第二話 爆発系男子は許せない
第四行政区にある如月女学院エストル分校中等部三年で生徒会長のサツキ・カシワザキは区長の娘である。
だからといって生徒会活動とかに興味があったではない。生徒会長をやろうがやるまいが、高等部への進学にまったく影響はないし、多少成績が悪くても、高等部に上がることは可能である。
もちろん、サツキの成績は上位五番以内だ。
一番ではないけれど。
「会長、お茶にしましょう」
副会長の一人が、メガネを外して席を立つ。
なぜサツキ生徒会長になったかというと、大体この副会長が原因だ。生徒会長選で、有利だった対抗馬が直前で辞退したからだ。相手の当選は確実だからと騙された。裏でなにかあったに違いない。
副会長の一人であるイチコ・サトウは、自称サツキ親衛隊の隊員である。幼稚舎の時からサツキにつきまとう親衛隊の古株で、立場としては副隊長だそうである。
中学生には似合わない一八〇センチ近くもある長身と、控えめな胸。、そしてベリーショートの髪が理由で、制服を着ていないときはだいたい男子に身間違えられる。プライベートで着ている服も、大きめのシャツにジーパンだからだけど、性格もさっぱりとしていてかっこいい。女性ファンも非常に多い。
イチコ目当てでサツキの親衛隊に入隊する娘もいるらしい。
ただ、趣味はお茶にお華と、まったくもって乙女だった。
どっちかと言うとサツキに対してストーカー性を発揮していると言えなくもないけれど、格闘技に長けているので護衛としてはとても役立つから、学校の中では何時もそばに置いている。
別に便利だからとかではない。
幼馴染だし、一応は友人のつもりである。
副会長はもうひとり居る。
こちらは中学からの編入生でフタバ・シオヤと言った。イチコと同じくらい対人戦闘力は高かった。
身長はサツキよりやや低めの一六〇代前半であり、普段はポニーテールにしていて見た目はやけに可愛らしい。けれど口調は辛辣だった。
「イチコには、お茶している暇なんてないんだと思うのだけれど」
フタバは仕事が早いので。相対的にイチコの仕事が遅れているように感じるのは仕方ない。本人の名誉のために言っておくと、イチコの仕事が遅いということは全くなかった。、
「たまに休憩を入れると効率が上がるんですよ」
まあ、その意見には賛成だ。ダラダラと続けるよりはメリハリをつけたほうが仕事ははかどり、間違いも減る。
「今日はおやつを作ってきたんだけれど」
貴族のお嬢様ではあるけれど、サツキはお菓子作りが趣味だった。忙しくてなかなか作ることが出来ずに居たけれど、昨日は一日暇だったので、久々にクッキーを焼いてきた。
「ラッキー、サツキ様のクッキー大好き!」
手放しで喜ぶイチコに対して。フタバは懐疑的だ。
「食べれらるんですか」
フタバにははじめてだ。貴族のご令嬢がクッキーを作るんなんて、フタバにとっては現実味がないのだろう。別に無理して食べてくれなくてもいいんですよ。
「フタバちゃん、何言ってるんですか、サツキ様のクッキーは絶品ですよ」
愛がこもってますからねと言うけれど、イチコへの愛はない。まったくない。
そう反論しても茶化されるだけだから黙っていた。
自画自賛になるけれど、自分で作るクッキーは美味しいと思うのだ。売りに出しってもいいと思う。
「じゃあみんなを呼んで頂戴」
別の場所で作業していた生徒会メンバーにも声をかけて、しばらくの間お茶会を楽しんだ。書紀が二人に会計と庶務が居る。全部で七人だった。
主な話題といえばスイーツと、お洒落と、悪役令嬢の異世界転生小説についてである。全くもってお嬢様のお茶会である。
異性の話ももちろんしたよ。内緒だけど。
お茶会の後、残っていた仕事を片付ける。
「では、今日はここまですね」
「おつかれさまです」
生徒会活動を終了したら帰宅の時間だ。
「ではごきげんよう」
生徒玄関で他のメンバーと別れて駐車場へと向かう。
お迎えの車はすでに来ていた。
如月女学院エストル分校は、区の中心部から南に三駅ほどの場所にある。一方カシワザキの屋敷は東に五キロほど離れていた。
つまり遠かった。車で通うのは止む終えない。
もちろん区長の娘という最重要人物のご令嬢だから、護衛という意味では、リムジンの送り迎えが最善である。
車の前で待っていたのはカシワザキ家で主任メイドを務めるタエである。
先月三十二歳になったばかりだけれど、見た目は若い、しかし、専属の護衛メイドであるだけあって戦闘力は極めて高い。シノザキ流を我流で進化させた剣術が持ち味だった。見る機会は全く無いけれどすごいらしい。
ちなみに運転手もメイドである。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。待たせたわね」
帰る時間は毎日連絡しているし、時間がずれることは殆どない。
それでも彼女たちにしてみれば待つのも仕事なのだろう。それには笑顔が帰ってきた。
通勤に使用するリムジンは比較的小さいもので、メイドは助手席に座る。車の中は、タエが今後の予定と連絡事項を報告する時間である。
「それと、メッセージが入ってますが」
メッセージとは電子的にやり取りする手紙のようなものである。
「誰から」
「ミズキ様からです」
お隣の第五行政区の区長の娘であるミズキ・ヨシノとは知らない仲ではない。お互い区長の娘という立場上、パーティーなどで会う機会も多かった。
でもあまり好きではない。
何がと言う訳ではないが、なんだか馬が合わなかった。
「わざわざメッセージ? 公式の招待状かしら」
個人で所有している端末を介して直接連絡を取り合うことは可能であり、もちろんサツキとミズキはお互いの連絡先も知っている。わざわざメイドを介してメッセージを送ってくるとか、そういうところがやっぱり気に食わない。
「招待状ではないですね」
「じゃあ、何なんて書いてあるの?」
「いい材料が手に入ったから取りに来るようにとの事です」
サツキが、正確に言うとカシワザキ家の管理下にある国立研究所で必要としている材料のことだろう。いつだったか貴族のパーティーで出会ったときに、今欲しい物を効かれてミズキに話した事があった。
まさか覚えていたとは思わなかった。意外と律儀なやつである。
「どうしましょう、ハルコに行かせますか」
若いながらとてつもなく優秀な研究員であるハルコは、ミズキの実姉である。
数回飛び級をして、さっさと大学院の博士課程を出てしまった。有望であるけれど、扱いにくい女性である。
「そうね。いえ、私が行くわ」
「それは、」
「次の休みに予定を入れて頂戴。運送用のトラックも忘れずにね。そうそう、私もそのトラックにのるわ」
「かしこまりました」
はっきり言えば反対したいところだろう。少人数で隣の区に移動するのも歓迎すべきことじゃない。それでも、主人の決定に口を挟めないのがメイドである。
タエは渋々了解し、関係部署に連絡を始めた。
「ハルコは連れて行かないんですか」
一通り連絡を終えたタエが尋ねる。
「嫌よ。あの娘面倒だもの」
確かに優秀ではあるけれど、人格破綻者でもある。
そんな奴と一緒に旅なんてしたくない。あんな苦しい時間は一度で十分だ。
具体的にどうやばいか、まったく思い出したくもない。だから、やばいという事実だけ残してその記憶は消去した。
そんなわけで土曜日になった。如月女学院は基本週休二日である。つまり休日ということだ。
用意された四トンロングのトラックの運転席の真ん中に乗り込む。ちゃんと冷凍車を用意してくれたようで安心した。
流石にできるメイドは違う。
右隣の運転手もメイドである。もちろん左側にはタエが座った。
普通の車より車幅が広いとは言え、所詮トラックだ。三人乗ると密になる。細身の女性が三人だから余裕はあるけれど、狭いことには変わりない。
まあ別に嫌ではないけれど。
ヨシノ家の屋敷までは、六十四Hの三通りを使い峠を越え、車で三時間位のところにある。微妙な距離だ。
朝八時に屋敷を出発し、昼前に付く予定で出発した。お昼はヨシノ家で食べるつもりだ。ヨシノ家の料理は美味しいので楽しみだったるする。
順調に進み、ちょうど半分の位置にある峠に差し掛かると、坂の途中で警備員に止められた。パトライトをつけた車が二台、SUVと呼ばれる大型の乗用車が一台止めてあった。正面の道にはバリケードが置いてある。
事故でもあったのだろうか。
「何があったんです」
本日の運転担当をであるメイドのナミが、窓を開けて警備員に問いかける。
このメイドはメイドの日常的な技能に加えて、あらゆる種類の車両を運転できる免許を持っている。建設機械はもちろん戦車でさえ可能らしい。
戦車を運転する機会なんて無いとは思うけれど、冬の除雪には重宝する。
「熊が出たんですよ、熊。それもとびっきり巨大なやつです。いま冒険者の連中が退治に行ってますから、少しばかりお待ちください。お急ぎのところ本当に申し訳ありませんでした」
トラックの正面についているカエデの葉に気づいた警備責任者がかしこまって謝罪する。カエデの葉はカシワザキ家の紋章である。ある程度の地位にあれば、その意味は理解できるだろう。
「構いませんよ。あなた達のせいでは無いのですから」
ナミが微笑んでそう返答する。
ちなみにこの国ではメイドの地位は極めて高い。警備会社の現場責任者などは比較にならないほど高い。ナミの対応はだから当然だった。
「だそうです、お嬢様。少し外に出て休みましょうか」
タエに言われて外に出る。
まだ春だから、峠の気温はかなり低い。それもその寒さが、気持ちよかった。
道の脇から谷を覗き込む。まだ少しばかり雪が残っていた。
警備責任者から詳しい話を聞こうと思ったとき、少し離れた山の中で咆哮が聞こえた。
冒険者が対応していると言うのを思い出した。冒険者とは、冒険者組合に所属する連中のことである。異世界の物語にあこがれた連中が、それをこじらせて作り上げた組織らしいけれど、世の中の役に立っているから不思議なものである。
今では国営事業の一つになっている。
さっきより熊の叫び声が近くに聞こえた。
警備の連中も心配そうに山を見ている。
「大丈夫かしらね」
「冒険者の連中なら、熊ごときには引けを取らないと思いますけど」
腕は確かだと聞いているけれど、討伐に成功しているようには見えなかった。
熊の叫び声が更に大きくなる。
大分近づいてきたようだ。
まっすぐと伸びる道の先に人影が見えた。まだ遠くてはっきり確認は出来ないけれど、男が一人逃げるように一目散に向かって来ている。
そしてその後ろに大きな熊が現れた。
「だめだったんじゃないかしら」
「そのようですね」
逃げて来た男は、追いついた熊の手に跳ね上げられて宙を舞う。
そして、サツキの目の前で大きな音をたてて頭から着地した。
即死だった。
冒険者は四人で向かったとさっき聞いた。あと三名も絶望的だ。
道を閉鎖していた警備員は、その危険性に気づいて、我先にと車に乗り込み逃げていった。貴族のお嬢様を置いて逃げるとか、後で懲罰物である。
そんなことを忘れるほどに、その怪物の存在は恐怖だった。
「どうなさいますか」
「このまま街に降りられても困るわね」
屋敷に報告をして腕利きをよこせばすぐに処分できる。後で山狩りをする手もあったけれど、下手に徘徊して被害が増えては問題だ。
ここで始末していこう。
そうしよう。
「ナミ」
「はいな」
運転席で逃走の準備をしていたナミを呼び出す。
エンジンを止めて降りてきたナミは、大きな斧を背負っていた。
メイド服にバトルアックスとか、ミスマッチもいいところだ。
だけどそれが、彼女たちの真の姿だ。
「あれを倒せばいいんですか」
「ええそうよ。タエもお願いね」
「かしこまりました」
熊はまっすぐサツキへ向かってくる。身長が五メートルはある大きな熊だ。
今まで見た中では最大級である。自然に生まれたとは思えない。ここまで成長する前に誰かが気づくはずである。
熊は全く無傷であり、冒険者が全く相手にならなかったことを示していた。
彼らは別に化け物相手の訓練をしているわけではない。別に魔法も使えない。
弱者として死んでいったのは必然だ。
だからせめて、仇は討っておくことにしよう。
そんな巨大な熊との間に割り込むようにナミが立った。
「そいや」
振り下ろされる熊の右腕を、ナミが一振りで切り落とす。
痛さに耐えきれず大きく吠える熊は、今度は左手でナミを襲う。巨大な熊の腕を斧で受け止めたまま、ナミは微動だにしない。
ものすごい筋力だ。
その腕を今度はタエが日本刀で切りつける。腕は落ちなかったけれどかなりの深手だ。熊は左手を引っ込めて後ずさる。
敵の強さにやっと気づいたようで、熊の目に一瞬だけ恐怖が浮かぶ。だがそれはすぐに怒りによって塗りつぶされた。そしてまた大きく吠える。
獲物を狩る熊から、バーサーカーへと変化を遂げる。
「やばいっすね」
ナミが斧を握り直す。
「チッ」
その横でタエが刀を構える。
熊の左手が振り下ろされ、受け止めに行ったナミが吹っ飛ぶ。熊はそのまま、左手をタエに突き出した。
タエは刀でそれを受け流す。シノザキ流の定石だ。
しかし、受けきれなかった。今回タエが持参した刀は業物ではない。ただの名もなき量産品だ。故に、熊の攻撃にも、タエの技にも耐えきれなかった。
刀が折れ、受けきれなかった熊の拳がタエを直撃する。そしてそのままサツキの横をかすめて後ろへと飛んでいった。
護衛メイドがふたりともやられるのは想定外だ。それにふたりともすぐに復帰できなそうである。
つまり残りの獲物はサツキだけだ。
熊と目が合う。
熊にはもう自我はないようだった。
サツキは小さなICチップを取り出すとそれを軽く宙に放る。
そのチップは、一瞬で日本刀へと姿を変える。
「安らかに眠りなさい。さようなら」
刀を握り一気に熊との距離を縮めると、サツキは刀を熊の心臓に突き刺した。
刀を引き抜く。
熊が大きな音とともに地面に倒れた。
もう動かなかった。
「さて、どうしましょうかね」
刀を放り投げ元のICチップに戻してから、サツキは考える。
邪魔だなこれ。
「すいませんお嬢様」
「いいのよ」
タエが、戻ってきた。
地面を転がったため、自慢のメイド服がだいぶ汚れていたけれど、特に怪我はしていないようだ。ナミも起き上がっていた。
「どうしようかしらね、これ」
「ミズキ様のお土産に持っていってはどうでしょうか」
「それはいいわね、それに決めたわ」
タエの意見に二つ返事で賛成する。
ほとんど嫌がらせとは思うけれど、それ以外思いつかなかった。
ここに捨てておくわけにも行かないし、研究所に持っていくのも面倒くさい。
「それにしても何でしょうこれ」
クマに近づき様子をうかがっていたタエがなにかに気づいた。
「これは首輪でしょうか」
熊の首には細く目立たない首輪のようなものが巻いてあった。多分それがこの熊の巨大化と凶暴化の理由だろう。
「触らないほうがいいわ」
手をのばすタエに注意する。
どんなものかわからないから不用意に触るのは危険である。
「後で回収しましょう。じゃあ、よろしくねナミ」
「了解です」
巨大な体を一人で持ち上げて、ナミは荷台に熊を投げ込む。
相変わらずの怪力だと感心した。
冷凍システムの完備されているトラックなので腐ることもない。凍らして於けばまた動き出したりもしないだろう。
その場で血抜きすべきかとも思ったけれど、食べるかどうかわからないし、そのままミズキの元へ持っていくことにした。熊の手のひらはゲテモノのたぐいだったろうか。結構人気の食材だった気もするけれど、食べたいとは思わなかった。
冒険者の亡骸はどうしようか悩んだけれど、それは自分達の仕事じゃ無いというタエの意見に従い置いていった。後から警備員が回収するだろう。
車を走らせ峠を越えると、反対側の道を閉鎖している警備員がいた。
「熊は倒したけど、冒険者の人達は全員熊にやられたみたいです。反対側の警備の人たちはみんな逃げちゃったので、殺された冒険者の遺体は置いたままです」
責任者を呼びだして状況を説明する。荷台の熊を確認してすぐにその場を後にした。警備会社の現場責任者程度では、カシワザキ家をその場に止めておく権限はない。逃げ出した警備員の話もしておいた。多分あっちの責任者はクビだろう。
それに、熊の搬入先はヨシノ家の屋敷だといたら、それ以上何も言わなかった。
いつだって、権力ってのは素晴らしいと思う。
峠を越えると第五行政区なのだけれど、思わぬ獲物に時間を食ってしまい、すでにお昼の時間を回っていた。メイドの二人は不満を言わないし、サツキ自身別に食事を必要とはしていない。そのままミズキの屋敷に向かっても良かったけれど、ちょっとばかり休憩することにした。
峠を下りきったところに蕎麦屋がある。
この道はよく通るから、そこにあるのは以前から知っていた。山小屋風の建物には興味をそそられたけれど、今まで寄る機会がなったのだ。
せっかくなので、その蕎麦屋に寄ることにした。
蕎麦は結構好きだった。
少し遅い時間だったから、店内に客はほとんど居なかった。窓際の席に座り、メニューを開く。ボリューム満点自慢の一品、と書かれた天ざるを注文する。
他の二人は、山菜そばと月見山かけそばを頼んでいた。
遠慮する必要はないのにと言ったら、好物なのでと返された。
料理を食べ終わったころ、男が一人で店に入ってきた。きちんとスーツを着込んでいるから、サラリーマンだろう。お昼にしては少し遅いけど、忙しんだろうなぁと同情する。
その男と目が合った。
その目には生気がなかった。
「タエ」
不審な男に気づいたタエが警戒をする。
男はサツキ達のテーブルに近づいて、サツキの前に立ち、ニヤリと笑った。
「アタナ無礼ですよ」
タエが間に割り込んでくる。
その時男の目が光った。
「そう言うことですか」
そして男は自爆した。
店の壁は爆風で吹っ飛び、大きな屋根が、その上に落ちてくる。
中に居た客と店員は巻き添えを食って命を落とした。
テロが起きるのは数十年ぶりだ。
国中がそのそのニュースで騒然となった。
登場人物
サツキ・カシワザキ(如月女学院エストル分校中等部三年 生徒会長)
イチコ・サトウ(副会長)
フタバ・シオヤ(副会長)
タエ(カシワザキ家のメイド)
ナミ(カシワザキ家のメイド 運転手)
警備員
冒険者
自爆した男