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第四章 Ⅴ


 ランスルの大門を、いま一台の乗合馬車が通過しようとしていた。高く聳え立つ市壁を見上げながらはしゃぐ子供達。その親達は、ゴシップ話に余念がなかった。例えば、高級な仕立ての服装の中年男性と、飾り気のない旅装の、幾分若い男性の場合には、こんな調子だった。中年男性は話好きらしく、主に会話の口火を切っていたが、その声が控え目だったのには、ある理由があった。

「…ところで、明日反逆者の処刑があるそうですな」

「そうでしたか。最近は、あちこちでぽつぽつとありますね」

「ええ。中でも、明日処刑されるのはあの、アインリヒトの残党だそうで」

「アインリヒト?ああ、確か、和睦派の?」

「そうですよ!はは、主君を失ってもまだ、その意志に従おうとは難儀な話ですなぁ。そもそも先王を焚きつけ連合と和睦しようなど、無謀な試みだったと思いますが?摂政が、久方振りに打倒選定公国を声高に叫んでおられるのも、その反動と言えるでしょうな」

「はぁ…ところで、今回処刑される人数は?」

現状の政局の話に踏み込みたくない風の旅装の男性は、話題を切り替えようとした。

「二人だけだそうで。まだまだ若いそうですが、最近の王宮は容赦がありません。この為に、火竜を引っ張り出してくるそうで」

「火竜を…なるほど…」

「おや、何か、気に掛かる事でも?」

「…いえ、あの話は、本当だったのかな、と」

「ほう?どの様な話で?」

「はぁ。実は私、サントカルロで商売を営んでいるのですが」

「サントカルロ?連合に近い街ではないですか?随分と長旅だったでしょう」

「はい。まぁ、それはともかく。近くで、王国軍が火竜を使っているらしいのですが」

「何と、もう実戦に!?」

「いえ、境界近くの森を焼いたり、村に火を掛けたり、まぁ、いつもの威嚇の延長ですよ。ところが、最近連合の軍隊と衝突したそうで」

「ほう。それでは、敵の部隊は火竜に焼き払われて?」

「それが…魔法等の集中攻撃を受けた火竜が、敵味方見境無しに暴れたそうで…」

「何と!それで、どうなったので!?」

「何とか、火竜を鎮めて、撤退したそうですがね。これでは、戦争に使うのは危険でしょう。火刑に使うぐらいが関の山、というところで」

「なるほど、国内向けの示威活動、という事ですか…ところで、処刑は見物されるのですかな?」

「いえ、丁度その頃には、会合に出席していると思います…」

旅装の男性の表情が暗くなる。声のトーンも落ちた。それを、見物出来ないのを残念がっていると、中年男性は理解した。

「そうですか、それは残念」

「…実のところ、興味はありませんがね」

「そうなのですか?私はてっきり」

「先程の話を聞きまして、火竜というものの恐ろしさを再認識したのです。近場で目にするなど、とてもとても」

「ははは!処刑場で攻撃を受ける事などありますまいよ!それに司祭様も臨席されるのですから、万が一、事故でも起きて怪我をしようと、奇跡で回復出来ましょう!」

「それなら、良いのですが…すると、やはり」

旅装の男性は、視線を馬車の後方へ送った。そこに座る二人の男性。二人とも質素な旅装だが、一人のそれは萌黄色、もう一人は浅葱色に染められている。それぞれの上衣の胸には、四つ葉のクローバー状の模様が銀糸で刺繍されていた。それは、生命の息吹き教団の聖印だった。萌黄色の方は三十代に届くか、というところ。一見細身だが、腕等は太めだった。浅葱色の方は未だ十代だろう。萌黄色の方が、何でしょうか、と言いたげに、にこやかに見返してくる。

「え、いえ、司祭様…」

慌てて視線を逸らす。しかし、司祭と呼ばれた萌黄色は、ゆっくり近付いて来た。二人の横に中腰となる。

「何か、気に掛かる事が、おありですか?」

「いえ…その、司祭様は、明日の?」

「はい。処刑の儀礼を執り行うため、本部より罷り越しましたが?」

「しかし、変ですなぁ。ここには教団の宿舎がある筈なのですが?」

中年男性が不思議そうに呟くと。

「はい。確かに、司祭が常駐しておりますよ。ですが、その方が今回の儀礼を拒否されましてね。まぁ、心情を察するに余りあるので、この様な事になった次第でしてね」

「そうでしたか」

気まずげに中年男性は顔を伏せた。処刑される者の為に祈りの歌を捧げ続ける司祭の、しかも火竜の近くでそれを行わなければならない心の負荷に、今更ながら思い至ったのだった。気楽な物見遊山気分は萎んでしまった。

「司祭様は、その…恐ろしくないのですか?火竜の側でなど」

問われて、司祭は旅装の男性の右手を取った。両手で優しく包む。

「お優しいのですね。どうか旅路の平らかならん事を。ですが、ご心配無用です。誰かが、最後の祈りを捧げなければ」

低く祝福の言葉を唱えながら数度、優しく男性の手の甲を叩いた。と、その手から全身へと、仄かに暖かい風が吹き抜けた様な、そんな感覚があり、はっ、と息を呑む。

「有難う、御座います」

恭しく頭を下げると、数度頷き司祭は元の座席に戻っていった。

「はぁ、何か、全て上手くゆきそうですよ」

司祭の手の温もりが残る右手を胸に当て、左手を添える。彼はある豪商の配下で商売をしており、今回の会合では思う様に上がらない売り上げを槍玉に上げられるのは目に見えていたが、それさえ上手く乗り切れそうな気がしてきたのだった。

「おや、停留所の様ですな」

中年男性が呟くと間もなく、乗合馬車は停車したのだった。


 生命の息吹き教団は、サーラ地方最大の宗教団体だった。他にも同様な団体はあるが、分派といって良いほどその影響を色濃く受けている。その教義を簡潔に述べるならば。この世界を今の姿たらしめているのは、目に見えぬ理であり、それを統べる、やはり姿なき主がおられる。あらゆる生物は、その理により肉体の器を、主の息吹きにより生命を与えられ、やがて理と主の元へと戻る。世界は、それを繰り返している。この教義は抽象的で理解しづらいため、生命の息吹きを中心に説かれる事が多く、教団の名ともなっている。教団創設以来数百年、アリスト王国や周辺諸国、地域の寄進等により、今や広大な領地を誇る。その構成員は一種の権力者と見なされ、実際その中に横暴な振る舞いをする者達も一部存在するのが現状だった。教団としても、常日頃から規律の弛緩に対し目を光らせてはいたが…。市民達は、いつしか聖職者の顔色を窺う様になっていたのだった。と、それはともかく。その領地内の教団本部や修練所、大学や各地の大都市等に置かれる宿舎などと、教団関連の施設はさほど多くない。小さな街や村で礼拝や葬儀が行われる場合など、司祭が出向く事となる。『この天地の至る所、我らが家である』という教えが基本になっているのだが、実際問題として司祭等の人手不足という面があった。司祭には、秘蹟により奇跡という名の回復系魔法を身につけるという、必修科目があったのだった。またその過程で、様々な”特性”を会得する者もあった。それは一種の適性を必要とするものであり、無いと見なされればせいぜいが助祭どまり、教団の縁の下の力持ち、司祭の世話係として生きる事となる。浅葱色の衣服こそ、その目印だった。

 教団の宿舎は、大通りに面した四階建ての立派なものだった。宿舎、とは言っても結婚式や葬儀の様な祭礼、様々な宗教行事を執り行う為、一階は丸ごとホール状になっている。もちろん宿泊施設としての機能は完備している。

「ほう、ここが」

屋根の上に高く教団の象徴を掲げた建物を、司祭は眩しげに見上げた。

「司祭様は、初めてでしたか?」

成人しても未だ少年の面影を残す助祭は、抱えた荷物を持ち直しつつ訊ねた。

「来る機会が無かったもので」

言って前に向き直ると、大きな両開きの扉に手を掛け、片側だけを開いた。採光窓から差し込む陽光で、室内の様子が良く判る。奥に設けられた立派な祭壇以外目に付く物もなく、酷くガランとしていた。

「何か、寂しいですねぇ」

「はぁ…」

助祭は、少し困った様な表情をした。と、右奥の扉が開き、誰かが姿を現わした。年の頃は四十代だろうか、上品そうな女性だった。萌黄色の聖衣に身を包んでいた。二人に気付くと、小走りに近付いてくる。

「あらあら、失礼致しました!これから停留場へお出迎えに上がるところでしたもので」

「マリアナ司祭様ですね。束の間ではありますが、お世話になります」

深々と頭を下げる。

「いえいえこちらこそ!アポロス司祭様、でしたか?本来ならば、私が勤めるべき儀礼を代わって頂くのですから。では、こちらへ」

マリアナは踵を返すと、二人を導く様に扉へと歩き出した。

 案内されたのは、六畳程の広さの部屋だった。クローゼットや本に、ベッド等の必要最低限の家具が置かれている。部屋は二間続きで、右側の扉の向こうには四畳程の、同様な部屋がある。

「それでは、何かありましたらお呼び下さい」

司祭の荷物を置くと、助祭は隣の部屋に姿を消した。

「それでは、夕食の時に」

部屋を出て行こうとしたマリアナを、アポロスは呼び止めた。

「少し、お話を伺えませんか?」

「…何でしょうか?」

マリアナの声は、少し震えていた。会話の内容が予測出来ていたのだろう。

「もし、宜しければ、今回の儀礼を拒否された理由を、お聞かせ願えませんか?」

机から椅子を持って来ると、ベッドの前に置く。どうぞ、と仕草で示した。観念した様に溜息混じりに着席すると、アポロスもベッドに腰掛けた。

「…恐いのです」

「火竜が、ですか?」

年長者だろう司祭の顔を、アポロスは見据える。その視線の前には、あらゆる嘘も虚飾も無意味に思えてくる。

「…恐いのは、嘘ではありません。ですが…むしろ、憎いのです」

「憎い?」

「はい…私は、ここから遠く北東に離れた寒村の出身です。火山帯の近くです。火竜が三頭ほど棲んでいましたが、昼寝の隙を窺ってナシゴラ苔の採取等を、村人総出で行ったりしたものでした」

「なるほど。油を精製していたのですね?」

「はい。火が点き易いので、焚き火をする時等に重宝します。私が入信の為村を出た後も、変わらず続けられていました。しかし、今から二年ほど前、山で村人達が大勢亡くなったと、知らせが来ました…」

目頭を右手で押さえた。

「まさか、火竜に?」

「はい…ですが、これまで火竜に山で出くわした事など無かったのです。非常に慎重にやってきたのですから。私にこの事を知らせに来て下さった村人は、その理由を教えて下さいました。王国軍が、火竜の捕獲に来ていて、一頭失敗し、大暴れしたのだそうです。村人達は、その巻き添えだったのです。その為に、私の両親は…」

堪えきれず、嗚咽が漏れた。アポロスには、そっと肩を抱く位しか出来なかった。

「お辛かったですね。どうか、僅かばかりでも心が晴れますよう」

低く祝福の言葉を紡ぐ。肩から染み込んでくる様な温もりが、マリアナの心を満たしていった。そっと、アポロスは体を離した。

「本当に、申し訳ありません…私は、司祭失格ですね…」

涙を拭うと、恥ずかしげにアポロスに謝る。

「貴女のその痛みも苦しみも、きっと立派な司祭になる為の糧なのでしょう」

「貴方には、おありですか?」

「…そうですね。糧になるかは、判りませんが…」

曖昧な笑みを浮かべ、立ち上がった。

「市政庁へ行って参ります。明日の挨拶に」

「助祭は?」

「いえ、私一人で」

一礼し、部屋を出て行った。

 市政庁へは数分の距離だった。広大な敷地内には、王権代行所の施設も併設され、市政庁の背後に聳え立っている。玄関前の階段を上がり扉を潜る。受付カウンターの職員に、「明日執行される刑の儀礼に参りましたアポロス司祭ですが、どうか市長にお取り次ぎを」と丁寧に用件を伝える。明日執行される兄妹の処刑は、市長が宣告書に署名したものではないが、一時的にせよ着任した旨をその地域の責任者に報告するのは、一種の慣例となっていた。司祭が、宿舎もない様な地方の街や村等に赴いた際、市政庁や村の世話役の個人宅等に宿泊するのが普通だからだった。カウンター前のベンチに腰掛け待っていると、不意に背後から肩を叩かれた。振り返れば。

「ああやはり。お懐かしいですな、アポロス司祭様」

肩を叩いたのはゴーンだった。アポロスは数度、瞬きした後立ち上がり。

「ええ、お久し振りです、ゴーン十人長殿」

ゴーンの面に一瞬、苛立ちが浮かんだが、直ぐに笑みが塗り潰す。

「はは、その呼び名は、昔のものなのですよ。今は王室特務隊に所属しておりまして」

暗に自分がエリートの仲間入りをした旨を誇示するが。アポロスは一向頓着しない。

「そうですか。こちらで何を?任務ですか?」

さらりと流される。再び苛立ちが顔を出す。

「…そういう、事です。ところで…もしかして、貴方が、明日の?」

「はい。明日の儀礼は、私が執り行わせて頂きます」

「なるほど。いや、実は私が刑の執行に立ち会う事となりまして。本当に奇遇ですなぁ。処刑される者と刑に立ち会う者、儀礼を執り行う者の三者が、かつて同じ場所にいたとは」

「そうですか」

アポロスは曖昧な返答をした。

「ここで立ち話も何ですし、どうですか、私の部屋では?」

「申し訳ありませんが、私は市長への挨拶に伺ったもので」

「ああ。でしたら、その後では?ぜひお話を伺いたい事がありましてな。王権代行所にお出で頂ければ、判る様にしておきますので」

「はぁ…それでは、後ほど伺わせて頂きます」

出来うる限り、アインリヒト私兵団に所属していた者とは、一部を除き話をしたくはなかったが、明日も顔を合わせる相手では拒否も出来ない。

「では、お待ちしておりますぞ!」

右手を掲げ、ゴーンは王権代行所との連絡通路の方へ歩き去った。

 王権代行所の職員は、ある扉を数度、ノックした。

「アポロス司祭様をお連れしました」

受付からアポロスを案内してきた職員が短く声を掛けると、中から「どうぞ」と先程耳にしたばかりの声が答える。

「失礼致します」

扉を開けた職員は、アポロスを入室させると「では、ごゆっくり」と扉を閉めた。室内は、宿舎の彼の部屋と大差ない殺風景さだった。

「どうぞ、こちらへ」

机の横にある椅子を示されると、アポロスは静かに歩み寄り着席した。ゴーンも椅子の向きを変え、相対する。

「さて、私は何をお話しすれば宜しいでしょうか?」

「せっかちですなぁ。もう少し、近況など話しませんか?」

「明日の準備も御座いますし。今日到着しましたもので、疲れてもおりますから」

「なるほど…では、率直に伺いましょう。貴方がたはウッズマン閣下を探索に向かわれた訳ですが、発見出来たのですか、出来なかったのですか?そもそも、何故帰還されなかったのですか?」

ゴーンの口調には、責める様な響きがあった。

「いえ…実に心苦しい話なのですが。結局、ウッズマン閣下一行は探し出せなかったのです。八方手を尽くしたのですが。そうこうするうち、未だ潜伏していた敵の攻撃を受け、私は負傷してしまったのです。その様な私をある場所に預けると、他の方々は再び探索に向かわれた様ですが、どうなったのかは存じません。私が傷の治療に専念していましたところ、教団へ連絡があったのでしょう、本部への帰還指示が参りました。傷が癒えるのを待ち、そのまま私は本部へ帰還しましたが。質問の内容から察しますところ、他の方々も?」

話の内容に矛盾点などは見当たらなかった。ひとまず事実として、ゴーンは呑み込む事にした。

「ネアラ達も、というのであれば、そういう事です。では、本部帰還後の事はご存じない?」

「噂程度にしか。そういえば、そちらも大変だった様ですが?」

さらりと話題を切り替えてみせる。ゴーンとしても、話に突っ込み所がない以上、付き合うよりない。

「はい。王都で政変があったという話が聞こえてきたと思ったら、王国軍がやって来て、閣下に叛意あり、ついては私兵団は解散し、王都へ連行する為閣下の妻子を差し出せ、と。もし拒否していたら、攻撃されていたでしょう。やむを得ず、要求を呑むほかありませんでした」

口惜しげに語るゴーン。

「そうでしたか。それで、貴方は今王室特務隊に?」

「は、はぁ」

話の流れと矛盾する様な、ゴーンの今の立場だった。思わず狼狽する。しかしアポロスは微笑を湛えたまま頷いた。

「人には、それぞれの道というものがあるでしょう。どうかお勤めに精進なさって下さい」

「それは、もちろんですが」

「それでは、明日またお会いしましょう」

アポロスは、ゴーンに祝福を与えなかった。一礼し、立ち上がるアポロスに、ゴーンも追従する様に立ち上がる。

「では明日、また」

部屋を後にするアポロスを、ゴーンは静かに見送った。


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