第六十六話 VS『暴食』 失われた記憶と大好きな気持ち
何十、もしかしたら何百もの鎖でできた格子のドームの中で、僕とカフカは向かい合っていた。
周囲には倒れた仲間たちが、呼吸はあるものの、意識は失ったままでいる。
ラウラさんが『強欲』の力で、僕の体の外に出た『色欲』をカフカから取り戻し、託してくれた。
ラウラさんは、確かに色々と問題があった。
けれども、それでも僕は彼女の事が嫌いになれない。
澄香姉が知ったら、何て言うだろう。
今は彼女たちの事は、悪いが後回しにしよう。
僕にはやらなくちゃいけないことがある。
十メートルほど離れた地点から、上空へさらに十メートルほどの中空に、カフカは浮かんでいる。
背中から、光でできた十二枚の翼を生やして広げた姿は、本当に天使のようだ。頭に輪っかはないけれど、その神々しさと未だかつてない程の重圧は、間違いなくこの世ならざる者だと実感させられる。
「さて、それじゃあ、まずは……天をぶっ飛ばしましょうかねぇ」
そう言って、座った目のまま空を見上げるカフカ。
まずい、自分の生まれ故郷を滅ぼそうとしているのか、こいつ!
「やめろカフカ!」
『色欲』の能力、生理現象操作を使ってみるが、手ごたえは全くない。
「何があったかは知らないけれど、自分の故郷を攻撃しようとするな!」
「実里さんは黙っていてください!」
カフカがこちらを見もせずに怒鳴った。
取りつく島もないか。
このままだと、天が滅んでしまう。
行った事もないし、そもそもこの異変の発端となった国だけれど、カフカの生まれ故郷だ。このまま攻撃させる訳にはいかない。
「カフカ、駄目だ! 家族や友達がいるんだろう!」
「えぇ、いますよ。クソ親父とちゃんぽらんな奴らがねぇ!!」
「ぐぁぁっ?!」
威圧が僕に降り注いできた。
体が押しつぶされるかと思うほどの重圧に、膝が曲がるけれど、どうにか耐えた。
「安心してくださいよ実里さん。ちゃぁんと友人とお母様は避けますから」
「そういう……問題じゃ……な、いっって言ってんだろぉぉぉ!!」
膝に手をついて、力一杯体を起こすと、一気に重圧が消えた。どうやら、跳ね除けることに成功したらしい。
カフカ自身が出したものではない、ということか。
だとすれば、今のは、恐らく『傲慢』の力だ。以前、カフカの説明で、威圧を放てるとあったし、一度抵抗に成功しただけで消えたのが何よりの証拠だ。
カフカが威圧するなら、相手が折れるか、自分がやめようと思うまで続く。
多分、カフカは能力が暴走している状態でも、僕に気を遣ってくれるだけの意識はあるらしい。
なら、まだどうにかできるはずだ。
「世界を滅ぼす力を管理しているんだろう? そこを滅ぼしたら、他の力も地上にばら撒かれるんじゃないのか?!」
「そうなる前に、私が全部回収しますよ。面倒くさい制約がなければ、私は地球上、どこにへでもすぐに行けるんです。なんなら、エベレストの頂上や、マリアナ海溝の一番底の記録映像を撮ってきましょうか? もしくは、地球コア付近の写真でもいいですよ?」
それは、言葉で表すだけなら簡単で、漫画などの創作物ではよくある設定で、だけれど実際にそれをするとなれば……どれだけの力が必要になるだろうか。
「つまり、地上にばら撒かれる力、全てを私は回収できるんです。
それに、『暴食』があれば能力のある場所は把握できますし……それに、いざとなれば『強欲』で手元に引き寄せられます」
「は……?」
そう言えば、カフカは能力が宿ったラウラさんたちが、いい人ってわかったって言っていた……。
まさか、
「『暴食』って……能力の位置だけじゃなくて、所有者の情報もわかるのか?」
「ええ。説明してませんでしたか?」
されてない。
『暴食』で受けた説明は、
・目や鼻、他全感覚が研ぎ澄まされる。
・好き嫌いなく、何でも食べられるようになる。物理攻撃、魔法攻撃、精神攻撃関係なく捕食してガード可能。
・毒や危険な化学物質、汚染された水も問題なく摂取できる上に、食べる前に浄化される。
・空腹時に暴走状態となるため、注意が必要。
・しかし、天によりリミッターがかけられているので、例え飢餓状態になっても、能力が強化されるだけで、暴走には至らない。
というものだ。
「『暴食』は標的の位置や情報がわかる他、捕食したものの力を自分のものにすることもできます。他にも、第六感と呼ばれるものが現れたりしますね」
「何だよそれ……」
ラウラさんの『強欲』と同等か、それ以上に凄まじいじゃないか。
「ちなみに、捕食できるのは物質や魔法だけでなく、人の精神や能力なども可能ですよ。と言っても、流石にリミッター状態では、せいぜいが記憶の一部を捕食するくらいが限度ですかねぇ」
「記憶の捕食?」
それって、さっきエリスさんが、カフカが瞬間移動できることを思い出した、ということと、関連しているのか。
「えぇ、そうです。エリスさん、思っていた以上に『傲慢』と相性がよかったので、本人の直感なども相まって、すぐさま真相近くまで答えを導き出してしまったんです。仕方なかったので、私が白マントらしい、という答えに行きつく記憶を全て捕食させてもらったんです。もっとも、彼女は土壇場で自ら記憶を復元してしまったようですが」
「そんな、無茶苦茶な……」
その時、頭の中で、カフカと出会った直後の出来事がフラッシュバックした。
「大罪の力ですよ。それと、封印はできません。この力は、同じ力を持つ人か、または七つの力すべてが集まったときにしか取り出すことができないんです。それ以外の対処法はありません」
思い出した……とっても大切なこと。
どうして、こんな大切なことに、気が付いて、いや、思い出せなかったんだろうか。
「まさか……カフカ、能力を取り出せるって話も……」
「私が実里さんの記憶を食べました。そうでもしないと、ラウラに能力渡しちゃうじゃないですか」
そうか、そうだったのか……。
何か大切な事を忘れていた気がしていたけれど、ようやく、すっきりした。
よし、とりあえず、言わなくちゃいけないことがあるな。
「カフカ、明日の朝食、卵抜きだ」
「は?」
「いや、今晩のおかずにも卵料理は出さない」
「何を言っているんですか?」
カフカが訝しげに眼を細めた。
「何って、決まってるじゃないか。そんな大切な事を隠していたことへの罰だよ」
「罰? 貴方が私を罰するって言うんですか?」
よし、カフカが優先を僕への会話へ本格的に変えた。
今、この瞬間がチャンスだ。
「とりあえず、世界を壊すって宣言したからね……僕は君を止めないといけないんだ」
自分で言っておいてなんだけれど、何だか現実味のない台詞だ。
それもそのはずで、僕は力と英知のある勇者じゃなくて、七大罪の力をたまたま宿しただけの、ド素人で一般人だ。
戦いのたの字も知らなければ、明守真みたいにプロの人が一目置くような事もできない。
できるのは、『色欲』で相手の体温や触覚を狂わせて、身動きできなくするくらい。
それが通じない、最強の天使が相手なら、何をやっても勝てないだろう。
先ほどの声が、カフカと世界を救えるって、言ってくれなければ、そう思って膝をついていたかもしれない。
手はある。
それができるのかどうかは分からないけれど、偶然にもカフカが暴走したのであれば、同じように僕もできるはずだ。
「カフカ、僕は君が嫌いじゃない」
「知っていますよ」
あぁ、だから甘えてきてるんだろうからな。
僕が、君を大好きだってことを!
書いていて笑ってしまったアンソロジー(本編には全く関係なし)
思い出した……とっても大切なこと。
どうして、こんな大切なことに、気が付いて、いや、思い出せなかったんだろうか。
「まさか……カフカ、能力を取り出せるって話も……」
「あ、それは実里さんが素で忘れていただけですね」
何スットコドッコイやってんだ僕はぁ!!
ごめんカフカ、君のせいにしようとした僕は、最低だ。
「と言うのは冗談で」
「僕の反省を返して?」
「私が実里さんの記憶を食べました。そうでもしないと、ラウラに能力渡しちゃうじゃないですか」
それはそうだけれど釈然としない。




