第一章 闇の中の刺客 (3)
第一章 闇の中の刺客
(3)
リシテア星系航宙軍特殊任務隊長アテル・アウグラーゼ大佐は、前回の強襲偵察艦隊司令ムルコラ・ゲラン准将と共に軍事統括ヤーゲン・ダラス大将の司令官室にいた。
「大将閣下、ミルファク星系航宙軍が動き出しました」
アウグラーゼ大佐の言葉に
「どの艦隊だ」
「はっ、チャールズ・ヘンダーソン中将率いる第一七艦隊です」
ダラスは少しの沈黙の後、
「かつて、我リシテアに星系代表を連れて来た、キム・ドンファンの仲間だな。良かろう。今回は以前の様な片手間はしない。ゲラン准将、君に新型ステルス素材を使用した航宙戦艦四隻、重巡航艦八隻、軽巡航艦一六隻、駆逐艦三二隻を与える。奴らを徹底的に叩いてくれ。艦数は少ないが、一方的な展開が出来るはずだ」
口元を歪めながらゲラン准将の顔を見て言うとゲランは、
「ありがとうございます。大変光栄です。しかし、その艦数では、一個艦隊を全滅させるには、数が足りません」
「全滅させなくても良い。敵の旗艦と航宙母艦を徹底的に叩いてくれ。それで十分だ」
ゲランは、戦闘態勢では、航宙戦艦と航宙母艦は後方にいる。特に下弦後方は、対艦兵器もなく、シールドも一番弱い部分だ。この方向から攻撃すれば手も足も出まい。そう考えると
「分かりました。新ステルス素材を十分に活用する戦法で、敵を徹底的に叩きます。効果的な戦闘宙域を選びます」
どういうことだと言う顔をすると
「敵は、哨戒艦隊が襲われた宙域を目標に進宙すると考えます。その場合、ミルファク星系惑星公転軌道水準面に対して一度上方に進駐し、惑星軌道の外側に出る時、カイパーベルト(岩礁宙域)を通ります。我々は、そこに潜み、敵艦隊が、リシテア星系跳躍点方面に向かった時、下弦後方から攻撃します。敵も、自星系方向から攻撃されるとは思ってもいないでしょう」
ゲランの作戦に納得の表情で頷くと
「成果を期待しているぞ」
そう言って、ゲランの右肩に手を置いた。
ヘンダーソン中将率いる第一七艦隊は、惑星公転軌道を離れるとカイパーベルトを超え、リシテア星系方面跳躍点航路に着いた。
航路と言っても、標識があるわけではない。航路上には、有人、無人の監視衛星が、惑星公転軌道から航路上に沿って配置されており、この監視衛星と自艦の位置を確認しながら跳躍点まで進宙する。
第一七艦隊は、ミルファク恒星から見て、カイパーベルトを超えた宙域に着いたのだ。
ヘンダーソンは、ここまでは予定通りと考え、コムを口元にすると
「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。これから敵艦捕獲作戦を発動する。第2Gは、第二象限、第3Gは第三象限、第4Gは第四象限、そして第1Gは第一象限に進む。各グループは、敵からの攻撃があるまで通信を封鎖する。第2Gが先行し、各グループは、一光分遅れる隊形で進駐する。作戦発動は、第2Gが予定宙域に到達次第とする」
ヘンダーソンの言葉に第一七艦隊全艦が、第七〇三哨戒部隊が襲撃された宙域に動き出した。
「ゲラン准将、敵艦隊、攻撃予定宙域まで、後5光分です」
「分かった」
レーダー管制官からの報告に頷くとコムを口元にして、
「強襲偵察隊全艦に告ぐ。こちらムルコラ・ゲラン准将だ。これから五分後、敵艦隊は、我々の上方を通過し、我々に下弦後方を無防備に丸見えにさせる。作戦は既に伝えているが、推進エンジンと後方荷電粒子砲を徹底的に破壊しろ。主砲を三回斉射した後、左舷上方に弧を描くように四五度間隔で同様に主砲を三回斉射する。敵の混乱に乗じて全艦からミサイル攻撃を行う。攻撃後は、速やかに所定の岩礁宙域に移動する。以上だ。諸君の検討を祈る」
それから三〇分後、
「高エネルギー波、下弦後方より来ます」
突然のレーダー管制官の声が届くや否や、艦体後方で補給艦のすぐ後ろを守っていたアルテミス級航宙戦艦メティス、テミスト、カリスト、ヘルメルトの後部に激しい衝撃が走った。予定宙域まで、まだ一光時はあると思っていた第一七艦隊は、突然の攻撃に衝撃が走った。まだ、前方シールドも展開していない。まして後部は、がら空きだ。
「どうした」
突然の攻撃にヘルメルト艦長マーク・ラッセル大佐は、叫ぶと
「艦隊後方下部から攻撃を受けています。左舷推進エンジンノズルに被弾しました」
「なにーっ。後ろは我が星系だぞ。誰が攻撃しているのだ」
「分かりません」
「分からないというのはどういうことだ」
「レーダーに映らないのです」
この間にも更に攻撃を受けた。全長六五〇メートルの航宙戦艦が、一度や二度の攻撃で沈むわけはないが、後方下弦からの攻撃は推進エンジンのノズル部分に当たる。核融合エンジンの隔壁は、二〇メートルメガ粒子砲の直撃でも耐える様に設計されているが、エンジン推進ノズルはそこまでの強度はない。
「左舷エンジン推進ノズル損傷。出力七五パーセントに低下」
核融合エンジンルームを管制する機関室長ゴトウ大尉からの連絡に
「ゴトウ、核融合炉及び加圧エンジンに損傷はあるか」
「核融合炉及び加圧エンジンに損傷はありません。第四エンジンノズル推進の損傷のみです。しかし復旧させるには、一度艦を停止しなければなりません」
その言葉に、まだ軽微だ。戦闘航行に何も問題はないそう考えると
「了解した。復旧は後だ。第四エンジンの出力を推進ノズルが破壊されない程度に低下させて保全に努めろ」
「了解しました」
その言葉の後、ラッセルはスコープビジョンで攻撃を受けた他の艦を見た。同じような状況だ。艦隊司令長官の指示が出るだろうと待っていると、突飛に攻撃が止んだ。
突然の攻撃に第一七艦隊旗艦アルテミッツの艦長ラウル・ハウゼー大佐は、
艦隊司令長官ヘンダーソン中将の顔を見ると
「してやられたな。敵は哨戒部隊の宙域にいるという前提に立っていたのを利用されたな」
考えている間にも艦隊後方を守っている航宙戦艦に攻撃が加えられていく。三回の攻撃の後、突然、何事もなかったように静になった。
どういうことだ。三回の主砲攻撃で終わらすわけではないだろう。ヘンダーソンは、コムを口にすると
「攻撃を受けた航宙戦艦内側にして健在な航宙戦艦を後方に着かせろ。レーダーを後方宙域全体にレーダー走査をさせろ。攻撃を受けた艦は、すぐに保全と復旧処置をするように伝えろ。全艦後部シールド展開」
艦隊の前方及び側面を中心に監視を行っていたホタル級哨戒艦が、後方上下左右に展開していく。
更に一〇分が過ぎ、
「艦長、哨戒艦から敵発見の連絡はないか」
「司令官閣下。何もありません」
ヘンダーソンは、苦み虫を潰した様な目でハウゼー艦長の顔を見ると
「敵は、我々が考えていた戦闘予定宙域を変更したらしい。艦隊の隊形を球形陣にして、防御態勢を整える。損傷艦は内側にて修復を行う」
そう言うとコムを口元にして
「敵艦隊の再度の襲撃に対して球形陣を敷く。全方向からの攻撃に備える。損傷艦は、修復の為、内側に入り修復を急げ」
そしてしばらくは、何もない時間が過ぎた。
どういうことだ。あれだけで終わるつもりか考えが見つからないままに
「ウオッカー主席参謀。この事態どう思う」
簡単に答えられない状況で有りながらウオッカーは
「敵は、第一次攻撃の後、こちらの出方を見ているのではないかと思います。後方下弦からの攻撃は確かに予想外でしたが、敵も一回目の攻撃で自分達が側に居ることをこちらに気付かれたと分かっています。ただ、場所を移動していると思います」
主席参謀の言葉にホフマン副参謀は
「主席参謀の意見は、傾聴に値します。しかし、第二次攻撃がどの方向から来るか分かりません。開発センターが作成した例の代物は、単一方向にしか効果はありません。四象限全方向は、無理です」
「では、どうしろと」
主席参謀の言葉に
「今一度、攻撃を受けます。但し、今度は、シールドの強力な戦艦、巡航戦艦、航宙母艦を側面に展開し、最大シールドで受け流しします。第一次攻撃では、航宙戦艦レベルのエネルギー波は、数えられるほどでした。後は重巡航艦以下の荷電粒子砲と考えます」
二人の意見にヘンダーソンは、
「ウオッカー主席参謀、ホフマン副参謀の意見共に是とする。全艦にすぐに指示を出す」
ヘンダーソンがまさにコムを口元にして命令を艦隊に出そうとした時、
「右舷上方よりエネルギー波接近」
言うが早いか、今度は航宙戦艦だけではなく、航宙母艦までもが攻撃を受けた。荷電粒子のエネルギーが戦艦側面のシールドに衝突すると激しく光り輝き、やがてシールドを破り、外壁側面に激突する。シールドでエネルギーを減衰した荷電粒子は、外壁を破壊するまでもなかったが、深く傷つけている。
「戦艦の主砲だ」
ホフマン副参謀が叫ぶように言うと航宙母艦で一番外側にいたトロイが、左舷を激しく輝かせ、輝きが収まった後、航宙戦闘機の発着甲板を守る右舷外壁が大きく損傷した。沈まないまでもあれでは、航宙戦闘機の発着は不可能だ。今回も三度の攻撃で終わった。
ヘンダーソンはどういうことだと思いつつ、
「第一七艦隊全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン中将だ。航宙戦艦、航宙巡航戦艦、航宙母艦は、球形陣のまま、一番外側に布陣し巡航艦以下を守れ。防御シールドを最大にしろ。今の攻撃で傷ついた艦は、すぐに内側へ退避して修復を急げ」
幸い、まだ撃沈と判定される艦は出ていない。ヘンダーソンは、艦長と参謀二人の顔を見ると
「このま、攻撃を黙って受けているのは、愚だな。こちらも反撃に出るか」
「反撃と言われましても相手がどこにいるか分かりません」
ウオッカー主席参謀の言葉にヘンダーソンは、自分のデスクの上に表示しているスクリーンを見て、スクリーンの右上をタップすると、デスクの上に3D映像が現れた。カーパーベルトを航行中の第一七艦隊が現れ、下弦後方から攻撃を受けている。時間を短くしているが、三〇分後、更に右舷上方から攻撃を受けた。映像が、停止すると
「敵は、ミルファク星系方向から攻撃し、時計方向に回った。二七〇度、〇度だ。次は九〇度上弦から来るだろう。
ヘンダーソン司令官の言葉にウオッカー主席参謀は
「では、そこに攻撃ポイントを集中させますか」
そこにホフマン副参謀が
「九〇度上方と言っても角度と距離が、解りません。射角と距離が分からなければ、主砲を打つことは出来ません」
「ホフマン副参謀、考えがある」
それから三〇分後、隊形を整えた第一七艦隊が、進宙を始めようとする時、突然、後部上方より五〇〇〇発を超えるミサイルが飛来した。リシテア星系航宙軍強襲偵察隊の全艦から発射されたミサイル群だ。
「対艦防御最大。アンチミサイル発射、ミサイル到着五光秒前にmk271c発射」
旗艦アルテミッツ艦長ラウル・ハルゼー艦長の言葉にミサイル管制官が反応した。
航宙戦艦一隻毎に二四門装備されているアンチミサイル発射管から一斉にアンチミサイルが発射された。巡航戦艦、重巡航艦や他の艦からも多数のアンチミサイルが発射されている。
パッシブモードで飛来するミサイルに対してアンチミサイルは、アクティブモードでターゲットを捕捉する為、近接対応では、間に合わない。航宙戦艦四隻、重巡航艦八隻、軽巡航艦一六隻、駆逐艦三二隻から一度に発射された五〇〇〇発を超えるミサイルの半数以上を破壊したが、アンチミサイルでは防ぎきれない残りのミサイルが更にアンチミサイルレーダー網mk271cに掛かり消滅する。
それでも残り一割近いミサイルが、第一七艦隊の航宙戦艦や航宙重航戦艦の正面装甲に着弾し激しい光りを輝かせた。
戦艦や巡航戦艦では、中短距離ミサイル程度の破壊力では、多少の傷が外殻に付くだけだが、重巡航艦以下の艦は、激しい激震に襲われた。一度のミサイル程度では、撃沈には、至らないが、荷電粒子砲やミサイル発射管が破壊された。ヘンダーソンは、ハルゼー艦長に
「艦長、ミサイル発射ポイント特定できるか」
「既にしております」
「では、全艦で発射ポイントから時計回りに五度角で拡散型粒子砲を撃て。同方向へアクティブモードで中距離ミサイル同時発射しろ」
「はっ」
ハウゼー大佐は、ヘンダーソンからの命令を全艦長に同時に伝えると、五秒後、一斉にメガ粒子砲が発射された。後部方向一時から二時方向に向けて拡散されながら荷電粒子の束が直進する。エネルギー減衰は大きいが、五百万キロ程度なら十分に効果がある。更に全艦から中距離ミサイルと短距離ミサイルが発射された。全艦からの発射本数は、三万発を超える。短距離ミサイルでは、ギリギリの射程だが効果はある。それが発射された荷電粒子を追う様に同方向へ展開しながら飛んでいった。
三二秒後、五百万キロ先で光り輝く映像がスコープビジョンに映し出された。正確には、一六秒前に起こった事だ。更に三二〇秒後、旗艦アルテミッツのスコープビジョンに新たな光が輝いた。
「ヘンダーソン司令、効果があったようです」
ハウゼー艦長の言葉にヘンダーソンは頷くとコムを口元にして、
「第一七艦隊全艦に告ぐ、隊形を第一級戦闘隊形にして、ミルファク星系方面二時方向に全速前進する。見えざる敵を捕らえる」
更に今回同行している航宙軍開発センターのカクジ・ナカニシ大佐を呼び出すと
「ナカニシ開発部長、例の物の有効射程はどの位だ」
「百万キロ以内です」
3Dホロスクリーンに映るナカニシ大佐は、言うと
「百万キロか」
少し考えた後、
「了解した。敵から百万キロに到着次第、すぐに使用できるように準備しておいてくれ」
「はっ」
航宙軍式敬礼を行うとナカニシ大佐の姿が、3Dホロスクリーンから消えた」
もっとも、そこに到着した時は、敵はいないだろうがな。頭の中でそう考えながらヘンダーソンは、既に光が見えなくなっている宙域をスコープビジョンに見ていた。
「右舷正横よりエネルギー波接近」
「なに」
レーダー管制官の報告にゲラン准将は、口にコムを当て、叫ぶ様な声で
「全艦、俯角三〇度。急げ」
各艦は、この命令にすぐに反応したが、艦によって動きは大きく異なった。
ゲランからの命令を受け取った各艦長は、すぐに指示を出したが、戦艦四隻、重巡航艦八隻、軽巡航艦一六隻、駆逐艦三二隻は、全艦がステルスモードである。今までは、あらかじめプログラムされた動きでいたが、味方艦の位置が捉えられないままに動けば、艦同士の衝突など大変な事故につながる為、一時的にステルスモードをオフにして、レーダーによる双方向感知を持って動いた。
ミルファク星系航宙軍第一七艦隊が発射した荷電粒子砲は、五百万キロに到達するまで、約十六秒。あまりにも時間がなかった。
戦艦、重巡航艦は、減衰率の大きくなった荷電粒子をシールドで抑えることが出来たが、軽巡航艦一六隻中、五隻が戦艦、巡航戦艦の攻撃を受け航宙速度が低下。駆逐艦三二隻中一二隻が、航宙停止となった。そこに大量のミサイルが、到達した。荷電粒子を受け損傷している艦に、中距離ミサイルが、外殻に到達するとまばゆい光と共に、艦が砕け散った。更にそこに他のミサイルが、到達する。
生き残った艦が、戦場を離れた時は、破壊された艦は、大半が粉々に砕け散っていた。だが、一部分残っている。
その光景を既にスコープビジョンで見ていたゲラン准将は、まさか、これ程広範囲に攻撃をしてくるとは。常識ではありえない攻撃方法に苦み虫を噛んだような顔をしてこぶしをにぎりしめた。
実際に全発射荷電粒子及びミサイルを考えると〇.一パーセントに満たない。大半が岩礁帯を破壊しただけだ。まさか、ミルファク星系軍が、攻撃をしてくるとは思わず油断した結果だ。
ミルファク星系軍はすぐに到着するだろう。艦の残骸を残せば、リシテア星系軍と分かる可能性がある。しかし、持ち帰るほど時間的余裕はない。そう考えると、ゲランは、口元にあるコムに向かって
「全艦、形状の残っている残骸を主砲で破壊しろ」
ゲランの声に、アウグラーゼ大佐が、
「宜しいのですか」
アウグラーゼにしろ他の兵にしろ、まだ生きているかもしれない仲間を殺せと言われたに等しい命令に、抵抗を感じた兵は少なくなかった。しかし、ゲランは躊躇せず、
「あのままでは、リシテアの名前が分かってしまう。すぐに破壊をしてこの場から移動する」
厳しい声に攻撃管制官は、スクリーンパネルに体を向けると攻撃管制システムに指示を出した。
ゲランは、自分の指示の結果をスクリーンビジョンに見ながら、握りしめたこぶしの中に暖かい物を感じた。