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第六十七話 VS『暴食』 天使と友情と大切な人


「……それ、この状況じゃなかったら……もっと素直に勘違いする振りして、嬉しい気持ちで一杯だったんですけれどねぇ」


 冷たかった表情のカフカが、苦笑いをこぼした。


「カフカ、僕は君が何であろうと、一度家族として迎えた。なら、家族が悪い事をしたら、それを止める義務がある!」

「それ、私の力を前にしても、同じ事、言えますか?」


 そう言った直後、僕の周囲の空間が、ネジ曲がった。

 確認できたのは、完全に偶然だったけれど、危険だと『色欲』が教えてくれたように感じて、僕はカフカへ向けて走り出した。


「なっ?!」


 カフカが驚きの声を上げた。


 すると、体が途端に重たくなった。一歩も前に進む様子がなく、むしろ、このまま倒れてしまいたいと思えるような、静かな誘いだった。


 けれど、


「さっきもう寝たから、今はいい!」


 自分でも意味のわからない言葉を発しながら、生理現象操作で無理やり意識を覚醒させると、途端に体が軽くなり、また走れるようになった。


「嘘……そんなっ」


 次に、周囲に鎖が出現し、僕を縛ろうとしてきたけれど、それも前方に飛び込む勢いで躱す。

 でも、このままでいいんだろうか。

 そもそも、彼女を僕で止められるのだろうか。

 何もない、僕が……。


 唐突に、不安が心の中に沸き起こってきた。

 何をしても、駄目なんじゃないかと、意識がくじけそうになった。


 それを止めたのは、唐突に震えだした、腰ポケットに入れている、携帯電話だった。


 誰からだろう、父さんか母さんか、明守真かな、澄香姉?

 もしかしたら、親戚の誰か?


 今、出ることはできない。

 今の僕に、できることはない。


『あるわよ!!!』


 その時、頭の中に、声が聞こえてきた。


『実里、そのままカフカへガツンと一発入れなさい!』


 エリスさんが腕を突き出して、応援してくれている姿が。


『全く、カフカ様も水臭いですぅ! 香乃さん、私の代わりに怒ってください~!』


 オーエンさんが腰に手を当てて頬を膨らましている姿が。


『ここまで来て、何もないというのは嫌味だぞ少年。流石に怒るぞ?』


 タオさんの苦笑している姿が。


『ミノリちゃんは、とっても凄い子。大丈夫、ミノリちゃんならできる』


 マリアちゃんがほほ笑んでくれる姿が。


『私を信じて、皆を信じた君を、君自身が信じて』


 ラウラさんの声が聞こえてくる。


『なぁんて……うん、そうだね……実里君、カフカを助けられるのは、他の誰でもない、実里君だけなんだよ。

 カフカを助けたいって、実里君が思ったのなら……最後までそれを貫いてみて。

 私からのカウンセリングだよ』


 そう言えば、能力が宿った日の朝、ラウラさんにカウンセリングを受けたらってアドバイスをもらったんだったな。

 好きな子からアドバイスをもらえるなんて、妄想や心が生み出した幻影であっても、嬉しい気がする。


『幻なんかじゃないよ』


 ラウラさんの声が笑った。


『実里君、大好きな人が泣いていたら、どうしてあげる?』


 唐突に何の話だろう。


『もう、仕方ないなぁ……カフカ、まだ泣いてるんだよ』


 え、泣いてる?


『今、あの子の気持ちが、私たちにはわかるの。

 カフカ、もう何もかもどうでもよくなってるの。正確には、なんていうのかな、不貞腐れているっていう感じ。

 能力の暴走で、気持ちが自分でも整理がつかないみたい。

 だから、泣いてるの。

 助けてって』


 泣いてる、カフカが……?


『ねぇ実里君、君なら、どうする?』


 決まっている。答えは、すぐに出た。


『じゃあ、できること、あるよね』


 ラウラさんの柔らかい声音に、頷こうとしたけれど、頷けなかった。

 この声を聞いている時間と、現実世界の時間の流れが違うと、今気付いた。


『行ってらっしゃい。終わったら、皆でカフカをいじってあげようよ。その後で』


 うん、その後で、アイツの好きなオムライスでも食べさせる!


『それでいいよ。

 じゃあ、リーシェ、皆、やろう!』


 仲間たちの声が、力になった。

 そうとしか表現できない、不思議な感覚があった。

 言葉にできない、心が震えて、涙が出そうになるほど温かくて、胸の奥が熱くなる。


 その瞬間、意識と現実の時間が元に戻った。


「っとぉ?!」


 体が、僕の意識とは関係なく勝手に跳躍した。すると、僕の足首があった付近に鎖が飛び出してきた。

 危ない。

 と思っていたら、空中にいる僕目がけて、空中から鎖が何本も飛び出してきた。

 このままだと、絡め取られてしまう。

 そんな危惧はしかし、手が勝手に動いて、一番近くに来た鎖を掴んだ。そして、そのまま鎖の勢いを利用して、大きくカフカの方へ跳んだ。


「なッ?!」


 カフカが驚愕している。

 僕も驚いている。自分でこんな動きができるとは思っていない。

 もしかして、さっきラウラさんたちが何かしてくれたのだろうか。


 そうか、きっと、そうなんだろう。

 深く考えている暇はない。

 ラウラさんたちが力を貸してくれているのなら、その好意と行為に最大限報いる。


「……何ですか、その力は……」

「友情!」


 それだけ答えて、僕は勢いを殺さず、まっすぐカフカへ向かって飛ぶ。

 今、僕は下を向けない。確実にビビる高さになっている。

 避けられたら僕は落下して、よくって大怪我。受け身をとって無事落下できたとしても、そこで鎖に捕まって終わり。どの道、後がない。

 普通にぶつかってもアウトな気がするけれど、カフカなら大丈夫だと思っている。

 何せ、


「……馬鹿、ですか?」


 ぽつりと漏らしたカフカが、手を僕へ向けて伸ばしていた。

 大丈夫、大丈夫だ!

 目を逸らさずに、彼女の腕の中に飛び込む。


 成功。

 全く衝撃なく、僕はカフカと抱き合う形になれた。

 元から超常の身体能力を持ち、さらに『憤怒』の力で超強化されたカフカなら、僕を無事受け止めることができると踏んだのだ。

 情けない話だが、僕が彼女を止めるためには、こうする以外ないからだ。


「馬鹿」


 カフカの声が耳元で聞こえてきた。

 彼女の体温がわかる。抱きしめた彼女は、以前抱きしめてもらった時よりも、小柄な気がした。


「馬鹿ですか、馬鹿なんですか、無茶してっ!」


 滅茶苦茶怒られた。

 抱きしめ返されながら、。


「何を、しているんですか貴方は?!」

「泣いているから、抱きしめに来た」

「はぁ?!」

「カフカ、泣いてるから。前に泣いてた時に、抱きしめてもらったから、今度は僕が抱きしめる番だ」


 あの時、カフカにしてもらったように。


「離してください……死んじゃいますよ?」

「大丈夫……」


 もしカフカがその気なら、とっくの昔に僕は叩き落されている、というか、恐らく彼女に抱きしめられることなく地面に落ちている。

 カフカは、能力に飲み込まれながらも、暴走しながらも、僕の事をちゃんと認識してくれている。

 僕の事を、呼んでいる。

 読心が、彼女の声を受け取った。

 僕の名前を、ずっと呼んでいるんだ。


「カフカ」

「何ですか?」

「僕、君の事が好きだ」


 家族として、友達として、仲間として。


「君を、愛しているんだ」

「………………へ?」


 カフカが動きを止めた。

 顔は見れないけれど、彼女の心臓が激しく動いているのがわかった。

 息を呑んだ彼女は、やがて、


「……私も、愛していますよ、実里さん」


 震えた声で、返してくれた。


 心の声が聞こえてくる。


『実里さん、愛しています。この世の誰よりも、貴方の事を、愛しているんです』


 そっか……カフカも、僕を愛してくれているんだ。

 家族として、友達として、仲間として。


 とても、嬉しかった。

 だからこそ、彼女を止めよう。


 彼女の全ての罪を、宿った七大罪の力を、包み込むように、僕は彼女を強く抱きしめた。


 その時、左胸の奥で、何かが大きく跳ねた。


 体がとても軽くなり、けれど意識ははっきりとしていて、カフカの存在をより強く感じれるようになった。


 彼女の事を、とても愛おしいと、改めて認識した。

 その途端、心がとても温かくなり、カフカのやってきたことへの喜びや悲しみをまた強く感じて、そのすべてが大切に思えた。


『大好き』


 さっき、カフカに飲み込まれる寸前だった『強欲』から聞こえてきた、カフカの声が、また聞こえてきた。

 彼女は、僕が大好きで。

 僕も、彼女が大好きなんだ。


 カフカ、僕の大切な人。


「これは……!?」


 カフカが戸惑った声を出して身じろぎをしたので、体を離した。

 それでも僕が落ちないように、カフカは僕を支えてくれていた。


 鼻と鼻がくっつきそうな距離で顔を合わせた僕たちの間で、光が見えた。

 見下ろすと、僕の左胸から、眩くも、全く痛くなく、美しい光が溢れ出していた。


エリス「これは……飛○石の輝きッ?!」

ラウラ「絶対に違うと思う」

リーシェ「それよりもこの男、これだけ好意を向けられているのに何で気づかないんですかぁ!」

マリア「そんなところも好き……」

タオ「難儀だな、少年……」


六十六話、途中変更……実里君スットコドッコイはあとがきアンソロだけにしたつもりだったのに……。

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