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第六章 Ⅰ

 第六章

 エンダーにとって久々の朗報は、自らの足でやって来たのだった。

「よくぞ、よくぞ戻って来た!」

自分の前に姿を現わしたアラドとエレインに、エンダーは最初瞠目し、何かを言い掛けたまま固まっていたが、やがて席を立ち、二人の肩を握ると力強く揺すった。

「ランスルから誰かの手引きで脱出したと聞いたが、今までどうしていたのだ!?」

「帰隊が遅くなり、申し訳ありませんでした!」

涙声になりそうなのを必死に堪え、アラドは言った。エンダーはそれ程堅苦しくはないが、組織の人間としての、最低限の儀礼だった。

「構わん、こうして戻ったではないか!?」

「閣下?実は、お話が」

兄が切り出せそうにないのを察しエレインが、控え目に口にすると。

「そうかそうか!積もる話もあるだろう!」

二人を解放し、机に戻ってゆく。

「ふむ、それで話とは?」

満面の笑みで訊ねるが。

「は。実は、私達の救出作戦が中止となった経緯についてなのですが」

この件については、本拠に到着して早々側近から聞かされていた。エレインの言葉が終わらぬうちに、一転エンダーの表情が曇る。ランスルでの顛末を耳にした後も、彼が思い悩み続けてきた一件だった。

「いや、本当に済まなかった!やはり我々だけでも実行すべきだったのだ!」

両手を机に着き頭を下げられて、アラドは困惑した。

「いえ、そういった事ではないのです、閣下!耳にしましたところ、コールマン側から救出断念の申し入れがあったとか」

頭を上げ、エンダーはアラドを見据えた。

「確かに、その通りだが。とても救出作戦に割ける人員が足りない、とな。ところで…貴君らは、一体誰の手によって処刑台より解放されたのだ?ランスルの協力者かな?」

兄妹はチラ、と視線を交し、アラドが口を開いた。

「私達は、ネアラ師に救出されました」

「なにっ、ネアラが!?」

「グラッスス殿も行動を共にしておられました。お二人は、フラッパと共に処刑場に姿を現し、人ならぬ迅速さで私達を解放したのです」

「そうか…そうだったのか。しかし…何故、今頃になって…」

「苦渋の選択がおありだった様ですが、詳しくは直接お訊ね下さい」

「居るのか、近くに!?」

「はい。閣下にお話、というのは、ぜひ面会をお許し頂きたかったのです」

エレインが本題に引き戻した。

「そうか、そうだったか…」

一旦頭を整理する為か、譫言の様に何事か呟いていた。

「如何でしょうか?」

兄妹の見守る中、中空を彷徨っていたエンダーの視線は、やがて二人へと戻って来た。

「承知した。側近を連れて行くが、良いか?」

「是非に。さっそくで、宜しいでしょうか?」

「ああ」

一つ頷くと、大声で扉の前の警護を呼ぶ。側近を探させる為に。

 エンダー達の本拠は、岩山に刻まれた亀裂の様な谷底に隠れる様に建設されていた。建物を出るや、アラドが口笛を吹く。谷を谺する口笛が消え入るかどうかというところで、巨大な羽ばたき音が上から聞こえてきた。エンダーや側近にも見覚えのある風竜が降りてくる。それは着地すると、頭を地面に着けた。

「フラッパ…やはり、ネアラが」

「お乗り下さい」

背中から、女性の声が促す。記憶にある、凛としたその声。

「ネアラ!」

「久方振りですな」

「グラッススもか!?」

二人の姿をエンダーは認め、単に懐かしさだけでない、少し苦々しげな表情を浮かべた。

「どうぞ。空中での会話をお望みでして」

アラドにも促され、エンダー達はフラッパの背中に上っていった。

「頼む」

短くネアラが指示すると、フラッパは再び空へと舞い上がった。以後、一時間近くフラッパは戻ってこなかった。

 件の兄妹が生還した、という情報は、半日近く遅れてコールマンの元にも届けられた。

「そうか。まずは何より」

報告を受けたコールマンの感想は、その程度だった。これまでどうしていたのか、といった問いさえ発する事はない。

「はぁ」

報告をした側近も、少々肩透かしを食らった風だった。自分の上官が、とにかく兄妹に対し冷淡なのが引っ掛かった。

「他に、何か言っては来なかったか?」

「はっ。若者達の新たな隠れ家を用意したいが、こちらには適当な場所の心当たりが無く、ついてはこちらで用意しては貰えないか、との事ですが」

「なるほど…」

俯き加減に、暫し沈思黙考ののち。

「良かろう。適当な所を抽出し知らせる様に。もちろん、事前に私の許可を得る事」

「はっ!」

敬礼し、側近は退室した。扉が閉まり、暫くしてのち。

「ふふっ。むざむざ、こちらへ投げて寄越すとはな…」

知らず、忍び笑いを漏らしたコールマンだった。

 コールマンの本拠は、寂れた街道から更に少し外れた、小高い丘の上にあった。元は没落貴族の邸宅を、宿屋に改装したものだ。とはいえ、まず宿泊客は無いが。あったとしても、満室という事で追い返してしまう。彼の部下達が宿泊客と使用人のふりをしていた。兄妹の帰還が伝えられて六時間余りが経った頃、そこを一頭の馬が後にした。その背には一人の若者が、革製の鞄を大事そうに抱えながら騎乗している。やがて街道に出た馬は、しかしエンダーの本拠とは別の方向へと走って行った。その一部始終を、草陰から見届けていた者達があった。彼らは、兄妹達の情報をコールマンにもたらした使者だった。本拠へと戻る振りをして、そこで待機していたのだった。

「良し!」

目が覗くほど頭を上げていた一人が小さく声を掛けると、もう一人が持参した鳥籠を掲げ数度、口笛を吹いた。その中で忙しなげだった小鳥の動きがピタリ、と止まる。

「騎乗した若者が、革鞄を抱えている」

小鳥に向けて呟き、蓋を開ける。小鳥は頷き、鳥籠より飛び立った。

 馬は、とある農家へやって来た。畦道の前で下馬し、馬を引きつつ母家へと向かう。声も掛けないのに玄関扉が開き、中から主人と思しき髭面の男性が出て来た。二人は玄関先で手短かに立ち話をすると、裏の小屋へと共に向かった。馬を追った小鳥は、木の枝に止まり農家を見下ろしていた。やがて、小屋から一羽の鳩が飛び立った。脚には金属製の筒が取り付けられている。小鳥は、それの追跡を開始した。鳩は、間違えようもなく、王都の方角へと飛翔していた。片や若者は、一人で農家から出て来た。職責を全うして安堵した様な表情を浮かべ、騎乗すると元来た道を戻っていったのだった。

 瞑目していたフラッパは、やがて静かに目を開くと言った。

「うん。恐らく、王都に伝書鳩を飛ばしたみたい」

そこは、コールマンの本拠から数百メートルと離れていない大木の上だった。フラッパの能力で伝書鳩を追跡する事を想定し、少しでも王都に近く、かつ目立たない場所を、という事でここへ来たのだった。

「恐らく?」

背中のエンダーの問いに。

「僕は、王都へ行った事がないしね。でも、立派なお城があるし、とにかく大きいし」

「ならば、そうなのでしょう」

側近の冷静な声に対し。

「まさか、本当に、あいつが?…」

エンダーの声は震えていた。

「コールマン殿本人のご指示かは未だ不明ですが。ところでフラッパ殿、伝書鳩はどの様な所に降りたのかな?」ショックを受けているエンダーに代わり、側近が訊ねる。万が一にも、フラッパが適当な事を言っていない事を確かめる為に。フラッパの見たものを、二人は知らないのだ。

「うん。お城は何本も尖塔があって。ええと、その正面に向かって左側、三階建ての離れみたいな建物の三階、で良いのかな?」

「そうか…有難う」

間違いなく、そこは鳩小屋だった。王都ともなれば、かなりの伝書鳩の遣り取りがある為、別棟の建物となっていた。

「何なら、鳩を飛ばした農家の場所も示そうか?本拠付近の地図があれば」

「そうだな、そうして貰えれば助かる。閣下、戻られますか?」

「…ああ、そうだな…戻って、考えよう」

エンダーが頷くと、フラッパは頷き返し羽ばたき始めたのだった。


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