で一番だ。
「はじめましてやな。うちはヒイラギ・キリシマや。よろしゅうな」
立ち直ったミカに向かって、キリシマは淑女の礼をする。
それは誰が見てもお嬢様だった。
メイドなのにな。
「キリシマ様!」
その正体に気づいたミカの顔は、一瞬で真っ青に染まった。
キリシマを始め、王宮に仕えるメイドは、国内でも上位の存在だ。特に女王陛下直属の四人のメイドは特別である。あまり表に出ることはないので、顔は知られていないけれど、名前だけなら神のように崇めれれている。
そしてそう教育されていている。
「失礼しましちゃ」
壮絶に噛みながら、ミカが地面にひれ伏した。
知らなかったとは言え、最上位のメイドを攻撃したのだ。大失態だ。
すでに、命はないものと覚悟を決めた顔をしている。
かわいそうに。
「別にとって食いやせんがな」
そう言いつつも捕食者のような微笑みをしているキリシマを制してミカを立たせる。これ以上茶番を続けるつもりはない。それほど暇なわけじゃないのだ。
「もういいから、行くわよ」
「はい、お嬢様」
気を取り直したミカに案内されて車へと向かう。
当然のようにキリシマがついてきた。
「あなたはもう帰っていいのよ」
「冷たいなぁ。うちもヒエイに用事があるんよ」
かなり嘘っぽいけれど、そう言われたら断ることは出来なかった。命令権で言えば、ランのほうが一応は上だけれど、女王陛下直轄のこのメイドに、一体どんな命令がされているのか伺い知れない。
気に食わないからと突き放すわけには行かない理由があった。
立場上。
国内の基幹システムを管理しているのが、キリシマと並んで戦闘メイド四姉妹の一人であるカエデ・ヒエイである。
戦略家としても相当の能力を持っているが、もともとコンピューター関係のオタクである。故にシステムの中枢部にいて。女王陛下の守護という役目をなかば放棄している。
あくまでも表向きには。
王都トヨハラの駅前にある六十四階建ての高層ビルがトヨハラ城と呼ばれている王宮である。もちろん下の階は、区役所や国の機関が入る合同庁舎になっており、上層階が女王陛下の公宅や執務室になっていた。
キリシマもヒエイもこのビルに住んで居るから、二人は会おうと思えばいつでも会える環境だ。わざわざランと一緒に会いに行く必要はない。
やはり新人のメイドをからかいに来たのだろう。
そう言ったら、キリシマは可愛顔で微笑んだ。
あざといな。
ビルの通用口の前でランとキリシマは車を降りる。ミカは車でお留守番だ。
王宮は外部のメイドが立ち入ることを許されていない聖域だった。
「ヒエイに会いに来たのだけれど」
王宮の入口は厳重なセキュリティーがかかっている。ランが受付の読み取り装置に右手を掲げると、警備員がその情報を読み上げた。
「ラン・イジュウイン様ですね。少々お待ち下さい」
キリシマも同様にチェックを受けるが、ほとんどフリーパスである。
一枚目の扉が開き、風除室に進む。
外側の扉が閉まりきってから。二枚目の扉が開くようになっていた。食品工場なんかでよくあるタイプの入口だ。
中に入ると更に受付があり、当然のようにメイドが居る。
王宮にはキリシマを含めて二百五十六名のメイドがは働いている。戦闘メイドの四人の他にはメイド長一人と、副メイド長が十一人いる。
それぞれが、王宮内外の仕事を割り振られており、受付のメイドは秘書課の所属である。
「ヒエイに会いたいんだけれど」
「失礼ですがアポイントメントはお取りですか」
ここの受付にはかなりの確率で新人が配置されることが多い。基本的に内部の人間しか来ないからだ。だからランのことを知らないのは仕方ないけれど、後ろのキリシマは見えていないのだろうか。
「アポが必要かな」
少しばかり、キツめの圧をかける。
それを感じて、そのメイドは改めて端末を見直した。
「し、失礼しました。ヒエイ様は地下においでです」
「そう、ありがとう」
建物の構造は良く理解していいる。案内は不要だ。早速歩き始めると後ろでキリシマがメイドに何やら話していた。
「減点やな」
後で担当の副メイド長に怒られるだろう。
皆そうやって成長していくのだ。
地下へ向かうエレベーターは、呼び出しボタンにもセキュリティーが掛かっている。ランは読み取り装置に手のひらをかざしてそれを解除し地下へと向かう。
何も言わずにキリシマがついてきた。
「今日は随分としずかですね」
「何時も静かやで」
しれっと嘘をつく。
それは何時ものことだった。
エレベーターを降りると、大きな引き戸があった。鍵はかかっていない。
扉を開けて中に入る。扉は大きさの割に軽かった。
部屋の中は学校の体育館ほどの広さがあり、天井はかなり高い。
中央に大きなビルのような箱があり、その周囲を囲むように業務用冷蔵庫ほどのコンピューターラックが並んでいた。
部屋の片隅には制御用の端末がびっしりと並んでいて、その前には、キリシマとは若干異なるデザインのメイド服を来たメイドと、一般的なタイプゼロのメイド服姿のメイドと、白衣の少女がいた。
「ヒエイちゃん元気?」
それまでおとなしくしていたキリシマが、カスタマイズされたメイド服へと駆け寄っていく。あれがヒエイだ。特徴である黄色い髪が輝いていた。
初めて会うわけでは無いけれど、以前会ったのはかなり前のことだった。
覚えてないわけはない。
メイドとは、こいつら戦闘メイドはそう言うものだ。
「ああ、久しぶりだね、ラン」
ヒエイはキリシマを無視して、ランのもとにやってきた。もうひとりのメイドは見覚えがないから新人だろう。そして脇にいる少女には面影が会った。
目が合うと、少女は小さく頭を下げた。
「ああ、この子に会うのは初めてだよね」
ヒエイは、その少女を呼び寄せた。
「ハルコ・カシワザキ。ミズキの実姉だよ」
その不敵とも言える微笑みに、ランは思わず顔をしかめた。
登場人物
ラン・イジュウイン(当主)
ミズキ・ヨシノ
ヒイラギ・キリシマ(王宮の戦闘メイド)
カエデ・ヒエイ(王系の戦闘メイド)
ミカ(ランの専属メイド)
ハルコ・カシワザキ(ミズキの実姉)
受付のメイド