第六章 Ⅴ
グラッススは一人、愛用のハルバートを片手に王室特務隊の本拠内を探索していた。そこここで隊員達を見掛けたが、彼ら、彼女らは侵入者に対し無関心だった。泣いたり、笑ったり、ただ呆然としていたり、各自がそれぞれのスタイルで自分の世界に浸りきっていた。アポロスの話では、この状態もさほど長くは続かない、との事だったが。
「さて、アイスブレイクは…」
建物の最上階から下へと、最悪隈無く探索して回るつもりだったが、意外と早く、彼は見付かった。
「ええい、何をしておる!全く、どいつもこいつも、一体どうしたのだ!?」
廊下にへたり込んでいた、使い物にならない部下の襟首を絞り上げていたアイスブレイクは、足音に振り返った。目が合う。
「?見掛けない顔だな。新入りか?」
「貴殿がアイスブレイクか?」
「如何にも!貴様、総長の顔も知らんのか!?」
不機嫌そうなアイスブレイクに。
「残念ながら、私は新入りではない。元アインリヒト私兵団百人長、グラッスス」
「貴様、反逆者か!」
「今は、そう呼ばれているか。ところで、貴殿は、あの声を耳にしなかったか?」
「あの声?あの、詩の朗読か何かか?」
「ふむ。耳にしたのだな?」
「だから何だ!?」
思わせぶりなグラッススの態度に、アイスブレイクが焦燥を募らせる。
「なるほど…貴殿は、王国に忠誠も武器も捧げてはおらん、という事か」
納得した様に呟く。
「それが何なのだ!?貴様とてこうしていられるからには、私と同類だろうが!」
「そうであるな。我らは今の王国には忠誠心を抱いてはおらん。ゾルダンスなどという、俗悪なる者の治める王国にはな」
「ふん。俗悪でない統治者なぞどれ程いたと言うのだ!」
「今は政治向きの議論なぞする気は無い。我らにとって今の問題はアイスブレイク、貴殿よ。味方を罠に嵌め、伏撃などした貴殿のな」
「!貴様、何を知っている!?」
「四年前の、一部始終を」
「くっ!死ねぇ!」
抜剣し、斬り掛かってくるアイスブレイク。グラッススもハルバートを構え、迎え撃った。激しい打合いとなった。アイスブレイクが一旦間合いを取った。隙を窺う。疲労の為か、グラッススの構えたハルバートの穂先が、少しずつ下がっていった。それを見て取ったアイスブレイクは。
「!もらったぁ!」
会心の笑みと共に打ち込んでいった。しかし、斬撃は柄に跳ね上げられた。誘いにうかうかと乗ってしまったのだった。がら空きになった胸に、石突きが鋭く突き込まれる。胸甲により大したダメージはなかったが、次は首に見舞われる。これは効いた。
「ぐっ!」
剣を取り落とし、首を押さえるアイスブレイク。更に、頭頂部に柄が振り下ろされ…。
「ぐうっ!」
白目を剥き、アイスブレイクは前のめりに倒れた。
「やり過ぎたか?」
心配になり、グラッススは倒れたアイスブレイクの前に屈むと、首に手をやる。脈拍はあった。安堵の胸を撫で下ろす。と、騒々しい足音が響いてきた。
「おい、あんた!確か…」
武器を現地調達したクーガー達だった。
「ふむ、貴殿達は?」
「クーガーだ。エアリアさんを連れてっただろ?あれで酷い目に遭ったんだ!」
「それは災難。だが、今こうしている。済まないが、この男を拘束し、連れて来て欲しい」
言いたいだけ言い、グラッススは階段へ向かって行った。
王城内では、摂政執務室にアポロスとネアラが摂政を追い詰めていた。それを遠巻きに、城の使用人達が固唾を呑み見守っている。彼ら、彼女らは、見掛ける毎にアポロスが同道を願い、付いて来たのだった。
「い、一体、貴様らの目的は、何なのだ!?」
鈴を鳴らそうと叫ぼうと、一向に兵士達はやって来ず、使用人達はただ見ているだけ。彼は孤立無援だった。
「目的はただ一つ。摂政ゾルダンス、貴様を三つの罪で糾弾する事。まぁ、もっとあるかも知れんが」
蔑む様な視線を向けつつ、ネアラは言った。
「つ、罪だと?儂に何の罪があるというのだ!?儂はただ王国の為」
「戯言なぞ聞く耳持たない。第一の罪は、謀略によりアインリヒト伯爵を亡きものとした。第二の罪は、王政を私し、私腹を肥やした。そして、第三は。先の国王陛下を暗殺した」
最後の一言に、使用人達の間に悲鳴にも似た声が上がる。摂政の手が、震えだした。額には脂汗が浮かぶ。
「ふ、ふざけるな!何の証拠があって、儂が国王陛下を暗殺したなどと!先王陛下は病死なされたのだ!侍医とて認めておるわ!」
摂政の言葉を、ネアラは無視しして言葉を紡いだ。
「ただ単に、毒殺と認めうる証拠が無かっただけの事。不思議に思っていたのだ。極めて健勝であらせられた陛下の、原因不明の病気による崩御とアインリヒト伯爵の死、政変の勃発が、ほぼ同時に起きている。まるで陛下の死期を見越して、全て用意されていたかの様ではないか?」
「た、ただの偶然と」
その声は酷く震え、力強さなぞ微塵もなかった。
「私は考えた。陛下は暗殺された。もちろん、何らかの外傷が残る様な方法ではない。毒殺だ。即効性でなく、毎日少しずつ、体が弱ってゆく様な物を使用して、だ」
「で、でたらめを!」
「でたらめなものか、私は薬には造詣が深いのだぞ?オイラントは、私の弟子なのだからな」
「オイラントの!?そうか、ネアラとは、奴めの!」
二人が入室してきたとき名乗られたが、ネアラの名には、微かな記憶があったのだ。それを今思い出した。
「左様。話を進めるが、陛下を毒殺するにしても、少なくとも二人の協力者が必要だった。料理を取り仕切る厨房頭と、陛下の毒味役だ。この二人が単独ないし協力して暗殺したとは考え難い。何か得があるとは思えぬし、露見したとき真っ先に疑われ、処刑されかねないのだからな。実際のところ、二人とも毒の為に健康を害していた。毒について知らなかった証拠よ」
「な!貴、貴様…」
顔面蒼白となる摂政に対し、冷たい微笑を浮かべるネアラ。
「捜し出したとも。人を使い、三年以上もの時を費やしてな。厨房頭はともかく、毒味役は時間を要した。隠れていたのでな。何しろ、毒入りの香辛料を直接、貴様から渡されたのだ、是非とも国王陛下の評価が頂きたい、とな。それを、毒味役は陛下のお気に入りだと、厨房頭に渡した」
「この中に、前の厨房頭と、陛下の崩御直前に失踪した毒味役をご存知の方はおられますか?」
アポロスが使用人達に呼び掛けると、一人のメイドが進み出た。
「陛下の給仕係を仰せつかっておりました」
一礼し、そう申告する。
「なるほど。ところで、失踪直前の毒味役について、覚えている事はあるかな?」
「毒味役、ですか?」
ネアラの問いに、暫し沈思黙考していたメイドだったが。
「…そうですね、顔色も悪く、酷く疲労しておられる様にお見受けしましたが」
「他には?」
「他に、と申されましても…そういえば、手の甲に、斑点の様なものが出来ていた様な…」
「ふむ。では、辞職直前の厨房頭は?」
「…ええ、はい。毒味役によく似ておりました。疲れた、体がだるいと、良くこぼしていて。斑点もあった様な」
「有難う」
メイドは一礼し、また下がる。
「さて、二人ともほぼ同じ症状を示している。陛下の侍医の記録も調べたが、陛下も同様な症状に苦しんでおられた様だ。つまり、この三名が、同じ毒に犯されていたのだ。先にも示した通り、毒味役や厨房頭が毒殺を企てていたなら、何故自らも毒に犯されねばならなかったか?つまり、二人とも知らなかったのだ。貴様から毒味役へ、賄賂と共に渡された香辛料の中に、独自に調合された毒が入っていた、などとはな」
「で、でたらめだ、捏造だ!儂を陥れる為の罠だ!」
摂政は叫くが、使用人達の目にも猜疑の色が浮かび始めていた。
「毒味役も、まさか貴様が毒殺を企てているなどとは夢にも思わなかったから、陛下のお気に入りで、他の者の料理には使わない様に、と厨房頭に渡したのだそうだ。陛下や毒味役はもちろん、最近辞職した厨房頭も味見をしながら少しずつ、毒を体に入れていったのだ。影響の出方に差が出たのは、毒に対する耐性の差もあったろうが、一回毎の摂取量の差も大きかっただろう」
「全てはただの妄想だ!どこに証拠がある!?」
「二人とも捜し出した、と言った筈だが?体調を崩し、もしや未知の毒が混入されていたか、と疑った毒味役は、証拠の香辛料を手に入れる為厨房に侵入したが、厨房頭が独自に管理していた為発見出来なかった。自分は毒味役として毒を看破出来なかったばかりか、積極的に毒殺に荷担してしまったと、自責の念に駆られ失踪した、と言っていた。まぁ、額面通り受け取って良い言葉かは判らんが、それはともかく。陛下の崩御後も、その香辛料は残されていた。幼い現国王陛下の料理に使われる事は無かったが、使われ続けた」
「?だ、誰にだ?」
ゾルダンスには、嫌な予感があった。ネアラが口元を歪める。
「摂政ゾルダンス、貴様の肉料理にだ」
「!?あああっ!」
断末魔の様な絶叫。その場に膝を着く。
「国王陛下のお気に入りだ、使わないのは勿体ない、とな。しかし、暫く使ってみても反応がない。これはお気に召さなかったかと、やがて使うのを止めたそうだ。貴様にとっては、香辛料などどうでも良かったろうが。その無関心さが幸いしたな。まぁ、確実に寿命は縮んだろうが」
「そんな…馬鹿な、事が…」
「厨房頭は香辛料を持っていた。体調が戻ったら、料理屋でも開こうと、その時に使用するつもりだったそうだ。それを少し分けて貰い、分析した。さて、毒薬を見つけたぞ?」
ネアラは摂政へと歩み寄った。
「く、来るな!」
立ち上がり、後じさる。机にぶつかった。
「観念するが良い。あの毒薬を調合出来る様な者は、そう多くはない。既に拘束済みだ。さて、かの者が貴様との関係についてどう語るか、楽しみな事だ。もはや言い逃れは無理と知れ」
後ろ手に、机の上をまさぐった。硬く冷たい物が指先に当った。ペーパーナイフ。武器としては甚だ頼りないが、無いよりはましだった。
「ええい、反逆者めがっ!」
ペーパーナイフを振りかざす。が、ネアラの前にアポロスが飛び出し、その腕を取ると投げ飛ばした。
「がはっ!」
床に叩き付けられ、みっともない声を出した。
「もう少し、慎重にお願いしたいのですが」
アポロスがネアラに苦言を呈すが。
「今は、止めて貰おうか」
ネアラは苦笑した。と、扉の開く音がした。と間もなく二度、床を打ち鳴らす音がする。そこに居た者全員が、その意味する所を承知していた。淀みなく、使用人達は動き始めた。瞬く間に、扉の前に道が開かれる。最も年嵩の男性が、高らかに訪問者の正体を告げた。
「国王陛下、王太妃殿下、御入室ぅ!」
左右に整列した使用人達は、一斉に最敬礼をした。悠々と入室してきた一行。先頭を行くのは、ハルバートを捧げたグラッスス。臨時の警護役だった。その背後に、ホークと同じ年頃の幼き王パウロⅢと、その手を取る、母である王太妃。そして最後には。
「これは摂政閣下、ご災難ですな」
一行が立ち止まると扉が閉じられ、グラッススは右脇に退いた。代わりに前に出て来たその男性は、静かに言った。あの、火刑を主張した官吏だった。
「貴、貴様、これは何だ!?」
「はて、何、と申されましても。ただ、閣下が大罪人である事が判明した、という事ですが」
「本当、なのか、摂政よ?」
その声が発せられると、恭しく頭を下げ男性は下がった。代わりに、少々青ざめた王太妃が国王の手を引き進み出る。叩き付けられた時のまま無様に尻餅をついている摂政に、険しい表情で詰め寄る。
「こ、国王陛下、王太妃殿下。な、何の事ですかな?」
慌てて片膝を付き、この期に及んで誤魔化そうとするが。
「ふっ。私の魔法で、王城はおろか王都中に、これまでの会話は筒抜けよ」
トドメの一言だった。
「ああああっ!」
摂政は、蹲ってしまった。涙が絨毯を濡らす。
「どうなのです!?」
王太妃の詰問にも頭を抱え、摂政は泣きじゃくっていたが。
「…全ては、王国の為、止むを得ぬ事だったので御座います!先王陛下の所行は、王国の正統性を脅かしかねない愚挙でありました!連合との和睦は、王国を瓦解させかねないと、憂慮した結果の決断で御座いました!」
「だから、我が夫、国王を暗殺したと?」
穏やかな口調ながら、王太妃の双眸に冷ややかな光が宿る。
「その通りで御座います!国王陛下、王太妃殿下、何卒、何卒御慈悲を!」
靴の裏でも舐めそうな、卑屈な表情で王太妃を見上げてくる。彼女は国王を庇う様に下げさせた。
「…全ては、裁きの場で!」
王太妃は顔を背けた。
「この期に及んで命乞いとは、見るに耐えんな。済まないが、誰かこの者に打つ縄を持って来てはくれぬか?」
ネアラの一言に、使用人達はきびきびと動き出した。




