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第七十一話 天使とおかえりと愛おしい日常

 放課後、僕はオーエンさんたちと合流せずに、家へとすぐに帰った。

 一人の帰り道は、朝ほど違和感はなかった。

 慣れは偉大だな、と思った。


 今日から、本当の一人暮らしが始まるんだ。

 それでも、挨拶は忘れない。


「ただいま」


 鍵を閉め、靴を脱いで、リビングへ向かおうとしたところで、鼻につく香ばしい香り。

 誰かいる?

 浮かんだのは、泥棒や不審者、ではなく、遊びにきたマリアちゃんか、それとも澄香姉か、はたまた従姉の誰かか、だった。


 少し足早になってリビングに入った僕が見たのは――――


「あ、おかえりなさい!」


 言葉を失った。

 夢を見ているのかもしれないと思った。

 目の前で、机に座ってカップ麺を啜っているカフカが、手を挙げていたのだから。


「ちょっ、幻じゃないですよ!?」


 カフカがこちらへ駆け寄ってきた。

 きっと白昼夢だ、と思ったのに、抱き着いてきた彼女の温もりは、本物だった。


「ど、うして?」


 もう、天へ帰って、会えなくなる、そんな、はず……。


「もう少し、地上を見て勉強してきなさいと、言われたんです」

「それは、上層部に?」

「いえいえ、お父様たちではありません。むしろ、怒られて絶賛反省中です」

「そ、そうなんだ……」


 カフカが、それはそれは実に良い笑顔を浮かべていた。

 もしかして、上層部の人たち、武宮先生たちに怒られたのかな。まぁ、何も言うまい。

 これに懲りたら、もうこんな騒ぎは起こさないでほしい、切実に。

 後、カフカの邪魔はしないで欲しい、うん。


「じゃあ、誰に言われたの?」

「お母様です! 名目上は、能力を暴走させたり、色々な制約をちょくちょく破っていたことへの罰なんですが」


 あぁ、うん、それは確かに否めないね。


「地上でしばらく過ごして、反省して戻って来なさい、という事で、戻って来れました」

「えと、でも、なんで僕の家に?」

「お母様や、協力者……あ、実里さん、もう知ったんですね。武宮さんが、実里さんの家ならいいって言ってくれたんです」


 え、家主、というか僕の許可無しに!?

 ……なんて、今更か。

 それに、こうして会えたのは、素直に嬉しかった。


「安心してください! ご迷惑をおかけしている分の代金はですね」

「いや、僕がバイトするからいいよ」


 これまでは両親からの仕送りで生活していたが、非常事態が過ぎ去った今、彼女の生活費は、ここに住むことを許可した僕が稼ぐ方がいい。


「いえいえ、ちゃんとお父様たちを絞り上……お願いしてですね」

「今絞り上げてって言おうとした?」

「ちゃんと私の生活費や、これまでに使用した分の費用を持ってきたんです! だからアルバイトしなくていいですよ」


 ツッコミを無視したカフカがそう言って、僕のバイト生活を阻止しようとしてきた。

 いや、ウチの学校、一応理由有ればバイトしていいって言う規則だし、武宮先生に話しを通したら絶対に大丈夫そうだから、この際いいかなと思ったのに。


「確かに社会経験を得るためには……ですが、実里さんと一緒にいられる時間が減っちゃいます!」

「一人でいる時間も大切だと思うけど……」

「それなら、これまでの生活で私たちは互いの距離感を掴めているので、問題ありません!」


 いや、ごり押しの意見なのに、正論だ……ぐっ、反論できない。


「実里さんは、私と一緒に暮らすのは、嫌ですか?」

「……ううん」


 僕はカフカの頭に手を置いて、撫でてやった。


「カフカがよければ、一緒に暮らしてくれると助かるかな。一人だと、寂しいし」

「ふふっ、わかりました」


 天使の翼に包まれるような抱擁の中で、僕は頬に暖かな感触が流れていくのを感じた。


「泣いているんですか?」

「うぅん、嬉しいんだ」


 カフカの指が、僕の頬をなぞって、雫を拭ってくれた。


「実里さんは泣き虫ですねぇ」

「ぐ……」


 意地悪い笑みに、返す言葉が出ない。

 その時、インターホンが聞こえたので、カフカに離れてもらい、出てみた。


「はい」

『ミノリちゃん、こんにちは』

『やっと出ましたねぇ』


 画面に映ったのは、マリアちゃんとオーエンさん、そして二人に隠れるように立っているラウラさんだった。


「皆……」

『今、入っていい?』

「うん、いいよ」


 スイッチを切って、カフカへ振り返ると、困ったように俯いていた。


「実里さん、あの……」

「大丈夫」


 まぁ、そりゃちょっと怒られるかもしれないけれど、皆、カフカの事を本気で嫌ったりはしていない。

 けれど、カフカにそれを教えない。

 心を読まれない方法は、タオさんから学んだ。

 だから、読まれないように思考することで、カフカは僕の思考が読めずに戸惑っていた。


「あの、何が大丈夫なんですか? それに、実里さん、思考が……」

「いいから、自分で確かめなよ」


 玄関へ向かう前に、でもこれだけは言っておこう。


「そうだ、カフカ」

「はい」

「おかえり。今夜はオムライスだからね」


 そう言ってやると、カフカは目を見開き、やがてニッと笑った。


「はいっ!」


 世界は、この街は、僕たち以外の誰も、あの異変については知らない。

 僕たちが覚えているだけで、いいと思う。

 一つ間違えれば、大変な事になっていた非日常は、色々とあったけれど。

 嬉しいこともあった、それは確かなのだから。


「あ!」

「カフカ様!」

「戻って、きちゃいました……」


 カフカへ抱き着いたオーエンさんと、やれやれと苦笑するラウラさん、そして僕の隣でそれを見守るマリアちゃんの姿は、間違いなく、優しく、愛おしいもので。


 こうして、また僕の日常が、動き出した。







「どうやら、ハッピーエンド、だね」

「そうね」


 武宮夏奈多と、その隣に座る女性が静かに言葉を交わす。

 白波を想起させる髪と、褐色の肌を持つ、まだ少女の面影を残した、美しい女性。

 彼女は自分と武宮の前に座る、男女を見やった。


「貴方たちの大事な甥子たちは、とてもよい経験を得たようです」

「そうか」


 男性と女性は、穏やかに頷いた。

 女性はしゃべらず、しかし、目に湛えた優しい光は、今ここにはいない少年への愛情にあふれていた。


「これからも、あの街をよろしく頼みます、建御名方様、アトランティスさん」

「それが、貴方たちからの依頼だからね」

「かしこまりました」


 武宮と美女は頷くと、その場から音もなく、姿を消した。

 それを見届けると、男性が、明後日の方角へ振り向いた。

 壁に寄り掛かって腕を組み、男性たちを見ている、男が一人いた。その横には、ふわふわと浮かぶ、淡く輝く光があった。


「貴方にも助けられました。改めて、ありがとうございます」

「いえ、俺は何もしていませんよ」

「眠っていた彼女たちを夢の世界へ招待し、実里にメッセージを伝えたでしょう」


 男性の言葉に、男は苦笑をこぼした。


「やっぱり、隠し事はできませんか」

「携帯電話が光った時点で、貴方の仕業だという事は、俺たちでなくてもわかりますよ」

「いや、もしかしたらそこは由葉って可能性が微レ存……」

「微粒子レベルの存在だろうとそこは晴義さんしかいないですよ」


 男は肩を竦めた。


「じゃあ、俺たちもこれで失礼します。また何かあれば、連絡をください」

「えぇ」


 男が去ると、男性と女性は同じタイミングで湯呑を取り、口をつけ、息を吐いた。


 すると、それまで一言も発さなかった女性が、ふふっと笑った。


「実里ちゃん、大きくなったわね」

「あぁ、そうだな」

「もう少ししたら、彼女を連れて、挨拶に来るかもしれないわね」

「そうかな」

「一香ちゃんだって、実里ちゃんと同じ年頃には、もう七音ちゃんと付き合ってたじゃない」

「そりゃそうだけど、実里は実里のペースが……」


 言いかけて、一香と呼ばれた男性は、ふと、顔を上げた。


「麗歌、どうやら、次の問題が降ってきたみたいだぜ」

「あら、そうなの? 皆には伝えておかなくていい?」

「さっきの今で悪いが、由葉さんたちには伝えておかないと……それと、いざと言うときは、文睦さんたちに出てもらおうか」

「ふふっ、了解。早く終わらせて、七音ちゃんの作った晩ご飯、食べましょうか」

「了解」


 一香と麗歌は立ち上がると、その姿を武宮たち同様、瞬時に消した。

 部屋は、完全に静まり返った。





ラストに出てきた奴ら、名前だけの奴も含めて、


 カフカが超本気モードで挑んでも勝てませんし、一香、麗歌、アトランティスに至っては星海の邪神の全盛期だろうが残党だろうが瞬殺レベルです。

 ぶっちゃけ、アトランティスは最後の希望の師……おっと、誰か来たようですね(

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