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第二章 Ⅲ

 結果的には、馬車の転落はアラド達を救う事になった。カーブ地点は、比較的崖がなだらかになっていたのだった。留め金が外れた馬達と、屋根の上の兵士は斜面をどこまでも転落していった。馬車も斜面を何度も弾みながら滑走し、しかし大木にほぼ水平の状態で抱き留められた。前輪が弾んだ直後、そのまま大木へと突入するという偶然の産物だった。

「みんな・・・大丈夫か?」

首の縄が締まるのを押さえたまま、途切れそうな意識を必死で繋ぎつつ、アラドが掠れた声で仲間に問うた。精一杯長椅子の上で踏ん張ったものの、激しい振動に首が締め上げられそうになったのだった。仲間達も同様で、息も荒く微かに頷くくらいだった。しかし、彼らはまだ幸運だった。見張りの兵士達は、頭をはじめ体中を、屋根といわず床といわず、壁といわずさんざんに叩き付けられ、今は床に倒れている。特に、最後の車体の跳ねは、屋根への痛打をうんだ。護送車がやたらと頑丈な作りとなっていたのが災いしたといえる。

「首を抜く」

アラドはエレイン達の助けを得て縄から首を抜いた。腕も緩め、難なく自由の身になれた。縄を、結んだ金具から解く。一列はみな解放された。向かいも同様にして解放される。次に、兵士達に近付くと、首に右手の親指を当てる。次々と三人の脈を調べ、小さく溜息をつく。それは安堵ではなく、憐憫ゆえに漏れたものだった。しかし、敵を悼むのもそこまで。続いて、兵士達のベルトを外し始めた。

「リーダー」

仲間の様子を確認していた男性が声を掛けてくる。

「無事な者は?」

「はっ、第十八集団、十名、全員無事です!」

「動けない者は無いな?」

「はっ!」

ベルトを外しながら、笑顔でアラドは男性を見上げた。

「死人には不要だろう?」

一つ渡す。次に外したベルトに下げられた片手剣を半ば抜き、戻すと腰に巻く。エレインをはじめ、仲間達が彼の周囲を取り囲んだ。

「どうするのですか?」

アラドの傍らで、渡されたベルを装着しながらエレインが訊ねた。仲間達も、彼を注視していた。

「…俺と妹は、あの風竜を追う。あれはフラッパだ」

「フラッパ…」

その一言に、仲間達は顔を見合わせた。

「では、ネアラ師が我々を救う為に?」

一人の男性がこう問うと。

「恐らく。ネアラ師も、我々の知らない所で戦っていたのだろう」

「しかし、四年間も行方知れずとなっていたものが、まさか!?」

今度は懐疑的な女性の声。

「…きっと、何か事情があったのだろう。ゴーンの様な裏切者が居て、連絡を取れなかったのかも知れない」

「まさか!我々の中に裏切者など…」

一様に、不安げな表情になる。

「考えたくはない。考えたくはないが…我々の居場所を知られたのは、裏切者の仕業の可能性がある」

「確かに…」

コクコクという頷き。

「ともかく。俺達はフラッパを追う。お前達は各個ここを離れろ。一人でも生き延びて、コールマン殿かエンダー殿に、我々の事を逐一報告するのだ。裏切者が存在する可能性も付け加えて欲しい」

「はっ!」

兄妹と仲間達は、敬礼を交した。これが今生の別れかも知れない、という予感と共に。

 馬車の中で、ゴーン達が通り過ぎるのを、耳を澄ませ息を殺してやり過ごし、アラド達は車外へ出た。右側の扉は、南京錠が脱落していた。絶壁との衝突で壊れたのだ。地上までは二メートル程あり、飛び降りる。仲間が、兵士達のナップザックを四つ、落とした。中には日用品や嗜好品、少々の食糧等も入っていた。崖下を注意深く見回していたアラドは、全員の降車完了の報告を受け言った。

「では、生命の結び目を」

言うなり、アラドは右手の親指を口に持ってゆき、強く息を吹きかけた。全員がほぼ同時に、同じ仕草をする。右腕を伸ばし、全員が親指を押し付け合う。

「我らは今、ここで生命を一つに繋ぐものなり!」

アラドの音頭により、全員が唱和する。それは、必ず生きて再会する、という強い意志の表現だった。指を離すと、身だしなみを確認する。

「そのまま聞いてくれ。彼らが崖下の捜索をしている様子がない、という事は、まだ追っているのか、諦めたかだろう。上手くすれば、我々は今死んだ事になっている。比較的、行動は容易だろう。繰り返しになるが、是非、コールマン殿かエンダー殿の所まで辿り着いて欲しい」

「はっ!」

「では、また会おう!」

頷き合い、ナップザックを一つ持って、兄妹は崖を下りていったのだった。

 なだらか、とはいえ険しい崖を、兄妹は力を合わせ下っていった。崖を下りれば、近くを川が流れている筈だった。

「お兄様、風竜の去った方角は判るのですか?」

足元に気を付けながら、前を行くアラドへエレインは訊ねた。

「咆哮が聴こえていただろう?大体予想はつく」

「しかし、もし飛び去ったのなら、私達の足で追い付くとは…」

「随分と、悲痛な咆哮だった。ゴーン達の攻撃のせいで、怪我をしたのかも知れない。だったら、何処かで休んでいるだろう」

「ですが、この広大な世界で、風竜一頭を探し出すのは」

「あれから、それほど経っていない。降下しているならあの大きさだ、何かの痕跡は残っている筈だ」

「そうですか…」

兄が少々苛立ってきているのを感じ、妹は口を噤んだ。と、兄の動きが止まる。大きな、幅の広い岩が突き出している。

「待っているんだ」

膝を着き、岩の端から下を覗き込んだアラドは、小さく呻き声を発した。

「?どうかしましたか?下りるのは」

「いや、大丈夫だ。ただ…俺が良い、と言うまでそこで待っている事」

「?はい…」

兄の意図が読めないながらも、素直に返事をする。それが彼女を慮っての指示である事は、疑う余地などなかったから。岩の縁に掛けた両手が見えなくなって数分後、「いいぞ」の声が掛けられる。何か下でガサゴソやっていたな、と思いながら、妹は兄同様、岩から下りた。兄が腰を持ち、サポートしてくれた。

「有難う御座います。ですが、一体何が…」

振り返り、それに気付いて言葉を失う。数メートル下った所に大木があった。その幹、地上三メートル程の所に、血がベッタリと付着していたのだ。

「転落した兵士だ。頭から激突して」

言葉を濁す兄の背後、木の裏側、その根元に、人の腕がチラリ、見えている。地面には、何かを引き摺った様な跡が、そこまで続いていた。これを見せたくなかったのか、と、エレインは理解した。

「…嫌な奴だったが、こうなると憐れだな」

そう言い残し、下りてゆく。妹も、振り払う様にやがてその後に続いた。


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