第五十三話 VS『憤怒』 激昂のタオ④
「!」
不可視の攻撃に警戒しながら『能力の波動』を察知せんとしていた時、突如として内に秘める『憤怒』の力が再びムズムズと動きだした。かと思うと、一気に膨れ上がり、爆発しそうになる錯覚を覚え、咄嗟にそれを抑え込んだ。
「さらに暴走するのか……いや、これは……」
記憶の中で、『声』が言ってことを思い出す。
『傲慢』は、『強欲』と『暴食』に並ぶ恐ろしい力で、相手が慢心や増長しているほど能力がかかりやすく、さらにそれを操り、利用して姿を消すこともできる。そして一番警戒しなければならないのは、応用によって『能力』の暴走を引き越すことができること。
「こっそりと攻撃するのは趣味じゃないけど」
フランス訛りの英語が聞こえてきた。
振り返ると、亜麻色の髪をした十代後半の少女が、ギリシア彫刻を思わせる奇妙なポーズを取りつつ、こちらに指を突きつけていた。その顔は不敵な微笑みを浮かべているが、油断しているようには見えない。自信に満ちてはいるが、慢心や増長とはかけ離れた、ある種の気高さのようなものが感じられた。
「エリス・スタッカートよ。よろしく」
カフカ嬢が口にしていた名前か。言動からして、彼女が『傲慢』の能力者か。
「……姿を、消していなくていいのか?」
「別に、私は姿を消していなくてもいいと思ったから出てきているだけ。それとも、姿を消したまま能力を奪い去ってあげた方がよかった?」
「……そうしなかった時点で、お前の能力は隠密性において万能でないことが証明されてしまっている」
エリス嬢の不敵な表情は崩れない。
「お前は姿を消すといっても、相手の慢心を操作して、自分を路傍の石ころのように、全く気にならない存在と強引に認識させ、消えたと思わせているに過ぎない。先ほどから、お前の攻撃を受け、避けれたのはそのためだ」
つまらない、必要性のない会話だが、今の状況から抜け出すためにも時間を稼ぐ必要がある。また、相手が動揺することによって能力が緩む可能性もあるため、言葉を続ける。
「何せこちらは、河原で落とした硬貨を探すように、お前たちの存在に注意しているのだからな。だからお前は近づいて私の能力が奪えなかった。どうだ?」
「大まかには合っているけど、残念」
「……何?」
「能力の考察についても突っ込みたいところはあるけど、それは置いておくわ。それよりも私が残念に思っているのはね、私があんたの能力を奪うと思っていることと、さも私の能力に欠点があったからという言動よ」
能力が緩む気配は全くなく、彼女は笑みを浮かべたまま肩をすくめた。
「私が能力を奪わなかったのは、あんたが警戒を強めたからでも、能力の欠点を突かれたからでもない」
「では……?」
「私が、あんたの能力を奪いたくないと考えたから。それだけよ」
エリス嬢の答えは、実にシンプルだった。
それ故に、信じられなかった。このような絶体絶命の状況下で、なおもそんな事を言って、どうして私が信じると思うのか。
「私も世界の平和を守るために実里の能力を奪おうとして、負けた。そして、能力が奪われたら大切なものが消えるなんて事実を聞いて、怖くなった。でも実里は私や他の子たちの能力を奪わず、協力する選択を示してくれた。すべての能力者と力を合わせて、能力を集めるってね」
「……それが、何になる」
静かに首を振った。
「例え互いの能力を奪わずに『力』を一か所に集めようと、最終的には能力を取り出さなければならないんだぞ?」
どの道、私たちは犠牲となる。
だが、エリス嬢は笑みを崩さない。
「それについは、実里とカフカが何とかするってさ。あの子たちにはあの子たちなりに考えがある。実里なら、カフカと一緒に本当に何とかしてくれそうだから」
「……お前は、実里も、あの少女も信じるのか」
「まあ確かに二人の全部を信用しているわけじゃないわ。でも、あの二人が一番信頼できるの。それに、実里の目は輝いている。ああいう子は、嫌いじゃないのよね」
「……なるほど。あの少年、相当のようだな……」
「何が?」
エリス嬢が首を傾げるが、答えてやる義理はない。
「それにしても……これは厄介な力だが」
汗が浮かぶ顔に苦笑が浮かぶ。
「……まあいいだろう」
そして、私は暴走する『力』の制御を外した。
何が起きたのか、最初わからなかった。
エリスさんの力を、タオさんは呆気なく受け入れ、更に暴走させたのだ。
その途端に溢れる途方もない威圧に、間近にいたエリスさんはもちろん、僕も体が硬直してしまった。
『見せてやろうじゃないか……この『力』どもが、どれだけ性質の悪いものなのかを』
狂気とはこんなものなのか、と感じさせる、強烈でゾッとするような笑みを浮かべたタオさんは、まだ衝撃から立ち直れていないエリスさんに、思考するよりも速く掌をその鳩尾に当てた。
『お前のせいで暴走が悪化しているのだから、お相子だ』
「ガッ?!」
直後、エリスさんが膝から崩れ落ちた。思考が読み取れなくなったことから、気を失ったことがわかる。
『さて、まずは『傲慢』からだ』
まずい!
「だめです実里さん!」
タオさんがエリスさんの『傲慢』に手を伸ばそうと考えているのを読み取り、カフカの制止の声を無視して二人の間に飛び込んで、
「単純だな」
「!」
また、鼻先がくっつきそうな距離で彼女と視線が合った。
腹部に温かい感覚がした。手が当たっている。まずい。動けない。ヤバい。動かなければ、次の一撃で……!
「私の本心はこうだ」
『さて、まずは『傲慢』からだ……というふりをすればお前を仕留めることができる』
浮かんできた思考を最後に、僕の意識は暗転した。
マリア「ミノリちゃんっ!!」
ラウラ「っ!」
カフカ「……(プッツン」
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