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第一章 Ⅳ

 コンカラー大地南方の一角、サーラ地方と呼ばれる、山岳地帯に囲まれた広大な平地には、大小様々な国家、地域が存在する。その比較的閉塞された地では、古くから二つの陣営が覇を競ってきた。一つは平地北方を占め、背後に大火山地帯が聳えるアリスト王国。もう一つは、主として平地南方にあって、かつて王国の圧力に対抗する為三十余りの国家、地域が結束したテミロス同盟を基として発展した、テミロス同盟諸国連合。通称を連合という。両者の勢力圏の間には、山岳地帯を水源とする大小様々な河川や、それらを集める湖沼等が多数存在する。地下水脈によって、河川も無い所に突然、湖沼が姿を現わす、といった所もあった。地下がどの様な状態になっているのか、知っているのは水竜くらい、などと言われている。

 アリスト王国首都アリステポリス。水濠と強固な城壁に守られた王城を中心として壁で守られた旧市街と、その周辺に更に広がる新市街とからなる大都市だった。王族や親衛軍とその家族のほか、行政に携わる者、一部の富豪やそういった身分御用達の手工業者達等が暮らす、閑静な旧市街に対し、一般市民や王都で一旗揚げようと目論む交易業者や旧市街からはお声の掛からない職人、王都に行けば新たな展望が拓けるかも、と故郷を後にした放浪者等が集まり、猥雑な、一種異様な活気に溢れた新市街。その一角は、王都衛士隊ですら迂闊に近付けない程、スラム化が進んでいた。

 真紅の絨毯が敷かれた、瀟洒な廊下に面した、異様に縦長の扉が静かに開かれた。小声で何事か話し合いながら、その前を通り掛かった二人の官吏が、その音に気付き立ち止まる。扉の向こうから出て来たのは、二人の男性だった。先に出て来た方は、初老と思われた。でっぷりと太ったその体を、艶やかな生地に金糸銀糸をふんだんに使い装飾を施した衣服で窮屈そうに包んでいる。それと対照的に、後から姿を現わした方はまだまだ若い。かなりの長身に不釣り合いな痩身、鋭利さを感じさせる面立ち、ギョロリとした双眸は、全てを見通しているかの様な圧迫感を対面する者に与える。紺を基調とした暗色で纏めた衣服。生地は高級品だろうが、とにかく地味だった。まるで目立つ事を嫌っているかの様だが、この煌びやかな環境では、むしろ目立っていた。

「それではオイラント殿、くれぐれも摂政閣下に宜しくお願いいたしますぞ?」

初老の男性は、何度も若者に頭を下げた。手を差し出すが、若者の両手は垂れ下がったままである。むしろその双眸には、目の前の男性に対する侮蔑の色さえ伺えた。

「ゴメス様も、くれぐれも宜しくお願いしますよ」

冷ややかな口調。顔を上げた男性は、引き攣った様な笑みを浮かべ、踵を返すと廊下を歩き出した。それを横目で見送る若者。と、二人の官吏が頭を下げているのが視界に入ってくる。が、ノーリアクションで、若者は扉の向こうに消えた。扉の閉まる音に頭を上げた官吏達は、再び歩き出した。暫く無言のままだったが、不意に、どちらからともなく息を吐き出す。

「あれは、メッサリーノ家の当主、でしたな?」

一方が、旧市街に暮らす豪商の家名を小さく口にすれば。

「正しく。由緒ある王家の御用商人が、たかが一魔術師にご機嫌伺いとは…」

もう一方は、小さく溜息をつき、小さく首を振る。知らず知らず眉根に皺が寄り、憤懣やるかたない風に、再び口を開く。

「あの政変以来、チューダー卿の影は薄くなり。アウグスト卿に至っては…そもそも、この一角に部屋を与えられるなど、分不相応も甚だしい」

「何しろ、摂政閣下の切り札ですからな」

やれやれ、とばかりに肩を竦める。

「それなのですよ!どうやったのか存じ上げないが、火竜を手懐けるとは!まして王都付近に訓練施設を建てるなど!火竜なぞに、どれ程の国費を費やすつもりなのか!?」

「しっ、声が大きいですぞ!」

注意された方は、はっ、とした様に慌てて口を両手で覆うと、周囲を見回した。心なしか青ざめている。誰が耳を欹てているか、判ったものではないのだ。

「ともかく、ここで恙なく勤めたいならば、言葉には気を付けなければ」

巻き添えはごめん、とばかり、咎める様に忠告する。

「自省致します」

肩を竦めてみせる。二人は歩き続けた。


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