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第六十一話 VS『嫉妬』 それが私の意志だから

 リーシェは、マリアの能力である『嫉妬』の内容を思い出す。


 嫉妬――羨ましい、妬ましい等、嫉妬に関連する能力を操れる。目標の嫉妬心を増減でき、感情を不安定にさせる、不信感を煽る、作りだす、破壊衝動を生み出させるなどができる。他にも、嫉妬の感情を読み取り、感じることができる。


 つまり、マリアはここにいる全員の嫉妬心を感じ取り、全員嫉妬していると言ったのだ。

『色欲』の読心ほどまでではないが、隠している心の暗い部分を暴かれるというのは、良い気分ではない。

 それに、彼女の判定から、実里だけ省かれている。


「香乃さんの嫉妬心はどうなんですか?」

「ミノリちゃんにはない。不思議、とっても澄んだ心をしていてるの」


 殺気が幾分が抑えられたマリアはそう言って笑った。

 いや、それはおかしい、と思ったが逆に、なるほど、ともリーシェは思った。

 恐るべき能力の中でも、厄介な力を持つ『色欲』を宿す実里が、その力に振り回されることもなく、過度に怖れることもなく、何より悪用することなく、平然と日常を送っている理由を見た気がした。


「香乃さん、何者なんですか?」

「ごく普通の十七歳の男子高校生ですよ?」

「それはそうなんですけれど」


 そう言う人間もいるんだろうとは思うが、恐ろしいまでの清廉さに、リーシェは何とも言えない気分になった。

 と、マリアがじぃっと自分の事を見つめていることに気が付いた。


 虚ろに戻った目が、リーシェの内面を探るように、見つめているのだ。

 少し怖い、と鳥肌が立った。


 やがて、マリアは「ふぅん」と漏らした。


「……貴女は、ミノリちゃんに嫉妬しているのね」


 口にされ、リーシェは胸と頭の奥が怒りと羞恥で熱くなったのを自覚した。

 ラウラたちに聞かれたかもしれないと思うと、気分はとても悪かった。


「ミノリちゃんの……そう、ミノリちゃんと仲良くしているあのラウラって子の、お友達……そう、貴女はラウラさんを取られそうだから、ミノリちゃんに嫉妬しているのね」

「何ですってぇ?!」

「オーエンさん、落ち着いてください」


 食ってかかろうとしたリーシェの心が途端に落ち着いた。

 例えるなら、映画のシーンが切り替わるように、爆発していた感情が瞬時に、平静な時と同じ状態になったのだ。


「私は直接戦うことができませんが、サポートはしっかりとしますから!」


 どうやら、カフカが何かしたようだ。

 リーシェは、天使と慕う彼女の力について、疑問に思ったことはある。

 その凄まじい力を使えば、能力者とも十分に戦えるのではないかと考えたことも一度や二度ではない。


 カフカが何かを隠しているのではないか。

 そんな風に、今も疑っている。


「クールです。クールに行きましょう。能力で、嫉妬の感情を抑えるんです」


 それでも、頼れる友達のように接してくる彼女の優しさは、信じてみたい、とリーシェは思った。

 だから能力で、殺気や威圧感を覚えないようにしているのと同じように、自分の中の嫉妬や怒りの感情を抑えようとしたのだが……止めた。

 カフカを信じる、というのもそうだが、自分の気持ちに嘘をつきたくないと思った。

 何より、この気持ちがあるからこそ、暴走したあの女に言えることがある。


「オーエンさん?」

「カフカ様、ありがとうございます。ですが、この感情があるからこそ、彼女を止めることができるかもしれません」


 さて、カフカが実里へ約束した五分まで、残り二分と言ったところか。

 リーシェは息を吸い込むと、迫りくる『嫉妬』の力の魔の手を幻視しながら、一歩踏み出た。


 マリアが目を細めて笑う。


「自分の気持ちに素直になればいいのに」

「えぇ。私はいつだって自分の感情と向き合って、素直に受け入れています」

「そう……?」


 その瞬間、いつの間にか目の前に現れたカフカが、同じくいつの間にか近づいてきたマリアの、左中段回し蹴りを右手で受け止めていた。

 唐突な出来事に動じながらも、リーシェはその場で立っていられた。


「その歩み方、古武術の縮地ですか?」

「貴女、何者っ?」


 破裂音がいくつも発生するが、リーシェが確認できたのは、カフカが最後に右手を軽く払うような動きをした後、マリアが後方宙返りをした、そんな光景だった。


「本来なら、そこから銃撃、ってところですかね」

「只者じゃない……別勢力の超能力者?」


 着地したマリアがカフカを迂回するようにリーシェを狙ってくるが、カフカはそれを許さずに迎え撃った。


「オーエンさん、彼女を止めてください! 私は契約のせいで、基本的に現地の人を傷つけることは許されていないので、オーエンさんを守ることしかできないんです」


 蹴りを、拳を、全ていなし、躱し、受け止めながら、カフカはそう言った。


「だから、今この人を止められるのは、オーエンさんだけなんですっ!」

「カフカ様……!」

 

 リーシェは、カフカの事を疑った自分を、少し恥いた。

 カフカは出来る事を、全力でやっていた。

 なら、彼女が頼ってくれた自分の、できることをやりきろう。

 早くしないと、ラウラたちを止めている実里も限界だろうし。


 しかし、カフカの説明してくれた『怠惰』の能力では、どれだけ強力な精神力を持った存在でも、その効力を防ぐことは不可能。

 先ほどラウラたちが能力を防いだのは、自分の力をそれぞれ使ったからだろう。

 何をどうしたらそうなったのかはわからないが、相手が能力行使へ割く意識や精神力を削れば、今度こそリーシェの能力はかかるはずだ。


 試しに能力を発動させてみるが、マリアはやはりソレを弾いた。


「無駄。貴女の力は、弱い」

「弱いんじゃなくて、相性のせいです。気にしないでください」


 カフカがすかさずフォローをしてくれた。

 確か、『嫉妬』が苦手とする能力は『色欲』と『傲慢』だったと記憶している。

『傲慢』の方は能力にかかって実里へ絡もうとしているが、隙をつかれたのだろう。


 自分はかかっているが、実里やカフカと同じように落ち着いているように思える。

 詳しい理由はわからないが、『怠惰』がリーシェの知らぬところで発動し、『嫉妬』の効力を抑えてくれているのかもしれない。

 なら、反対に、相性があまりよろしくない自分の能力が、マリアに影響を及ぼすことは十分に可能だ。


 後は、その隙を作りだすだけだ。

 だが、マリアは中々隙を見せない。このままでは時間切れで、カフカが何か恐ろしい事をラウラたちへするかもしれない。

 内心焦り始めた頃、マリアが話しかけてきた。


「貴女、ミノリちゃんからラウラさんを離したいんだよね?」

「いいえ、そこまでは考えていません」


 嘘。

 本当は、ずっと自分と一緒に友達でいて欲しいと思っている。

 その反面、ラウラが幸せになるのなら、実里と一緒でもいいとも考えている。

 二律背反の思考が、ずっとリーシェの中で渦巻いているのだ。


「うぅん、貴女はラウラさんに、ずっと自分と友達でいて欲しいから、ミノリちゃんから離れて欲しいと思っている」


 心のうちを見透かしたかのような事を言いながら、マリアはリーシェを労わるように微笑んだ。その間も、しっかりとカフカへ猛攻を仕掛けて弾かれている。


「貴女はラウラさんの事が本当に大切なのね。自分だけを見ていて欲しいって思うくらいに、あの子の事が好きなんだね」


 爛々と輝く目を見開き、マリアが楽しそうに笑みを深めた。


「わかるよっ! 私もミノリちゃんが好きだもの! 私だけを見ていて欲しい! スミカお姉ちゃんとアスマ君は許しちゃうけれど、それ以外の女の子のことは、見ないでほしいなぁって!!」


 カフカへの攻撃は苛烈さを増していく。

 もうリーシェの目では何が起こっているのか、確認することができない。

 それでも、カフカはそれを危なげなく、余裕を持って捌いているように見えた。


「だから、ねぇ……オーエンさん、だっけ。貴女は、ラウラさんを、私はミノリちゃんが大好きなんだから……」


 それは、甘美な響きとなって、リーシェの鼓膜を、意識を震わせた。


「私の味方にならない? リーシェ・オーエン」


 ラウラが、ずっと自分を見てくれる。

 いつまでも仲良く、一緒にいられる。

 それはなんてすばらしいんだろう。


「オーエンさん!」

「無駄……オペレーターさん、貴女の負け」


 けれど、ちょっと待って。

 ラウラが幸せって、私の幸せだけれど。

 私の幸せは、ラウラの幸せなの?


「違う」

「え?」


 違う、違う!

 ラウラが幸せなら自分は嬉しい。それは絶対で、本当だ。嘘、実里と嬉しそうに話している時はちょっと、悔しいと思っている。

 けれど、自分の幸せを全て彼女に押し付けたら、ラウラは嬉しいだろうか。


 そうだ、自分は誓ったはずだ。


 ラウラの幸せの為に、彼女の笑顔のために、後押しをしようと。


「私は、私は……ラウラの友達!」


 甘く浸食されていた心が、熱く燃え上がる。


「ラウラは私のお人形さんじゃないわ! 私がラウラの幸せを邪魔することが許されないのと同じように、貴方が香乃さんのことを好きだろうと、ラウラの意思を邪魔する権利はない!」


能力者七人中、『暴食』を除いた戦闘能力トップ3は、

1位:マリア

2位:タオ

3位:ラウラ


となっております。

ちなみに、実里は一番下ですが、彼も一般男子高校生の中では強い方です(裏設定)

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