第四章 Ⅲ
捕り物から三日後、ユーマ警備隊の少女は隊長室に呼ばれた。あの戦士達については報告済みで、一安心して街中の警邏から戻ったばかりだった。
「お呼びでしょうか?」
入室すると、机に向かう隊長と、その前に直立するより年嵩の男性が待っていた。
「副隊長も、ですか?」
「隊長、だ。正式な辞令はまだだが」
隊長が言うなり、副隊長がニコリ、人好きのする笑みを浮かべた。
「?どういう、事でしょうか?」
事情が飲み込めず、不安げに訊ねる少女に。
「隊長を、辞する事にした。娘の体調が思わしくなく、転地療養という事でここを離れる。ついては、ゴルゴン副隊長を隊長に昇格させる」
「そうでしたか…」
複雑そうな表情の少女。その理由を二人は知っていた。副隊長にとっては忸怩たる思いがあった。
「そこで、ケイト。君を副隊長に指名したい。受けてくれるか?」
「え、私が?」
俄に信じ難い提案だった。自分はこれまでに唯の一班長程度の認識しかなかったからだった。
「いえ、私の様な若輩者より、もっと相応しい方が…」
「この辞令に異を唱える者など、皆無だと思うが?例の盗賊達は結局、”野イタチ団”ではなかった様だし、ひとまずは、これまで通りの業務をこなせれば大丈夫だろう」
「しかし、本当の”野イタチ団”でも現れた時には、とても私が副隊長では」
と、副隊長が彼女の両肩を掴んだ。
「余計な心配をするな。お前には、充分に能力がある。剣の腕も立つし、街や隊内の信頼も篤い。それに、俺は元隊長だぞ!?」
少女は悲しげに、視線を落とした。副隊長は、声のトーンを落とした。
「この件は、お前の父親に対する贖罪という面が皆無、とは言わない。しかし、この数年でお前が確実に力を付けて来たのを目にして、二人して相応しいと認めるに至ったのだ」
「残念ながら、君の父上については殉死した程度の事しか存じ上げないが、住民達と話をし昔話など聞けば、この街を愛し、愛されていたのは判る。そんな人物の後継として君が副隊長になるなら、きっと上手くゆくと思うし、そう願っている」
隊長も優しく語りかけた。それでも心配顔の少女に。
「心配するな。必要な事は、一つずつ覚えてゆけばいい」
両肩を力強く叩かれ、やがて副隊長を見上げる。
「どうだ?」
「…お受け、します」
はっきりと、少女は答えたのだった。
その夜、ユーマ警備隊隊長カイサルの家族は、家を引き払い荷馬車で旅立った。見送る者も無く、僅かな荷物を載せた荷馬車は街を出ると暫く進み、やがて何もない草原の中を行く道の傍らで停まった。父娘が、手荷物だけ持ち降車する。ハルバートを荷台から降ろすと、一つ石突きで地面を打った。
「暫く離れる事となるが、心配するな。暫くは仮住まいで我慢してくれ」
荷台の妻に、優しくカイサルが語り掛けると。
「判っていますよ…どうか、ご無事でお帰り下さいね」
ニコリと微笑んでみせる。御者台に「行って下さい」と声を掛けると、荷馬車は動き出した。
暗闇の中に取り残された二人が暫く佇んでいると、俄に風が起こった。星空を渡り、巨大な生物が降下してくる。それは草原に着地した。不意に、中空に炎が灯る。
「待たせたか?」
フラッパの背中から飛び降りたネアラは、炎を従え近付いて来た。
「いえ、それ程では」
炎の光に照らし出されたカイサルは金属鎧を身に纏っていたが、隊長としてのものではない。それは、彼がかつてアインリヒト私兵団で使用していた物だった。傍らの娘もまた、胸甲に手甲、脛当て等を装備していた。
「ああ、凛々しくていらっしゃる」
ネアラは娘の前に片膝をついた。その傍らに、カイサルも加わる。
「我が名はカレン。ウッズマン・アインリヒトが長女なり。雌伏の時を終え、今ここに失地及び名誉回復の行動開始を宣言する。汝らは我が意に従う者か?」
抜いた片手剣を、二人の頭上に掲げた。
「「ははっ、仰せのままに」」
声を合わせ、恭しく頭を下げてみせた。
「私は、ただ今この時より偽りの名を捨て、グラッススとしてお供仕りましょう」
カイサルは、あの若者が看破した通りグラッススだったのだ。
「ふむ、世話をかける」
満足げに頷くと、剣を鞘に戻した。
「あの。そろそろここを離れた方が良くないかな?」
不意に聴き慣れない声を掛けられ、カレンはギョッ、となった。
「何者!?」
再び腰の剣に手を掛けるが。ネアラがフラッパを紹介する様に言った。
「ご安心を。我らが友フラッパで御座います。カレン様も、声をお聴きになった事がおありの筈ですが?」
四年前、行動を共にしていた時耳にしていた筈だったが、しかし彼女もまだ幼く、忘れていても致し方なかった。
「う、うむ、そうか。賢明なる風竜よ、宜しく頼むぞ」
「こちらこそ。ところで、そろそろ」
「では、そろそろ参りましょうか」
カイサル改めグラッススが促す。フラッパが下げた首から、三人はネアラ、カレン、グラッススの順に上がっていった。一羽ばたきで、フラッパは軽々と中空に舞い上がり、いずこかへと飛び去ったのだった。




