第五十六話 夢の中と現での決着
夢を見ていた。
どこまでも広がる草原で、心地良い風を受けて寝転がり、青空を見上げているタオさんを、上から見下ろしている。
赤い瞳が綺麗だな。
そんな風に考えていたら、タオさんが話しかけてきた。
「お前は、『力』をどう使う?」
力? 力って、『七大罪』のことだろうな。
「人を助けるために使っています」
「『色欲』で?」
「慣れたら色々と便利ですから」
健康維持、促進にはもってこいの力だ。気分を悪くしたクラスメイトや、道行く人を気付かれずに助けることができる。他にも下着泥棒を捕まえるのにも一役買った。
そんなことを話したら、タオさんは「……そうか」とどこか寂しそうに笑った。
「私は、この『力』が恐ろしい」
タオさんは自分の体を抱きしめる。
「一度だけ、試しに使ってみたことがあった。その時、私の知る人間のどの力や技よりも恐ろしいものを見た」
「何を見たんですか?」
聞き返すと、彼女は一息おいて、
「たった一発、拳を煉瓦ブロックに軽く当てただけで、巨大なクレーターができた」
何を言っているのかわからなかった。夢だから、突拍子もないことを言われているのだろうか。当の本人は顔も声も真剣なので、どう反応していいかわからない。
タオさんは苦笑する。
「まあ、信じられんだろうな。私も信じられなかったが、目の前のクレーターが現実ということを教えてくれた。人里から離れた平原でやっておいて正解だった」
ふと、僕の目の前に、タオさん視点の記憶映像が浮かび上がった。綺麗な夜空と、緩やかな斜面の綺麗な臼状となった大地――クレーターの組み合わせが、どこか幻想的だった。
これを、タオさんが一人でやったのか。
「これが、『憤怒』の力……」
「その一端にしかすぎない」
やっぱり、使い方を間違えれば町一つが危険な目にあうという、僕たちの認識は間違いではなかったようだ。
つまり、タオさんは暴走状態にあっても、かなり手加減をしてくれていた、ということか。そうでなかったら、今頃僕たちはこの世にいないだろう。
「お前たちの力は、そう言った直接的な破壊を行わないが、人の心や在り様を狂わせるには十分だろう」
「だから、僕たちを襲って来たんですか」
「いや……どうしてあんな風になったのかはわからないが、少なくともお前がそんな風に使うような輩ではないと思っている。すまなかった」
タオさんを見ていて、何だか、心が締め付けられるような、悲しいような気がしてきた。たぶん、夢の中だから、この人の心が自分のようにわかるせいなんだと思う。
正しいと思っていた自分の思い込み、相手の能力を奪うという覚悟、後悔が感じられた。
心がわかるのは彼女も同じようで、苦笑を浮かべる。
「気にするな。お前は襲われた側だ。二度もな。怒って当然の身だ」
「……確かに、色々と言いたいことはあります。でも、僕の心を貴方は感じ取っているはずです。だから、もうそれは言いません。ですが」
「……何だ」
「能力集めが終わったら、貴女の協力者と話がしたいんです。手伝っていただけませんか?」
タオさんは困ったような笑みを浮かべた。
「私はお前たちの敵だぞ?」
「敵だった、ですよね?」
「……相手をもっと疑った方がいいぞ」
「そうやって忠告してくれる貴方は、悪い人じゃないと思ったんです。むしろ、正義感が強いっていうか……」
「だから、お前たちを手伝えと?」
「はい」
「……お前は、本当に、夢物語のようなことをいうのだな」
「ここ、夢ですから」
「……あの『強欲』の娘も、難儀な相手を……」
言葉は聞き取れなかったが、呆れというか同情のような感情が流れてきた。今の冗談、受けなかったか。少し凹む。
「ちょっと待ったぁ!」
その時、エリスさんが僕とタオさんの間にひょこっと顔を出したので、驚いた。
「うわっ?! エリスさん!?」
「夢に介入してきたのか」
「アンタたちの声が聞こえてきたから、実里を助けなきゃって思ったらここにいたわ。まぁ、二人ともここにいるって事は、どっちも気を失ったんだろうけれど」
「お前にも迷惑をかけたな」
「もういいわよ、お互い様。それに、『憤怒』の力って、そういう危険性もあるって聞いていたし」
「あぁ……だが、お前たちと同盟を結んだ時点では、『憤怒』は正常だった。ストレスも軽減されていたし……何かしら、外部から干渉があったとしか思えない」
「まさか、カフカだって言いたいの?」
エリスさんが顔をしかめるけれど、タオさんは首を横に振った。
暴走が収まったとはいえ、再度湧き上がった疑念は僅かに残っていて、タオさんはカフカの事を前よりも疑っている。
けれども、
「いや、この件に関してはカフカ嬢は恐らく何もしていないだろう。彼女は怪しいが、同盟を結ぶ事自体は喜んでいたようだからな」
「じゃあ、何だってのよ」
「わからない。だが、しばらくは外部の影響で暴走することはないだろう。原因は、目が覚めてから確認する」
「わかりました」
もう僕たちに戦う意思はない。
僕はタオさんに手を差し出した。
「目が覚めたら、同盟を再締結しましょう。貴方が仲間になってくれれば、後一つなんです。もう少しで世界の危機が去るんです」
「……世界の危機、か……。思えば、私一人だけで世界の危機に立ち向かったことなど、ただの一つもなかったな……それを思い出せた」
タオさんが笑った。今度は、嬉しそうだった。
けれど、僕の手に触れようとしていた彼女の手が、うっすらと消えていく。
「目が覚めたら、話の続きをしよう」
「……はい」
視界がぼやけていく。意識が覚醒しつつあるのだろう。
返事は聞けなかった。けれど、きっと、たぶん……。
「実里、目を覚ます前に一つ伝えておくことがあるの」
エリスさんの慌てた声がしたけれど、すぐに遠くなって、最後まで聞くことはできなかった。
「カフカは瞬間移動が――――」
「カフカさん、この人の能力は、奪わないでほしいの」
カフカの言葉に屈することなく円迎寺ラウラは答えた。カフカの威圧がすこしだけ強くなるが、毅然として視線を逸らさない。
「この人が許せないなら、それでいいよ。私もこの人には言いたいことがある。だったら、この人には私たちに協力してもらえばいいと思う」
「実里さんの説得を、この人は受け付けなかったんですよ」
カフカの視線に耐えきれなくなったのか、リーシェが気絶してひっくり返った。助け起こしたかったが、ここで視線を逸らすわけにはいかなかった。
後でたんまり謝ろうと決め、すぐに気持ちを切り替えたラウラは、カフカと同じ視線の高さまでしゃがみこんだ。
「私は、それでも、実里君がこの人を説得できると信じてる。私やエリスを説得できたんだもの。この人が悪い人でなければ、きっと実里君の話しには応じてくれるよ」
「楽観的すぎませんか?」
「かもしれないけれど、私の答えは変わらないよ」
しばらく、ラウラと天使の視線が強く交差する。高まる緊張感に、空気が震えているような錯覚をラウラは覚えた。天使は伊達ではない。意思の強さが、ラウラの心に見えない魔法攻撃のように重圧をかけてくる。
しかし、やがて重圧は小さくなり、カフカが溜息をついて完全に収まった。
「……全く、円迎寺さんも実里さんと一緒で、強情な人ですね」
浮かんだ苦笑は、呆れを含んではいたが、いつもの慈愛を感じさせるものになっていた。
「もしこの人が抵抗したら、何といおうと能力を奪いますからね。例え、実里さんが反対しても、です」
「……わかった。ありがとう、カフカさん」
「カフカ、でいいですよ」
「うん。だったら、私もラウラでいいよ、カフカ」
「わかりました、ラウラさん」
どちらからともなく差し出された手が、堅く握り交わされた。
お読みいただき、ありがとうございます。
VS『憤怒』編がこれで終了です。
あっと少しっ! あっと少しっ!(自分へのエール
という訳で、次回からラストスパートに入っていきます。




