第六十話 VS『嫉妬』 最強の幼馴染
超能力が宿った日。
目覚めてすぐに、変な声を聞いて、最近の幻聴は流暢に聞こえるなぁと思った。
朝食の場でそのことをそれとなく両親へ伝えたところ。
マリアの母、このみ・シュヴァルツシルトは、こう言った。
「マリア、貴方、超能力が宿ってるわよ!」
朝食の目玉焼きを齧っていたマリアは、持っていた箸をちゃんと箸置きに置いて、すでにしっかりと回っている頭で考えて、こう結論を出した。
「ママ、それは次のお仕事のお話し?」
「違うわ、現在進行形で貴女に超能力が宿っているのよ」
「ママ、徹夜してたの? 徹夜はしちゃダメって自分で言ってたのに」
「もう、あなたー! マリアが信じてくれない!」
目の下にクマはなく、逆に顔はすっきりとしており、娘から見ても若若しく元気溌剌な様子の母は、隣に座る父ハインリヒ・シュヴァルツシルトに泣きついた。
穏やかな顔のハインリヒは、このみのさせるがままにしておき、マリアに微笑みかけた。
「マリア、このみがこう言っているんだ。信じてみなさい」
「パパ、ママに甘いと思う」
「違うよマリア。いいかい、よく聞きなさい。ママは昔、本物の神様に出会ってね」
「パパ、ママが出会ったのは神様と友達になったお侍さんだよ」
小さい頃、まだマリアが日本にいた頃、このみはよくマリアに語ってくれた。
二十四の世界を旅した、男の人にも女の人にも見える、とても美しい侍が友人の前に現れ、自分にもその土産話を聞かせてくれたのだと。
二十四の世界のお話しと侍との出会いを交えた、計二十五の寝物語を、マリアはすっかり記憶していた。
「違うわよマリア! 式さんは悪い神さまをぶっ飛ばすお侍さんよ!」
食い違った会話をしていて、一向に話が進まない。
別に、それでもいいかな、と思ったマリアは、さっさと朝食に戻ることにした。
「あぁ、そう言えば、ついさっき聡子から連絡があってね」
「サトコおばさん? どうしたの?」
「何でも、日本に危険な力が二つ、落ちてきたって話があって」
「まだ続くんだね、そのお話し」
付き合ってられないと味噌汁の入った椀を手に取る。
「真剣な話よマリア。なんでも、半年以内に集めないと、世界が大変な事になるって」
確かに、声もそんなことを言っていた。
気味が悪くなってきて、マリアは首を横に振った。
「映画の話でしょママ。いい加減に」
「それが、私たちが前に住んでた街なんだって」
それを聞いた時、マリアの心臓が大きく跳ねた。
ピタリと止まった手の中で、味噌汁の水面が一度だけ小さく揺れた。
ゆっくりと顔をこのみへ向ける。
「ママ、冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ」
脳裏に、日本に住む親友と幼馴染二人の顔が浮かんだ。
「冗談じゃないから言っているの。いい、マリア。聡子が言うには、今日この世界に、七つの危険な力が散らばったらしいの」
このみの表情は真剣だ。普段、冗談好きの彼女だが、その時でもこんな顔はしたことがない。
「最終的には、聡子の知り合いの知り合い? が何とかするみたいだけれど……」
「じゃあ、その人に何とかしてもらうのがいいんじゃない?」
「それが、色々とあって今は静観するんだって」
「本当の話だったら、悠長すぎるんだけれど」
「まぁ、何も知らない私たちから見たらそうね。で、ここからが本題。
マリア、貴方に宿った超能力ね、その散らばった力みたいなのよ」
「いくらなんでも都合がよすぎない?」
「いいじゃない。聡子曰く、超絶危険で使い方によったらたった一つの力で世界がヤバい、らしんだから」
「じゃあなおさら私は持ちたくないんだけれど」
クーリングオフできないものだろうか。
「何を言っているの! マリアが持っているなら、私たちは安心できるわ」
「ママの言う通りだ。マリアなら、その力を悪い事には使わないってわかっているからね」
そう言われて、マリアは内心で嬉しかったが、今の状況では素直に喜べなかった。
それに、大事な事を聞いていない。
「でも、世界中に散らばった力を、どうやって集めるの?」
「えーと、確か、二つの力が近寄ったら、能力者同士で感知できるから、それを頼りにする、だったかなぁ。多分、日本に落ちた二つの力を持った人たちが近寄れば、マリアにもわかると思うなー」
「ふぅん?」
よくわからないが、その時になれば嫌でもわかるらしい。
なら、もう後の行動は決まりだ。
「それで、日本にはいつ戻るの?」
「今日のお昼! すでに便はとってあるわ」
「パパ、お仕事は?」
「僕もママも終わっているよ。マリアは?」
「私も終わってる。それに、日本でも仕事はできる」
確認を終えたマリアは、両親と頷き合った。
「わかった。支度してくる」
「四十秒で支度するのよ!」
このみのボケを聞き流し、食べ終わった食器を全て流しへ出すと、マリアは自室へ戻り、三十五秒で全ての支度を終えた。
「待っていて、ミノリちゃん……アスマ君、スミカお姉ちゃん」
これから一体どんな事態が待っているのかわからないが、どんなことが合ってもこの三人はだけは守ろうと心に誓う。
「私が、ミノリちゃんたちを救う!」
世界を救う事よりも、幼馴染や、最愛の親友を救う方に重きを置いている、どこにでもいる、普通の女性。
それが、マリア・シュヴァルツシルト。
両親から英才教育を施された彼女は、
「マリア、流石に日本刀や銃火器は持っていけないわよ」
完全武装状態で両親たちの前に現れ、当たり前の事を思い出させられ、自分が冷静さを失っていたことに、少しだけ恥ずかしさを覚えたのだった。
「邪魔、するの?」
リーシェは、目の前に佇むマリアから放たれる不可視のオーラが、肌を刺すの感じた。
未だかつて感じたことのない、殺気とは違った気配。
「貴女は……ミノリちゃんの、何?」
「仲間ですが……」
随分と流暢な英語だ。クセや訛りが感じられない。
「仲間……ミノリちゃんのこと、嫌い?」
「別に嫌いではありません。ただ、ちょっと苛立つことがあるだけです」
「苛立つこと?」
「あの人の、鈍感さにですよ」
言いながら、『怠惰』の力を発動させる。
マリアの放つオーラや、その源になっている感情を、そして彼女の立っている意識や精神エネルギーを緩やかに眠らせていく。
実里を以前攻撃した時のような拷問染みたものではなく、気付かれないうちに落ちる、そんな風に工夫した。
しかし、そんなリーシェの作戦は、たった一言で崩された。
「それが、ミノリちゃんだから」
彼女の放つオーラが増した。
怒っている訳ではなく、歓喜の感情があふれ出ている。
それが、驚くことにリーシェの能力の浸食を完全に防いでいた。
かつて、隙を突かれて起死回生したエリスとは違い、真正面から彼女は『怠惰』の能力を防いで見せた。
リーシェは息を呑んだ。
「ミノリちゃんは優しい、とっても素敵な人だから。小さい頃から、スミカお姉ちゃんに言われて、女の子には気を付けなさいって言われてきたの。だから、好意を向けても、それは人間的な好意って取っちゃうの」
なるほど、そう言う事か。
あの鈍感さ、ただ事ではないと思っていたが、まさか周囲の教えを素直に受け取り、そのまま成長したからか。
リーシェは納得し、思いがけない大きな収穫に驚いた。
この状況でなければ、マリアにランチの一つでも奢りたかったと思うくらいに。
「わかりました。ところで、香乃さんと貴女は幼馴染だと聞きましたが……えぇ、随分と彼に肩入れしますね」
「私、ミノリちゃんが好きだから」
ふわりと、微笑んで。
マリアはほんのりと、夕日に照らされたものとは別に、頬を染めた。
「ミノリちゃんのこと、大好きなの」
「それは、男女の恋、という意味ですか?」
「……うん」
わかっていたが、やはり彼女もラウラのライバルだった。
しかも、かなり、いや、確実なる強敵だ。
この状況下でもリーシェは、親友の恋の応援に頭が回った。それだけの余裕があった。
これから否応なしに思考はそちらに回せなくなるから、今のうちにまとめておこうと思った。
ふと、今度はマリアから話しかけてきた。
「ところで、貴女のお友達はミノリ君とどういう関係なの?」
リーシェは実里の方をちらっと見てみた。
ラウラに抱きしめられながら、彼女を離そうと奮闘していた。
その少し離れたところで、エリスがラウラを指差しながらフランス語で「離れろ」と怒っていた。
これが、能力者同士による戦いで起きた出来事でなければ、自分も、エリスと一緒に嫉妬混じりで茶化していたに違いない。
ため息をつきながら、マリアへの回答を慎重に考える。
下手な事を言えば、彼女が爆発する。
「同級生で、同盟を結んだ仲間ですね」
「ふぅん? ……それにしては、あのラウラって人、ミノリちゃんへのスキンシップが激しい気がするけれど」
「貴女のせいでしょう……」
「私?」
小首を傾げるマリアに、リーシェはもう一度ため息をついた。
「カフカ様、この方、もしかして無意識で能力を暴走させているんですか?」
「そうみたいですね。ご自身も、能力に飲み込まれています」
カフカの冷静なナビゲーションに、頭が痛くなった。
正直なところ、マリアの相手は実里本人にやってほしかった。
自分の能力を真正面から防ぐような相手、それも暴走した能力者と戦うなんて、カフカのナビゲーションがあったとしても難しい。
暴走したタオをラウラと一緒に打ち負かせたのは、それをできるだけの隙があったからだ。
「オーエンさん、大変なのは重々承知していますが、どうか彼女を止めるために協力してください」
「言葉で解決したかったです」
「それで済めば御の字だったのですが、まさか、ヤンデレ化するほどに実里さんの事を好いているとは思って……いえ、これは想定しておくべきでしたね」
話し合っていると、マリアが今度はカフカへ目を向けた。
「貴女は? 貴女も、ミノリちゃんと随分仲が良さそうだったけれど」
「私は実里さんのオペレーターです」
「オペレーター?」
「色々ありましたからね」
「ふぅん……でも、もうすぐ能力集めも終わる。そうしたら、ミノリちゃんにオペレーターはいらない」
「そうですね……この異変が終われば、私は元の居場所に戻ります」
カフカの表情は変わらない。
ラウラのライバルが減るのは嬉しいはずなのに、見知った親しい人が相手のため、リーシェは、何とも言えない気持ちになった。
「ですが、その前に一つやらなくてはいけないことがあります」
「何を?」
「貴女の暴走を止めることです。
マリア・シュヴァルツシルトさん。
貴女は、実里さんが好きな貴女なら、ご自身で止められるはずです。心を落ち着けて、実里さんをもう一度見て……」
カフカの最後の説得に、マリアは微笑みを浮かべて頷いた。
「そっか、貴女も、ミノリちゃんが好きなのね」
「……えぇ、そうです」
「カフカ様?!」
火に油を注ぐようなことを言ったカフカに、リーシェは驚きを隠せなかった。
「オーエンさん、もう今更です。この人、私が思っていた以上にヤバい方です」
「えぇっ?!」
「そっか……貴女、声が言っていた能力者じゃないのに、能力の事を知ってるってことは……この異変の黒幕……に近いのかも」
唐突に、そんな事を言い始めたマリアが、腰を少しだけ低くした。
戦闘態勢!
能力が叫んだ気がして、リーシェも身構えた。
「そう……皆……敵……だって、ラウラって子も、あそこで叫んでいる子も、貴女たち二人も、あそこで倒れている人だって……」
マリアの戦意が上昇していくのがわかる。
先ほどのタオに匹敵するくらいに、下手したらそれ以上の威圧感に、リーシェは自分へ能力を行使し、殺意や敵意の察知する間隔を鈍らせて抗った。
それくらいしないと打ちのめされてしまうほどの、殺気がマリアから噴出し始めたのだ。
殺気を纏い、爛々と目を輝かせたマリアが、虚ろな表情で睨んできた。
「皆、嫉妬しているから」
実里「三人とも、戦うなんてやめるんだ!」
ラウラ「実里君は私から逃げないで」
エリス「こらぁ! 実里から離れなさいくっつきすぎー!!」
タオ「Zzz……」




