第六章 Ⅳ―Ⅱ
フラッパは、旧市街から離れようとしていた。一旦王室特務隊の建物へ寄りグラッススを降ろすと、追跡してくる火竜達を後目に飛翔する。火竜達は全て、この風竜を追う事しか眼中になかった。フラッパは故意に速度を抑え、飛行し続けた。
「いやぁ、火竜って乗れるんだね。これが本当のドラグーンって?」
火竜の背に人の姿を認め、フラッパは軽口を叩いた。火竜本来の気性からすれば、それは有り得ない事だった。
「?何を意味不明な事を。仕掛ける」
「了解!」
既に、一行は新市街上空を抜けようとしていた。一番近い火竜との距離は三十メートル余り。フラッパは高度を上げた。ループするかと思われたが、その頂点で水平飛行に入る。所謂インメルマンターンに近いが百八十度ループはせず、背面飛行を行なう。呆気にとられている火竜(より正確にはその背の魔術師だが)との距離は十メートル余り。
「ヘッドオン、なんちゃって!」
「また意味不明な!」
両下腿を固定されたエアリアは、矢を弓に番えた。鏃は地竜の鱗製だった。強弓を引き絞り、放つ。それは背の鱗を穿った!しかし弓の力程度では、深くまでは届かない。しかし、致命傷を負わせるのが目的ではないのだ。覚醒した証として、火竜が咆哮を上げる。が、しかし。
「あれ、暴れない?」
火竜は間もなく元の状態に戻ってしまったのだった。後続の一頭が上昇し、襲い掛かろうとしていた。百八十度ロールに入りつつ、フラッパは上昇した。
「何故!?」
「うーん…えっと、空を飛んでるのとか別にして、ランスルと違う所があるけど?」
「何!?」
「うん、その前に確認して良い?ちょっとぐるりと回るから、竜を見てて」
「何をする!?」
「だから見てて」
火竜がしっかりと追従してくるのを確認し、火炎を吐くギリギリの距離に近付くまで速度を落とすと、ループに入った。火竜の斜め右後方に着くと、バレルロールに入る。上方、左、下方、右と、火竜を取り巻く様に三百六十度回転した。
「何か見つけた?」
「…いや。何を見つけたかった?」
エアリアにはその主旨が理解出来ていなかった。
「頭にさ、何か筒状の物があったの判った?ああいうの、他に無かった?」
「いや、無かった様だが」
「じゃあ、やっぱり」
「何!?」
「えっとね。あの筒状の物が、この状況の原因じゃないのかな?ランスルじゃ、火竜はあんなの付けてなかったから」
「!そうか!」
「今追ってきてるの、狙ってみる?」
「出来るか!?」
前向きに固定されているエアリアでは、如何に弓の名手であろうと背後は狙えなかった。
「少し距離を取って、僕が空中で静止するから。僅かな時間だけど」
「静止?判った」
フラッパの速度が上がった。見る間に距離が開く。百メートル程開いた所で上昇を開始したかと思えば、不意に地面に垂直となる。四枚の翼を目一杯広げ、そのまま正しく空中に静止した。
「ブガチョフコブラァ!」
空中の風の状況を勘案しつつ、魔法の風の推進力と、体重とのバランスを取っているのだった。急に静止した標的に対し、火竜が火炎を吐こうとしているのがエアリアには見えた。小さく見える標的を見詰め、真上に向ける様に、矢を放った。筒を射貫いた矢は、更に鱗を穿ち、頭骨で止まった。筒からは気化した薬品が噴き出し、咆哮を上げ空中で暴れ出した火竜は、背の魔術師を振り落とした(風系列の飛行魔法が使用出来るので、転落死はしないが)。
「うん、正解だったみたい」
水平飛行に戻り加速しだしたフラッパが確認した。
「大胆な事をする。火炎が恐くなかったか?」
「恐ろしいよ。でも、その原理も、有効射程も大体把握してるしね」
振り向いていたフラッパが、何か表情を作った。人だったなら、不敵な笑みを浮かべた、という所だろうか。
時はラウヘン村を後にして最初の夜まで戻る。丘の上で談笑していた所で火竜の話になり、エアリアがその肉体的特徴について説明していた。
「火竜の気管は一部、口に近い所が膨らむ様になっている。その両端には弁がある。この付近の肉は締まっていて美味い」
「えっ、火竜を食べるの!?」
フラッパが驚くが。
「狩れれば。それはともかく、これが何かは不明」
「ふーん…もしかすると、火を吐く原理、判ったかも」
ぼんやりした様な物言いをしたフラッパとは対象的だったのがネアラだった。
「何だと?火竜の秘密を解き明かしたというのか!?」
「秘密?まぁ、多分ジェットエンジン、いや、もっと正確にはアフターバーナーかな?」
「?何を言っているか、不明なのだが…」
ネアラを始め、皆呆気にとられている。
「ええと。あのね、断熱圧縮って言って、空気をぎゅっ、と押し縮めると、空気の温度が上がるんだけど」
呆気は継続中だった。
「うーんと。じゃ、ちょっと実験してみようか。そのお酒の空き瓶、使うよ?」
体を温める為の琥珀色の液体が入っていた、透明な空き瓶が転がっていた。皆、結構いける口だった。ちなみに、飲酒に関して特に年齢制限は無いが、飲むのに適した水質の良い所が多い為、ワインの様な果実酒も含め、成人する十四~十五当たりが目安とされる。
「構わないが、何を?」
「ナシゴラ油はある?だったら少量、瓶の中に入れて、蓋をして」
言われた通りにネアラがすると、フラッパは次の指示を出した。
「地面に置いて…うん。で、出来るかな?」
「何をだ?」
「その瓶の中の空気を、上の方に集めてくれないかな?」
「空気を?ふむ、私ならば可能だが…どうなるのだ?」
「まぁ、見ててよ」
フラッパは自信ありげだった。ネアラは両手を瓶に翳すと、呪文を唱え始めた。焚き火の炎に照らし出された瓶の中で、奇妙な事が起きる。瓶内の、首に近い当たりに白く靄が掛かり始める。底のナシゴラ油からは、白い湯気の様なものが立ち昇る。それは、靄の中に吸い込まれてゆき…小さく爆発音がしたと思えば、小さな炎が灯った。
「何だ、火の魔法を使ったのか!?」
「いや、風系列のみだが…」
不思議そうなグラッススとネアラに。
「つまり、これが火竜の炎の原理」
「「これが?」」
思わずハモる。
「うん。この白い湯気みたいなもの。これ、気圧が下がって油が気化したんだけど、これを口の中に噴き出して、喉から押し縮めて温度の上がった空気を噴き掛けると、こうやって火が点くんだよ。あくまで予想だけどね、頬が届く距離や、吐き続けられる時間とかは、かなり個体差があると思うよ」
「なるほど…しかし、火竜とて呼吸をしている。その呼気を使っているとなると、燃素が無くなっている筈ではないか?」
「燃、素?何それ?」
「ふむ?お前でも知らぬ事があるのか?燃素とは、物が燃える際に必要となる、火の元となる物だ。目には見えんがな」
ネアラは嬉しげに説明するが、表情を見る限り他の者達も初耳だった様だ。
「ふぅん…じゃあ、僕達も常に、その燃素とかを、取り込んでるんだ?」
「その通り。体温があるのは、それが燃えている結果だな」
じゃあ変温動物とかどうなるんだろう、等と思ったが、この世界にその類の動物がいるか判らなかった。
「…まぁ、いいや。多分、吸い込んだ空気の燃素全てを使ってる訳じゃないと思うよ。むしろ、かなり残ってるから火を噴けると思う」
だからアフターバーナーなんだよな、と胸中で呟いた。
「そういう、ものか?」
「多分。もうちょっと、色々観察してみるよ」
この時の発言通り、フラッパは特訓と称して火山地帯へ出向き、火竜の行動原理や攻略法等を学習していたのだった。
火竜達はフラッパに散々振り回され、無駄に火炎を噴き、疲労で動きが鈍ってきていた。
「じゃ、そろそろ暴れるけど。気を失わないでね」
「ああ。荒馬に乗るのは得意」
「そう?それじゃあ」
不意に翼を折り畳む。自由落下状態になり、追い縋ってきた火竜が上空を通過した。と、翼を全開にし急上昇する。二頭が交錯する、と、火竜の翼が大きく裂けていた。足の、鱗製の鉈によるものだった。火竜は錐揉み状態になり墜落、と思いきや。魔術師の魔法で軟着陸してゆく。
「なるほどね。これなら心おきなく」
魔術師を失った火竜が、矢を射掛けてきたフラッパ目掛け追い縋ってくる。もはや弾切れで、手の鋭い爪による接近戦を試みる。フラッパは距離を調節しつつ急降下した。付いてくる。眼下には、のどかな田園地帯が広がっていた。高度五メートル程で水平飛行に移る。馬鹿正直に、火竜もそれに倣った。と、フラッパが急上昇した。ループに入り、火竜の上に乗った!唯でさえ疲れているのに、風竜一頭の体重を支えきれる筈もなく着地する。農作物を胴体で押し潰しつつ十数メートル滑走し、大木に頭部を強打して止まった。その直前に脱出していたフラッパは。
「大丈夫かなぁ?」
上空から、心配そうに見下ろしているが。
「あの程度で死ぬ程ヤワではない。それより…」
顔を上げれば、頭上には追い付いた火竜達が輪を描き、様子を窺っている。
「それじゃ、もう一踏ん張り、行きますか」
「望むところ!」
フラッパは上昇して行った。




