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第五話 告白

 放課後、朝に交換したメールアドレスでラウラさんを屋上に呼び出すことにした。

 フェンスにもたれかかって、携帯をポケットにしまう。グラウンドから運動部の掛け声が、校舎のそこかしこからは吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。でも、屋上は静かで、聞こえてくるそれらの音は、まるでラジオやスピーカーから流れるBGMのように感じられる。


「使ったんですね、力」

「ああ」


 心の中では飛び上がりそうだったけれど、表には出さずに声のする方に視線を向ける。いつの間にか隣に丸まった姿勢のカフカが浮かんでいて、こちらの顔を覗き込んでいた。家に帰ったのか、それとも今までどこかで待機していたのかはわからない。でも、それを叱る気にはならなかった。


「使わないつもりだったのに、たぶん、気が緩んで……」

「仕方がないですよ」

「制御なんて、全然できてないじゃないか……!」


 カフカに怒ったわけじゃない。油断して、力を使った自分に怒った。いや、そうではなく、怒っているのは誰に対してでもなくて、


「……いや、あんな言葉を見たから、かな」

「実里さん……」

「ごめん。八つ当たりになった」

「気にしないでください」


 天使は、慈愛に満ちた微笑を返してくれた。


「それより、ただ失恋した……というわけではなさそうですね」

「天使にはお見通しか」

「そうではなくて。ただ失恋しただけなら、ものすごく落ち込んで早く家に帰っているでしょうから」


 彼女の言葉に苦笑を返した。ああ、心が痛いな。苦笑いなのに。

 カフカに、昼休みに見たセリフを話すと、彼女は的を得たりと頷いた。


「円迎寺さんは、大罪の力をお持ちのようですね」

「やっぱりか……」

「しかも、『もらう』ときましたか……なるほど、最初から能力目当てだったんですね」


 だとは思っていたけれど、こうして聞かされても現実感がわかない。それに、あのラウラさんが、超能力者だなんて……。


「これからどうされるんですか」

「さっき呼び出しをかけた。もうすぐ来る」

「それじゃ、私は姿を隠していますね」

「いや……いいよ」


 今丁度、ラウラさんが昇降口から姿を現した。

 ラウラさんは宙に浮かぶカフカを見て一瞬虚を突かれたように目を見開いた。そりゃ驚くだろう。


「実里君……その子は?」

「やあラウラさん……この子は、まあ見ての通りだよ」


 片手を挙げて、笑いかけてみた。たぶん、ぎこちない笑顔だ。それを見て、ラウラさんは何かに気がついたのだろう。表情が、少し硬くなった。


「こんにちは、カフカと申します。実里さんのオペレーターを務めております」


 まだそれらしい事は一つもしていないけれどね。心の中で突っ込みを入れておく。


「……そうなんだ」


 ラウラさんは目を閉じた。たぶん、三回呼吸した辺りだと思う。目を開いて、今までに見たことのない、睨みつけるような目つきになった。初めて見た、ラウラさんの本気の顔。一歩下がりそうになる。心臓が跳ねて背筋に一瞬冷たい感覚が走る。これが、威圧というやつなのだろう。

 逃げ出したくなる。それでも、何とか堪える。聞かなくてはいけないことがあるからだ。


「ラウラさん……ラウラさんは、僕のことが本当に好きだったの?」


 僕の問いに、一瞬、間が空いた。


「……嫌いじゃない」


 けれど、と続けて、


「好きでも、なかった……」


 かな、と。

 ふわっと、体が軽くなるような感覚。胸が少しだけ押し込まれたような気がして、へその方に何かが納まって、「ああ」と何に対してかよくわからないのに納得した時の爽快感のようなものが妙に不思議で……。


「そうなんだ」


 笑った。やっぱり心が痛かったけど、笑顔はぎこちなさのないものが浮かべられたはずだ。ラウラさんも少しだけ目を伏せて、


「そうなの」


 と答えてくれた。


「じゃあ、何で僕に近づいてきたの?」


 ラウラさんはカフカを一瞥する。つられてカフカを見ると、無表情でラウラさんの視線を受け止めている。天使だから、威圧とか大丈夫なんだろうな、と場違いな感想を抱いてしまう。


「そこの、オペレーターさんが何か言ったの?」


 カフカは目を逸らさずに首を振る。


「いいえ、実里さんご自身が気づいたことです」

「……じゃあ、やっぱり実里君も……持ってるんだ、これ」


 ラウラさんは胸に手を添えた。


「うん、今朝から」


 隣に浮かぶカフカが来て教えてくれたんだ。

 少しの間、三人とも無言の時間が続いた。


「……どうして僕に近づいて来たの?」


 再度の問い。

 好きでも嫌いでもないなら、それは無関心ということだ。どうでもいいということだ。もしそれでも用があるとしたら、答えは決まっている。予想通りの答えが返ってくる。


「私は、大罪の力を集めようと思っているの。だから、実里君に近づいた」


 ラウラさんの目がまっすぐこちらの胸に、きっとそこに宿っている『力』に向けられる。


「三日くらい前にね、声が聞こえたの。『貴方は大罪の力を宿しました。これから、他の六つの力を集めないと世界が危ないのです』って」

「それって……」


 カフカが今朝言ったことと一致する。カフカに目を向けると、彼女は小さく首を横に振った。どうやら、彼女の預かり知らぬところで起きたことらしい。仲間か、はたまた第三の勢力が現れたのかはわからない。

 わかることは一つ。


「だから、貴方に近づいたの。今朝見たときにすぐわかった。力のおかげかな。たまたま見かけただけだけど、これはチャンスだと思った……」


 きりきりと胸が締め付けられていく感覚。吐き気まではしなかったのが幸いだ。


「……それでも、よく、僕の名前を知っていたね」

「隣のクラスの子から、話は聞いていたから」

「それは本当だったんだ」


 思わず笑ってしまう。笑うしかないなんて状況が本当にあるなんて思わなかった。ラウラさんとカフカは笑わなかった。


「……許してほしいだなんて言わない。怒るのは当然。でも、世界を守るために、貴方の力をもらえないかな、実里君」

「……ラウラさん」

「理由がどうあれ、貴方を騙していた事実は変わらない。けれども」

「いいよ」


 自然と、本当に心の底から出た言葉がすっと言えた。

 ラウラさんは目を少しだけ見開き、カフカは「え!?」と驚いた顔をものすごい勢いで向けてきた。


「僕の力を必要としているんでしょ? だったらいいよ」

「……いいの?」

「僕はこの力、いらないんだ。だからラウラさんが必要ならあげるよ。それに、世界も危ないっていうのは、僕もカフカから聞いてるからさ」


 僕よりも、ラウラさんの方がよりよくこの力を使えると思う。おとぎ話に出てくるお姫様のように完璧なお嬢様である彼女なら、残りの五つの力も集めて世界を救うことができるはずだ。


「ごく普通の僕なんかよりも、ラウラさんが持っている方がいいと思う。だから、あげるよ」

「だめです!」


 しゃべっている途中でカフカが割って入ってきた。真剣な面持ちで、両手をいっぱいに広げて前に立つ姿は、今までのちゃらんぽらんさが抜けていて、思わず圧倒された。


「実里さん、大罪の力は誰にもあげちゃいけません!」

「でも、僕が集めるにしても誰かからもらうってことじゃないか。それだったら、ラウラさんの方が僕よりもずっとずっと……ずっと優秀だよ」


 まあ、折角この力を伝えに来てくれたカフカには、申し訳ない気がしたけれど。

 彼女の目的が大罪の力を集めることであるならば、ラウラさんと協力した方がいいに決まっている。そう思って言ったのだが、カフカは「違います違います」と首を振った。


「そうじゃなくて、大罪の力は他の人に渡してしまうと、元の持ち主の大切なものが消えてしまうんです!」


二話連続投稿です。

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