第五章 Ⅲ
ウマルクの街は、ラウヘン村の北東にあった。少し離れた、人目に付かない場所で一行を降ろすと、フラッパはいずこかへと飛び去った。それを見送ると、ガンツを先頭に一行は街へと向かった。堂々と、その門を潜る。直ぐ横には大きな掲示板があり、人相書きが何枚か貼り出されていた。その中には、アラドとエレインのものもあったが、ネアラやグラッススのものはない。ランスルでの二人を目撃した、あるいは記憶していられた者はなかったのだろう。
「…ここまで、来たのか」
グラッススが低く呟く。ランスルでの救出劇以来、兄妹は賞金付きで指名手配されていた。王国中に出回るには時間差があったが、思った以上に早かったと言える。その様な事情で、兄妹とアポロスの三人を極力人目に触れさせない為、野宿をする様にしていた。アポロスもまた、教団が探していたのだった。今はまだ、教団に所在を知られる訳には行かないのだった。買い出しなど、街に立ち寄るのはグラッススら三人の役目となっていた。
ガンツは真っ直ぐ、一軒の卸商の店を目指していた。店の規模から見るに、かなり手広く商品を扱っている様だった。両開きの玄関扉を開くなり、ガンツは呼ばわった。
「アンクは居るか!?」
その大声に、商談等の店内の話し声が一瞬、静まる。右側のカウンターから投げ掛けられてくる視線を、しかしガンツは無視する。
「ああ、ガンツ様!お久し振りです!」
カウンターの向こうから、痩身の男性が顔を出した。年の頃はガンツより少々年少だろうか、ロマンスグレイの紳士然としている。従業員と何事か短く会話した後、カウンター横の扉を潜ると足早に近付いて来た。
「本日は、どの様なご用件で?」
「地竜の鱗が欲しい。品質の方は変わらないだろうな?」
「地竜の鱗を?私は、そちらの方は廃業されたのかと思っておりましたが」
「今回は特別だ。案内してくれ」
「畏まりました。こちらへ」
優雅に奥へ誘導して行く男性。カウンターと、ずらり並んだ棚(商品サンプル等が陳列されている)の間を通り抜け、出入口からは階段に隠れて見えない扉を潜り、暫く廊下を行く。やがて窓から裏庭が見えてきた。かなりの大きさの倉庫が目に飛び込んでくる。途中、倉庫に向かう渡り通路へと曲がる。間もなく一行は、巨大な扉の前で足を止めた。鍵束を取り出した男性は、その中から一本を選び出すと鍵穴に差し込み、捻った。カチリ、解錠の音がした。更にもう一本、南京錠の鍵を選び出し、南京錠を解錠する。錠は南京錠受けに残し、取っ手をゆっくり押して行く。中は意外と明るく、棚や積まれた木箱等が見えた。
「どうぞ」
一行に入室を促し、奥へ進んで行く。一行は後に続いた。奥まった所に、幾つか木箱が積まれていた。
「地竜の鱗、で宜しかったですね?」
男性は、検品のため蓋の開かれた木箱へと近付いていった。中には、カンバス生地で仕切られ重ねられた、艶やかな薄緑色の鱗が納められていた。
「品定め、良いか?」
「心ゆくまで、どうぞ」
場所をガンツに譲る。ガンツは一枚、鱗を取り上げた。カイトシールドの様な形状で、縦は七十センチほど、横は四十センチほどはある。表面には微細な凹凸が多数あり、ざらついた感触だった。ガンツは、それを木箱の角に軽く叩き付けつつ、耳を傾けた。手早く、様々な部分を叩き付けてゆく。と、その手が止まった。
「…ふむ、相変わらず、だな」
満足げに一つ頷く。
「有難う御座います」
恭しく男性が頭を下げた。今まで叩いていた鱗を脇に除けると、次の鱗を手に取る。
「…彼は、何をしておられるのか?」
小声で、グラッススが男性に訊ねた。
「鱗内の傷を調べているのですよ」
「傷を?しかし、表面には特には」
「地竜は、あれを叩き付け合って戦うのですよ。表面は硬いのですが、内部は木の様になっておりまして。年輪の部分が割れてしまう事が御座います」
男性も小声で、流暢に説明してみせる。その間にも、ガンツは作業を進めていた。何枚ほど必要かは、空の上で検討していた。
「うむ、これ位か」
ガンツは、十枚ほどの鱗を手にしていた。それは、ネアラ達の要求を満たすより多く思われたが。
「有難う御座います。では、カウンターへ」
一行に退室を促し、木箱の蓋を閉める男性。倉庫を出ると、元通りに施錠する。
カウンターへ戻ると、ガンツの手渡した鱗を従業員がカンバス生地で包み、縄で纏めてくれた。
「支払いは、私が」
ようやく出番の回ってきたネアラが財布を取り出し、商品はグラッススが受け取る。
「またのお越しを、お待ちしております」
男性を始め従業員達の笑顔と声に送られ、一行は商店を後にしたのだった。
買い物の間中、フラッパはどう過ごしていたか?彼は彼なりに忙しいのだった、空戦技術の研鑽に。彼は長い闘病生活で、航空機に関する様々な知識、特に戦闘機に関するテクノロジー、空戦技術等に一廉の造詣があった。パイロットにはなれなかったが、風竜の肉体を得た事で今、彼は自らの知識を自ら体現する事が可能となっていたのだった。
「さて、行くかな!」
街からは見えない程の高度まで上昇すると、彼はループを開始した。上昇しつつ地上に対して背中を向ける。普通の鳥ならば不可能な機動。完了すると、今度は三百六十度ロール。水平飛行をしながら、一定のスピードで通常姿勢から背面、そして通常姿勢に戻る。何も知らない者がその様を目にすれば、仰天する事だろう。彼独自の推進力を得たが故の業だった。
「好調、好調!」
ターンをし、街の上空に戻ると今度は翼を畳み、急降下に入る。街を目印に、一つ、二つと胸の内で数えながら降下率を確認し、翼を広げると今度は急上昇。そうやって、彼は自分に出来る事を、一つ一つ確認してゆくのだった。今の彼は、限定的な状況でなら、ジェット戦闘機とでも空中戦が出来る様な気がしていた。




