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第二章 Ⅴ


 ゴーンは緊張していた。暑い訳でもないのに、額の汗が止まらない程に。アラド達の護送に失敗してから、二日余りが経っていた。

「…何か、弁明すべき事はあるか?」

直立した彼の眼前、机に着いた小柄だが筋肉質の男性が見上げてくる。その鋭い眼光を直視しないよう、正面に視線を固定している。

「も、申し訳ありませんでした!」

「私が今聴きたいのは、謝罪の言葉ではない!貴様の支隊がなぜ、この様な職務放棄を行ったか、その弁明なのだ!!」

机が一つ叩かれ、ゴーンはピクリ、となった。

「あ、アイスブレイク総長、お聴き下さい。あの街道は断崖絶壁という先入観があり、転落すれば命はないものと思い込んでおりました。まさか、一部緩やかな箇所があろうとは、考えもしなかった次第なのです」

「ほう、全ては先入観のなせる業か?貴様らが無駄な崖下の捜索をしていた、今から半日程前に、通りすがりの行商人があの馬車を見つけ、通報してきたのだぞ!?貴様は行商人にも劣る注意深さで、みすみす反逆者共の逃走に手を貸したのだ!」

「た、確かに、不注意でありました!」

正面を見据えたまま返答する。アイスブレイクの面に、意地悪げな微笑が浮かぶ。

「…あるいは、まさかと思うが。かつて同じウッズマン配下であった事が判断に作用したか?」

致命的な疑念の提示。これだけは、完全に払拭しなければならなかった。

「総長!まさか、私が故意に見逃したと!?それは、それだけは、断じてあり得ません!?」

「ほう?口は重宝なものだぞ?私には、今貴様に対する疑念があるのだ。さて、これはどうすべきだと思うか?」揶揄する様な口調。真綿で首を絞める様に、じわりじわりと圧力を掛けてくる。対応を誤れば良くて解雇、最悪牢獄行きの局面だった。

「わ、私は、王国民として、軍人として、誠心誠意、謹厳実直に、職務に勤めて参りました!それは総長もご存知の筈では!?」

「ふむ。それについては一部、認めてやらんでもない。だが、王国とて一枚岩とは言い難い。未だ摂政閣下の統治に不満を持つ者共もいるだろう。表には出さずともな。その最たる存在こそ、アインリヒトの残党だ。摂政閣下に弓を引く者はパウロ三世陛下に、この王国に弓を引くのと同義。その罪は命をもってしか贖えないのだ」

「もちろんであります!」

「ならば。どうやって貴様が、反逆者共の協力者でないとの証を立てられるというのだ?」

「必ずや、反逆者共を全員、拘束して参ります!草の根分けても捜しだし、王権代行所で全員に、火刑を宣告致します!」

この場でこれ以外の返答があり得ただろうか?

「うむ。刑の執行には立ち会う様に」

とりあえずの及第点だった様で、内心ゴーンはホッとした。

「はっ!国王陛下万歳!王国万歳!摂政閣下万歳!」

敬礼しながら、不必要に丁寧な万歳を唱える。薄氷を踏む様な今の立場を考えれば、観閲式でしか行われない様な行動も、本人的にはまだ足りないくらいだったろう。アイスブレイクは苦笑した。

「もう良い、行け」

「はっ!」

ゴーンは硬い表情のまま退室していった。

 扉を閉め、背にしたゴーンは、周囲に人気がないのを素早く確認すると、一つ大きな溜息をついた。面には疲労の色が濃い。時を遡れるならば、馬車を見失った直後の自分の元へ行き、周辺を徹底的に捜索するよう忠告してやりたかった。この様な失態を繰り返す訳にはゆかないのだ。次には、間違いなく自分の首が飛ぶ事になるだろうから。自分は信頼されていないのだ、と改めて痛感する。ハンカチで額の汗を拭った。部下達の前で、この様な有様は見せられない。決して見せる訳にはゆかない。それはプライドの問題ではなく、信頼の問題だった。両の頬を、軽く何度か叩き気合いを入れると、静かに歩き出した。

 廊下を歩きながら考える。自分はそれほど、信頼されるに値しない人間なのか、と。彼は、自分が確かに問題の多い人間だという事を自覚していた。貧しい地方の出身で、ろくな教育を受ける機会も無かった事を差し引いても。不意にある顔が思い浮かび、歩みが止まった。厳めしい顔立ちに頬髭、灰色の瞳には、しかし優しげな色を湛えている。彼がかつてその私兵団に身を置いていた、ウッズマン・アインリヒトその人だった。自分がよく酒場で暴れ、女性関係、金銭関係等のトラブルを抱えていた時にも、叱責の言葉を浴びせながらもその瞳を自分に向けてきたのではなかったか?幼い頃受けられなかった教育の穴埋めをする余地は、彼の元では充分にあったのではなかったか?しかし自分は反発するばかり。アラドが入隊から一年余りで自分と同じ十人長になった時には、プライドを傷付けられたと憤慨した。連合の軍との小競り合いで、現地部隊の指揮を摂るよう命ぜられ、わずか数十騎で領地を離れる時には、いっそ長引けばいい、などと胸中で考えていた。まさか、道中敵の待ち伏せに遭い、消息不明となるとは。そういえば、あの女魔術師達、ウッズマン達を探しに行ったきりだったが、どうしたのだろうか?…全ての思考を断ち切る様に、幾度となく首を振る。たとえ自分が信頼を置かれていたのだとしても、今の自分はここにある。たとえ信頼されず、私兵団に身を置いていたというだけで酷使されるだけの存在だったとしても。もはや戻れる場所は無いのだ。両の拳を固く握りしめる。前を向き、ゴーンは再び歩き始めた。自分にはやるべき事がある、と心の中で幾度も念じながら。


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