第四十三話 カフカからのお願い
その瞬間、頭が真っ白になった。まずい、と思うけれど、体が咄嗟に動かなかった。
実里はシャワー中で、こちらの騒ぎに全く気付いていない。助けを求めようにも、その前にカフカは私を消すだろう。
ラスボスの名の通り、一切の慈悲もなく。
そして、
「―なんて、冗談ですっ♪」
カフカが急に可愛らしい声を発しながら身を引いた。
「―…………は?」
我ながら間抜けな声が口から漏れ出した。
「いやぁ、前にエリスさんから話を聞いていてやってみたかったんですよ、このネタ! どうせならさっきみたいなノリで突っ込んでほしかったです」
ネタ? は? ネタ……あッッッ!!?
話の流れから全然想像つかなかったし、「は」のところが「が」になってるわよ!
思わず体から力が抜け、背もたれに思いっきり体重を預ける姿勢になってしまった。
「ラスボスだから、Lって、どうですか?!」
「アンタねぇ……!」
私が身体強化込みで頭頂部に振り降ろした手を片手で受け止め、悪びれもせず笑い上げるカフカ。掴まれた腕はびくともせず、ならばと放ったローキックも足を軽く上げて受け止められてしまった。
「エリスさん」
「何よ……?」
これ以上ふざけると本気でブン殴るわよ、と目線で伝えてみるけれど、カフカは苦笑を漏らしながら首を振った。
「能力に飲み込まれかけていましたよ?」
「え?」
「確かにエリスさんの直感力は目を見張るものがあります。『傲慢』と併せることで、予知染みた恐るべき感知能力を得ることができるのでしょう。しかし、それに飲み込まれたら、一つの答えしか見えなくなってしまいます」
カフカは歩いて自分の席に戻った。
「武宮さんがどういった存在であれ、敵ではないのであれば、今は放っておくべきです。むしろ、実里さんたちの助けになってくれているのであれば、警戒はすれど利用しない手はありません」
「それは―」
そうだけど、と思いかけたところで、違和感を覚えた。
危なっ……勢いと流れで、普通に納得してしまうところだった。
表情に出さないようにしながら、私はおずおずと頷くフリをする。
「……そうかもしれないけど、さ……」
「安心してください。もし何かありそうだったら、今度こそ私がちゃんと守ります。実里さんも、エリスさんたちも」
自称ラスボスの天使はそう言ってほほ笑む。
「驚かせるような事を言ってごめんなさい。悪ふざけが過ぎましたね」
そこでようやく、頭を下げてきた。
こんな時、実里ならこの子の思考を読んで、何を思っただろうか。
そんな愚にも着かないことを考え、私は頭を振った。
これ以上こいつと正面切ってぶつかり合う気力も体力も、勝算もない。
「そう言う冗談は心臓に悪いから、時と場所と場合を考えてよ?」
「はぁい」
返事をすると、カフカはようやく穏やかな表情を浮かべた。
本当に心臓に悪い会話だった。今までで一番、我が身の危機を感じたこの数分は、思い出しくない青春の一ページとして胸の奥にしまっておこう。
それよりも、こいつが何かを隠していることはこれでほぼ間違いない。
もしかしたら、本当に彼女がラスボスの可能性もあるが……。
「ところで、エリスさんはこの事件が解決したら、その後どうしますか?」
「いきなり話の内容が変わるわね」
唐突にまたカフカが話しかけてきたものだから、思考が中断されてしまう。まぁ、また心臓に悪い悪戯をされても嫌だし、いいか。
「まぁまぁ。これも重要な事です。能力が全て集まったら天へと回収されますから、皆さんはそれぞれの生活に戻るわけですし」
「そうねぇ……」
終わった後の事は、漠然と考えたことしかなかった。
このまま居残り続ける、というのはない。本当はもっと短期間で帰る予定だったし、家族にも、ちょっとの間旅行に行ってくるとしか伝えていなかったし。
「まず家に帰るわね」
「まぁ、そうですよね」
「両親と友達とご飯食べて、遊んで……それからもう一度日本に来ようかしら」
まだ秋葉原にも行っていないし、日本観光していないし、それに……。
「実里の事、もっと知りたいし」
「…………よかった」
「ん?」
「能力を回収し終えたら、私はこちらへもう戻ってこれません」
ですから、とカフカは続けた。
「エリスさん、実里さんの事、よろしくお願いしますね」
も、もう少しでエタるところでした……。




