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第四章 Ⅵ


 ランスルを遠く望む小高い丘の上。フラッパは市壁を見詰めていた。夜の帳の中でも、その目はしっかりと全体を捉えている。と、ふと、かつて人間だった頃の、ささやかな人生経験の中で享受していた娯楽のうち、とある分野の話題が閃いた。

「あんな立派な壁を作って、巨人とでも戦うのかな?」

呟いて、小さく噴き出してしまう。と同時に、自分は未だ人間なんだな、としみじみ思う。

「巨大な、人間?その様な存在は、確認されていないが…」

その呟きを、鳥籠を手に傍らで聞いていたネアラの返答は、当然ながらフラッパが思い浮かべた著名な漫画を知らない者のそれだった。

「…ああ、そうなんだ」

適当に返答しながら、ああ、異世界なんだな、と思い直す。もっとも、かつて自分が所属した世界でも、それを知らない者は居ただろうが。

「何を話しているのだ?」

フラッパの背中の上から、寝転んだカレンが顔を覗かせ訊ねてくる。少し離れた所では、グラッススがハルバートを振るい修練中だった。カレンは剣の稽古をつけて貰い、休憩していたのだった。

「いえ。では、頼む」

「了解」

ネアラに促され、フラッパは集中に入った。


 宿舎の部屋で、アポロスは机に向かい教書を開いていた。明日の儀礼のおさらいとして、頭の中で、一連の流れをシミュレートしてゆく。儀礼は誤りなく、滞りなく行われなければならないのだから。

「天地貫く理よ、天地統べる理の主よ…」

低く詠唱していると、小鳥が窓辺で鳴いた。首を巡らせば、雲雀の様な小鳥がこちらを凝視している。その足元には一通の、小さな手紙が。

「…」

アポロスが近付いても、小鳥は逃げない。アポロスを凝視したままだった。手紙を手に取ると、小鳥は羽ばたき、飛び去った。手紙には、宛名も差出人名もない。机に戻ると、ペーパーナイフで開封する。小さく折り畳まれた便箋を開き短い文章を読む、その表情が驚愕から真剣、そして好奇へと、移り変わってゆく。読み終えると、ランプの火を移し、ティーセットのソーサーの上で燃やした。燃えかすは、窓から外に吹き飛ばす。それは風に千々に砕けていった。

「…明日は、きちんと勤めなければ」

汚れたソーサーもそのままに、アポロスはベッドに潜る事にした。

 その夜、寝静まった街の上空を、建物の屋根を掠りそうな高度で巨大な影が通り過ぎたのを、見張りの兵士達数人が目視したが、ただ低空で通り過ぎただけであり、特別に注意を払う者はなかった。例えば気紛れな風竜が上空を通り掛かったからといって、実害もないのにいちいち注意を払っていては身が保たないのだ(あるいはゴーンがそれを目撃していたら、また違った反応を示していたかも知れないが。その頃彼は夢の中だった)。だから、それが何か(排泄物等でなく)落とした事に気付いた者もなかった。

 翌日正午近くの大広場は、黒山の人だかりとなっていた。急遽設置された二つの足場。一つは頑丈な金属製で、それと正対するもう一つは、燃え易そうな木材で組まれている。簡素なその上には、二本の柱が立てられていた。それらを囲む様に、ぐるりと仮設のの柵が張り巡らされていた。足場の背後には出入口があり、その両側は柵で通路状になっている。その柵にかぶりつく様に、街の住人達やただ街に居合わせた者、わざわざ見物に足を運んだ者達等が、その時が来るのを待っていた。時を告げる鐘が鳴り、遂にその時は来た。金属製の足場に、階段を上がってきた幾つかの人影が立つ。その中には、ゴーンの姿もあった。

「罪人を台上に!」

派手な服装の役人が巻紙を手に呼ばわると、木製の足場、その背後の出入口から、兵士達に囲まれた受刑者達が入場してくる。もちろん真ん中にいるのはアラドとエレイン。手枷首枷を嵌められ、しかし胸を張って歩いてゆく。最後には、聖衣姿のアポロス達。一同は、足場に上がっていった。一旦手枷を外された兄妹は、柱の後ろで再び嵌められる。首枷の鎖が、柱に固定された。そこまで済むと、役人は巻紙を開き、読み上げ始めた。

「告!アラド・フレイバ、エレイン・フレイバの両名は、アリスト王国内にて叛乱を準備、実行せんとした。よって国家反逆の罪によりパウロ三世陛下の名において、ここに特別火刑を執行するものとする。この審判が覆る事はない!」

読み上げ終えると巻紙を元に戻し。

「死刑執行人を!」

横に控えた女性が、呪文を唱え始めた。暫くすると、羽ばたき音と共に大広場に影が射した。その主は、ゆっくりと役人達の待つ足場へと降りてゆく。着地すると、翼を折り畳み気を付け、の様な姿勢を取った。赤黒い鱗の目立つ火竜。全長は二十メートルに満たず、小型の方だろう。頭部を一部、マスク状の物で覆われており、人が制御する為の仕掛けが仕込まれている。そうでなければ、これほど大人しい筈がないのだ。兵士達が頑丈そうな鎖を取り上げ、その手足に縛り付ける。足場への固定は完了した。

「…くっ」

憎々しげに、アラドは火竜を見詰めた。凶暴な火竜をこの様な場に持ち込むなど、正気の沙汰とは思えなかった。その視界に、アポロスが入ってくる。

「安息の水を」

助祭から受け取ったぐい飲みを、そっとアラドの唇に付けた。柑橘類の爽やかな香りが鼻腔に抜ける。僅かに口を開くとぐい飲みを傾け、一滴残らず水を口に流し込むと足元に叩き付け、アポロスは祈りを上げ始めた。それに合わせ、頭、左肩、胸、右肩と順番に触れた。全てが済み、肩を抱く仕草をする。

「何事が起ころうと、どうか平静に」

耳元で小さく囁くと離し、隣へ移動する。アラドはその言葉を、「死を恐れるな」という意味に受け取った。少々妙な言い回しだとは思いながら。

 一連の儀式が済むと、アポロス達は足場を降りていった。入れ違いに柴の束を手に兵士達が上がってくる。それらは二人の周囲に置かれた。油の臭いが立ち上ってくる。それが済むと、兄妹に目隠しを勧めるが。

「要らない」

「…不要です」

兵士達は嘲笑混じりに、足場を後にした。それを見届けた役人は。

「それでは、これより刑を執行する!」

冷酷なその言葉は、その場の空気を凍てつかせた。もはや、しわぶき一つない。ゴーン達の立つそのほぼ真下に並んで立ったアポロス達は、最後かつ最重要の儀式に取り掛かった。リュート状の楽器を、助祭が掻き鳴らし始める。それに合わせ、アポロスは両腕を広げ、詠唱を始めた。

「天地貫く理よ、理統べる主よ。生命は主の吐息より出、吐息に帰る。今帰る生命を、安息の中に抱き給え。新たなる器もて、地に降ろし給え」

その朗々たる声に紛れる様な低い呪文の声と共に、火竜が動き出す。喉が動き、首が伸ばされるとゆっくり口が開かれる。その様子を直視するのに耐えられず、エレインは思わず瞑目したが。

「目を開けるんだ!」

アラドの鋭い叱咤が飛んだ。

「お兄様…」

「最後まで、見届けるんだ!この理不尽で無慈悲な最期を!それが、我々に出来る最後の抵抗だ!」

正面を向いたまま、横目で妹に視線を送りつつ兄はそう叫んだ。その言葉に勇気づけられ、妹もそれに従う。

「はっ、無意味な事を!」

嘲笑するゴーンに。

「何とでも言え!」

アラドのその言葉に重なる様に、火炎は噴射された。


 丘の上には、一人と一頭の姿があった。

「お前って、本当に面白いわね!」

カレンはフラッパの頭にもたれ掛かりながら言った。普段の、威厳を感じさせる口調は影を潜め、一人の、年相応の少女らしい軽やかさだった。

「そうかな?」

少々不本意そうに、フラッパは返答した。自分の好きなもの、というお題で話をしていて、フラッパは飛行機について触れたのだが、どうやら完全な空想と思われたのだった。この世界で空を飛ぶといえば、風に舞い上げられたもの、鳥やフラッパの様な竜、あるいは魔術師くらいだったから。

「以前もこんな感じだったかしら?もっと老人臭かった様な…」

「時が経てば、記憶も曖昧になるから。そもそも、それ程長く一緒にいた訳じゃないし」

中身が入れ替わった事を説明するのが面倒だった為、適当にはぐらかす。

「そうか…そうね。でも、だからこそ、こんな風に気安く話せるのだわ。四年前、父の死を目の当たりにした私に、グラッススは、自分には子が無いので、不遜ながらその娘として何処かで密かに暮らしてはどうか、と提案してくれた。父の死の真相を知る者が、故郷へ帰れば災いの元になるから、と。私はそれを受け入れた。でも…彼にとって私は、あくまで主君の娘。家の中では、私もその様に振る舞う必要があって。母親代わりの奥さんだけが、私の息抜きの相手だった。万が一、私を知る者と遭遇してはならないと、滅多に外出も出来なかったし。二人とも優しかったけれど、それは実の娘に対してのものだったのかしら?彼らに感謝はしているけれど、私にとって、この仮初めの親子関係は苦しかったわ」

最後は寂しげな呟き。

「僕には判らないけど…でも、全て上手くゆけば、また実のお母さんと暮らせるんでしょ?だったら問題ないんじゃない?」

「そうね…そうなのよね」

それでもカレンは、やはり少し寂しそうだった。仮初めとはいえ、四年余りを共に暮らしたグラッスス達への情もあるのだろう、とフラッパは見て取った。と、ランスルの鐘の音が、風に乗り聴こえてきた。

「あ、時間だ。じゃあ、後でね」

「ええ…」

カレンがフラッパから離れると、羽ばたき一つで風竜は天空に舞い上がった。


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