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第四十四話 実里と『暴食』の共鳴反応

本当に長らくお待たせいたしました。

 シャワーから上がったら、居間でエリスさんがカフカを押し倒していた。


「二人とも何してるの?」

「違うの実里! これは別にそういうんじゃなくてね!」


 エリスさんが何やら慌てているけれど、大丈夫、わかっているから。二人は仲良しだから、雰囲気でわかるよ。


「喧嘩していたわけじゃないってことはわかってるから。怪我をしないようにね」

「え? ……あ、うん、うん」


 何だか釈然としないって感じでエリスさんが頷いていた。


「まぁ、実里だもんね」

「え?」

「なんでもないわ」


 やれやれと立ち上がるエリスさんと、ふわりと空中に浮かんで足を着けるカフカ。

 なんというか、妙な光景だけれど、見慣れてしまったなぁ。


「さて、実里も出てきたし、行こうかしら」

「れっつらごーです!」


 最初に出会った時は、こんなに仲良くなれるなんて想像もしていなかったけれど、今は姉妹のようになった二人を見て思う。

 願わくば、新しい能力者とも分かり合えますように。

 いや本当、切実に。




 公園へ向かう道すがら、カフカに気になっていたことを聞いてみた。


「ねぇカフカ、僕を『聖域』へ飛ばした人や白マントって、一体どんな力を持ってるんだろ?」

「同じ大罪系、またはそれを上回る次元の力ですね」


 カフカはいつものように羽根型のポーチからメモ帳を取り出し、指をくるくる回しながら解説し始めた。


「ですが、『災厄の力』で空間跳躍などができるものは全て『天』に封印されています。持ちだされた、または飛び出したという報告もありません」


 空間跳躍できる力あるんだね。


「じゃあ、僕たちを上回る強い力の持ち主ってことか」

「そういうことになります」

「私たちを上回る力ってどんなのかしらね。ワンパンで街一つ壊滅させるくらいの超パワーとか、念じるだけで山一つ崩せる念動力とか?」


 エリスさんの物騒な言葉に、カフカは「そうですね」と前置きしてから、


「拳一つで街を破壊する力なら、エリスさんの『傲慢』や『憤怒』が可能ですね。直接的でなければ、念じなくても他の能力で壊滅させられますよ? まぁ、練度と成長具合にもよりますが」


 皆、やり方次第で街一つくらいどうにかできそうだ。

 じゃあ、僕の力でやろうと思えば……できるな。うん。

 心を読んで全部を見通し、身体機能操作で遠距離から瞬殺という凶悪コンボ。

 我ながらヤバいと改めて思う。

 能力の発動や使用形跡が全く分からず、遠距離から一方的に一瞬で標的を抹殺できる、しかも無制限に、だ。

 完全無欠の暗殺者向け能力という感想が、再び脳裏を過る。第一回能力者会議のまとめ、一歩間違えたら世界がヤバい、が改めて心に刻まれた。


「まぁ破壊力が大きければ確かに強いんですが、それがイコール最強という訳でもありません。人智を超えたどんなに強い力をも押さえつけられることができる、そんな存在の前では無力なのですから」

「それが、あの人たちって訳か……」


『聖域』なんていうからには、何か神聖な力を持った人なんだろう。やっぱり『天』の人なのかなぁ。その中から僕を連れ出した白マントももしかしら……。


「二人とも、止まって!」


 突然声を上げたエリスさんに驚いて足を止め、弾かれたようにカフカが前方へ意識を向ける。

 二人の視線を追うと、人通りのない住宅街の道路ど真ん中。多分、百メートルくらい離れているはずだけれど、全身真っ白に見えるのは、多分頭から白い布を被っているからだ。

 傾いた陽光の中、人気のない道路に身じろぎせず佇んでいるその姿は、まるで都市伝説や怪談に出てきそうな怪異を彷彿とさせる。


「カフカ、どうかしら」

「はい、間違いありません」


 カフカが真剣な声音で僕たちに告げたのは、


「『暴食』の能力者です」


 六人目の能力者の登場だった。


「噂をすればなんとやら……あの人、多分白マントだよ」

「見りゃわかるわよ。あいつが問題をややこしくした張本人ね……」

「能力はわかりましたが、正体がわかりませんね……」

「気をつけて実里。あいつは多分―」


 エリスさんが前を向いたまま僕へ何かを言おうとした時だった。

 僕のすぐ手前に、白マントが立っていた。


「うわっ?!」

「こいつ!」


 突然の出来事に、僕たちは後ろへ跳ぶが、白マントは微動だにしない。

 能力を使ってくるのかと思ったけれど、特に何も起きない。『読心』を使用してみるけれど、全く思考が読めなかった。


「実里さん」

「あぁ、全く思考が読めない」


 思考が読めない相手と一日に立て続けて出会うことになるとは。でも、おかげであまり取り乱さずにいられた。

 油断なく警戒して身構えていると、白マントがすぅっと手を上げた。流れるような動作でマントの下から現れたのは、シルクのような布に包まれた腕だ。まるで待ったというように掌をこちらへ向けている。

 カフカ曰く、『憤怒』以外の能力者は六十メートルは射程範囲内。今の所、心身に影響は見られないので、攻撃はされていないようだ。


「……どういうつもりかしら」

「わかりませんが、話し合おう、ということでしょうか?」


 なるほど。だったら、当初の予定通りに進めよう。

 相手に気付かれないように、カフカたちにそっと目配せをする。


「実里、危なくなったらすぐにでも離れなさいよ」

「何かある前に、今度こそ私とエリスさんで止めます」


 二人の言葉に背中を押され、僕は白マントと向き合う。

 背丈は僕と同じくらいだろうか。相変わらず、顔の部分は真っ暗で何も見えないが、敵意は感じられなかった。

「あの」と切り出そうとした瞬間だった。


 頭の中に、図形の海が浮かんできた。


「え?」


 突然の出来事に、思わず声が漏れる。

 たくさんの四角や台形、丸などの図形がまるでパズルのように並び、太さも長さもバラバラな線がそれらを区切るように走っている。一瞬、生物の教科書で見た細胞の写真を思い出した。

 最初は俯瞰図(二次元の図形)だったそれが、鳥瞰図(三次元の図形)になったことで、僕はその正体をようやく理解することができた。


 思考に、簡易的なこの辺り一帯の地図が現れたのだ。


 そしてそこに、二つの丸いマーカーが点滅している。瞬時にそれが、『色欲』と『暴食』を現しているのだとわかった。

 ラウラさんたちが持っていて、僕だけ持っていなかったもの。


「これって、もしかして……」

『共鳴反応』


 老若男女の区別がし辛いけれど、不思議と不快感を覚えない声が答えた。どうやら僕にしか聞こえていないらしく、様子を伺っているカフカたちは首を傾げている。


『先ほどは、貴方たちの邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした』

「え、えと、はい……」


 謝罪の言葉と共に頭を下げる白マントの怪人。

 予想外の展開に、正直戸惑いを隠せない。てっきり同盟締結の邪魔をしてきたものだと思っていたんだけれど。


『彼女たちが貴方の能力を奪い取ろうとしているように見えたので、助けようと思ったのですが……』

「助けるって……」


 今日一日、予想外の出来事が連続で起こったが、この一連の白マントの言動が一番衝撃的だった。

 邪魔された事への怒りがあったのに、やるせなさも浮かんできた。この人に悪意はなく、ただ僕を助けたかっただけって……。なんとも間が悪いというか。


『貴方が『聖域』で出会った能力者との会談について、向こうの協力者と話をつけました。近いうちに会えるでしょう』

「は? ちょっと待ってください」


 この人、今さらっととんでもないこと言わなかったか?


『もう時間がありません……私も、もう少しだけ見守っていたかったのですが……』

「時間って、まだ半月近くあるんじゃ……」

『ハルマゲドン現象に関してはまだほんの少しだけ余裕がありますが、そうではないのです。……気づいているとは思っていたけれど、予想よりも動くのが早かった……』


 小さな独り言のようにつぶやいているのに、自然と耳に届いてきた不穏な台詞に、光を受けて輝く白い波しぶきがフラッシュバックし、『聖域』の主の声が脳裏で再生される。


―彼女も、守護者二人も、そして私ももうすぐ動く。急げ、アルリエル―


「アルリエル……?」

『!』


 白マントが驚いたように身じろぎし、後ろで二人のうちどちらかが息を呑むのがわかった。


『まさか、あの時、聞こえて……いえ、聞かされていたんですか……?』


 静かに震える声に頷いた、その時。

 遠くから、バイクの排気音が聞こえてきた。


『どうやら、来たようですね』


 白マントの姿が風景に溶け込むようにして消えていく。


『貴方たちが全員揃った時、またお会いしましょう』

「待ってください! 貴方は一体何者なんですか?!」


 咄嗟の僕の問いかけに答えることなく、白マントの姿と『暴食』のマーカーが消えてしまった。


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