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第四十二話 Lの影

 実里がシャワーに入っている間、私とカフカはリビングで束の間の休憩を取っていた。

 今日一日歩き回りながら、あたりを警戒していたせいで精神的にもかなり疲れた。それに、実里が突然消えたり、学校の先生が意味深な言葉の数々を残したりで、追い打ちのように疲労感が湧き出てきた。

 もしこの後の約束が無かったら、このまま寝ていたかもしれない。それで、晩ごはんの時に実里が起こしてくれて、三人でいつものように夕飯を食べていたのだろう。

 どのみち、根本的な解決ができていないから、悶々とした時間を過ごすことになったのかもしれないけど。

 取り留めもない事を考えながら、対面に座るカフカに視線を向ける。


 実里が消えた時は冷静に対応していたけど、タケミヤが現れた後はまるで何かを警戒するように行動を控えていた。跳躍ができなくなったとかで、皆でどうしようかと途方に暮れていたところへ実里が戻ってきて、それからは落ち着いている。

 あの時、カフカはタケミヤを見て動きを止めていた。まるで、どうしてお前がここにいるんだ、という表情で。

 帰宅するまでの道のりでも、実里との会話で聞き逃せないワードがいくつも出てきた。


『―僕の胸にバリアを張ったの、カフカだろ? 結果はアレだったけど、ありがとな』

『え? えぇ、と……』


 実里にお礼を言われ、珍しく言いよどんでいる姿が印象的だった。普段だったらドヤ顔で胸を張っているところなのに。

 まるで、何か後ろめたいことがあるかのように。


「ねぇカフカ」

「なんでふか?」


 口に食べ物を入れたまま返事をしない、と実里がいたら怒りそうだ。

 作り置きしておいた私手製のメレンゲをリスのように齧っている姿は、私たちより少し年下の女の子にしか見えない。

 けれど、その実態は、別位相に住む異世界人で、私たちを凌駕する能力を持っている。しかも、本来の力を制限されているらしい状態で、私たち能力者に無効化されないのだから、もうどうなってんだと笑うレベルだ。

 私は身を以て体験しているので、全く笑えないが。

 そんな奴に、不意打ちをかけたらどんな反応が出るか。


「アンタさ、タケミヤと知り合いなの?」


 カフカが動きを止める。

 やっぱりビンゴか、と思ったら、突然目の前でむせ始めた。演技ではなく、本当に苦しそうだったので、慌てて傍にまで行って背中をさすった。


「大丈夫?」

「え、えぇ……大丈夫です。いきなり何言いだすんですか」

「いや、タケミヤを見つけてからのアンタ、何だか様子がおかしかったし、もしかしたら知り合いなんじゃないかと思って」

「……そういうことですか」


 落ち着くと、カフカはコーヒーで喉を湿らせ、佇まいを改めた。

 こちらも席に座り、改めて聴く態勢を取ると、カフカは真面目な顔つきと声音で、


「正直に言いましょう。全く知らない人です」

「じゃあ何で思わせぶりな態度をとったのよ?!」


 あまりにも拍子抜けな答えとのギャップに、大げさなリアクションで応えてしまった。安心した、というのが大きな要因だったけれど。


「何となく雰囲気が出ると思いまして……」

「結構真面目な話をしている最中に何を考えてんのよ」

「えへへ……」


 そんな可愛く照れても騙されないわよ。


「ですが、何かしら秘密を持っているのでしょう。そうでなければ、円迎寺さんがただ名前をつぶやいただけで、こちら側に気付くなんてありえません」

「どういうことよ」

「最初に武宮さんが現れた時、彼女は円迎寺さんに呼ばれたからこちらに気が付いた、という風に話していましたが、私の術は明確に話しかける意図がなければ相手に気付かれません。そうでないと隠れている意味がないですからね」

「じゃあ、タケミヤがあそこで私たちの前に現れたのは、偶然じゃないってことね。アンタの跳躍とやらを妨害してたのも彼女なの?」

「さぁ……私にはわかりかねます」


 なるほど。

 こいつは、本当の事を言っているが、隠していることがある。

 私の直感が、そして『傲慢』が激しく警鐘を鳴らして、私に訴えかけてくる。

 カフカは確実にタケミヤの事を知っている。どこまで知っているかはともかく、浅からぬ因縁を持っていることは、喫茶店で見たカフカの挙動から推察できた。

 そもそも、こいつと実里の出会いからしておかしいし、秘密主義の行き過ぎで、必要なことさえ隠しているように取れる節がいくつもある。


 自意識過剰や格好つけではない。漠然としていて細かなことまではわからないが、『傲慢』が私の強い意志を糧に、それこそ第六感やそれに類する力を発揮したかのように、今までの情報から叩きだした答えだ。

 だから、私は自分の考えが正しかったことに安心した。

 やはりカフカは、タケミヤと何か通じていて、この異変の重要なファクターを握っている、と。

 戦慄と高揚、恐怖と不安で鳥肌が立つのを感じていると、カフカが口を開いた。


「どうしたんですか、エリスさん?」

「ラスボスがもしタケミヤだったらどうしようとか考えただけよ」


 正体不明のラスボス。

 果たしてこの異変にそんな都合の良すぎる悪役的(ファンタジー)存在がいるかはさておき、タケミヤが最後に立ちはだかる者である可能性は考えている。

 多分彼女は人間ではない。カフカの反応から察するに、天の関係者だろう。

 きっと『声』も、白マントもそうなんだろう。そして、カフカはそいつらの正体を知っている。

 だが、私の真意は目の前の彼女こそが―


「どうしたんですかエリスさん」

「今度は何よ」

「いきなり答えにたどり着いたような顔になっていますよ」


 席を蹴り立とうとした時には、すでにカフカが私の隣に立っていた。椅子から立ち上がったところすら捉えられなかった。

 それこそまるで、瞬間移動か、時間を止められたかのように、一瞬という言葉よりももっと速い次元で、彼女はそこに立っている。

 その時、カフカの座っていた椅子が、全く動いていないことに気が付き、『跳躍』という単語が頭に浮かぶ。

 そうか、跳躍とはやっぱり空間跳躍のことだったか。

 額から嫌な汗が噴き出て、頬を伝っていく。


「『傲慢』……全てを知りたい、知っていたい、という想いが強かったんでしょうか。その過程や細かな理由はほぼ無視して、ほぼ答えの手前に近づいた、という感じでしょう?」

「…何が、言いたいのよ?」

「ふふふ、実はですね―」


 カフカは私の耳元に口をそっと近づける。コーヒーの匂いと共に、その唇から発せられたのは、


「私がラスボスです」


 静かに、愛の告白のように囁かれた。



エリス「あ、ありのまま今起こったことを話すわ! 私があいつの対面で立ち上がろうとしていたら、いつの間にか隣にいた。催眠術だとか超スピード(クロッ○アップ)だとかじゃ断じてない! もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ……」

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