第五十一話 VS『憤怒』 激昂のタオ②
本日二つ目です。
カフカは抜けた落ちた表情のまま、僕を睨んだまま佇むタオさんを指した。
「すみません、このままでは周囲に被害が出ますので……」
そして、タオさんを指していた手をくるりと回転させ、スナップ。
瞬間、周囲の景色がオーロラのように揺らめいた。それ以外に特に変わった様子はなかったけれど、先ほどまで『読心』にひっかかっていたオーエンさんの思考が途切れた。
「安心してください。周囲に被害が出ないようにしただけです」
『これ、もしかして結界って奴なの?』
「結界……そう解釈してもらっても構いません。この場でどれだけ暴れても、外には何の影響もでません」
エリスさんの質問に答えたカフカはため息をつくと、引き締めた表情を浮かべて、勢いよく手を前方へ翳した。
「円迎寺さんとマリアさんは私の近くへ! エリスさんはそのまま行動してください! 実里さんは生理現象操作をフル活用してください!!」
力強いカフカの指示に、僕たちは背中を押されるように動き出した。マリアちゃんは一瞬躊躇うような素振りを見せたけれど、僕が視線を送ると、すぐにカフカたちと合流してくれた。
それを視界の端に捉えながら、生理現象操作をタオさんに向けて全力で放つ。先ほどよりも強い抵抗に弾かれるけれど、諦めずにかけ続ける。
「エリスさん、不用意に彼女へ近づかないでください。また吹き飛ばされる可能性があります」
『さっきの衝撃波っぽい奴が来るのかしらね。全く、厄介だわ!』
姿を消したエリスさんは、タオさんの背後、数メートルの距離で身構えていた。彼女も能力でタオさんの心の油断を引きだし、僕の能力が通りやすいように援護してくれているが、全く効果がないようだった。
「カフカさん、私も何かできないかしら」
「その時が来たら指示を出します」
「私は?」
「貴女はここでじっとしていてください」
何だか、マリアちゃんに対するカフカの風当たりが強い気がする。っと、集中しないと!
そう思った直後、目の前にタオさんが現れた。
「っ?!」
『はぁっ?!』
胸に軽い衝撃を覚えた。どうやら、左胸に手を添えたようだった。でも、屋上でそれは無意味だと知らされているはず。
「――――やはり、私が君たちの力をもらった方がいい」
「ぇ?」
タオさんがつぶやいたかと思うと、彼女は反対の拳を握って、振り降ろそうとしていた。
『このぉっ!』
エリスさんが側面に高速で回り込んで放った後ろ回し蹴りを受け、タオさんが吹き飛んだ。けれど、着地したタオさんは防御の姿勢で攻撃が飛んできた方向、つまりエリスさんを見つめていた。
『受け流された!』
移動しながらエリスさんが驚嘆した。まさか、不可視の彼女の一撃を防げるなんて!
「あの人、スタッカートさんの攻撃を防いだの?!」
「偶然、ではないようですね」
ラウラさんとカフカも驚きを隠せないようだ。カフカの声は冷静に聞こえるが、どこか掠れたように聞こえる。
「恐らく、『憤怒』の力がアシストしているんだと思います! 正直、ここまでとは……」
『本当に厄介だわ!』
その間にも、タオさんはエリスさんを警戒しながら、僕の方へ近づいてきた。
『このっ!』
エリスさんが足払いをかけた。けれど、タオさんは何かに気付いたようにその場から飛び退いた。
そこから何が起きたのかよく見えなかったけれど、バックステップしたエリスさんと、彼女が一瞬前までいた場所に、叩きつけるように右足を踏み出したタオさんの姿を捉えた。右足が地面を叩く強い音に、エリスさんと僕の表情が歪む。
身構える僕を見下ろして、タオさんは口を開いた。
「今一度言おう。少年、能力をおとなしく渡せ」
冷ややかな視線だけれど、今すぐに襲い掛かってくる様子はなかった。
意識が少しずつ戻っているのか?
もしかしたら、少しずつ暴走が収まっているのかもしれない。
「できません。もし能力を奪われたら、その人の大切なものが消えるんですよ!」
「知っている。お前が教えてくれたのだからな」
タオさんの意思は固く敵意もあったが、悪意はなかった。
けれど、心は未だ読めず、彼女の暴走が続いていることを示していた。
「ふっ」
と、不意にタオさんは小さく笑った。まるで愚痴をこぼすような、自嘲っぽい雰囲気で言葉が続く。
「私たちにかかってきた『声』は、いや、あの白マントか」
『「「え?」」』
僕やラウラさん、エリスさんの声が綺麗に重なった。
けれど、それに疑問を挟む暇もなく、タオさんの独白は続く。それは、暴走する能力への、最後の抵抗のように見えた。
「奴はもしかしたら、悪魔かもしれない。どことなく、能力者を掌の上で転がそうとしている気配がある。感じたことはないか?」
「……僕は、聞いたことがないので」
エリスさんにそれとなく視線を向けると、エリスさんは小さく頷き返してきた。どうやら、聞いたことのある人にはわかるらしい。
「すでにオペレーターが出向いていたから、声をかけなかった、か…………いや」
タオさんはカフカを一瞥し、
「そこにいるお前たちのオペレーターが、白マントだ」
「なっ、あり得ません、そんなこと! 白マントが現れた時に、カフカは僕たちと一緒に居ました!」
「あり得ないことはないだろう? 我々の力を超える能力を持っているのだろう? 例えば、瞬間移動もできるかもしれんし、空っぽのマントを浮かしてそれらしく動かせるかもしれん」
「そんな無茶苦茶な……!」
「彼女が白マントであれば可能だ。それに、大罪の力を集めようなどというオペレーター。どういう経緯で仲間になったかは知らないが、あからさまに怪しいとは思わなかったのか?」
「確かに……いきなり現れてびっくりしましたけど……」
能力が宿った日からずっと一緒にいてくれた。落ち込んでも、泣いても味方だった。ラウラさんに能力を渡そうとした時、僕の大切なものが失われると、泣きながら本気で止めてくれた。まだ半月も経っていない、短い時間しか過ごしていないが、はっきりと言える。彼女は仲間なんだと。
「カフカは、信頼するオペレーターです。彼女のおかげで僕たちは何度も救われました。貴方の言う『声』が一体何を企んでいるかは知りませんが、少なくとも、カフカは悪い奴じゃない! 何も知らないくせに、一方的に決めつけるな!」
感情が抑えられず、思わず語気が強くなってしまった。
「実里さん……」
カフカの声に、しまった、と思ったが遅かった。
ちらと目を向ければ、カフカが両手を口に当て、感極まったように目を潤ませている。言っておいてなんだが、今更ながらに恥ずかしい。
「……友情ごっこか、それとも今のはのろけなのか……。
しかし、絶大な力を持っていながら仲間の危機も救わない輩、白マントでなくとも、何か裏があるだろうに。いや、今も隠し事をしている。きっと、とても大きな秘密を、だ」
「色々と秘密主義な奴ですけれど、結構気をつかってくれているんです。たまに、気を使い過ぎだって思いますが」
あぁ、タオさんの言う通り、今だってアイツは何かを隠しているんだろうな。
それが何かはわからないけれど、きっとそれはいつも通り、カフカなりの僕たちへの思いやりだ。
僕はカフカを信じている。
「実里君のエネルギーが増大してる!」
「ミノリちゃん……!」
向こうでは、何やら言いたげなエリスさんが、「しっかたないわねー」と頭を掻くと、頷いてみせてくれた。
『さあ実里さん、ここから大反撃です!』
カフカの心のエールが、僕の脳裏に天啓の如く響き渡った。
リーシェ「ラウラ、応答してラウラぁ! 応答してくださいカフカ様ぁ!」
お読みいただき、ありがとうございます。




