エピローグ
エピローグ
リヒテンシュタインの城壁正門前に、馬車列が到着した。直ちに門は開かれ、馬車列は城正面の車寄せへと向かった。
「ふぅ。ようやく戻って来られたねぇ」
その様子を上空から見守っていたフラッパが、背中のネアラに言った。
「大変なのはこれからよ。私兵団の再編も含め、やり直さねばならん事ばかりだ」
「ま、ぼちぼちやっていけば?」
「そうだな」
ネアラは一つ、頷いた。
「その為に、是非とも協力して貰いたいものだが」
「協力?」
「そうだ。かつての様に、私の相棒として活躍して欲しいのだ」
「ふぅん…ちょっと、考えさせて」
「そうか…」
ネアラは少々意外そうに、それだけ答えた。あるいは、かつて自分勝手に別れを切り出した事が、未だ引っ掛かっているのかと心配にもなったが、そう訊ねる事は躊躇われた。
地上に目を移せば、馬車を、団員にエスコートされながら降りたクレメンティナとホークの元へ、玄関先から待ちかねた様にカレンが走ってきた。そのまま母親の胸に飛び込む。
「お母様!」
「カレンよ…大きく、なりましたね」
「はい…」
カレンの声は、涙に滲んでいた。
「お母様…よくぞ、ご無事で…」
「貴女こそ、よく頑張りましたね。私の誇るべき娘です。この地を、頼みますよ」
我が子の頭を撫でながら、母親の顔で言うクレメンティナ。
「お帰りなさいませ、奥様、お坊ちゃま。お茶の用意が出来て御座います。四年余りの辛苦の、少しでも慰めとなりますよう」
「有難う、スチュアート。では、少し休ませて頂きましょう」
カレンが離れると、ホークの右手を取る。左手はカレンが。並んだ母子達は、頭を下げたスチュアートの前を、玄関へと進んで行った。
リヒテンシュタインの私兵団本部。その建物は、かつて駐留軍が詰め所として使っていたが、今では正当な主を再び迎えていた。
「帰着早々、済まなかったな」
アインリヒト私兵団団長を務めているエンダーは、四つのティーカップに紅茶を注ぎ、それぞれの前に置いた。
「有難う」
ネアラはさっそく取り上げた。
「感謝する」
グラッススは一礼しただけだった。
「有難う御座います」
アラドも一礼のみ。エレインは、といえば。
「有難う御座います…あの、頂いても?」
緊張も露わだったものが、エンダーが微笑んでみせると幾分解れたのか、微笑み返しティーカップを手に取った。
「…当面の間、私兵団の再建に手間を取られる事になるだろう。新たに、団員を募集する事になる。コールマンの一件も、あった事だしな」
一転、気が重そうに、エンダーはそう吐き出した。
「…お聞かせ、願えますか?何故?いつから?」
アラドにとっても気が重かったが、知らずにはいられない事だった。なぜなら、兄妹は彼に殺されかけた様なものなのだから。
「うむ…実のところ、あの政変の少し前から、ゾルダンス側と接触があったらしい。先王陛下が体調を崩され、和睦派の行く末に不安を感じていた時に、使者がやって来たそうだ。王国内に連合への、とりわけカスティーオ選定公国への反感を強く持っている者達が大勢いる以上、国王の崩御と共にアインリヒト伯が攻撃の対象となる事は明白で、私兵団はそういった勢力と戦わざるを得なくなるだろう。敗北し、壊滅するのは火を見るより明らかだ、と。元々は傭兵団だ、コールマンにとってはアインリヒト伯より私兵団の方が大切だった、という事だ。だからこそ、王国軍に迫られた時もただの解散で済んだし、抵抗組織となってからも、何かと大目に見て貰えていたのだそうだ」
「どの様な理由を並べようと、奴めが裏切者である事に一向変化はない。奴めには、我々の様な機知も度胸も無かった、というだけの事よ」
ネアラが冷たく斬り捨てた。
「ところで、何故私達兄妹を見捨てたのでしょうか?」
エレノアの問いに。
「ふむ。要するに、貴君らが真面目過ぎた、という事らしい。ゾルダンス側にしてみれば、王国民の適当な不満のはけ口として、抵抗組織には存在して貰いたい。しかし貴君らは本気でゾルダンスの体勢を破壊しようとしていた。団内の信望も厚く、やがて幹部になるだろう事は目に見えていた。そうなる前にと、コールマンが差し出したのだ」
「そんな…」
「くっ!」
兄妹は驚愕と憤怒を押し込める為に言葉を失った。
「で、彼はどうなる?」
グラッススは平静な口調で訊ねた。
「残念ながら、我々に彼を裁く権限は無い。永久追放、だろうな…この話を知る者に、殺されたりしなければ良いが…」
エンダーは、本気で私刑を危惧していたが。
「それもまた、自業自得というもの。では失礼する」
素っ気なく言うと、ネアラは席を立った。
「どうされたのだ?」
「なに、友と話があってな」
微笑みと共に一礼し、退室していった。
帰還より二十日余り後の黎明。城の敷地内に設置された厩舎を一部宛がわれていたフラッパは、そこでネアラと別れの挨拶を済ませようとしていた。
「どうしても、行くのか?」
鼻先を撫でながら、残念そうにネアラは言った。
「うん、僕がここでやるべき事はもう無いし。少し、この世界について知りたくなってきたしね」
「私の相棒の件は、どうなのだ?」
「貴女達に協力したのは、元々暇潰しのつもりだったし。新しい目標が見えてきたから」
「そうか…残念だ」
「気が向いたら、また戻ってくるかも知れないから。その時はまた、仲良くして欲しいな」
「それは構わないが…一人で、心細くはないのか?」
一人、という言い方は、自然に出たものだった。
「魔法も教えて貰ったし、きっと大丈夫だよ」
フラッパの要望で、この二十日余り、彼はみっちりネアラから魔法の手解きを受けていた。知識を貪欲に詰め込み、また魔法に適正があるのか、風竜の持つ膨大な魔力とも相まって、彼は並の魔術師では到底太刀打ち出来ない程の、殊に攻撃魔法を身につけていた。
「そうか。そうだな…そうだ、私から術を習ったからには、お前は立派な私の弟子だ。片時も忘れるでないぞ?」
「うん、お師匠」
オイラントの真似をしてそう呼ぶと、ネアラは伏し目がちになった。
「…私は、師匠として不出来かも知れぬ。オイラントを、あの様にしか指導してやれなかったのだ。もはや弟子は取るまい。お前が最後だ」
「きっと、大丈夫だよ。風竜を弟子に持つ魔術師なんて、いるか知らないけど」
「ははは、それは私だけだ。請け負おう」
笑い声は、酷く乾いていた。
「そっか…じゃあ」
「そうだな…」
ネアラが傍らへ退くと、フラッパは厩舎を出て行った。稜線が僅かに輝き始めている。空を見上げれば、快晴だった。
「さぁて、旅立ちにはもってこいの天気だなぁ!」
自分を奮い立たせる様な独り言。羽ばたき始め、見る間に厩舎の屋根より高くなった。と、小さな火炎が打ち上がり、炸裂した。ランスルの時の様に。
「うん?」
と、城の窓に明りが灯り出す。それらは開け放たれ、カレンが、クレメンティナが、スチュアートに抱えられ幼いホークまでが、身を乗り出し手を振っていた。使用人達も同様だった。
「みんな…」
更に高度を上げると、それは街中に広がっている事が判った。まるで星空が、日の光に追われ地上に退避してきたかの様で、ざわめきの様な声も聴こえてくる。
「…ああ、きっと僕は、この世界一幸せな風竜なんだよ…」
より強く羽ばたく。恐らくこの世界一賢明な風竜の姿は、瞬く間に空に溶けて見えなくなったのだった。
END
この物語も、ここにて完結です。九ヶ月余りお付き合い下さり、実に有難う御座いました。主人公がこの先どこへ行き何をし、何を見聞きするのか、作者としても興味の尽きない所ではありますが、それを語るには、もう少し時間が必要かも知れません。いずれ、また再会出来る時を期しまして。




