表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/39

第五章 Ⅴ


 頭上を渡り鳥の隊列が過ぎってゆくのが、星明りに判った。一糸乱れることなく、南にあたる方向へと飛び続けている。

「丁度、良いか」

一人悠然と飛翔していたフラッパはそれに気付くと、急上昇を開始した。といって、別に食べる為ではない。彼は未だに生のまま鳥を食べる事に抵抗感を感じていた。そうではなく、訓練の為の仮想敵となって貰うのが目的だった。隊列の高度を追い越しても急上昇を続け、今度は一転、急降下する。ハイヨーヨーの様に、落下の加速度を利用し隊列の前に出た。渡り鳥達が変わらず、まるで彼の後を付いてきているかの様に飛翔し続けているのを振り返り確認すると、ループによって今度は距離を取って最後尾に付いた。今度は何をするかと思えば。

「じゃ、ちょっとやるかな!」

再び高度を上げたと思えば、三百六十度バレルロールの要領で、隊列の周囲を螺旋状に回転し始めたのだった。渡り鳥に常に背中を向けつつ、隊列の前に出ると水平飛行に戻る。

「うん、ばっちり!」

満足げな呟きが、知らず漏れた。この訓練は、もちろんネアラの計画の為、という面もあったが、何より彼の快楽の為と言って良かった。思い返してみれば、自分は戦闘機パイロットに憧れていたのだ、と考える。決して叶えられる筈もない夢だったが、航空機や空中戦等に関する書籍も読んできていた。今、自分は特別な訓練も積まず、特殊な機械も使用せず、こうして自らの意志と肉体で空を飛んでいる。その事実は、彼に新たな探求心を芽生えさせた。その具体的な研究テーマこそ、自分ならではの空中戦方式を確立する事だった。彼は、鳥とジェット戦闘機、この空を飛ぶ事は同じでも、その方式が大きく異なる存在のいいとこ取りが出来る立場となったのだ。鳥にはジェットエンジンの様な推進機関は存在しない。基本的には風を利用し、必要に応じて羽ばたきなど揚力を補強する。風の流れなど羽根で制御する事も行いはする。しかし、思ったほど自由に空を飛んでいる訳でもないのだ。一方、ジェット戦闘機は強力な推進機関を装備し、大気圏内を自由に飛行可能となっている。しかも超音速巡航が普通となってきてさえいる。超音速で飛行するのが経済的、という事になっているのだ。もちろん鳥には真似の出来ない芸当だった。フラッパにも不可能だろう。しかし。その翼は柔軟性に欠ける。様々な舵により複雑な空中機動を可能とするが(最近では舵面はコンピュータ制御となってきている)、主翼は胴体に固定され、飛行中に自由に折り畳む様な事は出来ない。もちろん可変後退翼といった物は存在するが、機構の複雑化、重量増加等を引き起こす。フラッパは鳥の様な柔軟な翼を持ち、ジェット戦闘機の様な推進機関もまた翼に持つ。しかもその推進の方向は、主翼、尾翼のあらゆる方向に対して、となっている。この両者を組み合わせれば。フラッパは何が生み出せるか、胸躍らせていた。


 翌日、いつも通りの時間に工房を訪れた七人の前には、既に仕上げの為の準備が調っていた。

「これはそぎ落とした鱗の表面に、独自の糊を混ぜた物じゃ。これを部品の表面に何度も塗り重ね、乾燥させて完成じゃな」

下からコンロで温めてある壺の中に、薄緑色の液体が泡立っている。ガンツはその中へ刷毛を一本突っ込むと、紙の上に並べられた部品を一つ取り、片面に綺麗に塗りつけて見せた。ムラ無く、薄く緑色に染まった。

「表、裏、と乾かしながら繰り返すんじゃ。六回も塗り重ねれば、かなりの硬さになるじゃろう。厚みにムラが出来るとそこから剥がれかねんから、要注意じゃな」

それだけ説明し、部屋を出て行く。

「塗料、作っておいて下さったのですね」

エレインが呟くと。

「まぁ、色々仰いますが、楽しいのでしょうね。職人とは、そういうものなのでしょう」

アポロスが微笑ましげに答えた。

「さぁ、始めよう」

ネアラの一言で、作業は開始された。

 作業自体は昼過ぎに終了した。塗料の乾燥は思いのほか早く、重ね塗りは順調に進んだ。呼ばれてやって来たガンツが出来映えを確認し。

「ふむ。全て、そこの乾燥棚に並べておけ。今日一日乾燥させる。矢や槍を用意しておくのじゃな」

「判った」

エアリアが得意げに頷いた。木材から手作りで拵えるのだ。部屋を出かけ、背を向けたままガンツは不意に口を開いた。

「…ところで、昼食はどうするんじゃ。用意してあるが?」

「もう、済ませのではないのか?」

グラッススが不思議そうに訊ねるが。

「ふん。こちらも作業がおしたのよ」

僅かに振り返り、答える。

「そうですか。では、ご相伴に与っても?」

ネアラの問い掛けに。

「そう言っとる!」

怒っているのか、照れ隠しか。足音も大きく、ガンツは出て行った。

「どういう、心境の変化か?」

グラッススが呟くと。

「…あるいは、弟子として認められた、という事でしょうか?」

答えるともなくアポロスが答えた。

「ともかく、行こう」

ネアラを先導に、一同は立ち上がった。

 二人暮らしの男所帯でありながら、テーブルの上には綺麗に、結構なボリュームの料理を盛った皿が何枚も並んでいた。相変わらずのカインに手だけで促され、ネアラ達は向かいに着席した。低い祈りの声がアポロスの先導で卓上に流れ、途切れると食事は始まった。

「…明日には、もう発つのか?」

暫くして、ガンツが口を開いた。何気ない、何とも感情の読み取れない口調。

「そう、なります」

短く答えるネアラに。

「あれらは、近々必要になるのか?」

ネアラ達は、無言で視線を彷徨わせた。互いをチラ見する。返答が無いのに構わず、ガンツは続けた。

「エアリアは言っとったな、倅の敵を取ると。鋼の武器が主流のこのご時世に、わざわざ地竜の鱗なぞ使おうというのだ、火竜の鱗さえ貫ける物が入り用になるとすれば」

「ガンツさん、それ以上は」

ネアラの声は、静謐の中にも殺気めいたものを含んでいた。彼がその先を口にしてしまえば、彼女達とて何らかの対処をせねばならなかった。一気に空気が緊張するなか。

「俺達は、ただの鍛冶屋だ。あんた達が何をするつもりか知らないし、興味もない…ただ一つ言える事があるなら、ここで教えを乞い、仕事をした以上、あんた達は俺達の弟子、という事だ」

珍しいカインの長広舌だった。父親に視線を向ければ、小さく頷き返してくる。

「一旦弟子にしたからには、師は弟子を見捨てんし裏切らん。それが師弟というものよ」

それは、たとえ誰にネアラ達の事を訊ねられようと、決して口を開かない、という意思表示だった。ネアラはしかし、少し苦しげな表情を浮かべた。

「承知しました。そのお言葉、深く胸に刻んでおきましょう」

アポロスが恭しく頭を下げた。

「どの様な分野であれ、師弟の絆とは強いものか」

グラッススの感心した様な呟き。彼とて槍と共に生まれ落ちた訳ではない。修業時代の事が想起された。

「仕事が無くなったら、ここを訪ねればええ。今度は本格的に仕込んでやろう」

「ははは、やむを得ぬ場合には」

グラッススの一言に、笑い声がダイニングの空気を暖めた。

 翌日、村の正門を通るネアラ達を、門番達は好奇心に満ちた目で見た。

「あんたら、そんな荷物、どうしたんだ?」

男達の背負う大きな布袋は、嫌でも目を引いた。やたらと細長い物もあり、武器を隠しているのでは、と疑われても致し方なかっただろう。

「いえ、ガンツさんからお土産を頂きまして」

アポロスが得意の笑顔で応じる。

「あの爺さんが?信じられねぇな…」

「まぁ、すっかり意気投合しましてね」

その様な雑談のうちに手続きは済み。ネアラ達は村を後にしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ