第一章 闇の中の刺客 (1)
ダラス大将の指示でヤーラン・ホイット技術大佐が、現在のステルス性能を大きく上回るステルス性を持つ材料の開発に成功した。
ダラス大将は、これを実戦レベルで確かめるため、航宙重巡航艦五隻に装備して、ミルファク星系リシテア星系跳躍点から星系外縁部の間に派遣し、ミルファク星系哨戒部隊を相手にその能力を確かめることにした。
攻撃を受けたのは、宙域で哨戒に当たっていたミルファク星系航宙軍第一七艦隊所属第七〇三宙域哨戒部隊だった。
第一章 闇の中の刺客
(1)
銀河系の西に位置するオリオン宙域からペルセウス宙域に伸びる宙域にあるリシテア星系。
かつて西銀河連邦の常任理事星系を望み、ミルファク星系のラオ・イエン星系評議会委員をそそのかし、ミルファク星系とリギル星系のミールワッツ星系攻防戦を西銀河連邦にリークし、ミルファク星系を脅したが、それを逆手に取られ、星系間の連携という名の元にミルファク星系に併合させられることになった。
その後、強力なリーダーが現れないままに経済的な停滞を続けてきたが、ミルファク星系軍に対する失策の責任を取り辞任した前軍事統括カルマ・ドイッツエル大将に変わり、新しく軍事統括に着任したヤーゲン・ダラス大将が、不満の溜まった民衆の支持を受け、星系経済の活性化を目的とした軍事力の強化を星系評議会に提案し、圧力をかけた。
星系評議会は、軍部の政治介入を拒否したが、民衆の支持を背景にした星系軍部の台頭によりリシテア星系の状況は大きく変わった。
そして今、リシテア星系首都星パシフィエの星系評議会本部ビルの星系代表の部屋に星系代表マシリコフ・テレンバーグ、評議会委員軍事担当カレラ・ヘンセン、軍事統括ヤーゲン・ダラス大将が、集まっていた。
「テレンバーグ代表。航宙軍開発センターが開発したステルス性を強化した新素材を重巡航艦五隻に採用し、実戦テストを行いたいと考えています。既に試験航行、ステルス性能テスト、跳躍航法テストは済んでいます」
「実戦テストを行う。どこでだ」
怪訝な目でダラスを見るヘンセンに
「ミルファク星系外縁部から一光時の宙域です。あそこは、航路周辺に岩礁域が多く、活動しやすい」
「ミルファク星系外縁部」
ヘンセンは、考える様な顔をして
「何故、そこなのだ。ミルファク星系は、同盟星系だぞ。ましてかつての事もある。今は、彼の星系と事を構えるのは、得策ではない」
ダラスの目をしっかりと見ながら言うと間を置いた。
「ミルファク。今ミルファク星系と言ったのか」
二人の会話にいきなりの割り込むように、深い谷から這い上がる様な声を発すると壁に映し出されているリシテア星系とミルファク星系の相関宙域図を睨み付けた。
ダラスとヘンセンは、この部屋にいるもう一人を驚くように見た。
「奴等のせいでこのリシテアは、かつての栄華は、見るかげもない。首都星を守る軍事衛星は、ことごとく破壊され、資源供給を頼りにしていたアルファット星系とビルワーク星系は、ミルファク星系の介入で供給をコントロールしている。現状を維持することで手一杯だ」
二年間に及ぶ悔しさが募り、年齢より老けた感のあるテレンバーグが、少し間を置くと何かを考える様な顔をしながらダラスの方を見て、
「そのテストで我が星系が知れることはないのか。もし、我が星系がミルファクの艦艇を攻撃したと言うことが知れたら、今度こそリシテアは、持たないぞ」
実行する前に失敗の後を考えている星系評議会代表に呆れながらダラスは、しっかりとテレンバーグの顔を見て
「ご安心下さい。テレンバーグ代表。正体を秘匿することを確認するテストです。今までの星系内のテストでは、あらゆるレーダー網にも反応しません。我々の相手をさせるのはミルファク星系軍の哨戒部隊です。彼らが、気が付かない内に、宇宙のもくずとなりましょう。実戦テストが実証され次第、すぐに帰還します」
その言葉にテレンバーグは、顔を緩ませると
「奴らには、例えどんな手を使っても一矢報いたい。この思い、いつまでも星系内にくすぶらせてはならない。我が星系は、ミルファクを打てる力を持ったということを星系人民にも知らせる必要がある。必ず成功するんだぞ」
「テレンバーグ代表。今回の行動は、秘密裡に行います。公式な声明は、我星系がもっと力を付け、再度、ビルワーク星系、アルファット星系から資源を十分に供給させることが出来た時、正式にミルファクと対峙することが出来た時に行いたいと思います」
気を早まるなと思いつつも控えめにテレンバーグに言うダラスに
「分かっている」
そう言って、腹の中に我慢を押させ込む気持ちを持つとテレンバーグは、ダラスの手を握った。
「決行は、いつだ」
ヘンセンの問いにダラスは、
「一か月後にしたいと思います」
「そんなにかかるのか」
「出港準備に三週間。航宙に一週間かかります」
「指揮を執るのはだれだ」
「ムルコラ・ゲラン准将です。技術部門の責任者のヤーラン・ホイット大佐も同行します」
「そうか」
仕方ないという顔をするとヘンセンもダラスの手を握った。
それから一カ月後。
ステルス性能の実戦評価の為、ゲラン准将率いるリシテア星系航宙軍強襲偵察隊は、ミルファク星系外縁部から一光時の岩礁宙域の中にその姿を隠していた。
「ゲラン司令。ミルファク星系哨戒部隊が現れました」
パッシブモードで捉えたミルファク星系の哨戒部隊が、スコープビジョンに映り始めた。アクティブモードにしない限りレーダー反射を感知されることはない。レーダー管制官の報告にゲランは、口元にコムを持って来ると
「こちらムルコラ・ゲラン司令官だ。強襲偵察隊全艦に告ぐ。一一○○時、全艦ステルスモードをオンにしろ。オンにした場合、お互いの位置も分からなくなる。予め航法プログラムにインプットされている航法に従い、敵哨戒部隊に近付く。敵の哨戒艦隊に三〇〇万キロまで近づいたら、主砲を二回同期斉射。撃ち漏らした艦は、一隻残らず掃討する。以上だ」
ゲランは、コムを口元から外すと艦長の顔見て、顎をひいた。
やがて艦内のシステム管制装置が一一○○時を報せると艦長の後ろ姿を見た。旗艦に乗艦している航宙軍技術開発センターの今回の開発責任者であるヤーラン・ホイット大佐にステルス機能をオンにするよう指示を出している。
ホイット大佐が、ステルスシステムをオンにすると先程までスコープビジョンに映っていた重巡航艦の姿が消えていく。まるで全重巡航艦の姿が消されていく様な感じだ。完全に視覚で捉えられなくなると、レーダー管制官が、
「艦長、全艦レーダーから消えました」
と報告した。ゲランは、その報告に満足した顔で、口元のコムに向かって
「全艦発進」
と告げた。
ミルファク星系外延部からリシテア星系方面跳躍点まで二光時の中間宙域でミルファク星系航宙軍第一七艦隊所属第七〇三宙域哨戒部隊が哨戒を行っていた。第二グループは、跳躍点方面航路を中心に第二象限(左上)の宙域で哨戒を行っている。
哨戒に当たっているホタル級哨戒艦は、全長一五〇メートル、全幅三〇メートル、全高三〇メートル、前部と左右両舷に直径三〇メートルのレーダーを装備し、自艦から半径七光時の宙域を最大走査範囲としている。今は、一光時範囲に絞ってレーダー走査を行っている。
「こちらAZX201哨戒艦、第二グループ司令艦ティマへ定時報告。哨戒宙域に異常ありません」
「こちらティマ。AZX201了解した。そのまま哨戒を続けてくれ」
クレアレーダー管制官は、コムを口元から外すと左に座るアントニーレーダー管制官に
「アントニー。知っているか。かつてここは、リシテアと我が星系が、戦った宙域だそうだ。リシテアが我が星系に攻勢をかけて来てな」
「あのリシテアがか。よく我が星系を相手にしたものだな。今から思えば想像もつかないが」
「昔は、リシテアもここに来るほどの力があったのだろう」
「まあな。今じゃ、見る影もないがな」
星系外縁部から二光時離れたリシテア星系方面跳躍点への航路を軸として前方四象限方向全域に哨戒艦を出して哨戒を行っていた。
航路には方向を示す為と状況を監視する為、有人、無人の監視衛星が置かれている。航宙艦が星系から跳躍点に向かう為には、監視衛星と連絡を取り、自分の位置を確認しながら航宙するのだ。哨戒部隊は監視衛星より更に航路から離れた宙域を哨戒している。
哨戒艦隊の編成は、旗艦の他にワイナー級航宙軽巡航艦三隻、ヘルメース級航宙駆逐艦一二隻、ホタル級哨戒艦二四隻、タイタン級高速補給艦一隻で構成されている。
これを四つのグループに分け、それぞれのグループで哨戒している。旗艦ディオネを含む第一グループは四象限の右上となる第一象限を哨戒していた。
「いつもながら何もありませんね」
哨戒部隊旗艦ディオネの艦長の言葉に、今回の哨戒部隊の司令官パレット中佐は、
「まあそうだろう。最近、宙賊の活動も減っている。昔は、一度哨戒に出る毎に必ずと言っていいほど、宙賊を見つけ取り締まったものだが、今は、ほとんどいなくなっている」
一度言葉を切ると艦長の顔を見ながら
「昔は、我が星系も経済的な安定が行き届かず、航宙軍の規模も小さく、治安にも問題があった。更にリシテアも含め、他星系跳躍点方面航路には、どこも星系外縁部を離れると岩礁帯をベースにした宙賊が横行していたな。現在の我が星系は、航宙軍の規模も大きく経済的な安定性も高い。それに今のリシテアは、同盟とは名ばかりの我星系の属星系だ。経済力で三分の一、軍事力では五分の一の星系など、下手な手出しなどして来たら、この宇宙からリシテアの名前が消えるだけだ」
パレット中佐は、そう言いながら、司令官席の正面前方に設置されている縦四メートル、横八メートル、両横にもそれぞれ四メートルに展開するマルチスペクトル・スコープビジョンに目を移した。
スコープビジョンに映し出される、マルチスペクトル分析と光学分析を解析した星々の姿を見ながら、いつもののんびりとした哨戒と考えていた。
「ゲラン司令。攻撃開始予定宙域です」
艦長からの報告に頷くとコムを口元にして
「全艦に告ぐ。ムルコラ・ゲラン准将だ。これから我が艦隊の前方に展開する中央敵艦に対して主砲同期斉射を二回行う。広域に展開する哨戒艦は、各艦担当の象限毎に各個撃破する。全艦破壊後、速やかに当宙域を撤退する。以上だ」
ゲランの言葉が終了するのとほぼ同時に何も見えない空間の五か所から突然眩し過ぎる程の荷電粒子の巨大な束がミルファク星系軍に向かって行った。荷電粒子の束は、拡大することなく直進する。エネルギー減衰の少ない遠距離型の収束型荷電粒子が放たれたのだ。
「左舷九時方向、上方二〇度より高エネルギー波接近」
「何」
言うが早いか、第二象限を哨戒していた第二グループのヘルメース級航宙駆逐艦一隻が、左斜め上からの明らかに荷電粒子砲と分かる攻撃で左側弦から右側弦に貫かれた。
戦闘時哨戒ではない為、艦全体のシールドは、エネルギーの消耗を抑える為、行っていない。宙賊相手のレベルスリー程度の前方シールドのみだ。
目の前で起きた突然の惨状に、第二グループ司令艦ティマに乗るカルマ少佐は、口元のコムに向かって叫んだ。
「全艦、エネルギー波回避。散開」
この判断は正しかった。下手に左舷上方へ艦首を振れば、全滅の危機に陥る。それでも回避が間に合わず、第二射でもう一隻の駆逐艦と哨戒艦二隻が、破壊された。
「通信、旗艦に連絡。我攻撃を受けく。回避行動を取りつつ応戦する。援軍を乞う。すぐに送れ」
カルマ少佐は、命令を出すとスコープビジョンに映らない敵に不安を感じたが、正確な攻撃だが、重巡航艦クラスの主砲だ。それに数も多くない。これならなんとか回避できるそう思っていた。やがて司令艦ティマを攻撃ポイントから外れる方向に大きく振ると
「レーダー、敵の発射ポイントを特定できるか」
「出来ます」
「よし、全艦で攻撃を回避しつつ、敵の発射ポイントに対して、全砲門で応戦しろ」
「はっ」
攻撃管制システムが、攻撃管制官の指示に従い、目標を特定しないまま主砲を発射する寸前だった。
艦橋のスコープビジョンに眩しいばかりの光が見えた瞬間、カルマ少佐の意識は消えて行った。
「敵全艦撃沈しました」
レーダー管制官からの声に
「ふん、いつまで同じ発射ポイントにいると思っているのだ」
スコープビジョンに映るミルファク星系軍の哨戒艦隊第二グループの艦影が全てデブリと化すと、ゲラン准将はコムを口元にして
「全艦、五〇〇万キロ後退。岩礁に隠れる。岩礁に戻り次第、ステルスをオフにする。急げ、すぐに敵の残存部隊が来るぞ」
ステルス性を強化し、レーダーに全く映らない外殻を装備した重巡洋艦クラス五隻は、推進ノズルから熱も出さないまま、宇宙空間の中で静かに姿を闇に消して行った。
「パレット司令官。第二グループ、カルマ少佐より、緊急電です」
なんだと言う顔をすると
「我攻撃を受けく。回避行動を取りつつ応戦する。援軍を乞う」
「なにーっ。攻撃を受けているだと。どこからだ」
「はっ、それについては連絡が入っていません」
「すぐに攻撃を受けた方向と敵が何者か知らせろと連絡しろ」
「はっ」
パレット中佐は、ワイナー級軽巡航艦一隻、ヘルメース級航宙駆逐艦四隻、哨戒艦六隻だ。簡単にはやられまい。それに司令官は、カルマだ。宙賊程度にやられはしない。航宙軍士官学校時代の一年後輩のカルマの顔を思い出しながら高を括り、すぐに動くこともしなかった。
返答を送ってから一〇分が過ぎた。パレットは、遅い。どうしたんだと思うと
「通信。どうした。カルマ少佐からの返答はまだか」
「はっ、返答がありません」
「ない。どういうことだ」
返事に困る通信士官の顔を見ながら言った時、
「パレット司令。今、第二グループの消滅を確認しました」
「なにーっ、どういうことだ」
「はっ、認識信号が消えました」
苦み虫を潰したような顔になったパレットは、コムを口元にすると
「通信。第三、第四グループに連絡。哨戒を中止し、すぐに第一グループに合流。進宙中は全方向に警戒を厳にしろとすぐ送れ」
「レーダー管制、第二象限方向に走査全開」
「全哨戒艦は、全方向に警戒を厳にしろ」
「通信、アルテミス9に連絡。第七〇三宙域哨戒艦隊は、アンノーン(認識不明艦)に攻撃を受け、軽巡航艦一隻、駆逐艦四隻、哨戒艦六隻が不明の状態。これより捜索活動に入ると送れ。現在位置の座標と捜索予定宙域の座標も一緒だ」
司令官の矢継ぎ早の指示にレーダー管制官と通信管制官達が、一斉に目の前にあるスクリーンパネルを同時に叩き始めた。
今から連絡しても各グループに届くまで一〇分、哨戒を中止し、合流するまで二時間はかかるだろう。しかし、どういうことだ。一報だけよこした後、識別信号が途絶えるとは。状況が分からないまま、パレットは、二時間を過ごしていた。
やがて、スコープビジョンに第三、第四グループの姿が現れた。特に攻撃は受けていないようだそう思うと
「こちらパレット司令だ。第二グループが、何者かの攻撃を受けて消息を絶った。今から全艦で、第二グループの捜索に向かう。念の為、第二級戦闘隊形とする。以上だ」
パレットからの指令で第一グループを中心に前方にヘルメース級航宙駆逐艦九隻が一隻を先頭に三角形に四隻ずつ艦首を前にして並び、その後ろに三隻のワイナー級軽巡航艦が、パレット中佐が乗艦する旗艦ディオネを先頭に両舷後方に二隻が並んだ。
そしてその後ろにタイタン級高速補給艦が着くと、ホタル級哨戒艦一八隻が艦隊を取囲む様に四象限に位置した。
「パレット司令。隊形が整いました」
艦長からの報告にパレットは、コムを口元にして
「全艦、第二グループの救援に向かう。発進」
と告げた。
二時間後、パレット中佐率いる第七〇三宙域哨戒艦隊は、第二グループが消息を絶った宙域へ到着した。
「パレット司令。あれは」
「うむ」
顎を引いて頷きながら言った。目の前には、ワイナー級軽巡航艦と三隻のヘルメース級航宙駆逐艦が真二つに割れたり、推進部分が破壊されたりしている。ホタル級哨戒艦の姿は見えない。
パレットは、コムを口にすると
「第一、第三哨戒隊は、全方向に警戒。第四哨戒隊は、第三、第四駆逐艦隊と共に不明の哨戒艦を捜索。第一駆逐艦隊は、救命ポッドの回収に当たれ。旗艦ディオネ、軽巡航艦フォボスとダイモスは、駆逐艦と軽巡航艦の内部捜索に当たる。生存者を救出するんだ」
パレットの指示の元、全艦が動いた。
旗艦ディオネは、ゆっくりと第二グループ司令艦のワイナー級軽巡航艦ティマに近付いた。ワイナー級軽巡航艦は、形状が側面から見て二段式になっており、全長三五〇メートル、全幅六〇メートル、全高六〇メートル。装備では下段が前に突き出る様に片側口径三メートル粒子砲が四門ずつ計八門装備されている。
両舷に腕が伸びる様に中距離ミサイルランチャーがあり、片側二〇門装備し、搭載ミサイル数は四〇〇発である。
両弦上部にはレールキャノンが八門ずつ計一六門装備され、後部両脇に核融合エンジンが二基ずつある。
その軽巡航艦の左舷側のミサイルランチャーが艦本体の根元からもぎ取られ、前方に二本突き出ている荷電粒子砲の左舷側がなくなっていた。明らかに軽巡航艦以上の主砲で攻撃されたのだ。
ディオネの側弦から直径三メートルのケーブルがゆるゆる伸びる。やがてそれが、ティマの後部ハッチに接続される。
ディオネ側にいる陸戦隊員が、それを確認するとケーブル中に入った。ゆっくりとハッチに近付くとハッチを留めているリンクポイントにインナートリップを仕掛けた。
隊員が少し離れて手元にあるスイッチを押すとドンという音と共にハッチが強制解放された。それを見たディオネの陸戦隊が、完全重装備でケーブルを通って乗り込んでいく。
パレットは、先頭を行く陸戦隊長のヘルメットヘッドに着いているカメラでティマの内部を見ていると
「パレット司令、内部の空気は保たれています。内部に侵入された様子はありません。指令室と機関室に隊員を向かわせます」
そう言うとカメラの主も動いた。いくつかのドアを開け通路を通ると所々に兵士が倒れていた。
カメラの主が、側に行き喉元を抑えると
「まだ、生きています。救護班」
そう言って、他の倒れている兵士たちの様子も見始めた。生きている者は、すぐに応急処置がされるとエアストレッチャーで後方へ送られる。
乗組員達を救護しながら、前進すると、やがて指令室のドアが見えた。隊長と隊員がお互いに頷いてから、隊員がドアの右横の壁にあるボタンにタッチするとドアがゆっくりと開き始めた。
突然、急激に吸い込まれるように隊員の体が浮いた。
「うわーっ」
重力ブーツがすぐに反応し、隊員の体を通路に戻した。すぐにドアを一度閉めてから、後方にいる隊員に
「後方のドアをロックしろ。三人で入る。穴の開いているところを塞いだ後、内側からドアを開け、中にいる乗員を救出する」
今度は全員が重力ブーツをオンにすると
「パレット司令。指令室は、隔壁が破壊され空気が外部に漏れたようです。今から、開いた隔壁を塞ぎ、救護します」
今度は壁にあるボタンを押すと急激に風が流れたが、ドアが十分に開いたところで、三人だけが指令室に入り、すぐにドアを閉めた。
パレットは、カメラを通して見ると指令室の正面が破られ空気が漏れている。指令室は、艦の中央上部にあるが、左舷のミサイルランチャーが失われた時、指令室の隔壁が破れたのだろう。中にいる兵士は、全滅の様だ。幸いシートベルトでホールドされている為、体は、シートに座ったままだ。
三人は、指令室に入ると艦長のシートの側に行き、デスクにあるパネルを操作して、艦体の図をスクリーンパネルに表示させ、開いた隔壁部分をタッチして閉鎖ボタンを押した。
目の間に開いていた隔壁がみるみる内にバブルジェル(機密補助液)に覆われている。完全に覆われたところですぐに固形化が始まった。
数分後、完全に塞がれたことを確認するとスクリーンパネルに映る指令室をタッチして、更にエアーロックオンのボタンにタッチした。
シューッという音が天井や床から聞こえ始めると、やがて静かになった。
「エアーロック完了。ドアを開けて外にいる隊員を中に入れて倒れている兵士たちを運び出せ」
「カルマ少佐に、息はないか」
パレットの声に、陸戦隊長が司令パネルの後ろにあるシートに座る第二グループ司令官カルマ中佐の喉元に手をやり、更に閉じている瞼を開いてみた。完全に瞳孔が開いている。
「パレット中佐。残念ですがカルマ少佐は、死んでおります」
「そうか。全員を回収し、撤収しろ」
「はっ」
その言葉を聞くとパレットは、カメラの映像を自分のスクリーンパネルから切った。
六時間後、第二グループの生存者と遺体を収容した第七〇三宙域哨戒艦隊は、ミルファク星系中心部へ向かった。
「敵全艦、ミルファク星系方面へ撤退します」
パッシブモードで走査しているレーダーから映し出されるミルファク星系軍第七〇三哨戒部隊は、当初の艦数を四分の一に減らしながら徐々にミルファク星系方面へと離れていった。
もう少しこれの同型艦が揃っていれば、あの艦隊も一艦も残さずに葬り去ったものを頭の中で思いながら、まだその時では無い事に気を戻すと
「我々も戻るぞ」
そう艦長に告げた。
やがて、哨戒艦隊が完全にレーダーに映らなくなるとその艦もいずこともなく闇の中に消えて行った。
第七〇三宙域哨戒部隊第二グループの被害報告を受けたミルファク星系では、至急対策を講ずるべく星系評議会代表ナオミ・キャンベル、軍事統括ジェームズ・ウッドランド他、第一七艦隊司令チャールズ・ヘンダーソン等が集まり対策を考えるが。
次回をお楽しみに。