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005

「いらっしゃいませ相沢(あいざわ) 颯太(そうた)様」


古風(レトロ)な外観にふさわしい趣のある扉を開け、互いの顔が見えてすぐ僕は呼ばれた。

不審感が沸き出してしまい、思わず「…何で僕の名前を知ってるんですか?」と顔を歪めて聞いてしまった。

味方になってもらわないといけないのにな…。


「これはこれは…。

 政治犯、蓼丸(たでまる) 鏡耶(きょうや)を告発した英雄でしょう?

 わたし、そんなにニュースに疎く見えますでしょうか?」


「あ、そういうことですか…」


「警戒されるのも無理はありませんが、ここはただのお店ですので、ゆっくりくつろいでください」


「はい、ありがとうございます」


親友を『政治犯』と呼ばれるのには抵抗があったけれど、それを言い出しても始まらない。

僕の目的はこの人好きのするおじいさんマスターに食って掛かることではないからね。

ともあれ、案内されたのはカウンター。

年季の入った動作でカップを磨く様子は、こんな心境でなければ感動してしまいそうだ。


「ご注文は?」


「あ、おすすめのコーヒーを」


「承りました」


普通の喫茶店。

数ある調度品(アンティーク)成金趣味(ゴテゴテ)した印象も感じさせずに配置しているのを『普通』って呼ぶのは失礼かな。


久々にゆっくりとした時間が流れる中、コポコポとお湯が沸騰する音が聞こえる。

初めて来た店なのにすごく落ち着く…寝不足も相まって眠ってしまいたい衝動に駆られる。


「お待たせいたしました。

 砂糖とミルクはこちらをお使いください」


「ありがとう」


けれどまだ寝るわけにはいかない。

ともかく一口、二口と出されたコーヒーに口をつける。

香りと深い味わいにしっかりとした苦味が頭をすっきりさせる。

口当たりを良くするために少し砂糖とミルクを少し入れて一口つけ、またも周囲を見渡した。


調べ上げた協力者はここに居るはずなのだから…って、誰も居ないんだけどね。

はぁ、失敗したなぁ…余り時間掛けたくないんだけど。


「どうかされましたかな」


「実は人を探してまして…」


「人、ですか?」


「友人が熱心に調べていた小説家なのですが、こちらを懇意にしているとお聞きしたので足を運んだんです」


「なるほど…であれば颯太様は運がいい」


この状況で運がいい?

そんなにとんがった変人だったりするのかな…。

確かにネット上にあんな書き込みして世間を騒がせた人だしなぁ。

というか自演ってことなら『アーカディア氏』が居ないと…あ、まさか間を取り持つ人が居るのかな?


たっぷりとマスターが間を開けたのに、僕のよくない頭だと考えられるのはこの程度。

結局答えが出ないので、ちゃんと教えてもらおう。


「どういうことですか?」


「わたしがお探しの物書きですよ」


「…証拠は?」


「三千万円で貴方だけの物語を紡ぎます」


ただそれだけで雷に打たれたかのような感動を覚える。

どれだけ金を積んででも叶えたい願いがあるのに、どうしても立ちはだかる親友の壁。

鏡耶が画策した計画を引っ繰り返すのは自分には無理だと分かっていても、やっぱり無理なのか、と打ちひしがれていた。


そこへ探し求めた『物書き』が現れた。


僕に真偽を確かめる力はない。

それはいつも鏡耶がやってくれていたことだから。

だけど今は僕だけ。

手持ちの金は、最後の手段として残しておいた全財産。

僕の願いが叶うなら、こんなはした金に興味は無い。


「お願いします」


額はぴったり三千万。

カウンターに乗せたカバンには現金が入っている。


「おっと…疑ってくださってもかまわないのですよ?

 過去に書かせていただいた中には根掘り葉掘り聞かれた方もいらっしゃいましたし」


「いりません。

 望むものは決まっていますし」


「承知しました。

 貴方様の望む物語をお聞かせください」


僕はにこやかに笑って口を開いた。

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