第六十四話 託された希望
「諦めちゃ、ダメだよ……」
視界が閉じて、もう意識が消える、そんなところで、ラウラさんの声が聞こえてきた。
とても苦しそうなのに、掠れた声で、呼びかけてくる。
もしかしたら、存在が消えかけているのかもしれない。
そう思うととても恐ろしくて、どうにか彼女へ駆け寄りたいと思うのに、体も意識も、自分でコントロールできない。
「実里君……大丈夫……だよ……」
何が大丈夫なんだろうか。
しゃべりたくてもできない。
「だって……ほら」
ふと、僕の視界に光が差した。
視界が開き、茜色に染まる世界で、倒れたラウラさんが僕へ向けて手を伸ばしていた。
その手を掴みたいと思ったけれど、腕は動かない。
彼女は瞼が半ば落ちている目を、僕へと向けて、微笑んだ。
「カフカ……貴女のこと、私は、そこまで嫌いじゃなかったわ」
「まだ喋りますか。……ん?」
カフカが小さな驚嘆を漏らした。
「ラウラさん、貴女は……!」
「私、この世で一番嫌いな人がいるの……けれど、今その人を一番好きになったから、大丈夫」
「はぁ?」
「だから……私は、私が大好きになれば……」
彼女の言葉の意味がわからない。
何を、恐ろしい事を言っているんだ?
「や、めて」
声が出せた。
思ったような声量じゃない。
これじゃあ、彼女に聞こえない。
「ラウラさ……だめ……だめ……」
「だから実里君……私は、私のせいで消えるから、君は、関係ないよ。だから、気にしないでね……さようなら」
そう言って、ラウラさんは目を閉じて、そのまま、皆と同様、動かなくなった。
ラウラ……さん?
「……なんですか、それ」
カフカの冷めた声が上から降ってくる。
「そんな事で、罪滅ぼしのつもり? どれだけ貴女が実里さんの心を傷つけたと思っているの?
今更、そんなことをしたって、実里さんが一番傷つくって、わかってるくせに、卑怯な事をして……!」
怒りに混じった、悔しそうな声を漏らしたカフカの足が微かに震えているのがわかった。
「円迎寺ラウラ、貴女は何がしたいのよ!」
「それは、僕の台詞だよ……」
何がどうして、こうなったのかはわからない。
カフカが僕たちに宿った七大罪の力を抜き取れた理由も、その行動の真意も、そしてラウラさんの言動の意味も。
わかっているのは、僕の意識が再び覚醒し、体がまた動かせるようになったということだ。
まだ頭がふらっとするけれど、さっきまでの状況に比べればなんてことはない。
膝に手をつきながら立ち上がると、カフカが振り返り、訝しむように、目を少しだけ細めて僕を見てきた。
「何で……どうして……まさか、そこまで能力が覚醒していたの?」
よくわからないが、彼女が驚くような出来事が起きているらしい。
僕だって内心で驚いてはいるが、それよりも、今はやらなくちゃいけないことがある。
「カフカ、どうしてこんなことをしたんだ?」
胸に開いた穴に、何かがハマったような感覚があった。
「と言うか、何で君が能力を抜き取れるんだ?」
頭の中に、鳥瞰図の風景が現れる。
「そもそも……能力を奪われたら、その人の大切な何かが消えるんじゃなかったのか?」
鳥瞰図の中に、重なるように現れたマーカーたちと、ほんの少しだけ離れたところでたった一つ、点滅するマーカーが現れた。
「答えてくれカフカ……君は、一体、何なんだ?」
ラウラさんに託された、『色欲』が僕の体を、覚醒させる。
体温・生理現象操作により、おぼつかなかった頭と体の感覚が、ジェットコースターが最高点から落ちたような超速度で研ぎ澄まされた。
普段よりも比べ物にならない程、世界が広く、綺麗に感じる。
夕日の綺麗さも、眩しさも、鋭さも。
風の音も、心地よさも、運ばれてくる匂いや砂ぼこりなども。
ラウラさんたちの微かな呼吸音も。
そして、カフカの瞳が、驚愕の色に染まっていることも。
「カフカ、君は一体何者なんだい?」
頭の中に浮かぶ複数のマーカーの中に、目の前で点滅する、あり得ないはずの名称があった。
それを持っているのは、本来別の人物のはずだ。
この後会う予定だった、白マントの持つ能力。
『暴食』が、カフカのいる地点と重なって表示されていた。
次回より、VS『暴食』です。
これが、ぎるせぶ真のラストバトルです。
最後までお楽しみいただければ幸いです。




