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第四章 Ⅳ


 アラドは上体を壁にあずけ、項垂れていた。二畳もない牢屋は饐えた様な臭いが漂い、気分が悪くなりそうだった。兄妹は、その街の警備隊に捕縛され、そこに収容されていたのだった。

「お兄様、大丈夫ですか?」

壁の向こうから小さな、妹の声が聞こえてくる。兄は捕り物の際、隊員達から少々手荒な扱いを受けたのだ。正直なところ、殴られた頬や腹に痛みは残っていたが。

「心配するな、この程度!」

自分でも、強がりだと判っていた。しかし、ここで弱気な態度など取れる筈もなかった。妹は不安なのだ。強がりだろうと、自分がしっかりしていなくてはならないのだ、と、自分に言い聞かせる。

「…そうですか、安心しました…」

その声からは、安心感は感じられない。逆に気を遣わせたかも知れなかった。

「大丈夫だ。きっとまだ、機会はある…」

「そう、ですね」

それきり、会話は途切れた。自分達がこうしている間にも、死の使者がこちらへ向かっている事を理解していたから。

 兄妹がその街に辿り着いたのは、五日程前だった。人目を極力避けながらの旅は思った以上に時間を浪費し、かなり消耗した状態で二人は宿をとると(宿屋の主人からは、不審の混じった目で見られた)、アラドは手紙を認めた。内容は他愛のないものだったが、仲間内の符丁を織り込んだ、自分達の健在と、コールマンかエンダーに面会したい旨を知らせる為のものだった。それを街の両替商(金銭の運搬と同時に、手紙の類を運ぶ業務を行っているのが一般的だった)に託し、返事を待った。宛先はとある商家で、秘密の通信を行う中継地点の一つだった。そういった協力者は、王国内でもあちらこちらに散在していた。と、それはともかく。その結果、早朝警備隊員達に踏み込まれたのだった。妹を逃そうと抵抗を試み、失敗した結果が今のこの状況だった。そうして捕縛されて以来、彼の頭の中をある考えが巡っていた。やはり仲間の中に裏切者が居て、自分達を嵌めたのではないか、という考えが。中継地点の商家の中か?あるいは、買い物を装い商家に郵便物を受け取りに来る伝令か?あるいは、伝令から手紙を受け取った誰かか…。彼は小さく首を振った。しかし、気を付けていたとはいえ、人の目を完全に逃れる事は出来なかったではないか?宿屋の主人も不審げに見ていたではないか?そんな抗弁の言葉が心の中で湧き上がっては、しかし直ぐに消え入る。猜疑心に囚われた自分に、堪らなく嫌悪感を覚えた。

「最低だ…」

「お兄様?」

呟きを聞かれてしまっていたらしい。

「何でもない、大丈夫だ」

そう答えるしかないアラドだった。

 騒々しい足音が複数、近付いて来た。

「おやおや、これは懐かしい顔ぶれだな!?」

足を止めるなり、ゴーンは愉快そうに鉄格子越しに兄妹を見較べた。鬱陶しそうに、アラドが顔を上げる。

「…また貴様か。王室特務隊は人手不足なのか?」

揶揄、というより嫌悪感が、その声には滲んでいた。

「何を言うのだ!私自らが迎えに来てやったのだぞ!?ランスルまでの、護送の再開という訳だ!」

「あれだけの失態を犯しておいて、よく解任されなかったものだ」

「ふん。総長殿は寛容なお方なのだ!護送任務の延長として、貴様らの審判から刑の執行まで見届けるよう仰せつかった!」

「…私達、二人のか?」

「もちろんだ!今度は、この前の様にはいかんぞ!?充分な備えがある!もはや風竜如きに遅れなどとらん!」

豪快に笑い出すゴーンを後目に、アラドは再び顔を伏せる。安堵したさまを見られない様に。どうやら捕縛されたのは自分達だけの様だった。もっとも、捕り物の途中で殺されたり、他の支隊に捕縛された可能性が無いではなかったが。しかし、相手は一人でも多くの生け贄が必要な筈だった。火竜の、そしてそれを操る自分達の恐ろしさを人民に見せつける為の。だから安易に殺害はしないだろうし、この付近で捕縛されたならば、ランスルで再会する事になろう。そうでなければ逃げ延びた可能性が高いといえた。

「そうか。それは、残念だ」

「こちらとしては、むしろあの忌々しい風竜には再び現れて欲しい程だがな!今度は仕留めてくれる!」

「風竜相手に、ムキになるとは大人げない」

溜息をついてみせると、ゴーンの眉がピクリ、となった。

「王国に仇なす者は、何者とて容赦はしないという事だ!それは貴様らとて同じ!火竜の炎に呑み込まれる様を、この目でしかと、見届けてくれるわ!」

首だけで合図すると、控えていた警備隊員達が鉄格子を開け、兄妹を引き出した。金属製の手枷や首枷を嵌められながら、兄妹はゴーンを見詰めていた。

「ふうっ。ようやく相応しい格好になったな!」

そう言い捨て、出口へと向かって歩き出すゴーン。隊員達に追い立てられる様に、兄妹は続いたのだった。


 二日後ランスルに到着した兄妹が、王権代行所における審判で火刑に処す旨の判決を受けた、という情報は、時を置かずコールマンの元へも届いていた。

「そうか…捕縛されて、いたか…」

どことなく無感情に、机に向かったままコールマンは呟き、手紙を握り潰した。

「如何されますか?」

上官の態度に多少の違和感を覚えながら、机の前の側近が問うと。

「どう、とは?」

もはや興味ない、とばかりに手紙を放り出す。

「?いえ、救出の算段について、ですが」

「救出?まさか、ランスルへ向け出撃しろ、とでも言うのか?馬鹿な!」

王権代行所が設置されているからには、街はそれ相応の規模を持ち、それ相応の規模の王国軍部隊が常駐しているのだった。

「そうは申しません。ですが、二人の仲間を救出するだけならば、他に方法が」

ランスル内にも彼らの協力者はいた。だからこそ、ここまで迅速に情報がもたらされたのだった。しかし。

「ランスルの協力者に依頼しろ、とでも?良いか、そんな事をすれば、ランスルでの目や耳を失う事になるぞ。彼らは徹底的に協力者狩りをするだろう。ならば、それを阻止するか?今の我々に、その様な事に人員を割く余裕はない」

コールマンの、兄妹に対する態度は、異様に冷ややかに感じられた。側近には、それを糊塗する為の論理の様に聞こえた。

「ですが…あの兄妹は、エンダー殿からも幹部として、これから力を付けてゆくものと期待されております。ここで失えば、大きな損失に」

「彼ら程度の人物ならば、他にもいると思うが?本当に残念だが、救出作戦は許可出来ない。若く有望な者達の命が失われるのは、断腸の思いではあるが」

「…承知致しました。エンダー殿に連絡を?」

少々白けた気分で上官の後半の言葉を聞き流し、側近は訊き返した。

「そうだな。あれは熱くなり易いからな、自重するよう、釘を刺しておくべきだろう」

この話はもう終わり、とばかり無言で退室を促す様に手を振る。側近は一礼し、踵を返した。

「ああ、ところで」

「はい?」

不意に大声を発したコールマンに、側近が向き直ると。

「この話は、兄妹の配下には漏れていないだろうな?」

「はい。落手後直ちに閣下の元にお持ちしましたので」

「そうか…ならば好都合だ。この話は絶対伏せておく様に」

「ですが、それでは兄妹はこのまま消息不明という事に」

「時期を見て知らせる。今、この件で軽率に動かれる訳には行かないのだ。我々の存続を脅かしかねない」

なるほど、彼らが兄妹救出のため秘密で計画を立てランスルへ向かい、首尾良く成功すればまだしも、失敗あるいは捕縛、拷問でもされれば大事になるだろう、と側近は納得した。

「…承知致しました」

「頼んだぞ」

再び踵を返すと、今度こそ側近は退室していった。

 コールマンの予想通り、エンダーは熱くなっていた。それこそスキンヘッドから湯気が立ち上る程に。

「くそっ!救出計画を練っていたというのに、どういう事だ!?」

コールマンの拠点から少し離れた場所に、彼の拠点はあった。どちらかが攻撃を受け壊滅しても、活動を継続できる様に。両者間の通信手段としては、人のほか伝書鳩、緊急時の風系列魔法による通信等があった。

「今は、救出に対する代償は払えないと」

側近が、手紙に目を落としつつ答える。

「仲間が、処刑されようとしているのだぞ!?しかも、アラド達がだ!我々に未来を失えというのか!?」

エンダーは拳を握り締めた。彼は昔から兄妹のひたむきさ、無私さを好み、目を掛けていた。王国内でも可能な限り安全な場所で力を蓄えられるよう手配したのも、いずれは指揮者として、自分達に代わり組織を支えてゆくべき彼らに掛ける、並々ならぬ期待の表れだった。

「それでは、如何なさいますか?救出作戦は続行、と?」

落ち着き払った側近の声。眼鏡越しの双眸は、室内を熊の様に彷徨き回る上官を、無感情に追っていた。エンダーは歩を止めると机に両手を付き、立ったまま黙考した。

「…いや、保留、だ。あちらが同意しない限り無理だ。仲間割れをする訳には行かない」

何度も首を振り、絞り出す様にそれだけ言う。机を右手の平で叩いた。

「では、その様に」

一礼する側近。しかしエンダーの話は未だ終わっていなかった。

「処刑された者の遺体は、ランスルで暫く晒されるな?」

「そうなりますか」

「…街の協力者に、遺体を運び出せないか打診してくれ。その様な辱めに遭わせるのは忍びない。必要な物は何でも揃えると言ってくれ」

「承知致しました」

再び一礼し、今度こそ側近は退室していった。後に残されたエンダーは、眉毛と睫毛以外無毛でツルツルの顔を、両手で激しく扱いた。それが済むと、悲しげに中空を見上げる。

「どうか、無力な私を赦して欲しい…勇者に相応しい埋葬を約束する」

右手で顔を覆う。嗚咽を押し止めるだけで精一杯だった。


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