チョコレートの誘惑
「また大きくなったな。」
午後の授業も終わり、生徒がたくさんいる夕方の中庭でのティータイム。同じテーブルに座っているのは同じ学園の同級生で我が国の王太子でもある私の婚約者のダレン王子。確かにダレン王子が言うように近頃お腹周りの制服がきつく感じる。
「制服のサイズが合ってない。はち切れそうじゃないか、大きなサイズを用意しなさい。」
ダレン様が呆れたように言うと、優雅に紅茶を飲む。サラサラの黒髪に切れ長のルビーの瞳の綺麗な顔立ちの王子はとても絵になる。それに対して私は子供っぽさが抜けきれない丸い顔立ちに、これまた童顔に見られる大きな瞳。自慢は腰まで伸ばした波打つ金髪だが、侍女に似合うからとツインテールにされて益々子供っぽさが目立つ。
「お腹がはち切れそうだ。早く凹ませて。」
「まぁ、ダレン様ったら。そんなに早く凹むわけありませんわ。あと、3ヶ月くらいは余裕をもってもらわないと。」
ダレン様の無茶ぶりをスルーし、私はお茶菓子に出されたチョコレートケーキを頬張る。甘く滑らかなチョコクリームは濃厚でありながら、しつこくない。紅茶のさわやかな味と良く合う。
「ジュリア!お前はまたチョコレートケーキを食べて!もっと健康的なものを食べろ!」
ダレン様が鋭い目をしてチョコレートケーキの皿を奪う。
「そんなことより、ダレン様。例の転校生にドレスを贈ったそうですわね。学園中の噂ですわ。」
例の転校生とは季節外れに転入したララという少女。ピンクブロンドのボブヘアが似合う可愛いと評判の生徒である。天真爛漫で男子生徒の人気の小説のヒロインみたいな少女。
「彼女、好みの顔立ちでしたの?」
私の質問に固まるダレン王子から皿を奪い返しまたチョコレートケーキを頬張る。ついでにダレン王子のケーキの皿も奪う。
「例の転校生かどうかは知らないが、確かに学園の生徒にドレスを贈った。学園のパーティーに着るドレスがないと言って泣いていたから、パーティーに出れないのは可哀想だろ。」
2個はダメだとまた皿を奪われる。
ダレン様は確かにドレスを贈ったらしい。全くこの王子は…
「ダレン様~!この前はドレスありがとうございました。お礼にクッキーを焼いてきたので食べて下さい。」
学園で最も位の高い二人のテーブルに躊躇することなく乱入してきたピンクブロンドの少女に周りの生徒は信じられないと驚いている。ピンク頭、もといララを止めようと立ち上がる生徒達に私は手を上げ静止する。
「貴女、王子に向かっていきなり声をかけるなんて不敬ですわ。」
悪役令嬢の様なセリフを言う私にララは挑発的な目で見返す。
「え~!そんな私はただお礼を持ってきただけですのに。それにドレスはダレン様から贈られたものだから、ジュリア様には関係ないじゃありませんか。」
誰ですの!このピンク頭を天真爛漫だといったのは!これはただの空気読めない奴ですわ。
頭に来てダレン様のケーキをフォークで刺し一口でモグモグと食べる。
「全く、ジュリアこのくらいの事で怒るなよ。」
ダレン様の一言で目がつり上がる。
「何ですって!このくらいの事?ドレスを贈るのはこの国においてパーティーのエスコートをする意味ですのよ!だからダレン様が転校生にドレスを贈ったと噂になってますのよ。」
「声を荒げるな。元はといえばジュリアが予想より大きくなってしまったのが悪い。」
しれっと暴言を吐くダレン様。全く誰のせいで大きくなったと思ってるのかしら。
「そうですよ。ジュリア様。私は次のパーティーはジュリア様のお別れパーティーって聞きました。退学して実家に帰られるとか。これからは私がダレン様にエスコートしてもらいますね。」
無邪気にとんでもない事を言うララについ持っていたフォークを曲げてしまう。ダレン様を奪う気なのかしら?
わなわな震える手をダレン様が優しく握りしめる。
「勝手に勘違いして、ジュリアを傷つけるな。僕はジュリアの学園最後のパーティーだから全員に参加してもらいたくて、ジュリアのサイズが合わないドレスを贈っただけだ。ジュリアのお別れを祝福出来ないなら参加しなくて結構だ。」
無表情で言い放つダレン様。
「そんなダレン様…。」
ララは涙を浮かべて上目遣いですがり付く。
「あと、僕をダレンと呼べるのは家族だけだ。きちんと敬称で呼ぶように。」
護衛に目線を送り、護衛がララを退出させる。
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「全く、せっかくのティータイムが嫌な気分になりましたわ。全部、ダレン様のせいですわ。」
「まさかあんな勘違いをするとは思わないだろ。僕にはジュリアがいるのに。」
「勝手にドレスを贈るからですわ。」
プンプンしていると、ダレン様が頬をつつく。
「ジュリア怒るなよ。」
つつく手を払うと、今度は膝の上に横抱きされる。
「ジュリア、怒るとお腹の子供に悪い。」
「誰のせいだと思ってますの?」
私がじとっと睨めば、涼やかな笑顔を見せるダレン様。
「まぁ、僕が悪いのかな?可愛いジュリアに我慢出来なくて、子供が出来てしまって、退学するジュリアのお別れパーティーに全員に参加してほしいと思ったけど、あんな転校生がいるとは思わなかったよ。」
優しい手つきでお腹を撫でるダレン様。
「早くお腹凹ませて。」
「だから、あと3ヶ月すれば産まれますから。」
「こんなに細くて小さいジュリアが、お腹ばかり大きくなって心配だ。早く産まれて、お父様とお母様に顔を見せてね。僕たちの愛し子。」
すっかり父親の顔のダレン様に私も嬉しくなる。
「お母様はチョコレートケーキを2個も食べたから、夕飯には栄養のある野菜をたくさん食べてもらうからね。」
お腹に話しかけるダレン様。やはりチョコレートケーキ2個はダメだったか…。
夕食で私が嫌いなトマトをにこやかな笑顔で食べさせて、涙目の私を見て喜ぶ、ちょっと意地悪な私の王子様であった。