第一話 誘拐犯がやってきたぞっ
週一くらいでアップできたらうれしいです。
星とか待ってる。
夢を見た。
てか、大量の寝汗をかいて目が覚めた。
夢なんて見たのは随分と久しぶりだ。いつ以来かも思い出せない。けれど内容ははっきりと覚えている。あの女が出て来るなんて一体何のフラグだろう。
夢の内容を思い出し、嫌悪感が襲ってくる。
袖で唇を拭ってから、上半身を起こして、ベッド脇の目覚まし時計を見た。
まだ五時だ。もちろん朝の。
今日は中学校の入学式である。
十時までに登校し、当日指示された教室に入ればよいから、実際のところ起きるのは七時で十分だ。
このまま起きてしまうには早すぎるけれど、夢見が悪かったせいで二度寝する気分になれなかった。仕方なくベッドから降りてカーテンを開けた。
いい天気だ。
絶好の入学式日和である。
窓の外では庭師のタカヤマが花壇の手入れをしていた。
毎朝早くからご苦労なことである。
古くからこの屋敷の庭を管理しているタカヤマは、今年で八十歳になる。仕事の大半は弟子に引き継いでいるが、いくつかの花壇はまだ彼の担当だった。
「おはよう」
窓を開けて声をかける。思ったより大きな声が出た。
庭師のタカヤマは、突然声をかけられて飛び上がって驚いていた。
別に驚かすつもりはなかったのだけれど。
「おはようございます。驚かさないでくださいよ、ミズキお嬢様」
帽子を脱いで深くお辞儀をするタカヤマは、そう言って笑った。
現役時代は気難しい人物だったと聞いていたけれど、今ではすっかり柔和なおじいちゃんだ。人当たりも良く、ミズキにはいつも優しく接してくれる。
「随分とお早いのですね」
そう言えば、こんなに早く起きたのも久しぶりだ。
「入学式だからね。楽しみで眠れなかったのよ」
思ってもいないけれど、子供っぽくそう答える。
楽しみなのは確かだけど、むしろ何時もよりぐっすり眠れた。
夢見が悪かったのはご愛嬌だ。
それが無ければ最高だった。
作業に戻るタカヤマを見送りながら、メイドが起こしに来るまで何をしていようかと頭を悩ましていた。
「まあ、やれることは限られているわね」
結果、読みかけの小説を読んで過ごすことにした。今流行りの悪役令嬢の異世界転生ものである。剣と魔法の世界って憧れる。
あと魔法少女。
あれはいいものだ。
「おっはようございまっすなのです!
静まり返った部屋の中で本を読み勧めていると、部屋にメイドがやってきた。
どうやら起床時間のようである。
毎朝メイドが起こしに来るから目覚まし時計はセットしない。それはいいのだけれど、目覚まし代わりのこのメイドは朝からテンションが異様に高い。高すぎて辛かった。ウザかった。
物心のついた時からこの屋敷でメイド補助として働いているカズミは、現在ではメイド見習いとして働く十七歳だ。
この国でメイド服を着るためには、大学でメイド学を専攻し学士を修めた後、難関の国家試験に合格し、その後厳しい研修を受けなければならない。
つまるところメイドは超エリートだ。
ただ、長く上級貴族の屋敷でメイドの補助をやっていると、特別に国から許可をもらって、メイド見習いとしてメイド服を着ることが可能だったりする。
国内でも数が少ないメイド見習いは、貴重だった。
別に必要な人材ではないのだけれど。
この若さで仕事が一人前にできるほど優秀だし、幼馴染と言えるくらいには付き合いが長く気心が知れているのはありがたかった。希少価値だ、
でもやっぱ、このテンションの高さにはついていけない。
少し落ち着いてほしいと思うのだった。
「おはようごいます、お嬢様」
その後ろを背後霊のようについてくるのがリツである。こちらはれっきとした正メイドだった。。
この屋敷の中でも五本の指に入るほど仕事ができるメイドだけれど、彼女はカズミと違ってかなり自己主張が乏しかった。その上、時々見失うことがあるほど存在が希薄なのである。隠密行動にとっても適していると思う。その道でも十分に活躍できるのではないだろうか。
正規のルートでメイドになったリツは、屋敷での立場的にも、年齢的にもカズミより上である。この屋敷に来てまだ一年しか経っていないけれど、メイド歴は意外と長く、すでにベテランである。ちなみに五人いる副メイド長の一人であり、随分と高い役職なのだと最近知った。
ちなみにメイドは全部で六十四名ほど居る。
全員の名前は覚えていない。
「おはよう。もうそんな時間なのね」
「そうなのです。今日は入学式なのです! 張り切っていきましょい」
軽口なカズミのテンションに引きづられてドレスルームに移動する。
まずは普段着に着替え、軽く身だしなみを整えてからの朝食だ。
食堂の中央には、十人は座れるほど大きなテーブルが中央に鎮座している。椅子は五つあるが、食事は一人分しか用意されていなかった。
いつもどおり、朝食の席に両親は居なかった。
ヨシノ家は第五行政区を治める貴族であり、区長を務めるお父様は相当忙しいのか、朝早く出勤し、夜遅く帰宅する。もちろん土日も祝日もない社畜の鏡だ。
ほとんど会うこともないから、顔も忘れてしまいそういである。
当主であるお母様は、一年の殆どを首都で過ごすため、家にいる時間もあまり多いとは言えない。帰ってきても部屋にこもって書類の決裁に追われている。
小学校に上がるまでは、一応保護者っぽいこともしてくれていたけれど、今の二人にそんな余裕なんてない。いや、その必要はないというのが正しいか。
ともかく過労死だけはしてほしくないと思う次第だ。
ちなみに残りの二つは兄と姉の席である。中央官庁で働く兄と、隣の区の研究所に所属する姉は、今は同じ屋敷に住んでいない。家に戻ってくることは稀だった。
カズミとリツはミズキ専属メイドではあるが、メイドである事には変わりなく、食事の時は別々だ。使用人が主人と一緒に食事をすることは、通常ではありえなかった。それに、食堂には専門のメイドが居る。彼女たちは調理師とか栄養士とかそういう資格を持ったエキスパートだ。餅は餅屋に任せるのが一番である。
「ご進学、おめでとうございます」
メイド長のタカミが珍しく食堂に顔を出し、持ってっきた生花をテーブルの中央に置いた。生花には『メイド一同より』と書かれたカードが添えてある。粋な計らいだ。
その花はとても綺麗だった。
どうやらメイドの中には、華道の師範も居るらしい。
ハイスペックなんだよね、彼女たちは。
「ありがとう」
進学と行っても、附属の初等部から無試験で上がるだけだから、別にお祝いするほどのことではないと思うのだけれど、これはこれで喜んで受け取っておこう。
嬉しかったし。
「もったいないお言葉です。ミズキお嬢様」
だから、ちょっと泣きそうになったのは内緒である。
食事を食べ終わるのを見計らったかのように専属メイドの二人が戻ってきて、テーブルの上の生花に息を呑む。
「このお花、とても綺麗ですね」
「思った以上の出来だと思うのです」
この二人も一枚噛んでいるはずだけど、実物を見るのは初めてのようだった。
「ごちそうさま、美味しかったわ」
食堂担当のメイドに声をかけてから、専属メイド二人を引き連れて自室に戻る。
まずは制服に着替えることだ。そのままドレスルームへと向かった。
市立如月女学院中等部の制服は白を基調としたブレザーだ。スカートは紺のプリッツで、白いワイシャツの首元に結ぶ棒タイは入学年度で色が違う。今年の新入生は緑だった。新しいワイシャツは糊が効いていて、身に付けると気がしまる。
「よく似合っているのです」
「そうかな」
「そうなのです」
ベタ褒めのカズミの言葉に照れながら、部屋にある姿見の前に立つ。
「誰? この美少女」
一瞬そう思った。
戯言だわ。
中学校の建っている如月女学院の敷地は、屋敷と隣接しているけれど、屋敷から学院の正門まではかなりの距離があり、中学校は広大な学院の敷地の反対側にあるから、歩いていけないことはないけれど結構遠い。
そう言った理由もあるので、お嬢様の特権を生かしてリムジンで登校する。
如月女学院中等部は、貴族か、ある程度以上の地位のある家庭の娘しか入学出来ない。しかも殆どが小学校からの持ち上がりで、知っている連中ばかりだ。その全員が自家用車で登校するから、正面玄関の前はいつでも大渋滞である。
「いいわ、ここからは歩いていくから」
渋滞に巻き込まれてすぐ、ミズキは運転手へそう伝えて車を降りる。
歩くのは嫌いじゃない。いやむしろ好きだった。
メイドの二人も後をついてきた。両親は忙しくて入学式には来れないから保護者の代わりである。使用人でも二名までは保護者席に座ることが出来る。
保護者というより護衛という役目のほうが重要だけれど。
他にもメイドをつれてきているお嬢様は数人居た。
名門の如月女学院は、国内に三箇所にしかないから、わざわざ地方から出てくる娘も多い。そう言った家では身の回りの世話うするメイドと一緒に高級マンションに住んでいるケースが殆どで、持ち上がりの入学式にわざわざ両親が来るということもない。みんな忙しい親ばかりなのである。
「ごきげんよう、ヨシノ様」
校門を入ったところで後ろから声をかけられた。
幼馴染のアカリちゃんだ。
第五行政区の北の端にある小さな町を治めているシノザキ家の長女で、初等部でも何かと絡んでくるかまってちゃんである。実害はないけれど、ちょっとばかりうっとおしい。同学年では最も背が高い上に、長い髪をまとめてポニーテールにしているため、遠くからでもよく目立つ。目印にはもってこいなので、そう言った意味ではとても重宝していた。
もちろん嫌いではない。友達だ。
「改まってなんですか」
幼馴染ということも合って、普段はミズキちゃんと呼ぶアカリだけれど、今日はなぜだか名字で声をかけてきた。聞き慣れないからなんだかこそばゆい。
「また同じクラスですわ、ミズキちゃん。これは運命ですわね」
どうやら、中学生になったから大人ぶってみただけらしい、すぐに呼び方は戻っていた。
「運命とか、大げさだね」
人数が少なく三クラスしかないから、同じクラスになる確率はたしかに高い。それでも七年連続なのは運命を感じずには居られない。ということらしい。
しらんけど。
長い長い校長の挨拶がメインの入学式は無事に終わり、クラスルームだけでその日は放課になった。本格的な授業は明日からである。
クラスメートも知った顔ばかりで、代わり映えしない。
中学からの編入者も二名解いたけれど、特に興味は惹かれなかった。
担任は、まあどうでもいいか。
「パフェを食べに行きましょう」
帰り支度をしていると、アカリが寄り道を提案してきた。
いつもの事である。
「駅前に新しいお店が出来たのですわ」
初等部でも、何度か彼女とスイーツを食べに行ったことがあるが、どれも絶品だった。彼女のおすすめに外れはない。誘われた以上、行くしかない。
「うちのメイドが良いって言ったらね」
急な予定変更は、専属メイドの迷惑になる。嫌と言うことはないだろうけど、他の予定が入っている可能性もあった。一応そう思って聞いてみた。
「全く全然問題ないのです」
カズミは二つ返事だったし、リツも黙っていたからアカリの誘いにのることにした。パフェはたしかに魅力的だ。優先事項だ。
「ミズキちゃんは本当に甘いものが好きですわね」
お前に言われたくはないなぁと思いながら、それはあえて口にしない。
確かに間違った認識ではないからだ。
甘いものは正義である。
カズミにもメイドが一人ついていた。
初等部の時からずっと同じメイドで、トモエと言った。見た目は若いけど熟練の落ち着いたメイドである。別に仲良くなったりはしていないけれど、彼女が居ると安心する。そんなメイドだった。
メイドを三人連れて駅前へと歩き出す。別にめづらしい光景ではないのだけれどこの組み合わせは必要以上に目立ってしまう。元から如月女学院の制服は特権階級の証である。メイドと一緒に歩いていればなおさらだ。
そんな周りの視線は気にせずに、流行りの小説の話をしながら店へと向かう。カズミがトモエに話しかけているが、トモエはそっけない返事を返すだけだ。
それも見慣れた風景だった。
学院から駅まではゆっくり歩いても十五分ほどある。
その途中に、やや大きめの公園がある。あまり整備がされていないため草木が多く、薄暗い。ほとんど森と言ってもいい。むしろそれを売りにしているところがあるらしい。公園管理者の思惑とは裏腹に、一般市民はあまり利用していない。
そんな人気のない公園を、近いからという理由だけで通り抜けようとした時、ミズキの後ろをついて来ていたリツが、突然目の前に踊りでた。
それと同時に、何がが前方から飛んできた。
人だ。
剣を振り上げた人が、文字通り飛んできた。
素早く刀を取り出したリツが、飛んできた相手の剣を受け止める。
メイドは多くの知識と技能を有しているマルチな使用人であるが、其の中でも得意な分野が存在する。専属メイドとして護衛を兼務しているリツは特に居合道を得意としていた。そして特殊な刀を隠し持っている。
「何者です?」
男はそのまま後ろに飛んで距離をとった。
カズミとトモエがミズキとアカリの左右を固めると、さらに敵が現れた。。
敵は一人じゃなかった。
「ミズキ・ヨシノだな。おとなしく我々に付いてきてもらおうか」
周りを囲んだ男の一人が、まるで物語の悪人のような口調で宣言する。
狙いが自分だったのは予想通りだ。
そして、簡単に拐かす事は不可能である。
「その男だけ生かしておきなさい」
ミズキはリツにそう命じる。
言葉を発した人物がリーダーだろう。それ以外に用はない。殺してしまっても、何一つ問題はない。そもそも正当防衛だし、そうでなくとも貴族である以上特権というのが存在するのだ。
権力は正義である。
「わかりましたのです」
カズミもその命令を了承する。
カズミの得意技は空手道である。一度だけ組手を見せてもらったが、とにかく強かった。
相手の男は全部で八人、こちらはメイドが三人だけ。一人あたり三人のノルマである。数では負けている。トモエも護衛を兼務しているから強いはずだ。
刀を構えて居るから戦力に数えてもいいだろう。
「わたくしにも二人いただけますか」
いつの間にか、アカリも刀を構えていた。
シノザキ家は国内有数の剣術で有名な貴族である。もちろんアカリの腕は、ヨシノ家のメイドに引けを取らない。いやそれ以上だ。
つまり強い。
護衛対象であるはずのお嬢様が戦列に加わって、相手はやや動揺した。
どうやら調査不足のようである。アカリと一緒にいる時間が多いのを予想出来ないとだめだともう。
そう考えると、大した相手ではないかも知れない。
とまりこれで、一人あたり二人を相手すればいいから余裕だろう。
ここは高みの見物と洒落込むことにし、一歩下がった。
「後はよろしくね」
改めて全体を眺めると、それほど吐出した能力の相手は居なかった。
スナイパーや飛び道具を持った敵が居ないのは助かったけれど、どういうことだろう。まあ、リーダーをつかまえればわかることか。
シノザキ流は、相手の剣を受け流しながらそのスキを狙って反撃するのが定石である。トモエもかなりの使い手なのだろう、基本に忠実な動きで二人の剣を数回受けただけで相手を倒した。
それに比べて、中学生にして免許皆伝と言われた天才剣士のアカリは、相手に動くスキも与えることなく瞬殺していた。
流石である。
「峰打ちですわ」
なんかドヤ顔がウザかった。
残りの二人もすでに敵を制圧していた。
流石である。
「では始めましょうか」
すでに縛り上げられたリーダー格の男は、自殺出来ないよう対策をされたまま転がっていた。
まずは思いっきり腹を蹴った。
カズミが。
「さぁて、誰の差し金か話してもらいましょうですの」
主人たるミズキが拐かされそうになったのだからカズミの怒りは半端ない。
怒りが体中から溢れ出ていた。
「少し落ち着きなさい」
「でもですの」
落ち着かせようとするリツに対してもカズミは攻撃的だった。
仕方ないので、ミズキもカズミに注意をする。
「わかりましたですの」
結論としては、この連中は単なるチンピラだった。
貧富の差は極めて少ないこの国でも、借金で身を滅ぼすバカは居る。
そう言った連中は貴族の娘を誘拐して身代金を要求するのが常だった。
この国では特殊なレアメタルが多く算出するため、利権を狙って近寄ってくる国は後をたたない。当然、領主の懐も温かいから、領主の娘を誘拐して、大金を手に入れようという悪人は少なくない。
そのために護衛として腕のたつメイドをそばに置いているのだ。
誘拐の成功率の低さを、こういった連中は考えたりしないのだ。
「こいつらいかがしましょう」
「殺しちゃうですの」
そう言えば、隣の区の研究所で人体実験の被験者がほしいって言ってたか。
非人道的と言われようが、こういった連中は処分するのにためらいはない。
誰を襲おうとしたか、わからせる必要がある。
「サツキが欲しがっていたから、彼女のところに引き渡しましょう。とりあえず屋敷の牢屋に入れといてくれる」
リツが端末で屋敷のメイドに連絡を取る。しばらく待っていると、数名のメイドがやって来て、誘拐犯を運んでいった。
「まったくもって戦いがいのない連中でしたわ」
アカリが不満を顕にする。
チンピラの誘拐犯なんてそんなもんだろう。
それにアカリは強すぎるのだよ。
気を取り直し、パフェを食べに移動を始めた時、ふと殺気を感じた。
あまり大きくはないけれど、とても鋭い殺気だった。
「まだ残っていたのですか」
同じく殺気に気づいたアカリがため息を付いた。
カズミとリツは、誘拐犯を引き連れて一度屋敷に戻もどっているから、ここにはアカリとトモエしか残っていない。
それを見計らってきたのだろう。
ということは、アカリよりは強いと見て間違いない。
「お姉さんがた、随分と強いんだね」
空からショタが降ってきた。
飛行石は持っていない。
見た目は小学生だけれど、そんな生易しい感じがしない。
まさにどっかの探偵のように、体だけが小さくなった、そんな感じだ。
殺気は最小限に抑えているけれど、強いのはわかる。アカリもトモエも刀を構えつつ、動けないでいた。
「そっちのお嬢ちゃんを渡してくれれば、残りの二人には手を出さないよ」
にやりと笑うその笑顔は、とても可愛かった。
登場人物
ミズキ・ヨシノ (如月女学院中等部1年 ヨシノ家の次女)
アカリ・シノザキ(ミズキの同級生)
カズミ (ヨシノ家のメイド見習い)
リツ (ヨシノ家の副メイド長)
トモエ (ヨシザキ家のメイド)
タカヤマ(ヨシノ家の庭師)
誘拐犯のリーダー
空から降ってきたショタ