第五十七話 Predator eyes
大変長らくお待たせいたしました。
あらすじ:暴走した『憤怒』の能力者タオに倒されたエリスと実里に代わり、彼女を倒したラウラとリーシェ。タオの実里への仕打ちに怒り、能力を奪おうとするカフカをラウラは説得して、止めさせることにも成功する。一方、夢の世界で実里とタオは今度こそ和解するのであった。そして、夢を出る直前、エリスがカフカについて何かを伝えようとしたのだが……。
薄暗く、ぼやけた視界が徐々にはっきりしてくると、僕を覗き込んでいるカフカの顔が映った。
「ん……カフカ?」
「実里君!」
「ミノリちゃん!」
「グーテンモルゲン、実里さん」
「もうすぐ夜なんだけど……」
言いながら起き上った。
「お気分はどうですか?」
「なんともないよ……あれ、マリアちゃん……ラウラさん? 二人が助けてくれたの?」
「うぅん。この人があの人を止めてくれたの」
マリアちゃんが視線をラウラさんへ向けた。
「ラウラさんが?」
「私とリーシェだよ。あの子は、あっちで気絶してるけど」
「まさか、タオさんに?」
「ううん、あれはカフカのせいかなぁ」
「何のことですか?」
明後日の方角へ視線を移動させるカフカを見て、大体の事情を察した。
オーエンさん、お疲れ様。
「……ま、まあいいや……それよりも、皆無事で何よりだよ」
「そうだね」
エリスさんも無事なことを確認して安堵の笑みを浮かべると、ラウラさんたちもそれにつられるようにして笑った。
『説得、大変だったよ』
こそっとラウラさんが内心で吐露していた。
ああ、そういうことか。たぶん、ブチ切れたカフカが例によってタオさんの能力を奪おうとしたのを、ラウラさんが必死に説得してとどめてくれたのだろう。
目線を向けると、ラウラさんは小さく頷いてくれた。
『これでよかったんだよね』
心の声に、微笑んで肯定の意を返した。目頭が熱くなりそうだった。
「ミノリちゃん、どうしたの?」
「うぅん、なんでもないよ」
目尻に出来上がった涙を指で取っ払う。
「さて、皆を起こさないと」
「そうだね……あれ、カフカ、何してるの?」
タオさんに向けて指パッチンをしていたカフカ。碌でもない予感がする。
「手足を拘束しただけですよ。暴れられたら困りますから」
「タオさんはもう僕たちに攻撃してこないよ」
「万が一ということがあります」
「ないよ! 夢の中でちゃんと同盟締結を約束してくれたから!!」
「夢の中のタオさんは、さぞかし優しかったでしょうね……惜しい人です」
「カフカ、落ち着こう。ほら、僕もエリスさんも、気は失ったけれど、能力は取られてないから、ね?」
とんでもないプレッシャーを、未だ目覚めぬタオさんに向けて放つカフカを止めるべく、言葉をかける。こいつ、一度敵と見做したら容赦ないからなぁ。
「実里さんは甘いです! 甘々です! そんな風に甘やかしていたら、いつか調子に乗り出す輩と出会うかもしれませんよ?」
「別に甘いって訳じゃ……というか、一番甘えているのはカフカなのでは?」
「それはそれ、これはこれです!」
取りつく島もないとはこの事か。
そして、カフカ、自分が甘えているという事実は隠さないんだな。
ほら見て見ろ……ラウラさんは苦笑しているし、マリアちゃんも目を丸くしているじゃないか。
「ですが……まぁいいでしょう。能力が暴走したせいであることは事実ですし、今回ばかりは大目に見ます」
もう一度カフカが指を鳴らした。見た目に変化はないけれど、タオさんを拘束していた力は消えたはずだ。
「助かるよ」
「えっへん。私は物分りのいいオペレーターですから!」
「はいはい」
ともかく、後はエリスさんたちが目を覚ましてから同盟を再締結して、白マントを待つだけだ。
彼(彼女?)が来るまでに、皆を起こしておかないと。
ラウラさんがオーエンさんを起こしに行ったので、僕は近くで眠っているエリスさんの肩をそっと叩いた。
「エリスさん、ほら、起きて、エリスさん」
「……ん、実里……?」
エリスさんは目を覚ますと、一度瞬きをしたかと思うと、勢いよく飛び起きた。
「実里、夢で言おうとしていたことなんだけど!」
「え?」
まくしたてながら、僕の肩を掴んで見下ろすエリスさんの気迫に、面食らってしまった。
「瞬間移動を使えるのはねっ!」
「エリスさん、落ち着いてください」
カフカがエリスさんの肩に手を添えながら割り込んできた。その顔には苦笑が浮かんでいる。見かねて助けてくれたようだ。
「か、カフカ……」
「落ち着いてエリスさん。実里さんとマリアさんがびっくりしていますよ」
「うぐっ、ごめん」
エリスさんは体を起こして、口を開いたんだけれど、
「……あれ、何を言おうとしてたんだっけ?」
きょとんとした顔で、そんな事を言った。
「あれ、ちょっと待って。えと、何だっけ」
「瞬間移動がどうとかって」
「瞬間移動……あれ? 私、そんな話してたかな……」
エリスさんは腕を組み、うんうんと唸り始めた。
あー、たまにそういうのあるよね。何か言おうとしていたのに、話しを止められたら、次に何を言おうとしていたのか、そもそも話題すら忘れちゃう時ってさ。
「すみません、私が止めてしまったばかりに」
カフカが頬を掻きながら謝罪するけれど、エリスさんは首を横に振った。
「うーん、よくわからないけれど、思い出せないってことは大した事じゃないのかもしれないわね……何だか、すぐに知らせないといけない内容だった気もするんだけど」
「それこそ、『傲慢』の力で思い出せないの?」
「あ、それいいわねっ!」
早速、エリスさんは力を使ったみたいだけれど、駄目だったみたいで、「ダメね」と零した。
すると、カフカがいつものように羽根型のポシェットからメモ帳を取りだし、ぱらぱらとページをめくった。
「……すみません、こちらにもそう言った類に『傲慢』の力が適用されるか、という情報はありませんでした」
「いいわよもう。とりあえず、自分の力で出来ない事が一つわかっただけでも、よしとしましょうか」
エリスさんはカラカラと笑った。
「でも、もうすぐ七大罪の力ともお別れなのよねぇ」
「そうだね」
半月ほどだけど、超能力者になったこの事件の事は、生涯忘れられない思い出になる。
色々とあったけれど、これはこれで楽しい日々だった。
それに、友達も増えた。
全員、女の子だけれども。
そんな風に考えて、ラウラさんの方を見ると、オーエンさんが彼女に揺さぶられて、起き上がったところだった。
今の今までかかったのか。意識が深いところまで落ちていた、という状態だったのか。それほどまでに、カフカの放ったプレッシャーは凄かった、ということかな。
ラウラさんも間近でそれを受けていたらしいけれど、普通にしているし、どこに差があったんだろうか……。まぁ、皆無事なら別に気にすることでもないか。
「んじゃ、後はあの最恐を起こすだけか」
「エリスさん、“きょう”が違う漢字だったよね」
「あら、流石『色欲』。心を読んだって訳?」
「うぅん、何となくそんな気がしただけ」
エリスさん、顔に書いてあったし。
まぁいいや。
タオさんを起こしたら、きっと白マントが現れるだろう。
そんな予感めいたものがある。
僕はタオさんに近づいて、その肩を揺らす。
「タオさん、起きてください」
端正な顔立ちだけれど、寝顔はどこかあどけなくて、ちょっとだけ胸が高鳴ってしまった。
そんな感情や挙動は、表におくびも出さない。
後でカフカに何言われたものかわからないからな……。
「タオさん、タオさん」
何度呼びかけても、タオさんは起きなかった。
ラウラさんとオーエンさんのダブルアタックを食らったから、この人も意識が深いところに落ちているのかもしれない。
うぅん、『色欲』の力を使い、強制的に起きてもらおうか。悪い気がするけれど、終わらせるなら、さっさと終わらせた方がいい。
この事件が終わったら、たくさん休めるし。
度の力で起こそうかと悩んでいると、カフカたちの談笑が耳に届いた。
「オーエンさん、先ほどはすみませんでした」
「い、いえぇ、大丈夫ですよぅカフカ様ぁ」
「いやいや、アンタちょっと顔色悪いわよ?」
「これは別になんでもないんですぅ!」
「すみません、オーエンさん」
「カフカ様はもう謝らなくていいですからぁ~!」
オーエンさんは、カフカを許してくれたようだ。よかった。まぁ、オーエンさんなら、大概の事ではカフカに怒ることなんてないだろうけれど。
でも、僕に対しては怒ってるんだよなぁ……何でだろう。
「……ところで……そう、マリアさん、ですよねぇ。まだ挨拶がちゃんとできていませんでしたよねぇ」
オーエンさんが話題逸らしの相手に選んだのは、マリアちゃんだった。
ちらっと振り返ってみると、マリアちゃんは皆から少し離れて立っていて、オーエンさんに呼ばれて肩を跳ねあがらせたところだった。
「そ、うですね……」
ちらっ、ちらっと僕を見てくるマリアちゃん。
助けて欲しい、というサインかな……でも、タオさんを起こす方が先決だから、ごめん、頑張って、とウインクを返す。
すると、マリアちゃんは目を丸くしてから、ぐっと手を胸の前で握り、皆に向き直った。マリアちゃん、がんばれー。
「改めまして、マリア・シュヴァルツシルトです」
ぴんと背を伸ばし、凛とした佇まいで挨拶したマリアちゃんに、ラウラさんたちが少し驚いた様子だった。
うん、これなら大丈夫かな。
ふふっ、仲良くなってくれたら、マリアちゃんの幼馴染としても、皆の友達としても、僕は嬉しい。
おっとと……それより、タオさんを起こさないと……というか、この人、滅茶苦茶眠ってるな……やっぱり能力で起こそう。
僕は『色欲』の力で体温を操作しつつ、タオさんの肩を揺らし続けた。
「タオさん、起きてくださーい、タオさん、そろそろ起きないと日が暮れて――」
しまいますよーと言いかけた時、全身に凄まじい怖気が走り、思わずタオさんを抱きかかえてその場から転がり退いた。
視線をさっきまで座っていた場所に向けると、そこには誰もいない。
慌てて皆の方を見てみれば……こちらを見ている、ラウラさんとエリスさんの姿がまず目についた。もしかして、敵襲でもあった……にしては、何だか落ちついているような……というか、何でだろう、二人とも、表情が抜け落ちているような感じがするんだけど気のせいかな。
「ラウラさん、今、何か気配が」
「……気配?」
「うん、殺気みたいな感じがして……」
そこまで言いかけて、まさか白マントが攻撃を?! とあたりを見回してみるけれど、それらしき姿はどこにもない。
「もぅ、何をしているんですかぁまったく!」
オーエンさんが呆れて僕を睨んでいる。
じゃあ、一体何が……と考えたところで、カフカの思念が飛んできた。
『実里さん、緊急事態です!! 今すぐにそこから逃げて、というか身を隠してください!!』
「は?」
脳裏に切羽詰まった口調の声が響くが、状況がよく呑み込めていないため、腰を浮かせて警戒するだけしかできなかった。と言うか、身を隠す場所、ないんだけどね。
「オーエンさん、実里さんの姿を隠してください!」
「え? 一体どうしたんですかぁカフカ様?」
「いいから、早くっ!」
珍しく慌てた様子のカフカに、オーエンさんも面食らっていたが、それでも言われた通りの事をしようとして、僕へと視線を投げかけ――――
「逃げて香乃さん!!」
いきなりそう叫んだオーエンさん。
同時に、視界の端に飛び込んできたのは、僕目がけて突っ込んできた、ラウラさんとエリスさんの姿だった。
二人とも、無表情なのに、目は爛々と輝いていて、どこか怒っているような、悔しそうな……そんな印象を抱いてしまって。
視界がスローモーションになる。
能力のおかげで強化されたらしい思考が、目の前に映る情報を教えてくれる。
黄金色の日差しが差す景色の中。
カフカとオーエンさんが手を伸ばしている。表情は、とても焦っていて、カフカなんてこっちへ向かって飛びこもうとする体勢だった。
そして、その近くで……マリアちゃんが僕を見ていた。
その顔は、ラウラさんとエリスさんと同じように何もなくて。
ただ、目が爛々と、激しく輝いているように見えた。
お読みいただきありがとうございました。
再開シリーズ第二弾はぎるてぃせぶんでした。
前回のあとがきで『憤怒』を『暴食』と間違えたまま十か月ほど放置していたという呆れ具合よ……。




