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第二章 Ⅰ

この章で、奇跡的に囚われの兄妹とフラッパは出会い、運命はゆっくりと、動き始めます。

 第二章

 アラドとエレインの兄妹は、決して裕福とはいえない商家の出身だった。大規模の、所謂政商が幅を利かせる王国内にあっては、そうでない商人達は独自のリスキーな物流ルートでも確保するか、大手が手を出し辛い様な商品でも扱うか、あるいはその傘下として細々と商売をするくらいの道しかない。兄妹の実家は二番目に該当した。山岳地帯の狩猟民と、高品質な皮革の取引を行っていたのだ。平地の住人達に対し警戒心の強い彼らと信頼関係を築く事は容易でなく、大手は手を出していなかった。鹿や熊、猪の様な動物のそれらは、主に手袋や防寒着、革鎧などに加工された。それらを愛用していたのがウッズマン・アインリヒト、伯爵位を持つ武人だった。その領地は山岳地帯に近く、狩猟民からも自らの私兵団に起用するなど、他の領主からすれば顰蹙ものの行為も積極的に行っていた。実家が商品を納入していた関係もあって、兄妹は幼少の頃から伯爵家の人々と顔馴染みだった。兄妹には更に二人の兄がいたため、成人後は私兵団入りするべく剣術等の訓練も受け、栴檀は双葉より芳し、の諺通り、幼少の頃から頭角を現わしていた。その様に、明快に開けていた筈の兄妹の将来に、俄に暗雲が垂れ込め始めたのは約四年前、アラドが入団して一年半余り、エレインに至っては二ヶ月余りしか経っていない頃の事だった。


 両側に山の迫る隘路を、隊列は進んでいた。歩行より、多少速い程度のスピードだった。ここを越えれば再び平地になり、地方都市ランスルには間もなく到着する。人口は十万以上、主要都市の一つだった。王国領域内各地の主要都市には、都市の統治機構とは別に王国直属の王権代行所が設置されている。国王の代行者として、王国にとって重大な刑事事件裁判(国家への反逆、内乱画策、王室の冒涜など)を扱うほか、領主間の係争調停、また非常時の軍隊の指揮権等も持つ。非常時には都市の統治機構もその指揮下に入る。とはいえ、実際に軍隊の指揮を執るのは管轄の領主や、王都から派遣された将軍などの場合が殆どだが。

「…」

長椅子に腰掛けたまま、アラドは車内を注意深く観察していた。首に縄を掛けられたままの仲間達は、力なく俯いている者が多い。縄の両端は、それぞれ壁に取り付けられた金具に結び付けられ、勝手に長椅子から動く事は許されない。移動中は多少緩められるが、同乗している兵士達の匙加減で、失神寸前まで締め上げられる事すらある。両腕も連動している為、下手には動かせない。そもそも不審な動きをしたと兵士達に見なされれば、一括りにされた仲間全員に迷惑が掛かる。向かい合い、何事か雑談をしている兵士達へチラ、と視線を向けると。窓外が明るくなった。木立を抜けたのだった。ここから左側が断崖となる。道は暫く行けば大きく右へカーブしていた。床に伸びる格子の影へと目を落としたアラドを、肘で突く者があった。左隣のエレインだった。そっと、二人の視線が交錯する。

「おい、お前ら!」

ドスの利いた兵士の声に、二人は前を向き直った。声を飛ばした兵士は立ち上がり、ニヤけ顔をしながら近付いてくる。

「何だ、恋人みたいに見詰め合いやがって。お前ら、本当に兄妹か?」

中腰になり、二人の顔を見較べる。

「当然だ」

兵士を見返し、アラドは即答する。

「そうか?それにしちゃ、さっきの態度は色っぽかったぞ?それとも何か、お前は妹に欲情してやがるのか?」

下品な笑い声を立て始めた兵士に対し、口惜しげに歯を食いしばるよりないアラドだった。と、俄に外が騒々しくなる。兵士達の怒号に被さる様に、何者かの咆哮が降ってくる。

「何だ!?あれは、風竜か!?」

アラド達をからかっていた兵士の表情がサッ、と変わる。この付近に風竜は居ない筈だった。扉へと飛びつく。

「風竜…」

誰ともなく漏れる呟き。アラドの表情が明るくなった。その巨大な、天翔る獣に心当たりがあったからだった。再びの咆哮。それは、驚くほど近くから聴こえてきた。

 飢餓感は、彼の理性を著しく低下させていた。そもそも風竜という動物に理性が存在するのかという問題はさておいて、人間だった頃の感覚、思考、記憶を引き摺っている彼は、この状況では馬を”食糧”と見なした。加工、調理済みの馬肉しか目にした事が無かったのに。彼には、陽光の中の黒色は非常に目立った。色彩感覚の人間との相違については、もちろん考察する余裕など無い。一声高く咆哮し、黒塗りの馬車目がけ降下していった。ゴーンを始めとする馬上や徒歩の兵士達、御者等の狼狽する様子が手に取る様に判る。ゴーンが号令を発すると、徒歩の兵士達が馬車に取り付き、隊列は一気に加速した。しかし、彼にとって大差はなかった。見る間に馬車が近付いてくる。猛烈な風に煽られ、兵士が転落した。首を下方に伸ばし、馬にかぶりつこうとした。しかし失敗。直前に、自分が襲われると勘違いした御者が、御者台から飛び降りていたのだった。制御を失った馬車は暴走を始めていた。隊列を離れてゆく。

「迎撃だ、迎撃ぃ!」

ゴーンが大声で呼ばわる。復唱される中、他の馬車の屋根が開かれ、弓兵が姿を現わす。足元の揺れる中、屋根の上に踏ん張り一斉に矢を放つが、風に吹き散らされた。

「ええい、魔術師!」

今度は屋根に。軽装の、杖を手にした者達が現れた。その多くは片膝を付き、黒い馬車を追ってゆく風竜に向かい呪文詠唱に入った。物理法則を無視して、中空に火炎弾や握り拳大程の礫が発生する。それらを一斉に投げつけた。地系列の礫が尾に当たり、彼の気を惹いた。一旦上空に舞い上がり、急降下してくる。人も馬も、恐慌状態に陥った。脚が止まってしまう。このまま風竜を撃退するよりない状態だった。矢と、魔法の火炎弾や礫が、彼に集中した。中でも有効だったのは火炎弾。羽根が一部燃え、矢が突き刺さる。堪らず、彼は悲鳴の様な咆哮をあげ、高度を取った。尚も火炎弾や矢が彼を追う。風竜は、幾度となく咆哮をあげつつ隊列の進行方向へと飛び去った。ホッと安堵の胸を撫で下ろしたのも束の間。

「馬車を追え!付いてこれる者だけで良い!」

馬の動かない馬車を見限り、ゴーンは怒鳴るなり愛馬に一鞭入れた。続いて馬を宥めた数騎が続く。顔を見合わせた兵士達も、後に続いた。しかし、結局のところ彼らが黒い馬車に追い付く事は無かった。少なくとも、彼らは黒い馬車を見失ったのだ。

 「何だ!?何故風竜が馬を襲う!?」

御者台への小さな窓越しに風竜の振る舞いを目にした兵士が、思わず叫んでいた。

「!フラッパ!?」

小さくアラドは呟いていた。向かいの窓にチラリ、と見えた翼の内側。そこに、白色に瑠璃色の羽根が混じっているのに気付いたのだった。何年経とうと、記憶に焼き付いたその雄々しい姿は、思い出す事が出来た。美しき女性魔術師の姿と共に。

「フラッパ?お兄様…」

エレインも、その風竜については知っていた。やはり、美しき女性魔術師と共に。

「そうだ」

小さく頷くアラド。と、馬車が激しく揺れた。体も揺れ、縄で首が絞まる。

「うっ!」

慌てて、不自由な両腕で首に巻き付く縄を掴み、閉まらない様に親指を挟み込む。仲間達もそうしていた。本来なら兵士達に止められる行為だが、彼らはそれどころではなかった。

「おい、どうすんだ!?御者が居ねぇぞ!?」

着席したままの兵士が怒鳴る。このままゆけば、この先に待つカーブを曲がれず断崖へと転落するのだ。と、再び激しく揺れ。右側の絶壁に、車体が衝突しているのだった。何度も繰り返され、その度に馬車は左右に小刻みに揺れた。アラド達は、着席したままの姿勢を極力維持するべく、体に力を入れていた。

「…判った、俺がやる!」

兵士はほんの先程までアラド達をからかっていた余裕など微塵もなく、厳しい表情で屋根の梯子を下ろした。扉を押し上げ屋根の上に出る。腰を落とし、用心深く御者台へと進んで行く。御者台の背後に辿り着いた時には、彼は全て手遅れだったと悟った。カーブはもはや目前だったのだ。

「あぁぁぁぁっ!」

喉も裂けよ、とばかりの絶叫。馬車は、断崖へと転落していった。


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