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第六話 VS強欲 不可視の一撃

前回までのあらすじ

カフカ「大罪の力は他の人に渡してしまうと、元の持ち主の大切なものが消えてしまうんです!」

「「え?」」


 思わず声が漏れた。ラウラさんのつぶやきも聞こえた。


「実里さんの大切なものが消えるんです! だから、それを他の人に渡すなんて絶対にだめです!」

「それって、命がってこと?」

「それも違います! 実里さんが大切にしている何かが消える……それが思いなのか、人物なのかはわかりません。けれど、そうなってしまったら悲しすぎるじゃないですか」


 カフカは目を潤ませながら、必死になって思い留めようとしてくる。

 僕の大切なもの。

 自分の命、家族、家、友達、エトセトラ……?

 じゃあ、今大切にしている中で、消えるものって……。

 すぐに思い当った。そしてそれが失われた時を考えて心がゾッとした。


「……確かに、悲しいかな」


 かな、じゃなくて。


「いや、悲しいな」


 よかった。気付くことができて。

 カフカが見上げてくる。大きな目は真っ赤になって、涙が赤くなった頬を伝っている。

 今朝会ったばかりだというのに、こんなにも誰かのことで必死になるなんて、やっぱり天使なのは伊達じゃないということか。


「ありがとう、カフカ」


 肩に手を軽く乗せる。カフカは鼻をすすりながらも、「はいっ」と笑顔で返してくれた。


「……ラウラさん」


 静かに事の成り行きを見守ってくれていたラウラさんへ改めて顔を向ける。彼女の表情で変わったところが一つあった。警戒を織り交ぜた視線。やっぱり完璧お嬢様はすごいな。

 僕の心の動きを機敏に感じ取ったのだろうから。


「……ただでは、譲ってもらえなくなったのかな」

「ううん。ラウラさんは知ってたの? 大切なものが失われるって」

「……知らなかった」


 よかった。それが聞けたなら、もう迷うことはない。


「僕は大切なものがある。それを失うわけにはいかないんだ」

「……世界を守るためでも?」


 世界を守るとか、そう言った大きな話しはわからないけれど。


「世界……はわからない。大きすぎるし、想像できないから。……けれども、僕の大切なものも守る。だから、僕の力は渡せなくなった。ごめん」

「……そう。だったら、仕方がないわね。無理やりにでももらうから!」


 目が見開かれたと思ったときには、視界がぐるんと回り、膝の力が抜けて倒れかけていた。何とか膝立ちの状態になって、倒れることは防ぐことができたが、立ち上がることができない。目の前が時々霞み、体に力が入れづらい。


「実里さん!」

「来るなカフカ!」


 現実でこんなセリフを言う日が来るなんて。いや、それよりも、


「今のは一体……」

「貴方のエネルギーを半分ほどもらったの」


 指先一つ動かさず、先ほどからずっと同じ体勢でラウラさんが静かに告げる。


「今、急激に体のエネルギーを奪われたから眩暈が起きて倒れそうになったの」

「なんだって……?」

「貴方の『色欲』の力はたぶん、心を読む、なのでしょうね。それと同じように、私も不思議な力を使えるの」

「エネルギーを奪うっていうことは……」

「円迎寺さんの能力は『強欲』です!」


 やっぱり。

 ラウラさんは表情一つ変えず頷いた。


「強烈な光や、炎や氷、剣、弓矢が出せるわけじゃない。けれど、これはこれで、強烈で凶悪だと思わない?」


 凶悪だ。最強だ。漫画のように派手なエフェクトや予備動作が全くない、相手に触れることなく、また傷つけることすらせず勝てる力。しかも、相手のエネルギーを奪うということは、殺さないにしても相手を行動不能にできる。

 今の、僕のように。


「今一度聞くわよ。実里君、貴方の力を譲ってもらえないかな」

「……だめだ、ね」


 残念ながら、今はできない相談だ。きっと、この先もずっとできない。


「ただの読心能力しか持たない貴方が、他の大罪の力を持つ人と渡り合えると思っているの?」

「何で戦うこと前提なんだよ……」


 そんなバトルマンガ上等設定、現実ではノーサンキューだ。


「僕はこの力を渡せない。けれど、世界も何とか助けてみる。だからさ」


 カフカに目を向ける。また泣き出しそうな顔。けれど、視界にはしっかりとこの状態を逆転させる「カフカの思考(ヒント)」が浮かんでいた。


『大罪の力は、一つにつき一種類だけじゃない。『色欲』には、別の力があります!』


 提示されたその力は、この状況を打破するのに果たして足りうるものなのかと一瞬考えたが、ふと脳裏に響く『強硬手段しかないかな』というラウラさんのセリフ。再びエネルギーを奪おうと考えているラウラさんを止めるには、これに賭けるしかないようだ。


「……じゃあ、ちょっと眠っててね、実里君」


 一か八か、という状況でそれを発動させる。

 傍から見れば、何が起きているのか全く分からないはずだ。

 蹲っている男子生徒と、それを見ている女子生徒、そして二人の様子を見守っている女の子が、まるで映画のワンシーンのように緊迫した空気を醸し出している。

 しかし、


「……う」


 こちらが能力を使い始めて数秒と経たないうちに、ラウラさんが小さくうめいた。頬は赤く、ここからは少し距離があって見えないがたぶん汗もかいている。それも全身レベルでだ。苦しそうな表情に、荒い息、そして立っているのもやっとという様子で、足が小刻みに震えている。こちらに能力を使っている余裕すらないのだろう。

 無理もない。


「……熱い……何をしたの?」

「ラウラさんの体温を上げたんだ。今、三十九度九分くらいかな」

「何……ですって」


 ついにラウラさんが膝をついた。何とか手をついて倒れないようにしているものの、限界ぎりぎりなのがわかる。たぶん、寒気も感じているはずだ。


『そんな、『色欲』の力は……心を読む力じゃ、なかったの……?』


 言葉にならない思いが視界に映る。


「これで、四十度」

「ぅ……」


 ガン細胞を殺してしまうという高温。ついに、ラウラさんは屋上の床に倒れこむ。

 それと同時に、体に力が戻ってきた。どうやら、奪われたエネルギーが戻ったようだ。それは、ラウラさんが能力を維持する余裕すらなくなったという証拠。つまり、彼女に勝利したということだ。


「……終わったあ」


 ほっと肩の力を抜いて、ラウラさんにかけた力を一部解除した。それにより、彼女の体温が少しだけ下がる。力を完全に解除しなかったのは、反撃される恐れがあったから。そして、彼女と約束をするためだ。


「実里さん!」


 カフカが黄色い声をあげて駆け寄ってきた。


「やりましたね!」

「まあ、カフカが助けてくれたおかげだよ。サンキュぅー」

「じゃあ、オペレーターとして、仕事は果たせていたでしょうか?」

「ああ、いいんじゃないかな」


 相手の心を読める『色欲』の力を利用して、ラウラさんに反撃の気配を感じさせない『助言』を咄嗟に浮かべてくれたのだ。感謝してもし足りないくらいだ。


「やったー!」


 手放しで喜ぶカフカの姿に、思わず顔が緩んでしまう。まったく、今朝会ったばかりの他人のことでこんなに感情を変化させるなんて。

 しかし、


「……さて、それじゃあですね」


 何とか上半身を起こそうとするラウラさんをカフカは指さす。


「円迎寺さんの力をもらうとしましょう!」


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