第一章 闇の中の刺客 (4)
第一章 闇の中の刺客
(4)
隊形変更から一〇分後、荷電粒子砲とミサイルが発射されたと思われる宙域には、航宙戦闘艦の一部と思われるデブリが漂っていた。岩礁帯に紛れ込む様に漂っている。他にも岩礁帯の一部が破壊された跡がはっきりと残っている。
しかし、こちらからの攻撃は、荷電粒子砲の一斉射とミサイル攻撃が一回だけだ。こんなに粉々になるものだろうか。ヘンダーソンは、そう考えながらスコープビジョンに映る細かなデブリとなり、岩礁帯の一部と化して漂う敵艦の残骸を見ていると
「提督。少し変ですね」
自分と同じ疑問を持つウオッカー主席参謀に顔を向けると
「我々の攻撃だけでは、これ程粉々には、なりません。まるで至近から荷電粒子砲で撃たれた様な状況です。直撃されれば、全く消えてなくなります。主砲からの直撃を受けなかった一部が残留していると思われます」
「味方が、仲間を撃つでしょうか。いくら何でも・・」
主席参謀の言葉に息を詰まらせながら言うアッテンボロー副参謀に
「その味方と言うやつさ。もし、生きていても死んでいても、ここに残っていれば、正体がばれる。そうなっては非常にまずい相手なのだろう。かと言って、仲間を救護する時間はなかった。軍人として選択の余地はなかったのだろう」
「しかし・・」
自分は理解できない状況に考えがまとまらないでいる副参謀と主席参謀にヘンダーソンは、
「その理由は、いずれ分かる。今は、細かいデブリとなった艦の破片を持ち帰えることだ。そうすればその疑問も分かるかもしれない。至急、デブリの回収をするように指示を出せ。また、周辺宙域で生体反応がないか、徹底的に調査してくれ」
「はっ」
と言って、航宙軍式敬礼をして、自分の席に戻ると主席参謀と副参謀は、自席にあるスクリーンパネルに各分艦隊の指示を打ち込んだ。
同時にヘンダーソンは、コムを口元に持って来ると
「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。今から敵艦の残骸と思われるデブリの回収にあたる。同時にまだ生きているかもしれない救命ポッドが無いか、救命発信信号の有無に関わらず徹底的に調べる」
一呼吸置くと
「A2Gは、敵艦隊が逃げた方向に向けて一光分前進し、哨戒艦を展開し調査を担当。A3Gは、ミルファク星系方面に一光分前進し、哨戒艦を展開し、後背を臨む敵が無いか警戒しろ。A4Gは、デブリの回収と救命ポッドの調査回収を担当。A1Gは、A4Gの支援に当たる。すぐに実行しろ」
ヘンダーソンの指示が各分艦隊司令に届くと主席参謀と副参謀からの詳細な指示が届いているのだろう、すぐに動き出した。
第一七艦隊宙戦司令アティカ・ユール准将は、目の前の3Dホログラムに映るA3G分艦隊宙戦隊長ユーイチ・カワイ大佐とA2G分艦隊宙戦隊長にマイク・ファロン大佐に
「カワイ大佐、ファロン大佐。今回は、哨戒艦と駆逐艦を展開し、哨戒にあたる。各戦闘機部隊は、各分艦隊司令の指示に従い出番を待ってくれ。見えない相手では、攻撃のしようがない。今回は待機してくれ」
「はっ」
と言って、航宙軍式敬礼をするとホログラムが消えた。
ユーイチはユール准将からの命令に、今回はどうしようもないな、哨戒中にいきなり見えない空間から艦砲で撃たれては、戦い様がない。と思うと各分隊長に命令を伝える為、パイロットウェイティングルームに足を向けた。
リシテア星系航宙軍強襲偵察隊司令ムルコラ・ゲラン准将と特殊任務隊長アテル・アウグラーゼ大佐、ヤーラン・ホイット技術大佐は、さっきまで自分たちがいた宙域、今はミルファク星系第一七艦隊がいる宙域を映し出すスクリーンビジョンを悔しい思いで見つめていた。
「予想通り、ミルファク星系航宙軍が、来ましたね。動きも早い。やはり准将の判断は、正しかった」
生粋の前線で戦う事のないホイット技術大佐は、味方殺しを心の中で消化するように言葉を口に出した。
ゲラン准将が、声の主には、振り向きもせず、スコープビジョンを見ながら
「ああ、確かにな。しかし、まさか、こちらの動きを予測して移動宙域方向に主砲とミサイルを撃ってくるとはな」
全く無駄になるかもしれない攻撃方法。自分では、取らなかっただろう。一個艦隊からの攻撃量からみれば、〇.一パーセントにも満たない命中率。しかし、それだけでも我が艦隊は、戦艦四隻が傷つき、重巡航艦二隻、軽巡航艦五隻、駆逐艦一二隻を失った。現在は、戦艦四隻、重巡航艦六隻、軽巡航艦一一隻、駆逐艦二〇隻だ。たった一回の攻撃で、三〇パーセントを超える損害を出した。
ゲラン准将は、スコープビジョンを見ながら、作戦のどこが悪かったのか、考えていた。
「准将、この後は、如何します。攻撃を続けますか」
アウグラーゼ大佐の言葉に
「撤退する。隊形を整え帰還するぞ」
その言葉にホイット技術大佐は、ホッとした表情を浮かべたが、アウグラーゼ大佐は、一瞬だけ、ゲラン准将の横顔をきつい目で見るとリシテア航宙軍式敬礼をして、司令席よりスクリーンビジョン側にある自席に戻った。その後姿を見ながらゲラン准将は、コムを口元にして
「リシテア星系航宙軍強襲偵察隊全艦に告ぐ。こちらゲラン准将だ。これから我が艦隊は、隊形を第二級臨戦態勢とし、艦隊の航法システムをオートモードにした後、ステルスモードのまま、リシテア方面跳躍点に向かう」
コムを外すと、全艦の航法システムの同期化と自動化を行う為、一度ステルスモードを切り、スコープビジョンに姿を現した自星系艦隊の姿を見ていた。
ミルファク星系航宙軍第一七艦隊旗艦アルテミッツの司令フロアに突然警報ブザーが鳴りだした。戦略システムが鳴らしたのだ。
「どうした」
ラウル・ハウゼー艦長の言葉にレーダー管制官が、
「我艦隊よりミルファク星系方面五百万キロ後方に敵艦隊の反応です」
「なにっ」
アガメムノン級航宙戦艦の中でも特に一四光時のレーダー走査能力があるアルテミッツのレーダーが、敵艦の映像をカイパーベルトのミルファク星系側にいる敵艦隊を捕えたのだ。
「第三G旗艦シューベルトより報告です。哨戒艦がミルファク星系カイパーベルト内側四百万キロの宙域に敵艦隊の反応有」
通信からの連絡に
「思ったより、近くにいたな。それも我が星系方面とは」
ヘンダーソンの言葉に主席参謀ヘラルド・ウオッカー大佐が「
「一気に捕まえますか」
「見逃すわけにはいかないな」
「A3Gが近くにいます。すぐに向かわせましょう」
ヘンダーソンが頷いて、コムを口元にした時、
「敵艦、レーダーから消えました」
その言葉にヘンダーソンは、
「オルド・リンゲン技術大佐を呼んでくれ。彼の出番のようだ」
そう言って、敵艦隊が映らなくなったスクリーンビジョンに鋭い視線を送りながら目元を少しだけ緩ませた。
司令席と参謀席の間に、今回の作戦に同行している特設艦にいるリンゲン技術大佐が、3Dホログラムに現れると、
「リンゲン技術大佐。出番のようだ。敵艦隊は、ミルファク星系方面カイパーベルトの内側四百万キロの位置からリシテア方面跳躍点に向かうと思われる。航行中は、ステルスモードで航宙するだろうから、全くレーダーでは捉えられない。例の物を使う時が来たようだ。敵は、カイパーベルトの上下いづれを通るか分からないが、跳躍点に向かうのは、間違いない。そこで、跳躍点方面一光時の当初予定宙域で仕掛けるとしよう。すぐに準備をしてくれ」
「はっ」
と言ってリンゲン大佐は、敬礼すると3Dホログラフからら姿が消えた。
「司令。一光時の宙域と言いましたが、我々は、敵艦隊の後を付いて行くのですか」
主席参謀の言葉に
「そうだ。敵艦隊が見えてない雰囲気を出しながら堂々とな」
「敵艦隊から攻撃されませんか」
「その時は、奴らが、自滅の書類にサインしただけだ。相応の対応をする。全艦を第二級臨戦隊形に戻した後、追いかけるとする。敵がカイパーベルトを超え、進宙する時間を考えると丁度いいだろう。いかにも探している風を装ってな」
三〇分後、周辺宙域に哨戒の為、散ってた各艦隊を呼び戻し、第二級戦闘隊形にすると、
「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。これから敵艦隊捕捉の為、リシテア方面跳躍点に向かう。跳躍点一光時前で作戦開始とする。全艦前進」
その言葉に艦隊前方に位置する駆逐艦と哨戒艦が、動きだした。
特設艦に乗るミルファク星系航宙技術省オルド・リンゲン技術大佐は、壁に映るカイパーベルトを見ながら、さて、舞台は整いつつあるようだ。これからすることを楽しむ様に口をゆがめると、特設艦の貨物室に足を運んだ。
リンゲンは、貨物室のドアを通り抜けると、見えない敵だかどうか知らないが、こいつを使えば簡単に正体がばれる。但し、A2Gには、少しだけ痛い思いをして貰わないといけないがそう思いながら目の前にある巨大な装置を見ていた。
「ゲラン准将、敵艦隊が後方三百万キロの宙域にいて、我艦隊を追う様に付いてきます」
「心配するな。アウグラーゼ大佐。よく見てみろ。哨戒艦を前面に出して、捜索態勢で進宙している。戦闘隊形なら、哨戒艦は後方だ。我々を見つけようとしているのだろう」
「しかし、何故我が艦隊の後ろに」
「我々が、リシテア方面跳躍点に向かっていると考えているのだろう。少し考えれば、敵艦隊がこの方面を捜索するのは当然だ。ただし、連中に我々の姿は見えない。気にすることはない」
アウグラーゼ大佐の言葉を無視して、ゲランは自艦隊後方に映るミルファク星系航宙軍第一七艦隊の姿を見ていた。
一〇時間後、第一七艦隊は、リシテア星系方面跳躍点まで、後一光時と迫っていた。
「ヘンダーソン司令。予定宙域に着きました」
アルテミッツ艦長、ラウル・ハウゼー大佐の言葉に頷くとコムを口元に置き
「第一七艦隊、作戦開始」
と告げた。
第一七艦隊はA1GとA3Gの三角形の隊形の間にA2GとA4Gの三角形が、横に並ぶ様な隊形に変えた。第一戦闘隊形だ。そのA2Gの旗艦プロメテウスに乗艦するマイケル・キャンベル少将が、口元のコムに向かって
「A2G前進」
と告げた。四枚の隊形の右に位置する三角形が他のグループより早く前進する。本隊から五光分程離れると跳躍点方面航路を中心としてA2Gは、更に四つのグループに分かれた。
一つのグループが、アガメムノン級航宙戦艦二隻、ポセイドン級航宙巡航戦艦三隻、アテナ級航宙重巡航艦四隻、ワイナー級航宙軽巡航艦八隻、ヘルメース級航宙駆逐艦一二隻、アルテミス級航宙母艦二隻、ホタル級哨戒艦一二隻、タイタン級高速補給艦二隻だ。各グループは、それぞれの象限に着くべく展開を始めた。更に
「A1G、A3G、A4G所定の宙域に進宙しろ」
第一七艦隊の残り三グループが、リシテア星系方面跳躍点に向かう航路に向かって、A2Gが展開した宙域よりも更に外側に向かって展開し始めた。
「ゲラン准将、後方敵艦隊が、隊形を戦闘隊形に変更しました」
レーダー管制からの報告に、何をするつもりだ。我々の姿は、見えないはずだ。何を攻撃しようとするのか。いづれにしろ、このまま見ている訳にもいくまい。ゲランは、コムを口元にすると
「全艦に告ぐ。後方二百万キロの宙域にいる敵艦隊に攻撃を加える。左舷九〇度に転進し、敵艦隊の横腹を攻撃し、敵艦隊の混乱に乗じて撤退する。全艦左舷九〇度転進」
ゲランの命令にリシテア星系航宙軍強襲偵察隊全艦が、左に進路を変えた。
左舷方向に転進しながら、そのまま直進しているミルファク星系軍の姿を見ながら、目元を緩ますと、
「敵艦隊左舷百万キロより一撃を加える。戦闘準備」
数分後、
「アウグラーゼ大佐、予定ポイントにミルファク星系軍が入ります」
その報告を聞いたアウグラーゼは、目の前に広がるスコープビジョンの一点を注視するとゆっくりと口元にコムを置いて
「全艦、素点固定。前方の艦隊に向かって撃て」
スコープビジョンに目の前を右から左に横切るように映るミルファク星系軍に向かって、戦艦四隻、重巡航艦六隻、軽巡航艦一一隻、駆逐艦二〇隻が一斉に荷電粒子砲とレールキャノンを放った。
「左正横、高エネルギー波接近」
言うが早いか。第一射が先行して第四象限を疑似哨戒しているA2Gの一つのグループに迫った。
「全艦回避」
この命令は間合わなかった。航宙戦艦、航宙母艦、航宙巡航戦艦までは、側面に展開しているシールドが激しく光りながら荷電粒子を中和し、防ぐことが出来たが、重巡航艦以下の艦艇は、シールドが激しく光るとやがて、エネルギーの波は、側面装甲に当たり、左から右へと抜けた。
その映像をミルファク星系軍の特設艦の中で見ていたリンゲン技術大佐は、馬鹿め、自身の位置を晒しおって。リンゲンはコムを口元にすると、
「四象限に展開する艦隊左正横に向かって、重力子ビーム発射」
リンゲン技術大佐の命令に、二隻の特設艦上部のハッチが解放され、棒状の物が突き上がるとパラボラ型に展開した。そしてパラボラ型の照射装置が虹色に明るく輝くと一基直径一八〇メートルはある照射口から、強烈な虹色がかった光が放出された。光は拡散しながら広大な宙域へ流れて行く。
「ゲラン准将。右舷前方よりエネルギー波接近」
「なんだと」
アウグラーゼ大佐の言葉にスコープビジョンの右前方を見ると虹の様な光が大きな二つの輪になって襲い掛かった。
ゲラン准将は、衝撃に耐える様にシートを掴んだが、艦隊全体を覆うようにその光が通り過ぎると、何もなかったかのように静になった。
なんだ。今の光は。何もないでは無いか。単なるまぐれか分からないままに
「全艦第二射、撃て」
今の光を無視して命令を出した。既に最初の攻撃ポイントから第三象限方向に動いている。スコープビジョンには、どこから攻撃されたか分からないままに混乱に陥っているミルファク星系軍の姿が有った。
「キャンベル司令。第四象限グループより攻撃を受けたとの連絡が入りました。既に重力子ビームは照射されたそうです」
「そうか。現れたか。A3Gにすぐに連絡を送れ」
「はっ」
「A3G航宙戦闘機部隊。全機発進」
アティカ・ユール准将からの指示に既にA2Gの周辺宙域に偽装浮遊をしていたカワイ中佐率いるA3G航宙戦闘機部隊が、急速で発進した。
「キャンベル司令は、逃げ惑う姿が上手いな」
四象限を哨戒しているA2Gのグループの更に一〇光分程離れた場所からA3G旗艦シューベルトのスコープビジョンに映る一〇分遅れの艦隊の姿を見ていたアティカ・ユール宙戦司令は、今頃は、カワイ中佐の隊が敵艦隊に攻撃を仕掛ける頃だろうそう思っていた。
今まで何も認識していなかったヘッドアップディスプレイに徐々に映り始めた敵艦を視認すると
「こちらカワイ中佐だ。全機よく聞け。作戦通り、我々が最初に敵の砲を潰す。後は、後続する雷撃隊が始末してくれる。全機突入」
ヘッドアップディスプレイに映る戦艦四隻、重巡航艦六隻、軽巡航艦一一隻、駆逐艦二〇隻の姿を捕えているスパルタカス型戦闘機三八四機は、一斉に襲い掛かった。
「ゲラン准将。左舷前方より敵戦闘機向かって来ます」
「なに。我々の姿は見えないはずだぞ」
「しかし、敵は我々の方に進宙してきます」
ゲランの少しの迷いが、艦隊全体を危機に陥れた。戦闘機は、象に群がる蜂の様に襲いかかって来た。
目の前で自艦隊が戦闘機の攻撃を受けている。戦闘機の粒子砲では、沈むことはないが、砲や推進装置に攻撃を受けると使用できなくなる。
何故、自分達が見えるんだ。そう思いながらも攻撃を受ける自艦隊を目の前にして
「全艦、対宙戦闘。戦闘機を迎撃しろ」
コムが吹き飛ぶ様な声で怒鳴るとスコープビジョンに映る映像を見た。
なぜだ。艦隊全体をステルスコーティングして、更に宇宙空間に漂う粒子反応をするようにコーティングしている。レーダーに映る筈はない。まさか、さっきの虹の様な光か。ならば、ミルファク星系軍本隊が来る
「全艦、戦闘機を迎撃しつつ、右舷二時方向に退避」
しかし、この命令は遅かった。
「左舷より高エネルギー波来ます」
「全艦、退避」
ミルファク星系軍A3G艦隊、アガメムノン級航宙戦艦八隻、ポセイドン級航宙巡航戦艦一二隻、アテナ級航宙重巡航艦一六隻、ワイナー級航宙軽巡航艦三二隻、ヘルメース級航宙駆逐艦四八隻から放たれた荷電粒子とレールキャノンは、リシテア星系航宙軍強襲偵察隊に襲い掛かった。
航宙駆逐艦は、前方に展開しているシールドをいとも簡単に破られると焼けた真っ赤な鉄の棒が発砲スチロールに刺さるように駆逐艦の正面から後方へ抜けて行った。直後、弾ける様に艦全体が爆発するとそこには白いガスしか残っていなかった。
リンゲンの策は、大したものだな。初め聞いた時は、どうかと思ったが少し前まで全く認識できなかった敵艦が、スコープビジョンに映っている。出撃前にリンゲン技術大佐からの説明をヘンダーソンは思い出していた。
「宇宙空間で姿を隠しても物体があれば、必ず反応します。これを見て下さい」
スクリーンには、何も映っていなかった。だが、リンゲンがスクリーンパネルのボタンにタッチすると、徐々にスクリーンの中央に形が現れ始めた。
「リンゲン大佐。どういう事だ」
「単純です。何もなければ素通りしてしまいますが、そこに物体があれば、レーダー反応する物質を付着させることによって敵を捕らえることが出来ます。但し、これは、一度だけ敵が位置を明らかにして貰わなければなりません。つまり一度だけ発砲してもらう必要があります。我々はそこに向かってこの重力子ビームを広角に発射し、敵艦に付着させます」
「つまり、一度は犠牲を出せと言う事か」
「犠牲を出す必要はありません。自走艦を同行させるだけです」
良く考えたものだ。砂鉄を吹かして非金属に吸着させるのと同じ方法とはな、呆れながら、敵艦が見方艦隊に攻撃される様子をスコープビジョンから見ていた。
「大佐。このままでは全滅です」
左舷方向からの攻撃を受け流すように前進しつつ、右舷方向に攻撃を回避しながら大きく敵の後ろに回る策を取っていたが、数で圧倒する敵に徐々に艦数を減らされていた。
重巡航艦以上は、撃沈を免れているが、駆逐艦は多数が、撃沈もしくは航行不可能になっていた。このままでは、全滅だ。どうすれば思考しながらスコープビジョンを見ていると
「大佐。二時方向に退路」
それを聞くと
「全艦、俯角三〇度。二時方向に退却」
「策にはまったな。全艦、敵の後方を追え。攻撃は撃沈しない程度にやれ」
A3Gのキャンベル少将は、敢えて退路を用意した。敵の向かう方向にA1Gがいる。
スクリーンビジョンの映る敵を見ながらゲランは違和感を持っていた。
何故敵は積極的に追ってこない。距離を保ちつつ、適当にしか攻撃しない追手を怪しく感じていた時、
「准将。前方に敵です」
「なに」
スクリーンビジョンに新たな敵が映っていた。
「退路は、罠だったのか」
苦み虫を噛み潰した様な顔をしながら
「全艦。右舷四時方向」
「大佐。航路図が」
「構わん。このまま捕まる訳には行かない」
アウグラーゼ率いるリシテア星系航宙軍強襲偵察隊が、大きく右舷方向に回り込む様に進む姿を見て
「自殺する気か。そっちは航行不可能宙域だ」
敵艦隊の動きを見ながらヘンダーソンは無謀にしか見えない行動を呆れた感で見ていた。やがて、ゲランの乗艦する艦が航行不能宙域に過ぎ去るとそれをスコープビジョンで見ていたヘンダーソンは、コムを口元にして
「全艦、戦闘停止。浮遊中の敵艦を捕獲。更に艦内にいる乗員を捕捉、逮捕しろ。宙域に浮遊しているポッドも確保。負傷者は救出後、手当てを急げ」
コムを口元から外すと既に第二象限にいたA4Gも集合し、攻撃を受けた敵艦隊は完全に包囲された状態になっていた。
数時間後、
「ゲラン准将。レーダーが、航路ポイント捕捉不能です」
レーダー管制官からの言葉に
「通信管制、後続艦に連絡。レーダー視覚範囲内で進宙するよう伝えろ」
「航法管制、航路離脱してからの方向計算できるか」
「はっ、アルファ210、ベータ160、ガンマ150です。このまま三時間進宙すれば、ミルファク星系方面からリシテア星系方面跳躍点の後方一二〇〇万キロの宙域に戻ることが出来ます」
その言葉に口元を歪めて笑うと頭の中に航路イメージした。そしてその後の行動を考えると
「通信管制、後続艦に連絡、後三時間で航路認識可能ポイントに出るとな」
「はっ」
通信管制が嬉しそうな声で言うとすぐにスクリーンパネルにタッチした。
既に艦隊は、全駆逐二〇隻と重巡航艦六隻全てを失い、傷ついた戦艦四隻と軽巡航艦二隻がスコープビジョンに星の光一つ映らない航行不能の闇の中を進宙していた。
「航法管制。逃亡した敵艦隊の出現ポイント計算できたか」
「はっ、逃亡艦隊が突入した航宙不能宙域からそのまま迂回すればアルファ210-230、ベータ140-160、ガンマ150-170の範囲です」
「広すぎる。もっと絞れないか」
「はっ」
ヘンダーソンは、戦闘宙域から逃亡した敵艦隊を逃がすつもりはなかった。捕獲した艦で技術的な事は、暴くことが出来ても、首謀者を捕えなければ、今回の目的が分からない。一介の航宙艦乗りには伝えられていないと考えていた。
それから一〇分後、
「ヘンダーソン司令。出ました。航宙不可能領域から航路確認ポイントに戻る為には、あのまま三時間直進後、右舷方向進宙すればアルファ210、ベータ160、ガンマ150の全てにプラスマイナス5度の誤差で戻ります。到着ポイントは、ミルファク星系方面からリシテア星系方面跳躍点の後方一二〇〇万キロの周辺宙域です」
それを聞いた、ヘンダーソンは、口元にコムを持って来ると
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。攻撃を受けたA2Gは、捕獲艦と捕虜を連れ、アルテミス9に帰還。A1G,A3G,A4Gは、逃亡した敵艦隊を追う。全艦三〇分後に発信する。補給を急げ」
既に、戦闘後、ヘンダーソンの指示で補給を行っていた各艦は、今の指示で補給の完了を急ぎ始めた。
「ヘンダーソン司令は大したものだな。ここまで見込んで戦闘後すぐに補給を行わせるとは」
A2G司令キャンベル少将は、自分も行きたいがと思いつつ、確保した艦の拘束、救命ポッドの回収、負傷者の手当てを急いだ。
その言葉にA2G旗艦プロメテウスに乗艦するA2G主席参謀ダスティ・ホフマン大佐は右後ろを振り返りながら
「ヘンダーソン閣下は、無駄な事を行いません。今回もここで戦闘を継続すれば、敵艦の全滅は免れませんでした。しかし、生き延びる方法を与えれば、次に遭遇した時に、捕獲することが楽になります。逃げたという以上、敵は自殺志願者の集団では無いと言うことが分かったのですから」
「確かにな」
主席参謀の言葉に頷きながら、キャンベルは救助を続ける自艦隊の姿をスコープビジョンに見ていた。
三時間後、
「ゲラン准将。リシテア方面跳躍点航路に出ました。跳躍点まで後一二〇〇万キロです」
航路管制からの言葉に
「よし、全艦、最大艦速で跳躍点に向かう」
厳しかった顔に笑みを醸し出しながら、スコープビジョンに映り始めた跳躍点を見ていると
「ゲラン准将、敵です」
レーダー管制官からの声に
「なにっ、どこだ」
「後方三百万キロの宙域です。こちらに向かってきます」
ゲランは、その報告にコムが吹き飛ぶのではないかと思う程の大きな声で
「全艦、展開し、各艦は、独自に跳躍点に向かえ。絶対捕まるな」
迫りくるミルファク星系第一七艦隊が映るスクリーンビジョンをにらみつける様な目で見た。
「ヘンダーソン司令。敵艦隊捕捉。前方三〇〇万キロです」
「全艦、最大艦速。捕捉を第一に攻撃を加える。重巡航艦以下の主砲で攻撃しろ」
ミルファク星系航宙軍アガメムノン級戦艦が持つ口径二〇メートルのメガ粒子砲やポセイドン級巡航戦艦の口径一六メートルの主砲では、リシテア星系航宙軍が使用するハインリヒ級軽巡航艦はおろか、シャルンホルスト級戦艦でさえ、大きな被害を被る。当たり所次第では、完全に消滅することを考えるとミルファク星系航宙軍のアテナ級重巡航艦が持つ口径六メートルの主砲を使うしかなかった。
「ゲラン准将、後方よりエネルギー波接近」
言うが早いか、ゲランは自分が乗艦するシャルンホルスト級航宙戦艦が、大きく揺れ自分の体が、ホールドベルトに食い込むのを感じた。
「ミルファク星系軍め、捕獲を目的としているな」
衝撃の大きさから、重巡航艦以下の砲で攻撃していることが分かると、独り言のようにつぶやいた。
「軽巡航艦はどうだ」
「今の攻撃で全滅です。航宙不能です」
苦み虫を潰した様な顔で
「全速で撤退するんだ。全艦広範囲に散れ」
残る四隻のリシテア星系航宙軍シャルンホルスト級戦艦が、側弦スラスタを最大に吹かしながら広がると、今までいた宙域に巨大な光の帯が走り抜けた。
最大艦速で逃げる中、更に衝撃で艦が強烈に揺れると続いて激しい衝撃が後部を襲った。
「推進エンジン、一基破損。出し得る速度七五パーセント」
「大丈夫だ。跳躍点は、もうそこまでだ」
「ゲラン准将、他二艦、航速大幅に低下。一艦大破」
「跳躍点は、目の前だ」
その時だった。ゲランは、体が前に吹き飛ばされそうになる程、強い衝撃を受け、自分の両肩に体をホールドしているベルトが食い込んだ。
「うぐっ」と声を出すと急速に艦速が落ちた。
「どうした」
「第二推進エンジン大破。出し得る艦速五〇パーセント」
航法からの報告を聞いている内にいつのまにか、すぐ後ろまでミルファク星系軍が来ていた。
「いったいどうやって。艦速は、そんなに変わらないはずだ」
ゲランは、ミルファク星系航宙軍開発センターが開発した、リバースサイクロン推進エンジンのことを知らなかった。通常では、一光時一〇時間の所を五時間で航宙出来る能力を持つ。二倍の航宙速度だ。
やがて、ミルファク星系航宙軍が、浮遊しているのに近い戦艦三隻と大破した一隻を包囲するように布陣すると
「ゲラン准将、敵旗艦から通信を開くよう要請が来ています」
悔しさの中で
「回線を開け」
やがて、スコープビジョンに一人の男の顔が現れた。
「私は、ミルファク星系航宙軍第一七艦隊司令官チャールズ・ヘンダーソン中将だ。貴艦は既に我が方に完全に包囲されている。これ以上の戦闘は、無益だ。降伏を勧告する。貴官の所属及び階級を明らかにしろ」
容赦ない言葉にスコープビジョンに映る男をにらむようしながら
「我々は、降伏はしない。所属も階級の明らかにしない」
その言葉にリシテア星系航宙軍特殊任務隊長アテル・アウグラーゼ大佐は、納得の残酷さを顔にだしながら
「当然だ」
とつぶやいた。航宙軍技術開発センターのヤーラン・ホイット技術大佐は、自分のシートに腰を抜かすように座りながら、驚きの顔で声も出なかった。
「主砲発射」
ゲランの言葉に攻撃管制システムが応答し、リシテア星系航宙軍シャルンホルスト級航宙戦艦の荷電粒子砲の砲門が強く光り輝き、至近のミルファク星系航宙軍アガメムノン級航宙戦艦第一七艦隊旗艦アルテミッツの前方防御シールドにぶつかった。激しい輝きと共に荷電粒子中和が起きるとやがて、光が収まった。
ゲランは、中和磁場が落ち着くと無傷の戦艦がそこにいることを認識した。
「そんなばかな。至近での主砲の一撃だぞ」
リシテア星系軍主力艦シャルンホルスト級航宙戦艦の主砲は口径一六メートルである。ミルファク星系軍主力艦アガメムノン級航宙戦艦は至近から口径二〇メートルの荷電粒子砲の攻撃に耐えられる防御を持つ。
旗艦アルテミッツの攻撃管制システムが、同時にゲランが乗艦するシャルンホルスト級航宙戦艦を攻撃した。
ゲランは、悔しさの中で目の前に迫る巨大な光の束を見るのが、彼の最後の意識であった。
「ヘンダーソン司令」
ウオッカー主席参謀の言葉に目の前にある惨事に目を激しくしながら無言の時間が一瞬だけ過ぎた。コムを口元にすると
「他の二艦に降伏勧告をしろ」
結果は、ゲランと同様の運命を辿った。目の前に映るリシテア星系方面跳躍点の怪しげな多光色を見せている。ヘンダーソンは、その光景に
「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。周辺宙域の救命ポッドの回収を行い、ミルファク星系に帰還する。A3Gは、リシテア星系方面跳躍点航路の監視に当たれ。A4Gは、救命ポッドの調査、回収に当たってくれ。A1Gは、大破した敵戦艦の中に生存者がいないか確かめ、救出を行う。抵抗した場合、降伏を勧告しろ。降伏しない場合、射殺を許可する」
厳しい目つきのまま、スコープビジョンに映る大破した四隻の戦艦と二隻の軽巡航艦の姿を見ながら指示を出した。