007
僕の物語は、鏡耶が描いた筋書き通りに進むこと。
より正確に言うなら、鏡耶が捏造した証拠の数々から『鏡耶の関連を除くこと』だ。
他力本願と思われるかもしれないけれど、僕よりも頭のいい鏡耶の考え通りになる方が良いに決まってる。
鏡耶が不意に僕に問いかけたのを思い返す。
一緒に見ていたテレビに映った、何処かの光景を見ての質問だった。
「颯太、なんであんなテロだなんて馬鹿なことをすると思う?」
「僕に難しいことを訊くなよ鏡耶」
「まぁまぁ、そう言うなって。
お前は俺にないものを持ちすぎてるんだぞ?」
「意味わかんないよ」
「アレイスだって、お前のお蔭でここまで大きくなったんだからな」
「そんなはずないでしょ」
「そう思ってるのはお前だけさ」
その他大勢が僕を見下す嗤いとは違う、優しい笑みを向けてくる。
頭の回りが早くない僕には難しく、すぐには意図が分からない。
鏡耶はその辺を理解しているのかいないのか、僕に気にせず話を進める。
「何をやるにも目的と手段があるわけだ。
後は目的にあった手段を取れているかが問題になる」
「うん、それで…テロは?」
「目的が何にせよ、『話を聞いてもらえないから暴れる』なんてのは交渉とは言えない。
少なくとも現代でそんなことをすれば『暴力を振るうイカレた主張』にしか受け取られないわけだ。
脅すにしても懐柔するにしても、そうした通過儀礼ってものがあるのにすっ飛ばしている。
まず疑うべきは『伝えきれていない』で、もしも『手は十分に尽くした』と言うなら、その主張は『聞くに値しない内容』だったのだろう」
どんどんややこしくなる話。
だから僕には理解しきれないってば。
「各々、ある程度は『自分の言うことを聞くべきだ』と考えるが、状況や立場によって全く変わる。
同じことを言っても、主義が違えば通る場面があるが、ひとたび外に出てしまえば認められない。
簡単に言えば独裁政権は国際的な流れを無視して勝手なことができてしまうだろう?
逆に数の暴力を従える民主主義の中では、少数の意見は通らない。
これが諍いを生む、互いへの大きな誤解だ。
その辺の認識が指導者に足りなければ、テロのように『世界的に聞くに値しない内容』と証明してしまう。
結局は筋道立てて意見を言い合い、立場の違いですり合わせ、最終的に全員が妥協してようやく話が纏まるんだからな」
「子供みたいなもの?」
きょとんとした顔で鏡耶に訊くと、向こうもハッとしたような顔をした後「やっぱり颯太は賢いよ」と笑い出した。
一体何でそんな結論になるのかわからないけど、喜んでくれるなら僕もうれしい。
「颯太、お前は言葉を感覚に置き換えるのが上手い。
無駄に事細かに説明する俺より遥かに体感的に理解が進むし、颯太が分かることはみんなにも分からせられる」
「それって馬鹿にしてる?」
「とんでもない!
ただ俺とお前では、同じ物を見ても受ける印象や感覚が違うって話だよ」
「いつも言ってるやつだね」
うんうん、と頷く鏡耶。
よく言われるのは『違う感覚を取り込むと視野が広がる』って話。
そのおかげか、せいか…僕のできないことは鏡耶が、鏡耶がわからないことは僕が担当することが多い。
僕にできて鏡耶にできないことってほとんどないはずなんだけどね。
「ま、テロ行為ってのは主義主張の押し付けだ。
それぞれを事細かに説明し始めれば、俺なら一晩掛けても足りないだろう。
なのに颯太ならたった一言で済ませられる…物事の核心だけを取り出せるのを才能と言わずなんて呼ぶんだ?」
他の人でも出てきそうな答えでも、鏡耶が手放しで褒めてくるからいつも困ってしまう。
それを鏡耶に言っても「周りが何と言っても、お前でないといけない」と言って聞かない。
鏡耶には鏡耶の思うことがあるみたいだ。
「ところで急にテロの話ってどうしたの?」
「単にニュースを見た感想なんだけどな」
「ふーん?
ちなみに鏡耶ならどうするの?」
「うーん…テロ、って手段を使いつつって意味なら、事を起こさない」
どういう意味だろう。
鏡耶の言葉は一々深くて到底読み取れない。
だから詳しく説明してくれるんだけど、『周りが何処まで分からないか』が分からないらしくて、説明過剰になりやすいって分析してたね。
何でもかんでも考えるのは鏡耶の悪い癖だと思う。
「テロ行為と呼ばれるものは、何かしらの被害が出る。
被害が出れば主張が正しくとも、被害者や関係者に恨まれる。
根本的な目的は『話を聞いてくれ』なのに、敵を作るって意味不明だろう?」
「ちぐはぐな感じはするね」
「ははっ、颯太にかかれば何でも一言だな!
ともあれ、暴れたいだけならともかく、話を聞かせたいなら『絶対的な敵対者』を出してはいけない」
「でもテロ組織って『言うことを聞かない政府が悪い』って言わないかな?」
「責任転嫁して言い逃れしようしているが、実行犯が何を言ったところで意味はない。
潜在的な恐怖を煽り、敵対者を増やし続けていく行為には未来もない。
一応、テロ側に参加すれば『テロの脅威』からは抜け出せるから、それを狙ってるのかもしれないな」
「意味はあるんだね」
「ただ世界的な主流に反してテロ行為をしてるわけだろ?
つまり自分から『少数派』に入るわけで、大多数を敵に回すから利益になるとは思えないんだよな」
これの結論は何なんだろう?
それぞれの説明は分かるんだけど、話を広げすぎると僕が付いていけなくなるんだけど…?
「あぁ、すまないな。
耳を傾けさせるだけなら被害者なんかいらない。
誰にも迷惑を掛けず、ただ『大きく取り上げられる』のを目的にすれば良いんだ」
鏡耶が目論んだ『テロ未遂』の予告通り、この一連の騒動では一人の被害者も出ていない。
関係者って意味では警察や公安が走り回ってるし、それに伴って色々と被害は出てる。
うちの会社もとばっちりを受けた形だけれど、内部告発って形と未遂で終わったのは本当に大きいって話になっていた。
僕の遥か先を歩く君を追って、手は尽くして届かなかった。
だからやっぱり鏡耶の目論見通りに進んでるんだろうね。
けれど僕は諦めない。
僕もまた証拠を暴き、君の無実を証明しよう。
それが、僕の物語だから。